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青い星にて戦士は往く  作者: Agaric
第6章
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第13話 作太郎の忠義


「御命、頂戴仕る。」

 

 その一言の直後。

 作太郎の手の刀が、閃く。


 全く、反応できなかった。

 メーアの力を手に入れ、強くなったと思っていた。

 しかし、作太郎の一撃に、全く、反応できなかった。

 

 数舜遅れて、身構える。

 しかし、既に、作太郎は刀を振り抜いている。


 反応、できなかった。


 斬られたのだ。


 レギオンの、最もダメージに弱い状態を、狙われたのだ。



 レギオンは、基本的にダメージに強い種族である。

 一つの意識で全ての身体を制御している個体レギオンは言わずもがな、群体レギオンも通常の生物よりダメージに強い。

 群体レギオンは、個々に意識を持ちそれぞれの人格を持つとはいえ、一つの個でもある

 各個体がダメージを受けたとしても、他の健在な個体の中に潜むことで、ダメージを他の個体に分散し、その個体への影響を少なくすることができる。

 通常は致命傷になるような怪我でも、他の個体の中に潜むことさえできれば、死を回避して回復することができるのだ。

 加えて、現在のエミーリアは、メーアの力を手に入れたことで生命力が大きく増しており、一瞬で木端微塵にでもならない限り、即死するということはなかなかない。

 レギオンとしての特性とメーアの力により、エミーリアは、現在、非常に死にづらい。


 だが、レギオンにも、弱点がある。

 レギオンは、基本的に外側に出ている個体が受けたダメージを、内側に潜んでいる個体も受けることになる。

 例えば、全部で50人の群体レギオンのうち10人が表に出ている時、それぞれの個体の内部には4人ずつの個体が潜んでいることになる。

 10人のうち一人がダメージを受けると、その内部の4人の個体も同等のダメージを受けることになるのだ。

 とはいえ、上記のように、ある程度の人数に分かれていれば、これも致命傷にはなりづらい。

 だが、全ての個体が一体化しているときは、話は変わる。

 表に出ている一人がダメージを受けると、ある程度ダメージが分散して軽減されるものの、全ての個体が同程度のダメージを受けてしまう。

 そのため、レギオンは、全ての個体が一体化している時、最も弱体なのだ。


 それは、エミーリアも、変わらない。

 分離する前の、一人だけが表に出ている状態で、分離する隙を与えずに、一撃で大ダメージを受けること。

 これこそが、レギオンにとって、最も恐れるべき事態なのだ。



 狭い要塞の中で、あまり人数を出すと、邪魔になる環境。

 作戦の用意という、危険のない状況。

 さらに、長い時間一緒に旅をし、信用している状態。


 全てが、噛み合っていた。

 危険はないと判断しているエミーリアは、すぐに自身を分離させる心構えが、なかった。

 仕事で辺境に繰り出している時などは、分離していなくとも、すぐに分離できる心構えで活動している。

 だが、安心しきった状態では、すぐに分離する心構えは、ない。

 故に、反応できなかった。



 思わず、よろめき、膝をつく。


 目の前には、残心をとる、作太郎。

 油断は、一切ない。


 作太郎は、今まで、実力を隠していた。

 隠しきっていたのだ。


 思い返せば、作太郎は、7眼フローティングアイとの戦いで、皆が攻撃を受けた際、怪我を負っていなかった。 

 近接戦闘力しかないため脅威だと思われず、狙われなかっただけだと思っていた。

 だが、今なら、わかる。

 あれは、適切に攻撃に対処したのだ。

 7眼のフローティングアイに狙われなかったわけではない。

 

 7眼のフローティングアイ程度では、傷つけることが、できなかっただけなのだ。


 でなければ、12眼のフローティングアイの力を受け継いだ自分が、反応できずに斬られることなど、ありえないのだから。


 

 パリン。



 胸元で、何かが砕ける音がする。

 思わず、胸元に手をやる。


 音の出所は、メタルからもらった、お守りだった。


 3つあった宝石の一つが、割れている。

 今の一撃は、私を、殺せるものだったのだ。

 

「・・・呪術は、斬れぬか。」

 作太郎が、呟く。

「まだまだ、某も未熟でござるな。」


 そう言い、作太郎は、刀を納めた。

 その瞬間、立ち込めていた殺気と、何か、黒い靄みたいなものが、作太郎から霧散する。


 一瞬だったが、その黒い靄は、この世の悪性の奥底を見たかの如き絶望感を感じさせる、異様なモノであった。


 靄が晴れたとき、そこには、いつもの、温和な作太郎がいた。


「一つ、命を頂きました故。これにて、王への義理は果たしましたな。」


 なんだか憑き物が落ちたような表情だ。

「・・・どういうこと?」

 あの靄は、なんなのか。

 なぜ、私は襲われたのか。

 そう問えば、作太郎は、経緯を説明してくれた。


 レピスタは、他者を強制的に従わせることのできる何かしらの能力を持っている。

 以前、作太郎とはじめて合流した時、作太郎は灰神楽自治区の現状を語った。

 その際、自分はいかにも操られていない、といった口ぶりであった。

 だが、それは、私とメタルに取り入るための方便だったのだ。

 一応、全てが嘘ではなく、他の者と違い、盲目的に従うほどではないらしい。

 だが、完全に操られないことはできず、レピスタから、術により指令を植え付けられていたそうだ。

 そんな作太郎にレピスタから植え付けられた指令は、エミーリアの抹殺。

「忠誠心に働きかける、質の悪い術でしてなぁ。」

 作太郎曰く、自身の古風な忠誠心を悪用した、意地の悪い呪術だったそうだ。

 それにより、作太郎は、エミーリアを抹殺しないことには、不義による自責の念に駆られつづけるようになったのだという。


「いやはや。なかなか王に不義利するというのは、心苦しいモノでしたな。」

 作太郎は、カラカラと骨を鳴らし、いかにも何でもないかのように、笑いながら語る。


 だが、先ほど霧散した黒い靄を見れば、わかる。

 戦う者として、私も魔術や呪術に関する知識はある。

 そして、レギオンは魔術や呪術に適性が高いのだ。

 それらの知識が、適性が、そして、本能が、あの靄に、あの霧散する一瞬で、最大限の警報を鳴らした。

 あの悍ましい術は、意地の悪い術、などという軽いモノではない。

 指令を果たさなければ自責の念に駆られる、などという生易しいモノではない。

 通常ならば、一切抗うことができず、私を見た瞬間に殺しにかかってきても、おかしくない。

 その衝動に抗えば、凄まじい精神的重圧により精神崩壊して廃人になっても、おかしくない。

 そうならなかったとしても、あまりの苦しみに、自死を選んでも、おかしくない。

 そんな、術だ。

 

 カラカラと笑いながら、軽く語れるような、術ではない。

 

 そんな術に、作太郎は、抗い続けていたのだろう。

 そんな素振りを一切見せず、ただ温和に、飄々とした態度で居続けた。

 作太郎は、その絶大な精神力で強制力に抗いつつ、今まで共に旅をしてきたのだ。



 だが、それも限界。

 耐えることができた理由は、近くに、絶対に敵わない、メタルがいたから。

 今は、エミーリアを斬れないと、術に言い訳をして。

 1、2日程度、メタルが離脱するくらいならば、どうにか耐えられる。

 だが、今回は、それでは済まなさそうであった。

 レピスタの術に耐えられる保証は、なかった。


「苦しくは、なかった?」

 訊いてはいけないことなのかもしれない。

 だが、思わず、訊いてしまった。

 すると、作太郎は、軽い雰囲気で、口を開く。

「ま、耐えきれなくなりましたら、己が腹を切ればいいだけでござる故。」

 作太郎は、からりと、そう言う。

 斬らねばならぬ、しかし斬りたくはない。

 ならば、己を切ればよい。

 そう、考えたのだという。

 


 一体、どれだけの苦しみがあったのか。

 一体、どれほどの精神力をしているのか。

 私では、想像もつかない。


 そんな中で、メタルから私に渡されたお守り。

 アンデッドである作太郎は、呪術への感覚が鋭い。

 作太郎は、お守りを見た瞬間、感じたのだという。

 あのお守りの使用回数を1回使えば、エミーリアを殺害せずとも、レピスタの指令を達成したことになり、術が消える、と。

 メタルが、このお守りに込めた術は、それほどのモノだった。

 私がレギオンであることを利用し、お守りの使用回数を、レギオンの命として偽り、固定させる。

 概念的に、私の死を防ぐ、凄まじいお守りだったのだ。



「いやはや。これで、未来ある者を斬らずに済み、王への義理も立ちましたな。」

 からりと、軽く言う。

 だが、その言葉の裏には、術が解けたことへの、言葉にできない思いが込められているのだろう。

 

 続いて、作太郎は、言う。

「さて。思い起こせば、元より、レピスタに忠誠を誓った覚えはありませぬ故・・・。」

 いつの間にか、レピスタが呼び捨てになっている。

 どうやら、術により忠誠を誓ったことにされていたようだ。

 本人は、忠義を誓った覚えはないという。


「・・・ちっ。」

 作太郎が、舌打ちをした。

 あの、落ち着いていて温和な作太郎が、舌打ちをしたのだ。


 ぶわり、と、先ほどまでの怜悧な殺気とは比べ物にならない、昏く燃え上がるような殺意が、作太郎から溢れ出す。


「某の忠義、無粋な術で弄んだ此の始末。彼奴に、如何に落とし前をつけさせてくれようか・・・。」

 地獄の底から響いてくるような、昏く掠れた、恐ろしい声色だった。


 レピスタは、作太郎も、完全に敵に回したのだ。

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