第6話 訓練
エミーリアの剣が、鋭い軌道で俺の喉元を狙い、突き出されてくる。
俺は、それを剣で弾く。
そして、返す刀でエミーリアの首めがけて横薙ぎに剣を振るう。
エミーリアは、俺に突きを放って隙ができていたように見えたが、その体内から新たな腕が現れ、その手に持った剣で俺の横薙ぎを弾く。
嫌な予感がして、後方に跳ぶ。
すると、ちょうど俺の死角だった方向から、4本目の腕が、剣を脇腹に向けて抉り込んできていたところだった。
危ない。
俺が離れた瞬間、エミーリアが二人に分かれる。
2人のエミーリアは、俺に向かって猛進。
猛進してくるエミーリアの攻撃を、受け止める。
その瞬間、2人のエミーリアの背後から、さらに2人のエミーリアが飛び出し、左右から俺に向かって切りかかってくる。
斜めに半歩下がり、4人からの攻撃タイミングをずらす。
そして、一人ずつ対応。
エミーリアはさらに2人増え、6人になって、俺に攻めかかってくる。
辺境で仕事をしていることで霞んでいるが、エミーリアは十分に一流と言っていい戦士である。
そのエミーリアが6人になって、かつ、同一個体である故の抜群の連携で襲い掛かってくるのだ。
弱いはずがない。
その証拠に、だんだん捌ききれなくなってきている。
このままでは、ジリ貧だ。
状況を変えたい。
ここは市街地。
近くには、多くのビルが建っている。
そのうち、最も近くのビルに逃げ込む。
エミーリア達は、俺を追い、同じビルに入ってくる。
俺が廊下に逃げると、エミーリア達も廊下に入る。
その瞬間、手近な壁を力ずくで引きはがし、エミーリア達に投擲。
今回の開放数は、30,000。
エミーリアの開放50と同程度の戦闘力になるよう、合わせている。
俺は、エミーリアよりも力を細かく分けているのだ。
開放30,000の力があれば、壁を引っぺがして投げることなど、簡単なことなのだ。
6人のエミーリアは、全員で盾を構え、突如飛んできた壁をガードする。
壁は粉砕され、ビルの中には、壁の破片と埃が飛び散って充満し、視界が悪くなる。
その視界不良に紛れ、6人のうち、一番端のエミーリアに掴みかかる。
引きずり倒し、胸元に剣を一突き。
そのエミーリアは、青白い光になって消える。
まずは一人。
一人倒された瞬間、残った5人はこちらに気づいた。
だが、態勢を立て直せていない。
そこで、もう一人に切りかかり、同じく胸に一突き。
そのエミーリアも、青白い光になって消える。
エミーリア達が態勢を立て直したところで、俺は近くの部屋に飛び込み、視線を切る。
4人のエミーリアは、背中合わせになり、2人ずつ廊下の前後を周囲を警戒している。
甘い。
エミーリア達の歩いているすぐ横の壁を突き破り、エミーリアのうち一人に掴みかかる。
掴みかかる際に、まず一人の首筋に剣を振るう。
一人。
そして、もう一人を掴み、そのまま、エミーリア達から離れる。
「あ・・・あぁ・・・。」
掴んで持ってきたエミーリアは、ようやく状況を把握したようだ。
そのエミーリアに、一突き。
青白い光になって消える。
残った二人のエミーリアは、それでも、諦めることなく、動き始めた。
どうやら、ビルの中を不利と悟って、外に逃げ出そうとしているようだ。
エミーリアは、ようやく自身の力を思い出したようで、ビルの壁に体当たりし、ぶち抜きながら、ビルから出ようとしている。
俺は、先回りし、二人のエミーリアが出てくるであろう壁の前で待つ。
案の定、目の前の壁が崩壊し、エミーリア2人が飛び出してきた。
そこに、斬りつける。
扉してきた2人のエミーリアは、驚愕の表情を浮かべながら両断され、青白い光になって消えた。
ブザーが鳴り響く。
戦いが終わったのだ。
30秒ほどたつと、俺の視界は暗転した。
*****
眼を開ける。
そこは、軍の闘技場のカプセルベッドの中だった。
今、俺とエミーリアの訓練が終わったのだ。
今日は、現歴2265年7月1日。
今の時刻は、昼の12時を少し回ったくらいだ。
エミーリアが大雑把に力の管理ができるようになってから、10日間。
その間、ひたすら、訓練を続けた。
最初は、戦闘の余波で建物を崩壊させてしまう等、意図せずに大きな被害を出すことも、多かった。
訓練用の空間で本当に良かったと思ったことも、一度や二度ではない。
だが、次第に練度も上がり、5日目あたりからは、余分な被害を出すことも減った。
そして、10日たった今日。
ついに、意図せずに周囲に被害を出すことなく、戦いを終えることができた。
途中、ビルの壁をぶち抜いていたが、意図してその力を振るうならば問題はないのだ。
これで、訓練はひとまず完了ということになる。
これからは、実戦で鍛えていくほうが、いいだろう。
そんなことを考えつつ、カプセルベッドから出る。
カプセルベッドが立体的に並んだ空間の中央、ベンチが設置されている場所には、エミーリアがベンチの上に転がっている。
俺は、エミーリアに近づく。
「・・・また、負けた。」
エミーリアはそう言い、いつも通りのジトっとした目つきの無表情な顔で、俺の方を見る。
その表情は、パッと見は不機嫌そうだが、実際は不機嫌ではないようだ。
「やっぱり、メタルは強い。」
そう言い、エミーリアは、ぴょん、とベンチから起き上がる。
そして、なんとなく楽しそうな表情で、俺の方を見上げ、言う。
「お昼を食べに行く?」
エミーリアは、そう言って首をかしげる。
・・・ちょっと、あざとい。
まあ、午前中いっぱい訓練したのだ。
お腹も空いていることだろう。
「ああ。行こうか。何が食べたい?」
エミーリアと共に、軍の闘技場を後にする。
荷物を部屋に戻しに行くと、ちょうど、別の場所で訓練していたヴァシリーサと作太郎も戻ってきていた。
「いや~。作太郎さん、強いっすね。」
訓練の感想を言う、ヴァシリーサ。
「いやいや。まだヴァシリーサ殿には敵いませぬ。」
そう返す作太郎。
だが、その言葉にヴァシリーサは首を振る。
「魔法とかも複合すれば、まだあたしの方が強いっすけど、近接戦闘だけだと、作太郎さんの方が強いっすね。」
ほう。
青鉄クラスの戦闘旅客の中でもそれなりの強さを持つヴァシリーサにそう言わせるということは、相当なのだろう。
確かに、何回か作太郎と手合わせしたが、その剣の冴えは、青鉄クラスと言われても納得できるレベルだった。
作太郎が緑透金クラスにいる理由は、近接戦闘オンリーの強さである故の状況対応力の低さが響いているのかもしれない。
「はっはっは。ヴァシリーサ殿にそう言って頂ければ、嬉しいですな。」
そう、からからと笑う作太郎。
「とはいえ、次は、まとめて叩き斬って見せましょう。」
そう言い、作太郎は不敵に笑う。
内心には、悔しさもあったのだろう。
だが、作太郎は、それを向上心に変えている。
いろいろな意味で、強い男だ。
「二人とも、昼めし食いに行かない?」
俺は、二人を誘う。
「お、いいっすね。ちょうど腹が減ってきたとこっす。」
ヴァシリーサが快諾する。
「いいですな。アンデッドとはいえ、腹が減っては戦はできませぬからな。」
作太郎も乗り気である。
骨と皮だけに見える作太郎も、普通に食事はできるのだから、アンデッドは不思議だ。
仕事を受けていない間の、ひと時の平和。
この平和を楽しもうと思いつつ、俺は昼食を摂りに部屋を出るのだった。
空腹のエミーリアは、今日も食欲旺盛だったのは、言うまでもない。




