第20話 第6前進都市を行く
第6前進都市を進む。
周囲には、ダエダレアの甲羅に生えている木々や甲羅への堆積物、古くなり剥離した甲羅等を利用して作られた建物が並んでいる。
ブライアンは、都市に一人だけ残っている謎の人物と接触するため、あえて目立つように比較的広い通りを進んでいる。
俺と覇山は、ブライアンとは、100mほど距離を取り、物陰を利用して目立たないように動いている。
第6前進都市は、ダエダレアの背の上にある山脈にへばりつくように造られた都市だ。
急峻なダエダレアの背の山脈に沿っているため坂が多く、高低差が大きい。
都市の周囲には、段々畑が広がっている。
甲羅の上に堆積した土の上に畑を作っているようで、食料もある程度自給できる都市のようだ。
さらに、長さ1000mの小型滑走路もあり、航空機の発着も行える等、前進都市としては、かなり大規模で発展した都市である。
だが、その都市は今、静寂に包まれている。
人々の生活を宿し、暖かく灯っているはずの明かりは無く。
日々の希望から活力が溢れ、響き渡るはずの歓声は無く。
辺境という、厳しい大地に晒されながらも懸命に生き抜くという気迫は無く。
ただ、都市は暗く沈んでいる。
第6前進都市と文明圏を繋ぐ滑走路の真ん中に、それは、いた。
白銀色の重厚な全身鎧だ。
中の者は、見えない。
その身長は3mほど。
身の丈ほどの幅広な剣を持ち堂々と立つその姿は、いかにも雄々しくて強そうだ。
俺は、滑走路近くの格納庫の陰に隠れ、様子を伺う。
覇山は、管制塔近くに移動し、隠れている。
ブライアンが、その鎧に、近づいていく。
すると、その鎧は、首を動かし、ブライアンの方を見る。
「・・・保護対象を確認。確保。」
機械的な、太めの声だ。
その声と共に、鎧はブライアンに向けて歩き始める。
「待て!貴殿は何者だ?」
ブライアンは、一応、鎧に声をかけている。
だが、鎧は答えない。
その代わり、別の内容で声をかけてくる。
「同行せよ。抵抗は推奨されない。」
その言葉に、ブライアンは、一瞬覇山の方を見る。
そこに、覇山がハンドサインを送る。
あのサインの意味は確か・・・。
「あえて従え。」
だったはずだ。
ブライアンが連行されることで、住民の行先を探るつもりなのだろう。
それに、ブライアンも同意したようだ。
両手を上げ、無抵抗の意思を示す。
「抵抗はせん。同行しよう。」
その言葉に、鎧は、満足げに頷く。
「協力に感謝する。こちらへ。」
ブライアンは、鎧に促され、歩き出す。
どうやら、鎧は俺と覇山には気づいていないようだ。
覇山が、俺にハンドサインを送ってくる。
合流だそうだ。
合流して、ブライアンを追うのだろうか?
だが、覇山の千里眼と透視で十分追うことができるのではないだろうか?
そう思いつつ、覇山と合流する。
「千里眼じゃ追えないの?」
そう問いかけると、覇山は、首を振る。
「私の千里眼と透視では、山脈に入られたら追うことができない故、直接追跡する。」
ふむ。
それならば仕方がない。
覇山曰く、覇山の千里眼と透視は、生物の体内は見通せないのだという。
今回の場合、山脈はダエダレアの甲羅で、その内部はダエダレアの体内であり、見通すことができないそうだ。
個人の内部は、各個人固有の世界になっている。
その個人がもつ固有の世界は、その個人の力の強さに比例してこの宇宙から独立していく。
逆に言えば、力の弱い者の個人の世界は、この宇宙からの独立の度合いは低く、ほとんど宇宙と同じ世界だと言える。
とはいえ、独立した異世界であるともいえるため、個人の世界への能力による干渉は、基本的にかなり難しい。
ある能力で特定の個人の世界へ干渉できるか否かは、その能力の強度や特性、干渉する相手に受け入れられているか等、様々な条件が影響する。
覇山の千里眼と透視能力は、決して弱い能力ではない。
見通せる範囲は非常に広く、透過できる厚みは非常に厚い。
能力の出力自体は非常に大きいと言える。
だが、欠点もある。
個人の世界への干渉力を持たないのだ。
覇山の魔眼の主能力は、あくまで『巻き戻し』であり、千里眼と透視はおまけの能力でしかない。
そのため、世界への干渉力が非常に低いのである。
その低さは、相手の同意があったとしても、一定以上の力を持つ生物の体内は見ることができないくらいには低い。
今回、ダエダレアの背に生えている山脈は、甲羅が変形したモノであり、あくまでダエダレアの体ということになる。
そして、ダエダレアは大きな力を持つ。
そのため、その内部は、例えダエダレアの同意があったとしても、覇山の千里眼と透視では見通せないのだという。
ダエダレアの背の山脈には、洞窟も多い。
その洞窟に逃げ込まれてしまっては見失ってしまう。
そのため、直接追う必要があるのだ。
俺と覇山は、白銀の鎧の後をついていくブライアンを追う。
幸い、第6前進都市は障害物が多く、追う際に身体を隠す場所には困らない。
そして、白銀の鎧自体の索敵能力も高くはないようで、こちらに気づく気配はない。
白銀の鎧は、山脈の方へと歩いていく。
第6前進都市は、ダエダレアの背の上にある山脈にへばりつくように造られている構造の関係で、山脈の洞窟を利用した建物も多い。
白銀の鎧が進む先にも、洞窟が見える。
どうやら、その洞窟に入ろうとしているようだ。
覇山の千里眼と透視に頼らず追ってきて、正解だった。
「ダエダレア殿、この先には、何が?」
覇山が、ダエダレアの端末に訊く。
ダエダレアの端末は、覇山の荷物に乗っかっている。
「うーん・・・わからないねぇ。」
この洞窟は、ダエダレアにとっては、身体の一部とはいえ把握できない範囲なのだという。
「あんたらも、自分の肺胞やら毛細血管の中身やらは、把握できないだろう?」
それもそうだ。
そういうモノだと考えれば、納得はできる。
白銀の鎧とブライアンが洞窟の内部に入ったのを見届け、俺と覇山も、それを追う。
流石に、視界に入った洞窟の浅い部分くらいならば、覇山も見通せるようで、入ってすぐの場所に見張りなどがいないことは確認済みだ。
洞窟に入る前に、蒼硬を抜く。
覇山も、脇差程度の長さの刀を抜いている。
覇山の愛刀は大きいうえに目立つので、閉所戦闘用の刀だ。
洞窟を覗き込む。
先はすぐにカーブしており、奥は見通せない。
俺が覇山に視線を向けると、覇山は、頷く。
その頷きを合図に、俺と覇山は、洞窟に、静かに侵入したのだった。




