第2話 軍の闘技場
俺が伝承に謳われる青の戦士であることを話しても、一緒に行動している3人との関係性は、特に変化はなかった。
エミーリアにとっては、俺が青の戦士であることは特に重要ではなかったようだ。
ヴァシリーサは、俺が青の戦士だったことを既に知っていたので特に変化はない。
作太郎は、最初こそ驚いたようだが、関係性が変わるほどではなかった。
まあ、作太郎から頻繁に手合わせを誘われるようになったくらいだ。
改めて自己紹介をした日から、俺たちは、仕事に出ていない。
俺たちは、新たに辺境に繰り出すこともせず、要塞内の仕事をすることもなく、のんびりと過ごしていた。
先の仕事でそれなりに大きく稼いだため、すぐに仕事をしなくても大丈夫なのだ。
物価が非常に高い辺境の地とはいえ、一人当たり2億印もあれば、しばらくは働かずとも問題はない。
このままの生活をしていればいずれは仕事をしなければいけなくなるだろうが、今は大丈夫なのである。
とはいえ、ただ理由もなくだらけているわけではない。
何もせずに過ごしているのにも、理由がある。
エミーリアの力が、まだ馴染みきっていないのだ。
一応、意識を取り戻す程度には力が馴染んできてはいるが、まだ戦えるほどではないと、エミーリアは言っている。
まあ、メーアの力は非常に大きかったので、さもありなん、といったところだ。
とはいえ、そんな状態で辺境に繰り出して仕事をするわけにもいかない。
ただ、戦闘が上手くいかなくて危険だ、では済まないのだ。
最悪、非常に強大な原生生物を要塞近くまで呼び込んでしまうことにも繋がりかねない。
辺境の生物には、相手を摂食などで取り込むことで相手の力を得ることができる生物も多い。
そういった生物にとって、巨大な力を内包しているが、それを使いきれていないモノなど、良い餌でしかないのだ。
エミーリアに釣られ、強大な生物が要塞近くまでやってくるのは、避けたい事態だ。
そのため、エミーリアの力が馴染むまで、要塞の中で大人しく過ごしていたのである。
*****
現歴2265年6月20日 午後1時
要塞の中で、特に仕事もせず、のんびりと過ごして、1週間ほど。
何もしないでいると体が鈍るため、毎日、運動は続けている。
ここは軍の要塞なので、体を鍛えるためのトレーニングルームや戦闘訓練用の闘技場など、訓練施設は充実しているのである。
「メタル。」
背後から、エミーリアの声がする。
今日も今日とて、何かしらで体を鍛えようと訓練施設に向かおうとした俺に、エミーリアが話しかけてきたのだ。
振り返ってみれば、エミーリアは、いつもの部屋着ではなく、戦闘用のチューブトップに着替えている。
剣と盾も持ち、今からすぐにでも戦闘ができそうな出で立ちだ。
「・・・そろそろ、戦えそう。」
エミーリアが、言う。
どうやら、この1週間ほどで、エミーリアの力は、だいぶ馴染んだようである。
そのため、そろそろ戦ってみたいようだ。
「相手を。」
どうやら、俺に相手をしてほしいらしい。
エミーリアの眼は、期待と、意欲に燃えている。
力を実際に使って慣らすことは、重要だ。
「いいよ。やろうか。」
俺は、期待感に満ち溢れているエミーリアに、頷き返す。
エミーリアと共に、要塞地下にある、軍の闘技場に向かう。
この要塞の施設のほとんどは、だれでも申請さえ行えば使用できるのだ。
要塞滞在中は軍属になっているので、軍設備が利用可能になるのである。
一時的に軍属になることの利点だと言えるだろう。
軍の闘技場も、以前に首都へ行ったときに利用した闘技場と、原理的には同じものだ。
少しだけ位相をずらした平行世界を生成し、この世界とその平行世界に重なるように自分を存在させるという魔術を用いた闘技場である。
闘技場に到着し、受付を済ませる。
部屋は、中隊規模戦闘向けの大規模な部屋を借りる。
最大300人対300人まで対応できる、この要塞で2番目に大きな部屋である。
余談だが、この要塞で最も大きい部屋は、1000人対1000人まで対応でき車両も再現可能な、大隊から連隊規模戦闘向けの部屋である。
この星で最も大きい部屋というと、各州の大規模な軍拠点に設置されている、数万人まで対応可能な戦略規模演習用の部屋がある。
大隊規模以上の部屋は、少しだけ位相をずらした平行世界を生成する際、古の大規模空間魔術も稼働させることで、実際の部屋よりもはるかに広大な空間を作り出すことができるようになっているのだ。
この古の大規模空間魔術も、再現こそ成功してはいるものの、応用できるほど原理の解明は進んでいないようである。
詳しくは知らないが、位相をずらした平行世界を生成する魔術にも深く結びついているのだそうだ。
受付をして、指定された部屋に入ると、いきなり大量のカプセル型のベッドが目に入る。
中隊規模戦闘用の部屋なので、600台も並んでいるのだ。
部屋は単純な四角い部屋だが、その壁を埋め尽くすようにベッドが積みあがっているのは、壮観だ。
一列あたり30段ほどベッドが縦に積みあがっており、3段ごとに頑丈そうな足場が設置されている。
各足場へは階段で登ることができるように複雑かつ規則的に階段が設置されており、なんだか、地球のインドにあるチャンド・バオリの階段井戸のような雰囲気だ。
部屋の片隅には、フィールド設定用の機器が並んでいるコントロールルームがある。
とりあえず、コントロールルームに入り、部屋の設定を行う。
首都の闘技場と比べても、部屋の設定項目が多い。
端末だけでは設定しきれないため、周囲にコンソールやコントロールパネルがたくさん設置されており、なんだか、小さな戦闘指揮所かなにかのようだ。
既に作成済みのフィールドがたくさんある。
一から細かい条件を指定してフィールドを作成していれば、いくら時間があっても足りない。
既にできあがったフィールドがあるのは、ありがたい。
とりあえず、作成済みのフィールドから、癖のなさそうなフィールドを選ぶことにする。
平地、温帯、季節は・・・まあ、春くらいが妥当か。
条件を入れて検索をすれば、該当するフィールドが20ほど表示された。
ああ、森なのか市街地なのかとかも、指定しなければいけなかったようだ。
ふむ。
市街地での戦いは、どれだけ力が大きくなったかをエミーリアが実感しやすいかもしれない。
コンクリートのビルが立ち並ぶ市街地と何もない平野が混在するフィールドを選ぶ。
スタート地点は、市街地と平野の境目に設定。
設定を終え、カプセルベッドに向かう。
下手に上の方のベッドに入っても仕方がないので、コントロールルームに近いベッド二つを選ぶ。
エミーリアがカプセルベッドに入ったのを確認し、俺も、カプセルベッドに入る。
カプセルベッドの蓋を閉じる。
首都のカプセルベッドと異なり、縦にベッドを積み重ねる際にかさばらないように、シャッタータイプだ。
完全に蓋が閉じると、アナウンスが流れる。
『準備完了次第、天井に設置されている開始ボタンを押してください。』
首都のカプセルベッドのアナウンスより、硬質な音声で、事務的である。
ベッドの端、シャッターになっていない天井部分を見れば、開始ボタンがある。
俺は、アナウンスに従って、ボタンを押す。
そして、目を閉じる。
さて、エミーリアはどれほど強くなっているのだろうか?




