第7話 警報
昼食を終え、部屋に戻る。
ここ10日ほどは訓練漬けだったため、今日の午後と明日くらいはオフでいいだろう。
明後日からは仕事を受注し、エミーリアを実戦に慣らしていくことにしよう。
その方針を伝えると、エミーリアもそれでいいとのことであった。
「ヴァシリーサと作太郎は、どうする?」
二人にも、これからの俺とエミーリアの予定を伝える。
「ご一緒するっす。」
「某も同行させていただきまする。」
ヴァシリーサと作太郎も、一緒に仕事を受けてくれるようだ。
やはり、辺境の仕事はある程度人数がいた方がいい。
「じゃあ・・・」
俺が話そうとした瞬間、耳障りな警報が部屋の中に響き渡った。
「!」
皆の表情が、鋭くなる。
ここですぐに意識が切り替わるのは、流石、全員プロである。
ロンギストリアータ要塞で、警報が鳴ること自体はよくある。
ロンギストリアータ第6要塞は、平時の状態でも『第3種戦闘態勢』になっている。
また、文明圏内ならば発令されれば大混乱になる『第2種戦闘態勢』も、月に数回、警報と共に発令されるため、そこまで珍しくはない。
だが、今回の警報は、いつもの第2種戦闘態勢の警報とは、音が違った。
「この警報は・・・第1種っすかね?」
ヴァシリーサが言う。
「・・・そうだな。この警報は、第1種戦闘態勢だ。」
俺は過去に聞いたことがあるので、わかった。
この警報は、第1種戦闘態勢だ。
この要塞では、数年~十数年に1回程度しか発令されない、かなりの警戒を要する戦闘態勢である。
この国では、原生生物の危険や何者かからの攻撃が想定される状況に合わせて、戦闘態勢というものが設定されている。
戦闘態勢は、第5種戦闘態勢から決戦態勢の6段階となっており、この要塞にも同じものが適用されているのだ。
第5種から第4種の戦闘態勢は、この要塞に関係ないため省略する。
第3種戦闘態勢は『中強度の原生生物からの攻撃もしくは軍事組織からの小規模な攻撃が想定される』段階での戦闘態勢で、ロンギストリアータ第6要塞における平時体制でもある。
第2種戦闘態勢は『高強度の原生生物からの攻撃もしくは有力な軍事組織からの攻撃が想定される』段階の戦闘態勢で、この要塞では、月に数回の頻度で発令されている。
この要塞においては、非戦闘旅客向けの避難勧告こそ出るものの、戦闘旅客の活動に制限はかからない。
第1種戦闘態勢は『非常に強力な原生生物からの攻撃もしくは軍団規模の軍事組織からの攻撃』が想定される状態で、この要塞では数年~十数年に1回の頻度で発令されている。
この段階では、要塞の旅客たちは軍の指揮下に入り、組織的に原生生物を迎え撃つことになる。
加えて、要塞の所在地であるヴィリデレクス州全体でこの要塞を支援する体制になる。
また、発令後1時間で要塞外部と接続する大きな門は閉鎖される。
要塞へは、戦時通用口からしか出入りできなくなるのだ。
決戦態勢は『文明存続の重大な危機』における戦闘態勢であり、この要塞では、過去に2回発令されている。
この段階では、国全体が戦時体制となり、文明の防衛に全力を尽くすこととなる。
俺たちに関係することとすれば、即座に全門が閉鎖され、戦時通用口しか使えなくなることだろうか。
警報に続き、要塞内に放送が流れる。
《要塞内の全人員に告ぐ。これより31時間後、有力な原生生物の集団と当要塞は戦闘に入る可能性が高い。総員、迎撃に備えよ。繰り返す・・・》
31時間。
腕時計を見る。
今の時刻は、午後3時。
31時間後となると、明日、7月2日の午後10時になる。
準備時間は、少ない。
「ブリーフィングルームに行った方がいいっすよね?」
ヴァシリーサが言う。
俺たちは、要塞に来た際、一時的に軍属になるとともに、第1種以上の戦闘態勢になった際に集まるブリーフィングルームも通達されている。
今回、第1種戦闘態勢が発令されたため、急ぎ、そのブリーフィングルームに向かう必要があるだろう。
俺たちは、ブリーフィングルームに向かう途中、互いの臨時階級を確認する。
「すると、某たちは、階級的には、メタル殿の指揮下で働くことに?」
作太郎が、訊いてくる。
全戦闘旅客は、この要塞に来た時点で、全員が臨時の軍属になるとともに、臨時の階級が与えられている。
エミーリアは中尉、作太郎が大佐、ヴァシリーサが少将である。
正確には、エミーリア旅客中尉、作太郎旅客大佐、ヴァシリーサ旅客少将となる。
俺は、実は客員大将という軍の階級は持っている。
個人の武勇が大きく評価されるこの星において、軍隊という、強さが必要な組織では、その傾向はより強い。
その文化は、将官や元帥クラスの高級軍人においても例外ではなく、ある程度以上の武勇を求められるのだ。
俺は、高級軍人の中でも、上級大将や元帥という、最高クラスの階級の軍人を相手に個人戦闘訓練の教官を務めている。
高級軍人に、どこの誰ともわからない人物が教官をするわけにはいかない。
故に、それに釣り合う『客員大将』という階級を名目上与えられているのだ。
大将といっても、仕事の回数は年数回ととても少なく、特殊な雇用契約であるため軍人としての特権もほぼ認められていない。
そのため、軍属でありながら、普段の立場はほぼ民間人と変わらず、旅客としての活動もできていたのである。
とはいえ、名ばかりの階級ではあるが、一応、大将と同格という扱いになる。
今回は、この名ばかりの階級がそれなりに活きてくるかもしれない。
そんなことを考えながら、作太郎に言葉を返す。
「うーん、いつも戦い慣れているパーティを分割するとかは、基本的にないと思うけど・・・。」
戦闘旅客のチームを分割するのは、愚行だ。
特に、こういった時間の無い緊急時は、チームを分割せず、それぞれのチーム毎に防衛戦力の1ユニットとして扱った方が効率的である。
実際、以前の第1種戦闘態勢の時などは、いつものチームのまま行動させることが多い。
今回も、そうなると考えるのが妥当だろう。
大きな通路に出ると、その通路は、大変混雑している。
「料理旅客はこっちーー!!」
「運転できる人ーー!」
「体力のある人はこちら!」
「慰安旅客はこっちへ!」
誘導の軍人が、叫んでいる。
それに従い、人々は粛々と自分のできることを探し、行動している。
混雑こそしていても混乱はしていないようだ。
皆、覚悟を持って辺境に来ている人々だ。
それに、辺境でいつも行っていた仕事がある。
その仕事は、そのまま迎撃と戦線維持に必要な仕事に繋がるのだ。
人々の目には、闘志と、生き抜く意思が宿っている。
俺たちは、その事人々の群れをかき分け、ブリーフィングルームに向かうのだった。




