第27話 鯨骨街へ帰還
現歴2265年6月11日 午後3時00分
フローティングアイと戦ってからおよそ2日。
鯨骨街に帰ってきた。
途中で野営をせず、夜通し帰ってきたため、短い時間で帰ってくることができた。
「よく帰ってきた!」
帰還すると、先に撤退していたヴィクトルとローランドが、笑顔で出迎えしてくれた。
辺境では、出撃したまま帰還しないことは、ままある。
帰還を喜ぶのは、当然のことなのだ。
「皆、部屋は取ってある。そこで体を休めるといい。」
そう言うのはローランド。
帰還に合わせ、宿を確保してくれていたようだ。
疲れた状態で宿探しをするのはちょっと骨が折れるので、助かる。
「そして、リピはこっちだ。治療を。」
ローランドは、ざっとメンバーを見渡し、各々の状態を把握すると、最も怪我の重いリピを担いで連れて行ってしまった。
リピも抵抗せずに連れていかれるあたり、いつもの光景なのだろう。
「あたしもちょっと医務室に行って検査してくるっす。」
消耗の激しいヴァシリーサも、医務室へと向かった。
大きな怪我こそないものの、消耗は激しい。
体内に損傷がないかの検査をしに行ったのだろう。
見えない怪我で、後々影響が出たという話も多い。
用心するに越したことはない。
「ボクたちは、ここじゃどうしようもないかな~。」
「そうねぇ・・・。流石に、私に合う肉体は無いわよねぇ。」
若干諦めを漂わせるのは、コロとリトヴァ。
アンデッドの二人を治療するには、鯨骨街では設備不足なようだ。
第3前進都市、通称『鯨骨街』は、西方辺境の前進都市では5本指に入る大きさの都市である。
とはいえ、ここは辺境。
どうしても設備は限られてくるのだ。
「幸いなことに、某は問題ありませぬ故、糧食など、手配しておきましょう。」
作太郎は、補給を行うようだ。
「糧食か。どのようなものか・・・。どれ、私もついていこう。」
そう言いだすのは、メーア。
メーアは全く消耗しておらず、元気いっぱいである。
とりあえず、作太郎についていこうと考えたようだ。
俺も、補給を手伝おうと思い動こうとすれば、作太郎が振り向かずに、言う。
「メタル殿は、エミーリア嬢についていてくだされ。」
・・・どうやら、気を使ってくれたようだ。
ありがたい。
*****
作太郎に言われ、緑のヒヨコ号の兵員室で横になるエミーリアのもとに戻る。
兵員室内の簡易ベッドの上に、エミーリアは横になっている。
エミーリアは、まだ目を覚まさない。
寝顔は穏やかで、苦しそうではないのは救いか。
エミーリアの手を取る。
小さな、暖かい手だ。
そして、その手から、力を感じ取る。
初日はエミーリアの体内で荒れ狂っていた巨大な力は、今はだいぶ凪いできた。
これは、近いうちに目を覚ましそうだ。
ふと、気づく。
・・・狭苦しい装甲車の中で寝かせておくのも、なんだか微妙だ。
エミーリアの肩とひざ下に手を回し、持ち上げる。
部屋に運ぼう。
軽い。
小柄な身体だ。
この軽い身体で、エミーリアは頑張っているのだ。
*****
宿のベッドに、エミーリアを寝かせる。
ローランドが確保していてくれた部屋は、鯨骨街では最上級の部屋で、個人部屋である。
鯨骨街は、1万5千人が生活するには、狭い。
そのような環境において、個人部屋というのは、最高の贅沢なのだ。
それでも広さには限界があったようで、部屋の広さは一辺が2.5m程度の正方形であり、広いとは言えない。
とはいえ、調度品は、旅客の蛮用に耐えうる品質の良いモノが揃っており、広さ以外のクオリティは高い。
辺境でこの部屋に泊まることができるのならば、十分恵まれている。
ベッドにエミーリアを寝かし、部屋に備え付けの椅子に座って、エミーリアの体調が急に変化しても対応できるよう、近くに控える。
エミーリアの横顔を眺める。
・・・かわいい。
いくらでも眺めていられそうだ。
そんな感じで、しばらくボーっとしていると、部屋の戸が叩かれる。
「はい?どなた?」
戸を開ければ、そこには、ローランドがいた。
「メタル殿、今回の仕事の報酬についてだ。」
そう言い、ローランドは数枚の紙を手渡してくる。
その紙に、ざっと目を通す。
1枚目は、仕事の完了証明書だ。
どうやら、俺がエミーリアの傍にいる間に、仕事の完了報告をしてくれたようである。
2枚目以降は、報酬の分け方について書いてあるようであった。
「その分け方でいいかどうか、見てくれ。」
書いてある報酬の分け方は、素案らしい。
どれどれ・・・。
・・・俺が多くもらいすぎな気がする。
俺たちのパーティに出た報酬は、総額で15億印程度。
そのうち、10億印が、俺に割り当てられることになっている。
流石に、全体の3分の2をもらうのは、多すぎないだろうか?
そう思い、2枚目の紙を見ると、報酬の内訳が書いてある。
・・・メーアを撃退した報酬で、8億もあるのか。
それ以外に、パーティ全体を指揮した報酬などで、多めにもらえているようだ。
パーティメンバーは、俺を含めて11名。
1億もらえない人がいるのは、ちょっとかわいそうだ。
「流石に、俺の分が多すぎるよ。俺は1億くらいもらえればいいや。もう一回、分けてみてもらえる?」
そう言って、ローランドに紙を返す。
「ふむ?そうか。ならば、見直してみよう。」
そう言い、ローランドは紙を受け取って去っていった。
俺は、1億程度もらえれば十分だ。
ローランドが去った後も、俺はエミーリアの傍に付いていた。
エミーリアが目を覚ましたのは、次の日の明け方のことであった。




