第10話 魔術を辿った先に
灰神楽自治区。
場所は、碧玉連邦の東部から北部をにかけて広がる『水古州』の北東部沿岸。
アンデッドが多く過ごす自治区で、アンデッドの体力を活かした一次産業が盛んな自治区だったはずだ。
よく言えば自然にあふれた、悪く言えば田舎な自治区である。
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ここで、この国について解説しておこう。
この国、碧玉連邦は、593の構成国からなる、その名の通り連邦制国家である。
構成国は『自治区』と呼ばれ、程度の差はあれどそれぞれが政府を持ち、自治が行われている。
この星において、過去、幾度となく単一国家による文明圏統一の試みが行われてきたが、高度知的生命体の種数が非常に多いことが原因でその悉くが失敗してきた。
そんな中、近代においてついに文明圏を統一したのが、当時の碧玉王国、現在の碧玉連邦なのである。
碧玉連邦自体は文明圏を統一する意思は薄かったものの、歴史の流れで統一に至った、という経緯がある。
そう言った背景から、巨大な統一国家を運営する準備はできておらず、最低限の法だけを受け入れさせ、各種族の自治に任せるという方式を取った。
結果として、巨大な連邦国家になったのだ。
碧玉連邦に加盟する条件として『碧玉連邦憲法』と『碧玉連邦憲章』の2つに従うことが条件として定められている。
碧玉連邦憲法で基本的人権の尊重などの国家の根幹を定め、碧玉連邦憲章で連邦議会等の国家の運営について定めている。
碧玉連邦の中核を担うのは『中央州』、『ヴィリデレクス州』、『水古州』、『ルーべロス州』の4つの州である。
その4つの州が合わさって『碧玉自治区』という最も大きな自治区を構成している。
地理としては、中心に立方体を45度傾けたような、約38,000,000㎢の面積を持つ四角い大陸『中央大陸』があり、中央大陸と周辺の海を含む地方を『中央地方』と呼ぶ。
碧玉連邦発祥の地であり、現在は中央州と78の自治区がある。
中央州の西部に61,000,000㎢の面積を持つ南北に長い大陸『ヴィリデレクス大陸』があり、その大陸と周辺の海を含んだ地方を『ヴィリデレクス地方』と呼び、『ヴィリデレクス州』が存在する。
ヴィリデレクス大陸は、これまでの経緯から、唯一自治区の存在しない、ヴィリデレクス州で統一された大陸である。
中央州の北部から東部を囲むように『水古大陸』と『水弧海』が広がっており、そこをまとめて『水古地方』と呼ぶ。
そこに『水古州』と327の自治区が存在する。
『水古地方』はこの国で最も大きい地方で、約298,000,000㎢の面積を誇る。
そのうち海は約191,000,000㎢であり、3分の2程度の範囲が海洋だが、陸地面積も107,000,000㎢と全地方中最大である。
中央大陸の南には面積約92,000,000㎢の『ルーべロス大陸』があり、その大陸と周辺の海を含んだ地方を『ルーべロス地方』と呼ぶ。
ルーべロス大陸には『ルーべロス州』と187自治区がある。
上記の各州にある合計592の自治区に4州をまとめている『碧玉自治区』を合わせて合計593の自治区となり、その593自治区で碧玉連邦は構成されている。
人口は、全ての自治区を合わせて約110億人となっている。
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「灰神楽自治区・・・?知ってはいるけど、何か関係が?」
俺は、鈴に訊き返す。
灰神楽自治区自体は、エミーリアや作太郎の件はあれど、田舎の一自治区に過ぎない。
ここで話題に出すあたり、関係ないということはないだろうが、どういった内容だろうか。
「魔術で拉致された方々が、灰神楽自治区にいることがわかりました。」
なるほど?
そうなると、灰神楽自治区の何者かが、何かしらの目的をもって人々を拉致していたということなのだろうか?
それにしては、使用していた魔術のレベルは非常に高かった。
大掛かりな準備が必要な非常に高度な空間魔術であり、個人であのレベルの魔術を扱うことは基本的に不可能である。
ということは、相手は何かしらの組織なのだろうか?
鈴は、言葉を続ける。
「魔術の痕跡をエメリア魔術元帥に辿ってもらった結果、魔術の発信地は灰神楽自治区であることが分かりました。」
エメリア魔術元帥。
本名エメリア=H=フォメス。
覇山元帥の妻であり、軍の魔術部門を統括する元帥であり、本人も稀代の大魔術師である、女性だ。
長く生きてきた俺でも、エメリアに並ぶ、もしくは超えるレベルの魔術師は、ほとんど見たことはない。
そんなエメリアが痕跡を辿ったのならば、その精度は保証できる。
「エメリア元帥による追跡データを解析すると、魔術を行使した場所は灰神楽自治区の中央にあることもわかっています。」
鈴は、真剣な表情のまま、言葉を続ける。
「そこには、灰神楽自治区の王宮及び政府庁舎があります。」
ということは、魔術を行使したのは、灰神楽自治区の政府もしくはその関係者なのだろうか?
魔術の規模から考えれば、政府やそれに準ずる組織が行使したというのならば、納得はできる。
だが、行政機関が人攫いをしたとなれば、大きな問題だ。
とはいえ、今回の辺境の原生生物襲撃に、どれだけ関係があるのだろうか?
エミーリアと作太郎の出身自治区を知っていれば、二人に灰神楽自治区という場所が大きく関わっていることは、わかる。
だが、鈴は、出身地こそ調べられるだろうが、二人の背景事態までは知らないはずだ。
現状の情報だけでは、軍ないし政府が灰神楽自治区に何かしらアクションを起こすことはあっても、俺たちに関係してくることはあまりないはずだ。
魔術で攫われた者達は、アルバトレルスとは関係が無い。
そうなると、薄情なようだが、以前の仕事との関係も薄いことになる。
軍が救出に向かうのはわかるが、俺たちに助力を求めるような内容でもないだろう。
なぜ、俺たちに話を持ってきたのだろうか?
「・・・疑問なようだな。それについては、私から説明しよう。」
そう言うのは、鈴と一緒に来たノノ。
ノノは軍服を着ており、その胸には技術作戦軍の階級章がつけられている。
階級は、技術大佐。
どうやら、正式に軍属になったようだ。
軍服は体に合わせたもので、背中から生えている3本目の腕もちゃんと服を着ている。
よく見ると、3本目の腕は背中ではなく腰から生えている。
尻尾か何かが進化した器官なのだろうか?
ノノは腕を組み、背中の腕の指を立てる。
・・・以前戦った時も、こんなポーズを取っていた。
癖なのだろうか?
「今回の原生生物襲撃の原因だと考えられる、暗雲。」
ふむ。
その暗雲に原生生物が追われている、というのが今回の原生生物襲撃の原因らしいな。
「その暗雲から、『赤色侵略空間』のエネルギーを観測した。」
赤い空間。
この旅に出てから、何度も俺たちの前に現れる、不可思議なモノである。
ノノは言葉を続ける。
「以前話したとおり、この『赤色侵略空間』は生物に紐づけることができる。」
ふむ。
以前、とは、ノノと初めて会った時のことだろう。
確かに、そんなことを話していた覚えがある。
「今回のあの暗雲を作っているモノは、何者かに『赤色侵略空間』と紐づけられたようだ。」
紐づけられた・・・?
今まで遭遇した者達のように、自身の力を増すために自分で赤い空間を利用しているわけではないのだろうか?
「灰神楽自治区の魔術痕跡を追っている際、副産物として、あの暗雲に向けた魔術行使の痕跡を見つけることができた。」
ノノは、言葉を続ける。
「あの暗雲の主に向けて『赤色侵略空間』を紐づけたのは、灰神楽自治区にいる、何者かだ。」
ほう。
となると、今回の原生生物の襲撃は、灰神楽自治区にいる者によって引き起こされたということか。
「さらに、その痕跡を辿ると、人々を拉致していた者と同じ場所に辿り着いた。」
その、ノノの言葉に、エミーリアが、息を呑んだのがわかる。
「人々を拉致していた者と今回の襲撃、同一犯による事案だと考えられる。」
鈴が、ノノより引き継いで言葉を続ける。
「今回、原生生物の襲撃を防ぐとともに、灰神楽自治区への対応も同時に行うことになりました。」
鈴の目が、エミーリアと作太郎を見る。
「お二人は、灰神楽自治区出身とのこと。現在旅客として活動している灰神楽自治区出身者の中で、最も実力があるのがお二人です。」
そう言った後、鈴は、握手するかのように、手を差し出す。
同意するならば握手を、ということだろうか。
「というわけで、灰神楽自治区出身で、我々よりも同自治区にお詳しいであろうお二方に、軍への協力をお願いしたいのです。」
その鈴の言葉に、エミーリアは、迷わず鈴の手を取った。
手を取った時のエミーリアの眼は、決意に満ちていた。




