第28話 エミーリアの力
現歴2265年6月12日 午前5時過ぎ
「・・・メタル?」
声が、聴こえた。
その声に、眼を開ける。
どうやら、寝てしまっていたらしい。
眼を開けた先には、ベッドの上で上半身を起こしたエミーリアがいる。
「・・・ああ、おはよう。」
そう声をかければ、エミーリアは、俺にしかわからないくらいの表情変化で、微笑む。
「・・・おはよう。」
エミーリアは、静かな声で、そう言った。
「体調はどう?」
そう問いかけると、エミーリアは、頷く。
「・・・いい。」
体調は良いようだ。
なによりである。
エミーリアは、ひょい、とベッドから立ち上がる。
数日寝ていたとは思えないほど、その動きは、軽やかだ。
「お腹が空いた。」
立ち上がったエミーリアは、そう言った。
俺は、何でもないようにエミーリアの手を取り、言う。
「よし、じゃあ、鯨骨街の美味しいものを食べに行こう。」
エミーリアは、期待を込めた笑顔をほんのり浮かべて、頷くのだった。
*****
エミーリアと共に、早朝の鯨骨街を歩く。
鯨骨街は、24時間稼働している都市だ。
旅客たちは、目的によって、早朝出撃や夜間出撃も普通に行う。
夜間や早朝に営業している店舗も多く、24時間営業の店舗も見受けられる。
とりあえず、目についた飲食店に入る。
古い店舗だが、よく掃除され、清潔感のある店内だ。
狭い鯨骨街の店舗らしく、決して広くはない。
だが、戦闘旅客向けの店のようで、他の店に比べて、テーブル間の通路幅などが少し広めだ。
戦闘旅客は、大柄な者や大きな装備を纏った者も多いため、それに合わせて通路を広めにしているのだろう。
店内は比較的空いているので、4人掛け向けのテーブルに、エミーリアと向かい合って座る。
エミーリアが、とりあえず、といった感じで、10人前の丼モノを注文する。
店員は、驚いたような、訝しげなような表情をしつつも、注文を受けている。
俺は、まあ・・・そうだな。
具の入った粥くらいにしておこう。
朝食なので、軽めなメニューがいい。
注文後、エミーリアは、微動だにせず、料理の到着を待っている。
だが、エミーリアを見慣れた俺ならわかる。
実はそわそわしている。
無表情に見えて、よく見れば、期待が溢れた表情をしているのだ。
少し、安心した。
力が大きくなっても、エミーリアは、エミーリアのままだ。
テーブルを挟んで座っているだけでも、エミーリアから力を感じる。
今のエミーリアの力は、巨大だ。
メーアから譲り受けた、エミーリアの体内に流れる力は、既にエミーリアに完全に馴染んでいる。
メーアの力全てを受け取ったわけではないとはいえ、元々のエミーリアの持っていた力と比べ、圧倒的に巨大な力である。
本来ならば、そこまで差の大きい他人の力を受け入れれば、性格や雰囲気が変わることが多い。
力に人格すら乗っ取られ、全くの別人になってしまうこと少なくない。
結果、それまでの仲間が離れる等の事態が起き、不幸な結末を辿ってしまう者も、今まで見てきた。
身の丈に合わない巨大な力というのは、危険なのだ。
メーアの、他者に力を譲る際の『飴』という形式は、そのような事態を防ぐためのものでもあったはずなのだ。
エミーリアを見てみる。
俺の目線に気づき、エミーリアが、少し首をかしげる。
笑いかけてみれば、エミーリアは、ほんのわずかに、はにかんだ。
可愛い。
・・・エミーリアは、変わっていない。
メーアの作り出した力の飴は、一瞬で溶け、エミーリアの中に消えていった。
元々のエミーリアの持っていた力と比べ、数千倍にもなるであろう力が、一気に流入したのだ。
本来ならば、性格が変わるどころか、人格が崩壊してもおかしくない。
実は、俺もそれを恐れていた。
しかし、目覚めたエミーリアは、内包する力が強くなったこと以外、何も変わっていない。
変わっていないことは、良いことだ。
だが、その事実から、予測できることもある。
エミーリアは、以前、メーアから譲り受けた力に匹敵するか、それ以上の力を持っていた可能性がある。
元々の器に対して大きすぎる力は、器から溢れ、人格の変貌につながる。
元々、大きな器を持っていれば、そんなことは起きない。
しかし、大きな器に対し力が小さいということは、普通は、ない。
基本的に、力を保持する器と、力の大きさは、一緒に成長していくものなのだ。
だが、エミーリアの力は、そこまで大きくなかった。
決して弱い訳ではなかったが、青鉄旅客には一歩届かない程度の力だった。
その力に合った器の大きさでは、メーアの力を受け止めることなどできない。
しかし、エミーリアは、力を受け止め、全く問題なく、自分のモノにした。
器が、異常なまでに巨大だったのだ。
メーアも言っていた。
内部が、ガランドウであると。
それは、あの優れた眼で、エミーリアの力を受ける器の大きさを見ていたのであろう。
実際、大陸を割ることができるほどの力を、難なく受け入れることができるほど、器は巨大だったのだ。
その器の大きさは、レギオンの特徴、などではない。
エミーリアと同じ種であるレギオンは、今までの人生の中で、何度も見てきた。
今まで見てきた人物たちは、器が力よりも過剰に大きくなることはなかった。
器と力は、一緒に成長していた。
だが、エミーリアの器は、異様に巨大であった。
このような、器と力の不均衡は、見たことがある。
何らかの理由で、大きな力を失った場合だ。
例えば、エミーリアに力を譲り終えた、今のメーアなどが、その例である。
メーアは現在、力は小さいが、力を受け入れる器の大きさは変わっていない。
そのため、今、外から力を得れば、あの小さくなった眼球たちは、すぐにでも巨大化するだろう。
エミーリアの状態は、それに似ている。
エミーリアは、過去に大きな力を失った可能性があるのだ。
・・・そこまで考えたところで、注文していた食事が運ばれてきた。
俺の前には、香りのいい野菜と少しの肉が入った粥。
エミーリアの前には、山のように聳え立った大盛の丼の群れ。
様々な具が乗って色とりどりなその姿は、いかにも旨そうだが、その丼がたくさん並んだ威容は、山脈のようだ。
エミーリアなど、丼の山脈に、隠れてしまいそうである。
「・・・いただきます。」
エミーリアは、普段は見せないような満面の笑みで、巨大な丼に齧り付く。
その笑顔を見ていれば、なんだか、エミーリアの過去を考えるのも、そこそこにしておいた方がいいような気がしてきた。
時が来れば、教えてもらえるだろう。
とりあえず、俺も、目の前で湯気を上げる美味しそうな粥を掬い取るのだった。




