第16話 暗雲の中
暗雲に突入した俺たちを待っていたのは、全身が八つ裂きになるかと思うほどの凄まじい暴風であった。
この暴風がもし地面際まで吹き荒れているのならば、突入できるのは戦車などの重装甲の車両などに限られるだろう。
通常の車両や、たとえ軍用車両だとしても、ソフトスキンのモノでは、この暴風には耐えられず、易々と破壊されてしまうに違いない。
暗雲に突入させたドローンが返ってこなかったのも納得だ。
加えて、その暴風に混ざって、凄まじい勢いで岩塊が飛んでくる。
岩塊の速度は軽く音速を超えており、装甲を施された車両でも、軽装甲の車両は危ないかもしれない。
周囲を飛び交っているものは岩塊が多く、暗雲の外側と違って大きな樹木が少ない。
小さな木片自体は無数に飛び交っているので、どうも、岩に比べて柔らかい樹木は暴風により砕かれてしまっているようだ。
形を保っているのは、この暴風でも砕けない、辺境特有の頑強な樹種のみだ。
さらに、周囲は黒い雲に包まれているため、視界もすこぶる悪い。
突入時点では10mも離れていなかった覇山とブライアンを視認するとができない。
まあ、あの二人は、この暴風でもダメージは無いだろうから、心配はいらないだろう。
一応、近くに二人の気配もするので、そこは安心だ。
暗雲の厚みは判らない。
もしや、このまま中心部まで吹き荒れているのだろうか?
そうなると、視界があまりにも悪いため、厄介である。
少し、不安だ。
そう思ったのも束の間、ものの10秒程度で、唐突に、視界が開ける。
風に振り回されていたのでよくわからなかったが、落下距離としては、100mもなかっただろうか。
暗雲を抜けた先には、思ったよりも風の強くない空間が広がっていた。
それなりに強い風がめちゃくちゃな方向に吹いているものの、突破してきた暗雲の内部のような暴力的なまでの風は吹き荒れてはいない。
せいぜい、ビニール傘を開いたら壊れるかどうか程度の、そこそこの台風くらいの風だ。
視界が開けたので、覇山とブライアンを確認する。
少し距離が離れているが、双方無事なようだ。
そして、暗雲の中央に、目を向ける。
見えた。
暗雲の中央にあるモノが、見えた。
それは、山か、島か。
楕円形で饅頭型の、巨大な山か島のようなものがある。
長軸の直径は10㎞程度はありそうだ。
その山か島のようなものの上には、むき出しの鋭い形の岩でできた高い山が聳え立っている。
その岩山は山か島のようなものの長軸方向に広がっており、長軸とほぼ同じ長さの、全長10㎞ほどの山脈になっている。
山脈の麓は豊かな森に覆われており、その森の木々は、吹きすさぶ風によりわさわさと揺れている。
山脈で最も高い山頂の高さは数千mはありそうで、山脈の反対側は、この位置からでは山脈に隠れて見えない。
その山か島のようなものの四方には、さらに、ごつごつとして尖った岩山が伸びている。
こんな山、こんな場所にあっただろうか?
そんなことを思うのとほぼ同時に、唐突に、山か島のようなものの四方に伸びている岩山が、動いた。
その動いた岩山に引っ張られるように、山か島のようなもの自体が、動く。
足だ。
島の四方に伸びた岩山に見えたものは、足だったのだ。
高さが数千mはありそうな尖った岩の山を生やした足である。
山なのか島なのかわからないそれは、4本足で、歩いている。
進行方向に目をやれば、巨大な岩のようなものに覆われた、巨大な頭部が見える。
これは、亀だ。
山か島のようなサイズの、あまりにも巨大な、亀だ。
甲羅の長さが10㎞にも届きそうなほど巨大な亀が、暗雲を纏って歩いていたのだ。
「メーア殿!聴こえるか!」
覇山が通信機に叫んでいる。
だが、通信は上手くいかないようだ。
暗雲に、電波が遮られているらしい。
覇山が、ブライアンの方を見て、叫ぶ。
「ブライアン!頼む!」
その声に、ブライアンが無言で頷き、暗い金色をした義手を掲げる。
フック型の義手が、いつの間にか、まっすぐと伸びてランスのようになっている。
ブライアンの義手は特殊なモノであり、形を変えることができる。
その義手の先端に、暗雲とは異なる暴風が球状に渦巻く。
その暴風は青白い電流を纏っている。
「ぬんっ!」
ブライアンが気合の声と共に、その暴風の球を、上空に向けて放った。
青白い電流を纏った暴風の球は、一瞬にして、吹き荒れる暗雲の中に消える。
次の瞬間、暗雲に、50㎝程度の小さな穴が開いた。
穴の周囲には青白い電流が走りまわり、穴を保持し続けている。
一瞬、その穴の先に、出撃した時に見た、全翼の空中管制機が飛んでいるのが見えた。
ブライアンは、魔術で暗雲に穴をあけたのだ。
どうやら、暗雲を突破した時に、風の動きや魔力の流れを読み取り、それに対応できる魔術を選択できたようだ。
穴が開いてから1秒と経たないうちに、覇山の通信機から、声が響く。
どうやら、穴を通して、通信を回復できたようだ。
『あれは、ダエダレア殿!なぜこんな・・・?』
声の主は、メーアなようだ。
どうやら、通信機にはカメラが内蔵されており、メーアに映像を送っているようだ。
『かの御仁には、話が通じるは・・・』
途中で、メーアの声が、途切れる。
見れば、ブライアンが空けた穴は塞がってしまっていた。
数秒の通信。
だが、それで十分だった。
目の前の巨大な亀の正体が分かったのだ。
ダエダレア。
覚えている。
俺は、会ったことがある。
サンミャクリクガメの、特異的な個体だ。
サンミャクリクガメは辺境に生息するリクガメで、その背甲長が2~3㎞になる巨大生物だ。
ダエダレアは、サンミャクリクガメの中でもひときわ大きく温厚で、知能が高く、人語を操る特異的な個体だったのだ。
最後に会ったのは、1500年以上前。
その頃の甲羅の長さは4㎞程度と巨大だったが、サンミャクリクガメとしてはまだまだ子供だった。
その頃は辺境のもっと浅い地域に住んでおり、その背で辺境を訪れる旅客を休ませつつ、旅客たちが話す旅の話を楽しそうに聴いていたのを覚えている。
過去の記憶を辿っていると、覇山の声が響く。
「各員、目下の巨大な亀はダエダレア殿と推定される!」
どうやら、あの亀がダエダレアで間違いはないようだ。
ずいぶんと大きくなったものだ。
「ダエダレア殿の背には、第6前進都市がある!」
・・・なに?
第6前進都市が、背中に?
元々文明圏の者達と仲は良かったが、背中に都市ができるほどに仲が良くなっていたのか。
覇山は、さらに言葉を続ける。
「ダエダレア殿と停止の交渉を行い、停止後、第6前進都市の状況確認に向かう!」
ダエダレアの性格を思い起こしても、暗雲を纏いながら文明圏に突撃するとは、考えづらい。
何かが起きているのだろう。
俺たちは、ダエダリアの頭の方向に向かって、降下を続けるのだった。




