第20話 さらなる襲撃
「じゃあ、いただきまぁす。」
エリザ・エルザが合体した竜人は、妙に艶めかしい声で言うと、切り落とした7眼のフローティングアイ眼球に齧り付いた。
その姿に、周囲のフローティングアイが震える。
明らかに恐怖している。
眼球は、フローティングアイの力の源である。
その眼球を食べられる、というのは、フローティングアイにとって、この上ない恐怖なのかもしれない。
しかも、群れのリーダーである7眼の眼球だ。
恐怖するのも当然だろう。
恐怖は伝播し、1分ほどで、フローリングアイの群れは散り散りに撤退していく。
士気崩壊を起こしたようだ。
俺は、フローティングアイの眼球に噛り付いている竜人に近づき、話しかける。
「なあ、お前のことは何て呼べばいいんだ?」
エリザとエルザが合体した竜人を、ただ“竜人”と呼び続けるのも、味気ない。
だが、この竜人はエリザでも、エルザでもない。
何と呼べばいいのだろうか?
「ああ・・・私?リールよ。私の名前は、リール。」
リール。
エリザとエルザの名前の中間の音を繋げただけにも思えるが、何か由来があるのかもしれない。
だが、この場ではそこまで訊いている暇はない。
「全く・・・所詮7眼。この程度か。」
「この程度で力の引継ぎを狙っていたなど、笑止。」
静かになった戦場に、新たな声が響く。
声は、戦場の空気全てを震わせるような、威圧感を持って、響き渡った。
声がした方向に、目を向ける。
丘の先。
そこから、巨大な眼球が、現れる。
7眼のフローティングアイの眼球よりも大きい。
直径は7~8m程度ありそうだ。
先ほどまで、気配は一切なかった。
今、気配が発生した。
転移魔術か何かを使って、この場に一瞬で現れたのである。
「8眼か。」
眼球サイズ的に、8眼のフローティングアイだ。
偵察情報と、事実が異なっている。
7眼の討伐どころか、それよりも格上の8眼のフローティングアイがいるではないか。
しかも、2体。
丘の先から感じる強大な気配は、2体分。
8眼2体とは、このくらいの深さの辺境に出現するような強さの相手ではない。
8眼のフローティングアイと同格の生物は、辺境のもっと奥に生息しているのだ。
「リール、やれそうかい?」
俺は、7眼のフローティングアイの眼球をいつの間にか食べ終えたリールに問う。
直径5mもあった眼球の半分は、ものの数十秒で、リールの体内に消えた。
リールの手足や口、翼は、7眼のフローティングアイの血液で、真っ赤に汚れている。
俺の声に、リールは、血の滴る牙を見せて笑う。
「ええ。お腹もいっぱいだし、やれるわ。この状態だと、お腹が空くの。」
どうやら、合体形態だと、エネルギー消費が激しいようである。
リールは、お腹をポンポンと叩く。
叩いた部分に、血の手形が付く。
リールは、それを一切気にしていないようだ。
「それにしても、この眼球、結構いい食材だったわ。美味しかったし、開放が1つ増えたもの。」
リールは相手を食べることでその強さをいくらか自分のモノにできるようだ。
リールは、傍らに置いてあった愛用のランスとヒーターシールドを手に取る。
そして、8眼2体に、目を向ける。
「開放、150。」
リールの身体から、先ほどとは比較にならないエネルギーが立ち昇る。
とはいえ、リールの表情にはまだ余裕がある。
8眼のフローティングアイは恐ろしい相手だが、リールにとっては、まだまだ余裕をもって戦うことができる相手でしかないようである。
リールは、7眼のフローティングアイの血を滴らせながら、垂直に飛翔する。
上空で翼を広げた瞬間、血が周囲に、花火のように飛び散る。
「ああ、あなたたちも、おいしそうね?」
捕食が、始まる。
*****
8眼のフローティングアイとリールの戦いは、数分で終わった。
双方が音速を突破している、超高速の戦いだ。
数分といえど、ものすごい密度の戦いである。
最初の4,5分ほどは、戦況は拮抗していた。
音速を突破したまま、恐ろしいほどの機動力で空を翔けるリール。
面制圧と単体への高出力攻撃で、その機動力を封殺にかかる8眼のフローティングアイ2体。
ものの5分で、数十回は双方が交差する、激しい戦いである。
その戦況は、8眼の眼球一つに、ランスが突き立った時に、動いた。
1体のフローティングアイが傷つくことで、面の攻撃の密度が減ったのだ。
そこで、勝敗は決した。
リールの動きを制限できなくなった8眼は、見る見るうちに穴だらけになり、そこから数十秒で完全に戦闘力を喪失したのだった。
*****
戦闘後、周囲を見る。
戦闘前、周囲は5㎝ほどの草が繁り、所々に灌木の茂みが生えている、豊かな草原だったはずだ。
だが、今は、黒焦げの大地に無数のクレーターが散らばり、縦横無尽に地割れが走る、この世の終わりのような景色になっている。
リールと、8眼のフローティングアイの戦闘の余波である。
無数の光線で大地は焦げ。
音速から繰り出される衝撃波で灌木は吹き飛び。
攻撃の余波で地面が割れる。
もともと起伏のある大地は、無数のクレーターと地割れにより、さらに複雑な地形になってしまっている。
その地形に隠れるように、『元』8眼のフローティングアイが、這う這うの体で逃げていく。
無事な眼球はなく、再生できないほど傷ついた眼球も多い。
あの8眼のフローティングアイは、これから、4眼か5眼まで退化することになるのだろう。
黒焦げで滅茶苦茶になった大地の中で唯一無事なのは、俺が余波に襲われないように守っていた、装甲車が停まっているあたりだけである。
「・・・超人って、すごいのね。」
「・・・壮絶。」
リトヴァとエミーリアが言う。
まあ、この景色を見れば、そういう感想にもなるだろう。
この景色を作り出した張本人であるリールは、8眼のフローティングアイの残骸に噛り付いている。
戦場にいる者達には、戦闘が終わった時特有の、緊張が解け切っていない、しかし、どこか安心したような雰囲気が漂っている。
だが、俺は、気を休めることが、できない。
黒焦げの草原の一角に、目を向ける。
そこには、ヒト型の何かが、立っている。
身長は2m程度。
中性的で整った顔つきをしており、性別はわからない。
目は完全に閉じている。
髪の色は褐色。
長くさらりとした髪を、後頭部で束ねている。
布がたっぷりとした白色の貫頭衣を着ており、体型は判然としない。
そして、最も目を引く特徴として、周囲に、複数の眼球が浮かんでいる。
「ふむ。そこにいるのは、メタルか。久しいな。300年ぶりくらいか?」
そのヒト型の何かは、言う。
声色も中世的だ。
・・・やはり、こいつがいたか。
「久しぶり。やっぱりお前だったか。」
11眼のフローティングアイ。
眼球の数が増えると指数関数的に強大になっていくフローティングアイにおいて、11眼まで上り詰めた、伝説のフローティングアイである。
300年ほど前、会った時は、11眼だった。
俺は、2,000年ほど昔、まだ7眼だったこいつと、戦った。
ブリーフィングの時に言われていた、「伝説」。
『七星災厄の伝説』の、張本人である。
その後、長い時を経て、眼球数を増やしてきたのだ。
だが、今は、『元』11のフローティングアイと言った方がいいだろう。
「目が一つ増えたか?」
俺がそう言うと、そのヒト型の何かは、にぃ、と笑う。
「ああ、増えたとも。」
そう言うヒト型の何かの周囲に浮かんでいる眼球は、10個。
ヒト型部分についている二つの眼球と合わせて、12眼にもなる、正真正銘、最強のフローティングアイが、そこにいた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
さて、私事ですが、仕事の関係の引っ越しのため、来週より数週間、更新をお休みさせていただきます。
楽しみにしていただいている方々には申し訳ありませんが、ご理解のほど、よろしくお願いいたします。




