第18話 エミーリア、出撃
エミーリアは、輸送機の窓から、外を見る。
視界には、一面の雲海が広がっている。
下は曇っているようだ。
ロンギストリアータ第6要塞から飛び立って、数時間。
そろそろ、飛行機での旅は終わりだ。
*****
私と作太郎は、メタルたちよりも一足早く、ロンギストリアータ第6要塞から飛び立った。
私たちが飛び立ってから1時間くらい経った後に、メタルたちも暗雲に向かって飛び立ったと、鈴から聞いた。
今、乗っているのは、軍のC-C-18戦術輸送機。
可変後退翼が特徴の、比較的小型な輸送機だ。
最大積載量は30tで、積載量20t以下ならば超音速巡航が可能な高速輸送機である。
積載量20t以下ならばマッハ1.3、10t以下でマッハ1.7の超音速巡航が可能になるそうだ。
超音速ゆえの衝撃波は、魔術で周囲に被害を与えないように軽減しているらしい。
今回輸送しているのは、私と作太郎に懸木 鈴元帥、そして軍の特殊部隊と、使用する車両が2両。
車両には医療品などの物資が積んである。
とはいえ、それらすべてを合計しても、今回の積載量は10tに満たない。
輸送機はマッハ1.7で巡航中だ。
今回、灰神楽自治区へは、地上から侵入することになる。
まずは、灰神楽自治区から70㎞の地点にある空港に着陸。
そこからしばらく、事前に展開している部隊に紛れて移動する。
そして、目立たない場所でその部隊から離脱し、車で灰神楽自治区まで向かうのだ。
灰神楽自治区には、3つの部隊がそれぞれ異なるルートで向かうことになっている。
まず、一つ目の部隊として、灰神楽自治区の最も大きい幹線道路から、軍の正規の部隊が向かう。
その部隊は中隊規模で、既に灰神楽自治区に向かって動いているという。
私たちが到着する前に、灰神楽自治区に接触する予定だ。
名目は、原生生物の活動活発化に伴う、緊急巡回だそうだ。
実質は、灰神楽自治区の政府中枢の注意を引くための、陽動に近い役割の部隊である。
灰神楽自治区の人口は5000人程度で、自治区政府の職員数は、100人ほど。
一個中隊規模の人数が自治区に訪れれば、それなりに目を引き、政府も対応を迫られるだろう。
次に、二つ目の部隊として、今一緒に輸送機に乗っている特殊部隊が、灰神楽自治区に侵入する。
一つ目の部隊が灰神楽自治区政府の気を引いている隙に、灰神楽自治区に入り込むのだ。
特殊部隊は、第2及び第3超越師団から抽出された、今回のような秘密裏に侵入する作戦に特化した超人で編成された部隊だそうだ。
一つ目の部隊が灰神楽自治区に接触してから1時間後に侵入し、囚われている者の場所の特定や、今回の騒動の首謀者の位置の特定などを行う。
その後、特殊部隊は私たちの支援に回ることになっている。
三つ目の部隊として、私たちは、その情報が届き次第、灰神楽自治区に侵入する。
そして、全体の第2作戦の肝である、今回の騒動の首謀者の確保を行う。
私と作太郎は、土地勘があるため、二人だけで一つの部隊として行動することが認められた。
私がメーアの力を引き継いだため、戦略超人としての扱いになったのも、二人だけの部隊が認められた要因としては大きいだろう。
おそらく、騒動の中心には、レピスタがいる。
ここが、レピスタを確保する、最大のチャンスになるのだ。
私と作太郎は、輸送機で移動中、鈴に、事情を話している。
その事情を聴いたは鈴は、苦笑いしながら、言った。
「なるほど・・・。なかなかな事情がおありですね。しかし、今回の騒動の首謀者がレピスタと決まったわけではありません。ここは、その事情をぐっと抑えて、作戦にご協力ください。」
鈴は、そう言った後、さらに、言葉を続けた。
「まあ、とはいえ、作戦後、旅客がどう動こうと、私達は与り知らぬところです。」
さらに、思い出したように続ける。
「あと、作戦中に流れ弾を当てないよう、この自治区のトップがいる場所は、お伝えしますね。」
・・・配慮してくれた。
ありがたい。
「・・・ありがとう。」
そう言うと、鈴は、分かりやすいほどワザとらしく、首を傾げ、訝し気な表情をした。
「作戦遂行のための情報共有ですから、何もお礼されることはないですよ?」
*****
輸送機の高度が、ゆっくりと下がってくる。
そろそろ、着陸なのだろう。
メタルは、今ごろ、何をしているのだろうか?
暗雲の中で、戦っているのだろうか?
それとも、既に戦いを終え、こちらに向かう準備をしているのだろうか?
メタルは、私の愛しい人は、強い。
私と違って、全く問題はないだろう。
・・・レピスタと戦う前にメタルのことを考えてしまうとは。
惚れる、というのは、こういうことなのだろう。
そんなことを考えていると、輸送機が雲海を抜ける。
眼下には、広大な農地が広がっている。
今回の着陸先は、農業用の飛行場。
農地のど真ん中に、小さな空港がある。
今回、輸送機を灰神楽自治区方向に飛ばすにあたって、灰神楽自治区政府に怪しまれないよう、別の理由が用意してある。
それは、今回の騒動において、ロンギストリアータ第6要塞の防衛態勢を整えるにあたり、食料を始めとする各種物資を緊急輸送するという理由だ。
よく見ると、空港の周囲に、軍の車両や人員が展開し、大量の物資が集積されている。
食料や物資が必要なのはそのとおりであり、緊急輸送自体も、嘘ではないのだ。
実際に、カモフラージュも兼ねて、この空港以外の空港にも、高速輸送機が要塞用の物資を空輸するために展開している。
輸送機は農業用の空港に、着陸する。
比較的小型な輸送機とはいえ、農業用の空港に対しては、大きい。
だが、パイロットの腕が良いようで、危なげなく、余裕をもって着陸した。
輸送機は滑走路横の駐機場にタキシングする。
輸送機が止まると、乗っていた者達が、あわただしく動き出す。
作戦開始だ。
私も、割り当てられた車両の助手席に乗り込む。
運転席には、作太郎が既に座っている。
車両は装甲車ではないが、オフロードも走行可能な小型四輪駆動車だ。
輸送機の後部ランプが、開く。
作太郎が、アクセルを踏む。
車両はゆっくりとランプを降りる。
輸送機の外では、あわただしく人々が動き回っていた。
給油車が走ってきて、輸送機に給油している。
整備兵が輸送機の各部をチェックしている。
フォークリフトが走り回り、輸送機に積むための食料や食料をどんどん運んでくる。
その人々の間を、私が乗った車は、抜けていく。
私たちが向かう先には、空港からは離れるように走る軍用車の列がある。
特殊部隊が乗った車両と、私と作太郎が乗った車両も空港から離れ、その車列と合流する。
途中まで車列と共に移動して、目立たない場所で車列から離脱するのだ。
20分ほど走ると、この辺りの地域特有の、暗い緑色の葉を茂らせた針葉樹が密に生えている森林に差し掛かる。
高く聳え立った木々の葉は、車列の走る道路の上まで厚く展張している。
事前の計画地点は、ここだ。
前を走っていた、特殊部隊が乗った車両が、脇に逸れ、森の中に消えていく。
それを見て、作太郎がハンドルを切る。
森の中に入り込み、車が揺れる。
ここで、車列と別れるのだ。
特殊部隊の車両は、進む方向が違うため、既に見えない。
ここからは、私達だけで進むのだ。
後ろを見れば、私たちが抜けた軍用車両の車列は一度停車し、トラックから、車両の残骸を取り出している。
一緒に進んできた車列の部隊は、実は超越師団の支援大隊であり、これから、車列から車両が減った辻褄を合わせるための、工作を行うのである。
この後、空砲を撃ち鳴らした後に、車両の残骸は道の脇に転がされ、火を放たれる。
原生生物に襲われ、車両が破壊されたことにするのだ。
空砲を撃ち鳴らすことで、原生生物は銃砲によって撃退した、ということになる。
ちゃんと調査されればバレてしまうような工作だが、今回については、長期間秘匿する必要もないため、それで十分。
超人を秘密裏に出撃させることはよくあることなので、超越師団の支援大隊は、この手の偽装工作は手慣れたものなのだ。
ここから灰神楽自治区までは、約30㎞。
メタルからもらったお守りを、握りしめる。
正直言うと、今回の戦い、不安な気持ちはある。
そして、メタルに会いたいかといえば、それはそのとおり。
だが、これは、私の戦いだ。
メタルに頼ることはできないし、頼る気も、ない。
このために今まで旅をしてきたし、己を鍛え、メーアから力を手に入れたのだ。
私自身でケリをつけなければいけない。
そして、メタルと、胸を張って再開するのだ。
私が、終わらせる。




