第32話 打ち上げと別れ
報酬は、装甲車の運用経費や購入資金分等を差し引いたうえで4人で均等に分けた。
そうなると、一人当たり2億印。
辺境の仕事としては、まあ、妥当なところだ。
億単位のお金が簡単にやり取りされるのが、辺境なのである。
とはいえ、今回の仕事内容的には、いまいち安い報酬でもある。
本来ならば、7眼のフローティングアイ討伐の金額のため、12眼のフローティングアイであるメーアを無力化したことには見合わない額だ。
それに、2眼までのフローティングアイならば文明圏でもよく見られるため、フローティングアイの素材は辺境の素材の中ではだいぶ安い。
そのため、売却価格もあまり乗らなかったのだ。
まあ、仕事内容になんとなく見合わなかったとはいえ、まとまったお金が手に入ったのも事実。
今回の収入で、装甲車の代金分も回収できたのはいいことである。
報酬を分けた日の夜、6月20日の午後6時ころ。
チーム『青の戦士を仰いで』のメンバーが、俺を訪ねてやって来た。
「メタルたちよ、ちょっと良いかの?」
そう言うのは、ヴィクトル。
ヴィクトルの後ろには、チーム『青の戦士を仰いで』のメンバーが揃っている。
怪我の治療中で、全身包帯だらけのリピまでいる。
なんだろうか?
「打ち上げしようよ!」
コロが明るい声を上げる。
打ち上げか。
いいな。
仕事を終えた後の、仕事をしたメンバーとの打ち上げ。
楽しいひと時だ。
「みんな、打ち上げ行けるかい?」
俺がそう声をかけると、エミーリア、ヴァシリーサ、作太郎の全員が頷く。
俺たちは、すぐに準備をすると、『青の戦士を仰いで』のメンバーと一緒に、打ち上げへ向かうのだった。
途中、エリザやエルザ、メーアとも合流し、店へと向かう。
店は主要塞の外にあるようで、主要塞から出て、主要塞の前に棚田状に広がっている防衛要塞に向かう。
向かう先は、防衛要塞内に作られた街だ。
どうやら、店を予約してあるらしく、『青の戦士を仰いで』のメンバーの足取りに迷いはない。
防衛要塞内に作られた街にある建物は、似たような外見の建物が多い。
辺境の強大な生物の襲来に耐えるため、分厚いコンクリートと鉄筋で造られた、武骨で強固な建物だ。
限られた資材で十分な強度を持たせるために装飾まで手が回っておらず、皆、似たような外観をしているのだ。
辿り着いた建物は、そんな似たような外見の建物が多い防衛要塞の街の中、他の建物よりもだいぶ大きな建物だった。
ここが予約してあるレストランのようだ。
他の建物と同じく装飾は少ないが、入り口にそれなりに装飾が施された看板が下がっている。
俺たちは、そのレストランに入る。
外見からは判りづらかったが、内装は小奇麗で洒落ており、立派なレストランである。
それぞれの席が個室になっているようで、人数の多い俺たちは、そこそこ大きい部屋に案内される。
3つのテーブルがある部屋で、部屋の隅には、丸いハッチがある。
ハッチは、地下道への避難経路で、防衛要塞内の街の建物には、もれなく配置されているのだ。
俺たちは、それぞれのテーブルに、適当な人数で分かれて座る。
全員が席に着くと、リトヴァがメニューを手に取る。
「好きなものを頼んでねぇ。」
そう言ってメニューを配るリトヴァ。
とりあえず、飲み物を頼む。
俺は、果実酒にする。
柑橘系の果実をリキュールで漬けたものだ。
打ち上げならば、酒を飲んでもいいだろう。
エミーリアは、何を飲んでよいかわからなかったようで、俺と同じ果実酒を選んだ。
ヴァシリーサは、北国の人々がよく飲む、度数の強い蒸留酒を選んでいる。
地球では、似たようなものをウォッカと呼んでいるそうだ。
作太郎は、しばらく前に地球の日本から入ってきた、日本酒なるものを頼んでいる。
辺境の店で販売しているとなると、かなり定着してきたといえるだろう。
注文すると、すぐに飲み物が出てくる。
全員の飲み物が揃ったところで、ヴィクトルが声を上げる。
「では、今回の勝利を祝って、乾杯!」
「かんぱーい!」
ヴィクトルの端的な挨拶と共に、全員がグラスを打ち鳴らす。
この乾杯という文化は、日本酒やビールと共に地球からやってきて、戦闘旅客を中心にあっという間に定着していった。
戦闘旅客という、ノリと勢いが好きな者が多い環境に、合致していたのだろう。
事前に予約しておいてくれたおかげか、料理がスムーズにやってくる。
その料理の量は、凄まじい。
皿の上に、料理が山になっている。
そんな状態なのに、雑になっておらず美味しそうに見えることから、このレストランのレベルの高さがうかがえる。
その大量かつ旨そうな料理に、目をキラキラと輝かせるエミーリア。
エミーリアの食事量を知っていた『青の戦士を仰いで』は、エミーリアに合わせた量で予約していてくれたらしい。
「さ、どんどん食べて!」
そう言うのは、リピ。
リピ本人は、怪我の関係で酒が飲めず、悲しげな顔をしていた。
俺も、目の前の皿の料理に、手を付ける。
肉に衣をつけて揚げたものに、甘辛い餡を絡めた料理だ。
一つ取って、口にする。
上質な油のうまみと、甘辛い餡がよくあっており、旨い。
しかし、この肉は・・・なんだろうか?
一般に販売されている肉ではないようだ。
鶏肉のような、貝のような、不思議だが旨い味がする。
「この肉、なんだろ?」
俺がそう言うと、ローランドが答えてくれた。
「オオガンセキカタツムリの肉だそうだ。」
オオガンセキカタツムリ。
今回の仕事の中でも戦った、あいつか。
こんなに肉が旨いとは知らなかった。
これだけ旨いならば、他の料理も期待できそうだ。
俺は、他の料理にも手を伸ばすのだった。
*****
宴会が始まって、およそ1時間。
皆、良い感じに盛り上がってきている。
そんな中で、コロが、俺の隣にきて、声をかけてきた。
コロの近くには、念力か何かで浮かばせている酒瓶がある。
「メタル。一つ訊いていい?」
コロは、俺に酒を注ぎながら、質問してきた。
「いいよ。俺が答えられることなら。」
俺も、質問に応じる。
「メタルはさ、僕たちが仰いでる『青の戦士』の、本人じゃない?」
・・・ほう?
まあ、気が付くか。
メーアとの戦いを見ていたのだ。
そう思うのも、ある意味では当然だろう。
周囲を見れば、チーム『青の戦士を仰いで』の全員が、期待感を込めた眼でこちらを見ている。
作太郎とエミーリアも、興味深そうに俺を見ている。
ヴァシリーサとエリザ・エルザ、メーアは真相を知っているので、特に気にせず飲み食いを続けている。
「・・・そうだ、と言ったら?どうする?」
俺がそう言うと、チーム『青の戦士を仰いで』の表情が、パッと明るくなる。
「サインもらう!」
コロが叫ぶ。
思ったよりも、平和的な内容だ。
「そうだな。うん。」
それならば、まあ、言ってしまってもいいだろう。
「いかにも。俺が、青の戦士伝説における、青の戦士本人。メタル=クリスタルだ!」
俺がそう宣言すると、チーム『青の戦士を仰いで』のメンバーは、全員が歓声を上げ、大盛り上がりだ。
なぜか、その盛り上がっている中に、エミーリアと作太郎も混じっている。
「ついに、ついに本人に会えた!」
「儂らが信じていた物は、本物じゃったんじゃ!」
・・・なかなか異様な盛り上がり様である。
気が付いたら、元から真相を知っているヴァシリーサとエリザ・エルザ、メーアまでも一緒になって騒いでいる。
酔っ払いだ。
チーム『青の戦士を仰いで』のメンバーは、皆、幼いころから『青の戦士伝説』に強いあこがれを抱いていたのだという。
まあ、青の戦士伝説は、地球で言う『桃太郎』のように、子供向けに再解釈されているものも多く、絵本などにもなっているから、そういった子供は多い。
ほとんどの子供は、大きくなるにつれてそれらの物語は空想のモノだと思い、興味が別のモノに移っていく。
だが、『青の戦士を仰いで』のメンバーは違った。
あまりの憧れから、自分たちが英雄的な存在になろうと、自己鍛錬を続けたのだ。
最初は、そういった方向で気の合うヴィクトルとローランドが立ち上げたチームだったらしい。
次第に似たような思いの者が集まり、今のチームになったそうだ。
活動を続けるうちに、メンバーたちは青の戦士伝説の原典も目にすることになる。
すると、どの伝説でも、青の戦士は死んでいないことに気が付いたのだ。
そこで、青の戦士は生きていると仮説を立て、本人に会いたいと思い、活動を続けていたらしい。
だが、生きている説については、メンバー内でも信じ切れておらず、半信半疑で活動を続けてきたそうだ。
そこで、俺の登場である。
外見的特徴が青の戦士伝説と一致する人物で、12眼のフローティングアイという怪物を正面から倒すことができる人物。
青の戦士本人かと思うのも、まあ、納得できる。
俺は『青の戦士を仰いで』の全メンバーにサインを書き、どのメンバーも、なんと、涙を流して喜んだ。
まあ、俺が青の戦士本人だということで盛り上がったのは短い時間で、その後は全員が楽しく過ごし、大いに盛り上がった。
盛り上がった宴会は、深夜どころか日が登ってくるまで続き、全員、大いに飲み食いし、楽しんだのだった。
*****
現歴2265年6月12日 午後1時
車両搭載可能な軌空車の前に、錆色号が停まっている。
錆色号は、幸いにも廃車にならず、ここ数日で修理され、完全な状態になっている。
その周囲には、チーム『青の戦士を仰いで』のメンバーと、それを見送る俺たちがいる。
「この後も一緒に旅をしたいところじゃが、仕事を放りだすわけにはいかんからな・・・」
ヴィクトルが言う。
チーム『青の戦士を仰いで』のメンバーは、別の仕事があるということで、ロンギストリアータ第6要塞から、文明圏の方向へ行かなければいけないらしい。
ヴィクトルは、大変残念そうな顔をしている。
「うむむ・・・。残念だが、メタル殿に迷惑をかけるわけにもいかぬ。」
そう言うのは、ローランド。
ローランドも一緒に旅をしたかったようだ。
イケメンなゴリラ顔が、くしゃりと歪んでいる。
「うん。会えただけで良しとしよう!縁ができたんだし、再開できるさ!」
プラス思考なのはコロ。
縁ができたのは、そのとおりだ。
またどこかで、会えることもあるかもしれない。
「一緒に戦えて、嬉しかった!またどこかで!」
サッパリしているのは、リピ。
怪我はまだ痛々しいが、十分な治療ができたため、後遺症の心配はないようだ。
「会えてうれしかったわぁ。先にお相手がいたのは、残念でしたけど。」
リトヴァは、そう言って、エミーリアにも目線を向ける。
・・・エミーリアが居なければ、俺は狙われていたのだろうか?
リトヴァの言葉に、エミーリアが少し反応する。
「ふふふ、冗談よぉ?」
どうやら、リトヴァはエミーリアを少しからかったようだ。
ひとしきり別れを惜しんだ後、チーム『青の戦士を仰いで』のメンバーは、錆色号に乗り込む。
そして、軌空車のランプウェイを通り、貨物室へと消えていった。
俺たちとエリザ・エルザ、メーアが見送る中、チーム『青の戦士を仰いで』を乗せた軌空車は発進していく。
客室の窓から、ヴィクトル、ローランド、コロ、リトヴァ、リピの全員が手を振っているのが見える。
チーム『青の戦士を仰いで』の皆は、新たな仕事に向かっていった。
エリザ・エルザは一度家に帰るそうである。
メーアは、一時的に軍に身を預け、その後、身の振り方を考えるそうだ。
さて。
俺たちは、次はどうしようか?




