第1話 相互理解
現歴2265年6月12日 午後3時
先日の仕事メンバーと別れて部屋に戻ると、チームメンバーには、改めて自己紹介をすることになった。
俺が、伝説に謳われる、青の戦士だということについてだ。
ヴァシリーサは知っているが、エミーリアと作太郎は知らなかったので、教えてほしいと言われたのだ。
「うん、いいよ。」
俺は、快く答える。
別に隠していたわけでは・・・。
・・・いや、隠していたな。
自分が伝説の存在だなどと下手に吹聴すれば、痛いヤツだと思われて引かれるだけだ。
それが怖くて、説明していなかったのだ。
ただ、それも、今回の仕事で強さを直接見られたことで、大丈夫になったと考えていいだろう。
なので、改めて、自己紹介をする。
「じゃあ、改めまして。俺はメタル=クリスタル。伝説や伝承によく出てくる青の戦士本人で、今は戦闘旅客だ。」
そう言うと、エミーリアと作太郎は、驚くこともなく、頷いた。
俺が青の戦士本人であることは、先日の打ち上げの時に伝わっていたので、問題なく受け入れることができたのだろう。
俺の改めての自己紹介を聴いた作太郎が、口を開く。
「では、メタル殿の愛剣『蒼硬』は、伝承に謳われる『蒼硬』そのもの、なのですかな?」
伝承に謳われる『蒼硬』。
まあ、有名な話だ。
どうやら、作太郎は、俺が青の戦士本人だとわかるまでは、蒼硬という名前は、伝説にあやかったものだと思っていたらしい。
「そうだよ。」
そう言い、壁に立てかけてある蒼硬に、目線を向ける。
「ということは、ヒト型にも、なるので?」
作太郎が、続けて質問してくる。
俺の愛剣『蒼硬』は、意思を持つ剣だ。
意思を持つどころか、ヒト型に変化することもできるのだ。
それは、伝説や伝承にも幾度か登場している。
俺は、作太郎の言葉に頷く。
「ああ、もちろん。」
俺はそう言い、壁に立てかけてある『蒼硬』に語り掛ける。
「ちょっと、ヒト型になってもらっていい?」
俺がそう言うと、まばたきほどの時間の後、俺たちの前には、女性が一人現れた。
女性が現れた瞬間、壁に立てかけてあった『蒼硬』は、消えた。
女性は、剣道着に似ている藍色の服を着ている。
身長は160㎝ほどで、細身だがしなやかな体つきをしている。
とはいえ、女性としての線の柔らかさも感じさせる体型だ。
どことは言わないが、大きくもなく、小さくもなくと言ったところ。
目じりは下がり気味で、なんとなく眠そうな、おっとりとした顔立ちだ。
暗い青色の髪を後頭部で雑にまとめている。
その女性は、俺たちをさっと見渡した後、口を開く。
「・・・そっちの二人は、はじめましてだねぇ~。蒼子だよ。よろしくねぇ~。」
のんびりとした口調である。
その口調の通り、どこかのんびりとした性格なのだ。
ヴァシリーサは過去に会ったことがあるので、初めて会うのはエミーリアと作太郎になるのだ。
「某は作太郎。訳あって狂骨をやっておる。姓はない。以後宜しく頼む。」
まずは、作太郎が自己紹介をする。
続いて、エミーリアが口を開く。
「私、エミーリア。レギオン。よろしく。」
エミーリアの自己紹介が、ミニマムレギオンから、ただのレギオンになっている。
ミニマムの格を超えたと、自分で判断したようだ。
続けてエミーリアが口を開く。
「・・・メタルの、奥さん?」
エミーリアの表情が、いつもの無表情ではなく、少し、頬が紅潮している。
エミーリアの表情の様子が変わるなど、相当感情が昂っている。
これは、俺が悪い。
互いの好意を確認したのに、その時から今まで、伝えていなかった女性が、近くにいたことになるのだ。
蒼硬は、いつも携帯しているのがあまりにも当たり前だったため、説明を忘れていたのだ。
だが、俺が口を開く前に、蒼硬が口を開く。
「あ、エミーリアさんって言うんだぁ~。メタルを、よろしくねぇ~。」
蒼子は、いきなりエミーリアの手を取って、その手をぶんぶんと上下させる。
「メタルは、放っておけば、女の子と付き合うことが無いからさぁ~。私も嬉しいよぉ。」
なんか、姉か、母のような口調だ。
俺の方が蒼硬よりもはるかに年上だが、なんとなく、妙に恥ずかしい。
「・・・あなたは、どういう関係?」
エミーリアは、蒼子の反応に面くらいながらも、質問する。
「私はねぇ、剣だよ。ただの道具。伴侶には、なれないからさぁ。」
蒼子は、そう言う。
まあ、昔からよく蒼子が言うことである。
エミーリアの表情が、少し、残念そうな表情になる。
「・・・残念。」
・・・なぜ?
なぜ、残念なんだ?
「え?なんでぇ?」
蒼子もそう思ったようで、疑問の声を上げる。
「一夫多妻に、理解があるかと思って・・・。」
・・・エミーリアの言葉は、いつも通り、足りない。
「もうちょっと、詳しく、教えてほしいなぁ?」
蒼子は理解できていないようだ。
俺も、理解できていない。
「あたしたちは、ちょっと席を外しておこうか。」
「そうですな。馬に蹴られても、嫌ですからな。」
そう言って、ヴァシリーサと作太郎が、退室していく。
気遣いが、ちょっと心苦しい。
その後、詳しく聴いてみると、理解できた。
エミーリアは、一人だが多数の人格を内包する、レギオンである。
エミーリア曰く、レギオン、特に群体レギオンを伴侶とするのならば、自動的に一夫多妻になるということのようだ。
群体レギオンは、代表人格が好いた人物を、全人格が好きになるのそうだ。
何人いても一人なのだから、それは当然のこと、なのだそうだ。
だが、各人格は、一人でありながら、別個の人格でもある。
そのため、全員が好意を持つとはいえ、それぞれの好意の形は少しずつ異なるとのことである。
多数の人格がそれぞれ、独立して伴侶のことを想うようになるのだ。
一人であり多数、多数であり一人であるレギオン特有の恋愛感情らしい。
故に、一夫多妻になる、とのことのようだ。
そして、円満な家庭生活を送るためにも、伴侶は一夫多妻に理解があってほしいそうだ。
先ほど感情が昂っていたのは、蒼子がいたことで、俺が一夫多妻に理解が深いと思ったからだそうである。
・・・怒ったりしていないならば、それでよかったのだろうか?
とはいえ、不誠実だったのは、事実だ。
俺はその不誠実だったことを説明し、謝る。
「とはいえ、今回は、不誠実だった。すまなかった、エミーリア。申し訳ない。」
それに、エミーリアは、頷く。
「・・・わかった。謝罪を受け取る。そして、許す。」
エミーリアは、快く許してくれた。
互いを好いて、これから一緒に過ごすことも増えるのだ。
互いに正直であることは、重要だろう。
「ということで、よろしくねぇ。」
蒼子が、言う。
その蒼子の方を見て、エミーリアは、言う。
「・・・蒼子も、伴侶になるべき。」
まさか、そう来るとは。
その言葉に、蒼子は狼狽える。
「わ・・・私は、剣だし?道具だし?」
蒼子は、そう言うが、エミーリアの押しは、妙に強い。
どうやら、レギオンという種の特性上、一夫多妻体制を好む、といった側面すらあるようだ。
「でも、メタルは、嫌いじゃない?」
エミーリアは、ぐいと蒼子に近づいて、言う。
蒼子は、目をうろうろとさせ、困った顔をする。
「えぇ・・・、えっとぉ~・・・?う~ん・・・。・・・えぃ!」
そして、答えることなく、剣の姿に戻ってしまった。
「・・・。」
エミーリアは、剣の姿に戻った蒼子、『蒼硬』を、じっと見つめている。
そして、エミーリアは、俺に向き直る。
「・・・今後も、伴侶は増やすべき。」
ちなみに、この星は、結婚の形態は、法律の定めでは、一夫多妻も、多夫一妻も、多夫多妻も、すべて認められている。
種族が多すぎるため、結婚形態を法律で限定できないのだ。
そのため、一夫多妻を求めるエミーリアを、俺が否定することもできない。
肯定も否定もできない俺は、エミーリアを見つめるしかできなかった。
一夫多妻の形態は、嫌という訳ではないが、いきなり言われて、頷けるものでもない。
今後も、エミーリアと蒼子を含め、話をしていかなければいけないことなのだろう。
・・・種族が違えば、相互理解と認識のすり合わせは、大変なモノなのだ。




