第26話 倒れたエミーリア
10個目の飴を食べた瞬間、エミーリアは、意識を失って卒倒した。
意識を失って倒れるエミーリアを、受け止める。
「メーア!これは一体!?」
エミーリアが心配で、思わず声が出る。
エミーリアを抱えながらメーアの方を振り向けば、メーアは、やっぱりな、といった表情をしている。
「ふむ・・・。まさかとは思ったが・・・。」
一応、落ち着いているようだ。
だが、俺は落ち着けない。
目の前で想い人が倒れれば、誰だって落ち着くことなどできやしない。
「どうなった!?エミーリアはどうなってるんだ!?」
俺がまくしたてれば、メーアは両手を前に出し、どうどう、といった感じのジェスチャーをする。
そして、落ち着いた口調で話し出す。
「まあ、落ち着け。悪い状態じゃあない。」
悪い状態ではない・・・?
意識を失っている時点で、悪い状態ではないのだろうか?
焦っている俺を宥めつつ、メーアは言葉を続ける。
「今、エミーリアの体内では、急激に増えた力を整理しているところなのだよ。」
メーア曰く、エミーリアは、自身の力に対して、器が大きすぎる状態だったそうだ。
その器と力のアンバランスさは、もはや、エミーリアの内部が虚ろに見えるほどだったという。
そんな状態だったからこそ、力を譲渡するための飴は、一瞬で体内に溶け込んで無くなっていった。
しかし、器は大きいとはいえ、そこに入っていった力も膨大である。
なにせ、大陸を割ることができるほどの力だ。
そんな膨大な力が急に流れ込んだため、エミーリアの体内では、その力を落ち着かせる必要が生じたのだ。
例えるならば、水、だそうだ。
小さなコップに水を注ぐのならば、水はすぐに落ち着いて静かになる。
だが、大きな湖に大量の水を急激に流し込めば、その波が収まるには、それなりの時間を必要とする。
エミーリアの器はその大きな湖であり、メーアの力がその大量の水である、とのことだ。
そして、力を落ち着かせることに全能力を集中させるため、エミーリアは意識を手放した、と考えられるそうだ。
その説明を聴けば、まあ、納得である。
実際、腕の中で目を閉じているエミーリアは、落ち着いた呼吸をしており、健康状態には問題なさそうだ。
「・・・むぅ、そうか。まあ、その理屈なら、わかる。」
エミーリアが安全なのはわかった。
・・・だが、ここで、少し、気に食わないことも出てきてしまった。
「・・・なんだか、メーアの力がエミーリアの中に入ったと思うと、ちょっと、複雑だな・・・。」
力の譲渡は、決して性的なモノではない。
だが。
だが。
なんだか、納得いかない感情を持ってしまうのは、男のサガというものだろう。
そんな感じにぶすくれていると、メーアが言う。
「おや?その感情・・・。そうか。エミーリアは、メタルの想い人であったか。」
・・・態度でばれてしまったようだ。
メーアは、そんな俺に、言う。
「安心しろ。私は、お前たちで言うところの、女だ。」
!!
・・・なんと。
メーアは、女だったのか。
中性的な見た目で、わからなかった。
男女の区別がないフローティングアイなので、そもそも無性だと思っていた。
驚く俺の顔を見て、メーアが言葉を続ける。
「フローティングアイは、全個体が子を生み出すことができる。だが、一応雌雄はあるのだぞ?」
そう言い、メーアは驚く俺を無視して、さらに言葉を続ける。
「それよりも、そろそろ文明圏に行こうではないか!私の眼球も小さくなったことだし!」
そう言うメーアの周囲には、ピンポン玉大まで小さくなった10個の眼が浮かんでいるのだった。
*****
現歴2265年6月9日 午後9時00分
夜を徹して、装甲車を走らせる。
フローティングアイと戦った場所は、一夜を明かすために隠れるのにちょうどいいクレーターがたくさん出来上がっていたが、帰ることにした。
リピとリトヴァの怪我が酷いためだ。
二人とも、応急処置により命の危険はほぼなくなっているが、速めに治療しないと後遺症が残りかねないレベルの怪我ではある。
特に、リピの2本の左腕は怪我の度合いが重く、治療が必要だ。
「リピ、大丈夫?」
そう、リピに問いかけるのは、左の脇腹が大きく抉れてしまったリトヴァ。
今は、抉れた部分に、アンデッド用代替肉体を取り付けてある。
アンデッド用代替肉体は、化学的に合成されたタンパク質の塊である。
質感としては、鶏の肉のような感じで、薄いピンク色の肉にほんのり肌色の皮膚が張り付けてある。
性能は決して低くはないが、リトヴァのように高級な肉体を持つフレッシュデッドにとっては物足りない性能の肉体だ。
また、リトヴァとしては、全く美しくないということで、はやく設備の整った場所で肉体を修復したいようだ。
「うん。痛み止めも効いてて、今は大丈夫。」
そう言うのは、左腕2本に包帯を巻き、首から吊り下げているリピ。
装甲車の中にしっかりと医療品を積んできていたため、応急処置としてはかなり上等な治療ができている。
しかし、あくまで応急処置でしかないため、はやくちゃんとした治療をする必要がある。
傷口が下手に塞がってしまう前に治療しなければ、後々影響が残ってしまうこともあるだろう。
また、二人以外にも、ヴァシリーサとコロも、消耗が大きく、任務の長期化はあまりよくなさそうだった。
そのため、夜間も移動し、とりあえず設備の整った鯨骨街まで撤退することにしたのだ。
現在、戦力になるのは、俺と作太郎、メーアの3人。
作太郎は、先の戦いでほぼダメージを受けなかったため、まだまだ余力がありそうだ。
メーアは、力をエミーリアに譲ったとはいえ、元が非常に強いうえに、一応最低限の力は残しているため、ある程度の戦力にはなる。
今のところ、鯨骨街までの帰路は、とても順調だ。
力を大きく失ったとはいえ、12眼のフローティングアイの威圧効果は抜群である。
俺たちの車列を見た周囲の生物は、そそくさと離れ、隠れていく。
「いや~。楽でいいっすね~。」
そう言うのは、比較的怪我が少ないヴァシリーサ。
怪我は少なめだとはいえ、消耗しているので、口調の割に顔色はあまり良くない。
「こういった状況では、助かりますな。」
ダメージをほとんど受けていない作太郎は、周囲を警戒しつつ応える。
俺は、少し、横になっているエミーリアに視線を向ける。
エミーリアは、まだ目を覚まさない。
だが、少し離れたここからでも、エミーリアに合わせて形を変える大きな力のうねりが見える。
エミーリアが目を覚ました時、エミーリアの力は、凄まじいモノになっているだろう。
エミーリアは、目的のために力が欲しいと言っていた。
目的は、灰神楽自治区を治めている、父であるレピスタを倒し、母であるナターリアを救うこと。
まだ、その目的は覚えているだろう。
だが、俺と生きたいと、行ってくれた。
一緒に生きていこうと、話した。
新たなる力を制御できるようになった時、エミーリアは、どうするつもりなのだろうか。
エミーリアが、どのような選択をしようと、俺は、エミーリアを助けていこうと、改めて強く思ったのだった。




