第9話 おいしいごはん
正面には、懸木 鈴元帥が座っている。
元帥の後ろの一歩控えた位置には、ラピーラ=カルヴァン大将が立っている。
今いる場所は、剣ヶ峰の旅客情報局分局の1階ホールだ。
あのとき、軍のヘリが到着してすぐに、鈴を泣かせたチャラい男はヘリの中へ搬送されていった。付き人らしき神経質そうな男も一緒である。
現場はヘリに乗ってきた兵と研究者でひとまず閉鎖され、調査と検証に入るらしい。
分局へは軍のヘリに乗せてもらって戻ってきた。
ヘリの中は区分けされており、先に運び込まれたはずのチャラい男と神経質そうな男は、どこに乗っているのかはわからなかった。
だが、ヘリから降りたとき、チャラそうな男は鈴の、神経質そうな男はラピーラの熱狂的なファンになっていた。
果たして、ヘリに乗っていた数分のうちに、何があったのだろうか・・・。
その後、ラピーラから分局の中で報酬を渡すと言われ、ホールの席に座っているのだ。
鈴は澄ました顔をしているが、泣いてしまったため、まぶたが若干赤い。
なかなか締まらない見た目である。
「まずは、こちらが今回の報酬になります。」
声が震えたりはしていないので、もう大丈夫なのだろう。
鈴がそう言うと、後ろに控えていたラピーラが、スッと分厚い封筒を差し出す。
封筒の中身を改めれば、現金300万印が入っている。
普通のツルギガミネセンジュの討伐報酬は大体100万~150万印ほど。
戦った個体の強化具合から考えれば、少し多いくらいだろうか?
「ちょっと多くないか?」
そう、鈴に問う。
「ええ。討伐だけで考えれば、少し多いです。ですが、技術作戦軍は現在、今回のような事例を集めています。軍の調査への協力代とでも思ってください。」
なるほど。そういうことなら、もらっておこう。
封筒を受け取ると、鈴は笑顔になった。
「今回に近い事例がありましたら、呼んでくださいね。では、調査に戻ります。大将、行きますよ。」
そう言い、鈴は席を立つ。
「了解です、元帥。・・・じゃあな、メタル。新米4人も、がんばれよ。」
ラピーラも、こちらに一声かけた後、鈴に続く。
さて、今回のツルギガミネセンジュの件は、これでひとまずは大丈夫だ。
明日からは、鹿の討伐に専念できるだろう。
夕食は、持ち込んだ食糧を食べることにした。
旅客情報局の分局では、予約しなければ食事を用意してくれることは無い。
ちなみに、食事をしなければ、1泊は1,000印だ。
皆、食糧は持ってきているとのことなので、ホールで一緒に食べることとした。
角蔵は、エネルギーバーを取り出していた。最も安い携帯用のエネルギーバーで、クッキーみたいな見た目と触感だが、ほぼ味は無く、旨くは無い。だが、栄養価は十分で安い為、まだ稼ぎが少ないうちは大いに世話になるものだ。
レナートは、携帯用のコンロで、円筒形の樹脂パックを加熱している。昔は缶詰が主流だったが、今は、缶詰よりも後処理が簡単な、直火加熱できる樹脂パックの食品が多い。生分解樹脂なので、食べた後は地面に埋めればいいだけだ。中身はミンチ肉の煮込み料理のようだ。
レナートは、討伐の仕事こそ初めてだが、これまでも旅客として活動しており、それなりに資金があるのだろう。あまり高い食品ではないが、それなりに旨いものを用意しているように見える。
フーロの目の前には、液肥のボトルが置かれている。NPKは10-5-8と書いている。・・・流石に液肥は俺にはわからない。旨いのだろうか?
エミーリアは・・・こちらも円筒形の樹脂パックを持っている。だが、レナートの物よりも、二回り大きい。ファミリー向けサイズだ。一人で食べきれるのだろうか?
俺の用意したものは、軍用レーションだ。先ほど、ラピーラから1個融通してもらったのだ。パックを見れば、「スモークミートの野菜煮込みと乾パンのセット」と書いてある。旨そうだ。
それぞれの持ち寄ったものを、皆で分けて食べることとなった。
パーティーで仕事を受注するときの、醍醐味である。
OD色のレーションの外袋を開封すると、同じくOD色の四角いパックが2個、3cm四方くらいの大きな乾パンが入った小袋が1個、氷砂糖の小袋が1個、お手拭き、使い捨てスプーン、箸、ミニコンロ、マッチが出てくる。
炭水化物以外の栄養はすべて「スモークミートの野菜煮込み」にまとめてある感じだ。
不燃樹脂の板を折り曲げて作るタイプの小さなコンロを組み立て、固形燃料を置き、火をつける。
表記に従って蓋の端っこを少し開封した「スモークミートの野菜煮込み」をセット。固形燃料の火力は強く、3分ほどで、ぐつぐつと煮え始めた。
皆を見れば、それぞれの準備も終わったようである。
「いただきます!」
皆、腹が減っていた。
まずは、全員、自分の用意したものを食べる。
「う・・・味が無い・・・口の中の水分が・・・。」
角蔵の口から、悲痛な声が漏れる。
その声に笑いながら、スモークミートの野菜煮込みの蓋を取れば、中心にブロック肉があり、その周囲にカラフルな野菜が詰まっていた。
スプーンで肉を取れば、やわらかく崩れ、野菜と一緒に口に含むと、なかなかうまい。
だが、少ししょっぱい。
乾パンをつけて食べてみるが、ほんのり甘い乾パンとしょっぱい煮込みが、いまいち合わない。
ふむ。
「角蔵、それを一つ、乾パンと交換しないかい?」
角蔵のエネルギーバーと乾パンを交換し、スモークミートの野菜煮込みにエネルギーバーをつけて食べる。
うむ。これはよく合う。
「おお!これはうまい!角蔵も食べてみ。」
そう言い、煮込みを差し出せば、角蔵もエネルギーバーと一緒に食べはじめる。
「おう。旨いな!」
レナートが興味深そうにしていたので、レナートのミンチ肉を少しもらいつつ、煮込みも勧める。
ミンチ肉は、味付けもちょうどよく、大変おいしい。
「わたしも、食べたい。」
エミーリアが、珍しく物欲しそうな表情をしている。
角蔵がエネルギーバーを渡せば、エミーリアはレナートのミンチ肉とエネルギーバーを一緒に食べる。
表情にあまり変化は無いが、どことなく嬉しそうである。
エミーリアのパックを見れば、豆と肉の煮込みであった。しかし、すごい量である。1kgくらいありそうだ。
「エミーリア、こんな食えるのか?」
角蔵が言うと、エミーリアが頷く。
「余裕。」
そう言い、エミーリアは、猛然と豆を口に運び始める。
一気に4分の1ほど食べると、角蔵の方を見て、どや顔をする。かわいい。
「ほら、大丈夫。」
角蔵を含め、全員が驚愕の表情でエミーリアを見ている。
そんな中、フーロは液肥をちびちびと飲むのみだ。
「それ、おいしい?」
エミーリアが、フーロの液肥に興味を示す。
「え?これはノンフレーバーだから、植物系以外の人が飲んでもおいしくないと思うけど・・・」
フーロが困惑している。
というか、フレーバー付きの物もあることを初めて知った。
そんなことを考えていると、エミーリアが、液肥を少し口に含む。
そして、何とも言えない表情をして飲み込んだ。
「あまりおいしくない。まずくもない。」
微妙な評価だ。
「だから言ったでしょう?むしろ、まずくないの・・・?」
フーロはあきれ顔である。
それを見て、角蔵とレナートが笑う。
楽しい食卓であった。
エミーリアは結局、ファミリーサイズの食糧全てを平らげた。
レギオンはよく食べる種だとは知っていたが、あの小さな体に吸い込まれるように大量の食事が消えていくのは、なかなか圧巻であった。
おなかもいっぱいになり、その晩は皆、よく眠れたようであった。
鹿の討伐は2日間続けた。
その2日間は特に大きなトラブルもなく、順調であった。
最終的に、角蔵、レナート、フーロの3人で鹿を危なげなく討伐ができるようになった。
まあ、新人指導としては悪くないのではないだろうか。
エミーリアは一人でも全く問題なく鹿を討伐できていたため、少し物足りなかったようだが。
討伐終了の次の日、朝のうちに剣ヶ峰市の旅客情報局に戻り、報酬の分配を行うこととなった。
最終的な鹿の討伐数は25匹。討伐報酬と売却額合わせて、総報酬額は26万印。
配分は、4人に6万印ずつ配り、自分の分は2万印とした。
ツルギガミネセンジュの報酬は、4人に4万ずつ配り、俺の取り分は284万印。基本的に戦闘は俺だけが行ったので、俺がほぼすべてをもらうことになった。
4人からは、4万ずつとはいえ、自分たちは戦っていないのでいらないと言われたが、事後処理を手伝ってもらったので、その代金だと言って、渡すことにした。
これで、4人は10万印ずつ手に入れたことになる。
日当にすれば、初日も含め、3万印と少し。なかなかいい方だろう。
俺の方は、総額286万印。
ツルギガミネセンジュのおかげで、思った以上に稼げたが、もっと稼ぎたいくらいの額でもある。
「ありがとうございました。」
清算後、レナートがお礼を述べる。
「おかげでどうにかやっていけそうだよ。ありがとう。」
フーロからもお礼を言われる。
「ありがとな。俺、勉強してランクアップ目指すぜ。」
角蔵も、やる気に満ちているようだ。
角蔵とレナート、フーロは今後もパーティーを組んで仕事を行うことにしたらしい。
「・・・ありがとう。」
エミーリアからも、お礼があるが、いつもと変わらぬ無表情だ。
エミーリアは、実力が離れているので、パーティーに参加しないようである。
「いえいえ。こちらこそ。これからも頑張ってね。」
そう声をかけ、角蔵たちと別れる。
角蔵たちは、旅客情報局の外まで出て、笑顔で手を振って見送ってくれた。
気持ちのいい旅客達だった。
彼らは、いい戦闘旅客になるだろう。
春の暖かな陽に照らされ、道を歩く。
時刻は10時。
さて、今回だけでは収入は不十分だ。
今回の報酬を元手に、もう少し遠くで仕事を探そう。
・・・その前に。
「エミーリア、どうした?ついてきて。」
エミーリアが、隠れもせず、後ろをついてきていた。




