第23話 メーアの力
「エミーリアとやら。力には、興味がないか?」
メーアがそう言った時、エミーリアの眼が、少し、輝いた。
興味がないはずなどない。
エミーリアは、強くなるため、力を手に入れるために旅をしてきたのだ。
「・・・どういうこと?」
だが、エミーリアは、用心深い。
素直に頷きはしない。
「私の力を、貴女に譲りたいのだ。」
あまりにも都合のいい話に、エミーリアは訝し気な表情になる。
まあ、当然の反応だろう。
古今東西、唐突に力を譲られるのは、トラブルの前兆であることが多い。
訝し気なエミーリアに、メーアは事情を説明する。
その話を聴くうちに、エミーリアも納得したような表情に変化していく。
俺は、力を譲渡する内容について、エミーリアとメーアの会話を聴いていた。
エミーリアにとって不利な条件などもないようだ。
理不尽な要求もない。
ただ、力を手放したいメーアが、力が欲しいエミーリアに力を譲る、だけの話である。
互いの目的が一致しているため、話は、トントン拍子に進んでいく。
20分ほど話した結果、エミーリアは納得し、メーアから力を受け取ることにした。
「わかった。力はもらう。どうすればいい?」
エミーリアが、メーアに問う。
力が手に入るとわかり、だいぶ前のめりな感じだ。
「まあ、少し待て。」
メーアは、前のめりなエミーリアを制止する。
そして、メーアが、俺の方を向く。
「エミーリアとの話はついた。さて。メタル。」
?
改まって、なんだろうか?
「ひとつ、手合わせをしてくれないか?」
あれ?
メーアは、さっき、俺には敵わないとか、言っていなかっただろうか?
なんだか、戦わなくてもよい雰囲気じゃなかっただろうか?
「え?なんで?」
思わず問い返すと、メーアは、言う。
「メタルに勝てないことは、『見れ』ばわかる。」
その表情には、好戦的な笑みが浮かぶ。
「だが、今の私が、果たしてどこまで通用するかは、やってみたいのだよ。」
その言葉と共に、メーアの両目と、浮遊する10の眼球が、全て、俺の方を向く。
ふと気がつく。
メーアの瞳は、美しく深い、ターコイズブルーをしている。
それら全ての眼から、計り知れない圧倒的な力を感じる。
その力に、思わず、身体が震える。
いいじゃないか。
受けて立とう。
*****
戦う前に、俺とメーア以外は、少し離れたところに退避することとなった。
俺たちのパーティでは、唯一、リールのみが、防御に徹すれば、まだ生き残ることはできるかもしれない。
だが、リール以外の討伐隊の皆も、メーアの配下のフローティングアイ達も、巻き込まれて無事に済む者はいない。
リールも、防御に徹すれば倒されないだけで、戦力になるわけでもない。
退避し、流れ弾を防ぐことに専念してもらうことにした。
討伐隊とフローティングアイ達が同じ場所に身を寄せ合っているのは、少し、面白い光景だ。
俺とメーアは、100mほど離れて、対峙している。
「よし、皆は退避したな。」
メーアが、言う。
遠いが、問題なく声は聞こえる。
「メタルよ、準備は良いか?」
その声と共に、全ての眼が、俺を見据える。
俺は、愛剣『蒼硬』を抜き、構える。
「蒼硬、起きて。」
俺の声に、蒼硬が、少し、震える。
そして、気だるげな女性の声がする。
「んぁ?・・・ああ、敵ね。」
愛剣である蒼硬は、意思を持つ剣だ。
俺とは、とても長い付き合いの相棒である。
いずれ、蒼硬のことも、エミーリアには教えなければいけない。
だが、今は、戦闘に集中だ。
「ああ、その剣も、懐かしいな。」
メーアが言う。
蒼硬との付き合いは、長い。
前回メーアと戦った時も、既に愛剣だったのだ。
蒼硬を構え、呟く。
「開放、1000。」
体の奥底から、力が溢れ出してくる。
その力は、一瞬にして全身を駆け巡り、指先まで満ちる。
そのまま抑え込むこともできるが、あえて、体外に少し力を放出する。
まあ、戦闘前の威嚇のようなものだ。
そして、すぐに力を体内に抑え込む。
その様を見たメーアが、呆れたように呟く。
「・・・いつ見ても、凄まじい力と、その制御だな。」
そのメーアの言葉をあえて無視し、言う。
「準備いいよ。」
すると、メーアの雰囲気が、変わる。
「さて、始めるとするか。」
メーアの言葉と同時に、視界を、真っ白な光が埋め尽くす。
メーアが、全ての眼から、光線を放ったのだ。
8眼のフローティングアイが放った光線魔術が、児戯に思えるほどの、高出力な光線。
魔術というよりも、雑に魔力を垂れ流しただけにも見える。
その魔力の奔流に向けて、蒼硬を横薙ぎで一振り。
真っ白な魔力の流れに切れ目が生まれるので、その切れ目に飛び込む。
目の前にとめどなく迸ってくる真っ白な魔力を、蒼硬で切り伏せながら、前進する。
「相変わらず、頭がおかしいな!?」
メーアの叫びが聞こえる。
その瞬間、周囲から魔力の奔流が無くなる。
足元に嫌な予感がして、前に跳ぶ。
すると、俺が立っていた場所を中心に、半径10mほどの太さで、光の柱が天高く立ち上がる。
地面には、簡単な魔法陣。
先ほど、雑に魔力を垂れ流していたように見えて、地面に魔法陣を作っていたようだ。
回避した俺に向けて、10の瞳から、光線が放たれる。
さらに、先ほど発生した光の柱から、無数の光弾が周囲に放たれ始める。
前後から圧殺しようという魂胆なようだ。
まず、前方から迫る光線を、前進しながら潜り抜けて躱す。
そして、背後から襲い掛かってくる光弾を、蒼硬で弾く。
光弾の威力は低い。
これは、無視してもいいかもしれない。
8眼のフローティングアイの戦いを見ても思ったが、フローティングアイの戦い方は、ワンパターンだ。
眼球から光線を放つくらいしか、大技がない。
メーアは、先ほどの光の柱を作り出す技も使ったが、直撃しなければ大した威力ではない。
このまま順当に攻めれば、勝てる。
・・・そう思わせたいのだろう。
ずっと、視界を塞ぐ白い光線のみを撃っているのは、目くらましか。
先ほどの光の柱の魔術も、ブラフだろう。
全ての技が、12眼のフローティングアイとしては、弱すぎる。
12眼のフローティングアイの強さは、こんなものではないはずだ。
少なくとも、今、攻撃を捌き続けているが、『たった』1,000程度の開放で、捌き続けられていること自体が、おかしいのだ。
「ふむ、読まれているか。」
メーアの声が、妙に大きく聞こえる。
「だが、既に、貴様は捕らえられている。」
唐突に、襲い掛かってきていた光線が、止まる。
背後にあった光の柱も、もう、ない。
周囲を、確認する。
「・・・ほう。」
思わず、声が出る。
認識した瞬間、世界が、塗り替わった。
視界一面に広がるのは、美しく、ターコイズブルーの海。
深さは、膝丈程度。
広さは無限で、水平線は、深い闇に遮られ、見えない。
闇の中に、同じくターコイズブルーの星々が輝き、世界を妖しく照らしている。
退避しているはずの討伐隊の皆も見当たらなければ、フローティングアイ達も、いなくなっている。
討伐隊の中では、唯一、エミーリアだけが、同じ空間の遠く離れた場所にいる。
エミーリアは、突如として変化した空間に、驚いたような表情をして、きょろきょろしている。
ターコイズブルーの空間にいるのは、俺とメーア、そしてエミーリアだけだ。
メーアは、芝居がかった動作で、両手を広げて、言う。
「ようこそ、我が眼底の世界、涙の海へ。」
俺は、いつの間にか、メーアの作り出した世界に、飲み込まれていたのだった。




