第三章、涙の泉
俺は、一日の仕事を終え、パソコンを開けた。お昼あやちゃんが話してくれたことが気になったからだ。なにぶん無知なので勉強がてらに。
深夜、慎の会社のコーヒーを入れパソコンにいそいそと向かった。
「う・つ・病・・・・っと。ENTER、ぽん。」
ずらーっと画面いっぱいに検索結果が出てきた。うつ病のほか、精神病、パニック障害、強迫性障害・・・などなど。自分には無縁だった言葉がたくさん並んでいた。症状について細かく説明しているサイトや、病院の先生が作っているサイトや、体験者、体験中、その家族の日記を載せたもの、克服者などのブログ。自分の家から近い病院を検索出来たり、こんな表現は不敵切かもしれないがかなり充実しているようだ。ということは、これだけのこの病気に対して関心を持っている人、体験者や悩んでいる人、などたくさんいるということであるには間違いないであろう。もしかしたら小雪ちゃんも本当にあやちゃんが言うようにそうだったら、と思うと、少し心配になった。あの日小雪ちゃんが吹いていた横笛の音色頭に浮かんだ。
ぐーっと冷めてしまったコーヒーを一気飲みして、は寝床についた。
そして小雪ちゃんと約束した火曜日がやってきた。夕方の配達中道
端で偶然慎にであった。慎も会社の配達中のようだ。カートにたくさんコーヒー豆や、缶をたくさんのせて近くの喫茶店に運んでいた。
「晃ちゃん例の火曜日やね。」
ん?何で知ってんだ??
「ああ、あやちゃんから聞いたん?」
「かわいいんこの子?」
ニヤニヤしながら聞いてきた。いわゆる定番の友人の冷やかしであろう。
「ああ、かわいいよ。親友のお前にははっきり言いたかったんやけんど、じつは一目ぼれしたんじゃ。」
慎はヘーっていう顔して俺を見ている。
「慎まだ配達中だろ?早くいけよ。おれもワイン配達中やけん。またゆっくり話聞いてだ。」
「おう!がんばれよ!ほななー。」
お互いそれぞれの配達にもどった。
夕方の配達を終えいったん家に帰り、仕事でかいた汗をシャワーでさっぱり流し、身支度をした。桜の木の下で出会ったから、桜の花びらが小さく散っているように描かれた黒地のロングティーシャツとまだ二月なので寒いので、ブラウンのダウンジャケットをセレクトした。
俺はいいそいそと少しスキップしながら、両国橋を渡って、桜の木の下へ向かった。彼女のことをもっと知りたい、自分のことも知ってほしいいろいろな気持ちがまじりあってつまり緊張気味にむかった。
「えとぶり!小雪ちゃん元気だった?」
白い少しふわっとした帽子をかぶり、グレーのコートにブルーの柄のワンピースの小雪ちゃんはこっくりとうなずいた。かばんには横笛がひょこっと顔を出していた。
二人で早咲きの両国の桜の木の下のベンチに座った。今日は先週とは反対の位置に座った。
「ずっと考えよったんよ。あんなにきれいな笛の音が吹けるのになんで悲しそうな顔してるんかなって。ずっときになっとって。話したくなったらいつでもいうてな。気つかわんと。」
小雪ちゃんはうつむいたままだった。
「けど本間にここの桜は早咲きやし綺麗よなー。」
「みんな、あたしの話聞きよったらみんな暗くなっていくん。最初はみんな話聞くよって結うけど、実際みんな困った顔していくん。ほなけん自分は何でこんな気持ちになるんかわからんけん話を聞いてほしかった、最初は。けどだんだん口には出したらいかんとおもて。」
俺ははじめてこんなにしゃべっている小雪ちゃんを見た。
「それは簡単にいえば、相手の人の頭の中はパソコンみたいに人それぞれ、頭の中のキャパがあんるんじゃ。小雪ちゃんが50パーセんントぶつけたとしょう。ほなけんどその相手に取ったら100パーセントかもしれない。相手のキャパがいっぱい、いっぱいになったら、相手の容量がいっぱいになってパニックになってしまうんやと思うよ。ほなけん困ってるように見えるんでないんかな?」
「晃ちゃんも困ってしまう?」
すがるような瞳で彼女は質問してきた。
「小雪ちゃんのキャパが100パーセントなら俺のキャパは150
パーセントやから全然余裕じゃよ!」
にーって笑顔で小雪ちゃんに笑いかけようとと横を向いたら、小雪ちゃんは大きな涙の粒をぽろぽろとこぼしていた。