第10話 旅は道連れ
「エミーリア、どうした?ついてきて。」
後ろを振り向けば、エミーリアが、隠れもせずついてきている。
「パーティーを、組んでほしい。」
ふむ。
エミーリアと、パーティーを組む。
悪く無い選択肢だ。
鹿の討伐時に見た彼女の強さは本物だ。
あの強さがあれば、多少難易度の高い依頼でも、受注することができるだろう。
エミーリアを見れば、こちらを感情が読み取れない瞳で見つめている。
はて、どうしてエミーリアは俺とパーティーを組みたいのだろうか。
「どうして、俺と組みたい?」
エミーリアに、訊いてみる。
「・・・強くなりたい。」
・・・ほう。
俺が強いから稼げそう、とか、一緒にいれば安全そう、ではなく、強くなりたい、と。
「それは、精神的に?それとも、戦闘力を向上させたい?」
「戦闘力。」
エミーリアは、即答した。
いまでもそれなり以上の強さを持っているエミーリアは、今以上に強くなりたいようだ。
「なにか、やりたいことでもあるのかい?」
そう問えば、エミーリアは、少し悩んだ表情し、口を開いた。
「・・・・・・迷惑はかけない。」
何をやりたいではなく、迷惑はかけない、ときたか。
何か力でしか解決できない問題でもあるのだろうか。
表情は変わらない。しかし、瞳には昏い光がある。
その眼光は、俺ではない誰かを見据えているようだ。
この眼光。どうやら、倒したい相手がいるようだ。
しかも、腕を競うライバル、とかの明るいものではない。復讐か、反逆か、そういったものだ。
・・・いいだろう。
復讐も反逆も力は必要である。
そして、今のエミーリアですら勝てない相手だ。並の相手ではない。
「いいよ。一緒に行こうか。」
そう言うと、エミーリアの表情が、心なしか明るくなる。
エミーリアに手を貸していいかは、わからない。
正義がエミーリアにあるのか、その相手にあるのかもわからない。
正義など無く、ただドロドロとした人間関係のもつれかもしれない。
だが、とりあえず、強くなることは悪くない。
ここで力をつけさせ、さらには自己を見つめなおす時間を与えるのは、決して悪くはならないだろう。
ということで、当面はエミーリアと組んで活動することになるだろう。
「さあ、行こうか。」
エミーリアに声をかけ、駅に向かって歩きはじめる。
「どこに?」
エミーリアが小走りで隣に並び、問いかけてくる。
さて。
どこに行こうか。
「どこがいい?」
そう訊くと、エミーリアは、少し考えると、口を開いた。
「どこでもいい。だけど、盾を使ってほしい。使える?」
・・・なるほど?
エミーリアも盾を使う。
大鹿討伐の際に見た盾の扱いは巧みで、それなり以上に使いこなせているように見えた。
だが、それ故に自分よりも強い盾使いを見てみたいのだろう。
俺も盾は扱える。
俺の方が強いかは置いといて、使って見せることは可能だ。
「いいよ。じゃあ、どこかで盾を買わなきゃな。」
たしか、近くに大型の武器屋があるはずだ。
スマートフォンで地図を見て、武器屋の位置を探せば、歩いて10分ほどの位置にある。
地図に従い歩くこと10分。
武器屋についた。
武器ショップ「ARMS」。
全国に展開している、大型の武器屋チェーンである。
ホームセンターのような外見の店舗には多くの武器や兵器が販売されているのだ。
「・・・ぉぉ。」
エミーリアが小さく息を呑む声が聞こえる。
その声に振り向けば、エミーリアの瞳が、心なしか輝いている。
チェーン店の武器屋としてはそこまで大きな武器屋ではないが、初めて来たのだろうか?
「こういう武器屋は初めて?」
ふらふらと店舗の奥へ歩を進めるエミーリアの背に話しかければ、振り向いて、頷く。
「私の自治区にはなかった。」
どうやら、エミーリアは自治区から出てきて日が浅いようだ。
思えば、エミーリアのことは何も知らない。
種がミニマムレギオンであることと、剣と盾を使うこと、それなりに強いことくらいしか知らないと言っていいだろう。
とりあえず、このような武器チェーン店が無い自治区なのは確かだ。
こういった武器チェーン店は、人口がそれなりにある自治区にはほぼ確実に1店舗はある。それが無いとなれば、田舎な自治区か、排他的な自治区なのだろう。
まあ、これからしばらくは一緒に行動するのだ。詳しくは自ずとわかってくるだろう。
エミーリアに集合時間と場所を言い、武器屋の盾コーナーに向かう。
携帯自動研ぎ機、盾塗装用ペイントスプレー、武器用の装飾品・・・。
途中、面白そうなものが多いので足を止めたくなるが、ぐっとこらえて盾コーナーへ一直線だ。
待ち合わせまでの時間はあまりない。
盾コーナーに到着する。カラフルな盾が所狭しと並んでいる。
見た目は立派だが、1,000印程度と安く軽い、ファッションとして身に着けるだけの盾。
伝統的な塗装が施された木製の円盾。
透明なポリカーボネートの、台形で体にフィットする小さな盾。
その種類は、100種類ほどもあるのではないだろうか?
量産品が中心だが、少ないものの、高性能かつ高価な盾も置かれている。
思ったよりも品ぞろえはよい。
様々な盾があるが、今回探しているのは、エミーリアが使っているものと同じような四角く少し湾曲した盾である。
高級盾のコーナーを見れば、1つ、条件に合った盾がある。
見た目は、地球のスクトゥムの湾曲を浅くして中央の金属補強部を無くしたような感じの長方形の盾だ。取り回しの改善のために四隅は切り欠かれている。
色は模様無しのワインレッドで、縁が金色の金属で補強されている。
タワーシールドほどの大きさではないが、結構な大きさの盾だ。
基礎は木製で、表面に1mmの厚みの焼き入れした鋼板を張り付けて強化しているようである。
重さは約50kg。ちょっと重いが、なかなかいい盾だ。
名前は『ヘビーワイン』。・・・ちょっと安直な名前じゃなかろうか。
このチェーン店の独自ブランドの盾で、価格は160,000印。まあ、材質と構造を見れば妥当だろう。
店員に声をかけ、盾から防犯用の鎖を取り外してもらう。
「ちょっと、持ってみてもいいかな?」
「え?ええ、どうぞ。」
店員が見守る中、盾を手に取る。
それなりに腕のいいデザイナーがデザインしたようで、盾裏面の取っ手の位置も悪くない。
盾裏面にはユーティリティツールホルダーもあり、使いやすそうである。
「この盾を振り回せる場所は、あるかな?」
そう訊くと、試し斬り場があるそうだ。
まあ、こういう店には必ずあるものなので、わかっていて聞いた感はある。
店員に、店舗備え付けの試し斬り場に案内してもらう。
「こちらになります。」
大型チェーン店だけあり、結構な広さの試し斬り場である。
地面は陸上競技場のようなゴムで覆われ、環境は良い。
数人が試し斬り用の樹脂ポールを斬ったりしているが、まだまだ十分に空きはあるようだ。
人のいない位置に移動し、盾を構えた状態で腰を落とす。
先ほども思ったが、取っ手の位置は悪くない。
腰を落としたときに、ちょうどくるぶしが隠れるか隠れないかぐらいの位置である。
とりあえず、裏拳を打つようにシールドバッシュを放つ。
そのまま、自分の身体を軸に盾を振り回す。
大きさの割に、取り回しは悪くない。四隅の切り欠きのおかげで、盾が地面に引っかかりづらいのだ。
その後、盾の重さを利用して、自分の身体を振り回してみる。
50kgの重さも、悪くない。慣性を利用すれば、自分の姿勢制御にも使える。
最後に、どのどちらも織り交ぜた動きをする。
うむ。悪くない。違和感なくこなせる。
まあ、細かい改良点を言えば無いわけではないが、価格と量産品であることを鑑みれば、十分にいい盾だ。
一息ついて周りを見渡せば、試し斬りをしていた人や店員が、唖然とした表情でこちらを見ている。
ははは、すごかろう。
この重さの盾をこれくらい振り回せる人は、この辺りにはあまりいないだろう。
しかし、いい盾だ。買いだな。
「この盾、買います。」
そう言い、俺は盾を買ったのだった。
盾を買って店を出ると、エミーリアが既に待っていた。
「・・・。」
エミーリアは無言で、俺の買った盾を眺めている。
持ってみたいと言うので、手渡してみれば、エミーリアも問題なく構えられるようだ。
「・・・少し重い。」
この重さの盾で「少し」で済ますあたり、エミーリアもなかなかな膂力をしている。
盾を背負い、駅への道を歩く。
横を見れば、エミーリアは何も言わず、前を見つめて歩いている。
さて、どこへ行こうか。




