第2話 大盾市
「ん・・・?」
自然と目が覚める。
「・・・起きた。」
エミーリアが、目を覚ました俺を見て、小さく呟く。
「ああ、起きたよ。」
そう言いつつ目を開け、周囲を見る。
電車の中だ。隣の席には、エミーリアがいる。
時計を見れば、時間は15時の少し前。そろそろ、終点に着く時間だ。
車窓から外を見れば、コンクリートの武骨な建造物が見える。
その幅は数kmどころではなく、建造物というよりも、広大な丘がコンクリートになったようにすら見える。
車両は、そのコンクリートの丘に向けて進んでいる。
乗り換え駅がある、大盾市の大盾要塞だ。
非常に歴史の長い要塞で、歴史上の数多の戦いの舞台になり、その悉くを生き延びてきた、難攻不落の大要塞である。
現在は主砲として対宇宙攻撃能力もある『150cm汎用魔導火薬複合方式滑腔砲』の三連装砲塔を数十基配備しており、先の大戦でも活躍している。
まだ距離が結構あるが、巨大な砲塔がいくつもコンクリートの台地の上に並んでいるのが見える。
「あそこが、首都・・・?」
エミーリアがそう聞いてくる。
そう言われて大盾要塞を見れば、まあ、異様に巨大な都市に見えなくもない・・・か?
「いや、ちがうよ。あそこは、大盾要塞っていう、軍事施設だ。まあ、都市でもあるけど。そして、首都はもっとすごいよ。」
そう言うと、エミーリアは、窓の外を見て、こちらを見て、口を開いた。
「要塞・・・?首都ではなく?」
その言葉に頷く。
すると、エミーリアはぽかんと口を開けたまま、大盾要塞を見つめている。
自治区から出てきたばかりだと思われるエミーリアには、驚くべき建造物なのだろう。
まあ、知っていても久々に見れば、圧倒されるほどの大きさなのも事実である。初見で絶句するのは致し方ないだろう。
「あそこに、行く?」
そういうエミーリアの目は、きらきらと輝いている。行ってみたいのだろう。
「ああ、行くよ。あそこで乗り換えだ。」
そう言うと、エミーリアは無表情ながらも嬉しそうな雰囲気をまき散らしながら、窓の外を見つめ始める。
大盾要塞は軍事施設だが、その成り立ちはあの場所にあった港湾都市を守るための沿岸要塞である。
現在もその内側には、人口130万人を擁する大都市がある。
また、大盾市は交通の要衝でもあり、このあたりの地域から首都に行く際は、大盾市から別路線に乗り換えるのが最も早い。
基本的に都市区画から軍用区画へ入ることはできないが、都市自体は一般に開放されているのだ。
大盾市自体は人口も多く、旅客情報局もあるが、基本的に仕事は少ない。
市街地は完全に要塞に囲われているため危険な生物はおらず、大盾要塞周辺は開拓された畑地であるため危険な生物はほぼいない。
大盾市で募集している仕事は、ほとんどが要塞の古い部分や未使用部分に湧く虫系やネズミ系の生物やゴースト系アンデッドの討伐である。
その仕事も難易度は低く、俺やエミーリアが受注するにはかなり物足りない。
車窓に張り付くようにして景色に見入っているエミーリアを見つめていると、車両がだんだんと地面に潜っていく。
大盾駅へは地下から入るのだ。
有事の際は、この地下から繋がっているトンネルは閉鎖されるらしい。
すでに窓の外は真っ暗で、意識しなければ、何も見えない。
「見えない。」
エミーリアが、少し寂しそうに、ぽつりと呟く。
「まあ、すぐ着くよ。」
俺の声とほぼ同時に、車内メロディが流れ始める。
『皆さま、本日はご搭乗ありがとうございます。まもなく、大盾駅に到着いたします。お降りのお客様は・・・』
さて、降りる準備をしよう。
荷物を棚から降ろしている間、トンネル内で次第に車両は減速し、だいぶ遅くなったところで窓に光が戻った。
駅に着いたのだ。
車両が止まり、戸が開くと、出口に向かって人々が動き始める。
その流れに従い、駅に降り立つ。
エミーリアも遅れずについてきているようだ。
要塞の地下駅だが、その内装は普通だ。
クリーム色の滑り止めのタイルが貼られた床に、コンクリートの壁。若干殺風景だが、所々に広告が貼られており、軍事施設感は無い。
改札は地上にある。エスカレーターもあるが、そちらは混んでいるため、階段を上る。
非常に長い階段を上り切り、改札をくぐると、駅の土産物屋等が立ち並ぶコーナーに出る。
そのコーナーを通り過ぎ、街に出る。
「・・・!」
横でエミーリアが息を呑むのがわかった。
駅の出口からは、大盾市街を一望できる。
大盾の街は非情に独特である。
古来より航空戦力のあったこの星では、要塞付属の都市は独特な進化を遂げることが多い。
大盾要塞市街地も例外ではない。
上から見ると、コンクリートの灰色の地面に迷路のように溝を掘ったようにも見える。
溝のように見える部分は2車線の道路で、その狭い通路の両脇に高さ20m程の鉄筋コンクリートの無骨な建物が隙間なく並んでいる。いや、隙間なくというよりも、つながった一つの建物なのだ。
道の上には建物間を移動するための渡り廊下が何本も通っており、独特な景観を作り上げている。
コンクリートの灰色の地面に見える物は屋上で、すべての屋上の高さは同じである。
屋上の内部には装甲板が仕込まれており、並の爆撃では崩落しないように造られているらしい。
その頑丈な屋上には屋台が立ち並び、食品や日用品など、様々な物が取引されている。
屋上間を移動するために簡易的な橋などもあるが、多くは戦時に壊されてもいいよう、かなり簡素なものだ。
そして、その独特な市街地の外周は、市街地よりもはるかに高い壁に囲まれており、要塞への入り口は数か所しかないらしい。
戦時に市街地に敵が入り込んでも、その数か所の入り口を封鎖すれば、要塞内には侵入できないという寸法なようだ。
要塞は市街地よりも広く、戦時にすべての市民を避難させることも可能だという。
戦時でない今は、屋上屋台街のどこも非常に活気があり、雑然としている。
その雑然としたところもこの都市の魅力だろう。
「どこに行く?」
エミーリアが、声をかけてくる。
「とりあえず、旅客情報局かな。」
俺たち向きのレベルの仕事が少ないとはいえ、もしかしたらいい仕事があるかもしれない。
町に着いたら旅客情報局。これは、旅客の常識なのだ。
駅の出口で大量に無料配布されている街の地図を手に取る。
これだけ複雑な街だ。地図が無ければ迷う者が多すぎるのだろう。
地図によると、旅客情報局は、駅からさほど離れていない場所にあるようだ。
「屋上市場を通り抜ける道と、下の通路を行く道の二つがあるけど、どっちがいい?」
そうエミーリアに訊く。
「・・・屋上。」
エミーリアは、少し悩んでからそう答えた。
その視線の先には、何かしらの料理を作っているようで、湯気を上げている屋台がある。
彼女は、少しおなかが空いているようだ。
「じゃあ、屋上を通っていこうか。あっちみたいだよ。」
少し回り道になるが、食べ物の屋台の方を通っていこう。
屋台街に向かうエミーリアの足取りは、どことなく軽やかであった。




