第5話 力の管理
50人のエミーリアが、迫ってくる。
とりあえず、最も近い、大本のエミーリアを受け止める。
すると、1秒ほどハグした後、大本のエミーリアは、スっと、後続に俺の正面を譲った。
後続も、俺に1秒ほどハグすると、さらに後続に譲っていく。
そのまま、一人ずつ、ハグしていく。
ハグし終わったエミーリア達の表情は、なんだか満足げだ。
・・・とりあえず、全員が俺と触れ合いたかったようだ。
1分ほどで、全員とハグし終わる。
ハグし終わったエミーリア達は、各々、大本のエミーリアの内部へと帰っていく。
それでいいのか?
まあ、エミーリアがいいのならば、いいのだが・・・。
「・・・訓練する。」
全員とハグした後、どうやら満足したようで、エミーリアは武器を構えた。
その瞳は、やる気に満ちている。
俺は、そのエミーリアを見て、頷く。
「よし、じゃあ、力の制御法を教えよう。」
すると、エミーリアは、ピンと来たようだ。
「・・・開放?」
俺は、再び頷く。
「そう。俺たちが『開放法』って呼んでいる、力の制御法だ。」
俺は、そう前置きして、エミーリアに力の制御法について、解説を始めた。
*****
開放法。
それは、超人の力の管理法の一つである。
超人の中でも力の強い者達は、己の力をどうにかして管理する必要があるのだ。
超人、正式名称『超越個体』は、自らの種を超えた能力を発揮できる個人のことを指す。
とはいえ、超越個体と言っても、種の限界をぎりぎり超えただけの者から、物理法則を完全に無視する怪物まで、その能力はピンキリなのだ。
例えば、時速30㎞で走ることが物理的に限界の生物が時速32㎞で走ることができれば、それは、超越個体になる。
だが、その程度の超越個体ならば、日常生活に何ら影響はない。
しかし、本来50kgの握力が5000㎏あるならば、話は変わる。
茶碗は持つだけで粉砕され、車のハンドルを握れば握りつぶされ、握手をすれば相手の手がミンチになる。
大きすぎる力は、制御しなければ日常生活に重大な支障が生まれるのだ。
そのため、超人の中でも力の大きい者達は、何かしらの方法で己の力を管理する必要が生じる。
開放法は、そう言った大きな力を管理する方法の一つのやり方である。
力の管理法は超人により様々だが、『開放法』は俺を始めとした多くの超人が使用している、汎用性の高い方法だ。
簡単に言えば、体の奥底、自身の世界の最奥に、自身の力を小分けにして格納しておく方法である。
ここで、自身の世界について、説明をしなければなるまい。
個人の内部は、各個人固有の世界になっている。
ここで言う個人の内部とは、体内のみのことではなく、その精神世界まで含めた、包括的な個人の内部のことを指す。
その個人がもつ固有の世界は、その個人の力の強さに比例してこの宇宙から独立していく。
そして、種の限界という最も身近な物理的限界を無視できるレベルまで力が高まり、個人の世界が確立してくると、超人になるのだ。
とはいえ、ぎりぎり種の限界を超えた程度の超人の世界は、そこまでこの宇宙から独立していないため、物理法則に大きく縛られる。
一方、非常に高レベルな超人は、その固有の世界が完全にこの宇宙から独立している。
それにより、己の世界の物理法則で動くことが可能になり、この宇宙の物理法則を無視した凄まじい動きが可能になるのだ。
しかし、その域まで己を高めると、最早、そのままでは日常生活はほぼ不可能になる。
そのため、力の制御と管理は、必須になるのだ。
俺は、先に述べた『開放法』で、自身の内部世界に自分の力を小分けにして格納しておくことで、管理している。
俺の場合は、自分の攻撃力に繋がる部分、筋力や物理的なパワーをほとんど格納している。
防御力は、開放していなくとも、全力の時とほぼ変わらないようにしてある。
力の管理は、訓練を重ねれば、そこまで細かく行うことができるようになるのだ。
ちなみに、他の超人で見てみると、管理法は様々ある。
例えば、メーアを見てみよう。
メーアは、俺のように力を開放する方式は取っていない。
周囲に浮かんでいる眼球に力を格納しており、その眼球は浮遊しているだけにすることで、日常生活への支障を最小限にしている。
ヒト型部分は、防御力はともかくとして、力は、日常生活に支障があるほどではない。
開放法と異なって、眼球をそのまま固定砲台として用いることもできる方法だ。
このように、超越個体によって、力の管理法は異なる。
エミーリアには、今回は開放法を学んでもらう。
しかし、今後、もっと合っている方式が見つかった、ないしは作り出した場合は、開放法を使い続ける必要が無い。
あくまで、日常生活に支障が出る前に、自身の力の管理法を手に入れることが重要なのだ。
*****
解説した後、訓練を行う。
エミーリアは、積極的に訓練に取り組んだ。
日常生活に支障が出ることを、実感できているためだろう。
その眼は、真剣そのものであった。
初めて、そろそろ3時間ほどだろうか?
今回、エミーリアには、俺と同じ『開放法』を訓練してもらった。
本来ならば、自身の力の強まりに合わせ、一つずつ開放の段階を作っていくものなので、習得は難航するかと思われた。
最悪、数日はエミーリアの日常動作を介助する必要すらあるかと思っていた。
だが、エミーリアは、たったの3時間でその感覚を掴んだ。
どうやら、元々自身が一人だが複数人に分かれているというレギオンの特性により、力を分ける感覚に慣れていたようだ。
さらに、自身を自身の世界にいつも格納しているため、小分けになったモノの格納の感覚も、最初から持っていた。
その感覚を応用することで、あっという間に『開放法』を身に着けたのだ。
流石である。
時間を見れば、午後4時を回ったところ。
「じゃあ、やってみる。」
目の前には、エミーリアが一人。
エミーリア達は、今は大本のエミーリアの中に戻っている。
武器を構えるエミーリアは、卓越した技量を持つ戦士としての独特な雰囲気を纏っているものの、その威圧感は、あくまで超人ではない戦士のモノだ。
「・・・開放、1。」
エミーリアが、呟く。
すると、エミーリアの雰囲気が、がらりと変わる。
いままでそこに立っていた、戦士としてのエミーリアはいなくなった。
それだけも敵を倒すことができそうな、強大な威圧感。
超人としてのエミーリアが、そこには、いた。
「いいね。じゃあ、もっと上げてみよう。」
エミーリアの表情が、少し、力んだ感じになる。
「・・・・・・開放、10。」
その瞬間、エミーリアから、紫色のエネルギーが立ち昇る。
体内から溢れ出した力が、制御を失い、漏れ出しているのだ。
その光は、30秒ほどかけ、エミーリアの体内に収まっていく。
光が完全に収まったのを見て、言う。
「・・・よし。じゃあ、全力だ。」
エミーリアのいつものジト目が、さらにジトっとする。
どうやら、エミーリアは、気合を入れると、ジト目がさらにジトっとするようだ。
「・・・・開放、100。」
次の瞬間、エミーリアの身体から、紫色の光の柱が聳え立つ。
訓練用の空間でなければ、その光は、雲すらも貫いていたことだろう。
開放一つ当たりの力の量は、個々人で異なる。
俺は、かなり細かく分けて格納しているが、エミーリアは、とりあえず100個に分けて格納したようだ。
開放1つ当たりの力の大きさが細かいことにも大きいことにも、メリットとデメリットがある。
力を細かく格納すれば、状況に合わせた適切な調整ができるが、慣れなければ開放に時間がかかる。
力が大きく格納すれば、開放は早いが、過剰な力で戦うことが多くなり、消耗が激しくなりがちである。
とはいえ、この辺は完全に好みの世界だ。
開放数は後からいくらでも変えることができるので、とりあえず100くらい、というのも妥当な選択だ。
そんなことを考えているうちに、エミーリアから迸っていた光の柱は、ゆっくりとエミーリアに収束していく。
巨大な光の柱は、たっぷり10分ほどかけて、エミーリアの体内へと収まっていった。
「よし、ひとまずは、いいね。力の制御は、これからも訓練を重ねていこう。」
周囲に己の力の光を漏らすのは、あまりいいことではない。
純粋に力が無駄になっているし、その光の強さから、相手に自分の強さが分かってしまう。
今すぐにできるようにはならなくてもいいが、いずれ、そのあたりの制御もできるようになった方がいいのだ。
「うん。とりあえず、日常生活に支障がない程度には、力を扱えるようになったね。今日はここまでにしようか。」
俺がそう言うと、エミーリアは頷く。
「・・・開放、終了。」
エミーリアから垂れ流されていたすさまじい威圧感が、無くなる。
「お疲れ、エミーリア。」
俺の言葉に、エミーリアが頷いて、口を開く。
「ありがとう・・・・・・お腹空いた。」
エミーリアらしくて、思わずクスリと笑ってしまった。
訓練で大きく消耗したエミーリアは、その日の晩、いつもの倍近い量の夕食をぺろりと平らげたのだった。




