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まどろみの中で急速に意識が覚醒する。何か嫌な夢を見た気もするが、よく覚えていない。何しろ夢だから。


豪奢な寝台の上でボクは寝返りを打つ。目の前にいるのは豊満な肉体を持つ赤毛の美女だ。

ニーナ。ボクの大切な仲間であり恋人だ。

幼少の頃から鍛え上げた彼女の肢体は打てば響く鐘のようで、ボクのどんな要望にも応えてくれる。


その逆方向に寝返りを打てば、そこには小柄な黒髪の美少女がいる。

リンネ。ボクの大切な仲間であり恋人だ。

生真面目で慎ましく、世間では聖女と呼ばれている彼女だが、ボクと二人きりの時だけは愛らしい本当の姿を見せてくれる。


泊った宿も良かったのだろう。思い出の地で、思い出を共有出来る二人との行為に、ボクは大いに満足した。けっこう大きな声も出ちゃったけど、そこは高級な宿なだけあって、部屋全体に風属性の魔法で空気の流れを遮断して、防音や、空調効果が施されている。高級な宿でもここまでやっている部屋はなかなかない。

最高の環境で、最高の女の子たちと、最高に楽しいことをする。



ボクは、勇者で、貴族で、大金持ちで、S級冒険者だ。

富、名声、可愛い恋人。

ボクは今、とても幸せだ。

とても幸せだから、さっき見た悪い夢のことなんてすぐに忘れてしまった。





ゴブリン退治の目途が立ったボクらはヤツらが占拠しているという集落に向かう。放った斥候の報告では、ゴブリンロードは占拠した5つの集落の内、もっとも山奥の集落に陣取っていると思われる。そいつが魔王なのかどうなのか、そこまでは未確認だ。何しろ魔王かどうか識別するには鑑定スキルを限界まであげた者か、勇者の『解析』のようなエクストラスキル、または特別な加護持ちがシステムウィンドウの表示を確認するしか方法がない。


「まぁ、キヨハルなら楽勝だろうけどさ」

「そうですわ。キヨハル様は無敵ですもの」


ニーナとリンネは絶大な信頼を向け、ボクに言う。その向かいでトールは不機嫌な表情を濃くしながら、ボクを盗み見てくる。

正直、ボクも自分が負けるなんてこれっぽっちも考えていないけど、万が一って事態はそれこそ万に一回くらいは起きるかもしれない。いちおう油断は禁物だ。


「そんなことはないさ。警戒はしておかないと」

「キヨハルは心配性だな。まぁ、そういうところが頼もしいけどさ」

「ええ、さすがはキヨハル様ですわ」


ボクの言葉に二人は満面の笑みを浮かべ、対照的にトールの表情が翳る。正直、面倒くさいヤツだが、あまり気にしても仕方がない。もうコイツはこういうヤツなんだと思って諦めている。

そんなトールにマリーが「トール、お腹痛いの?」なんて聞いているが、コイツは不愛想に「別に……」というだけだ。

まったく女の子にはちゃんと優しくしてあげないといけないのに、駄目なヤツだ。まぁ、コイツとももうすぐ別行動だから、これ以上気にするのもバカバカしい。


ここからボクらは二手に分かれる。現在、王国の兵が山を囲うようにして陣取っている。とは言っても、彼らのほとんどは今回の電撃戦には参加しない。今回の作戦はゴブリンロードが魔王であることを前提に組まれている。目の前の不愛想なゴブリンマニアの言葉を参考にすると、以前ゴブリンの魔王が発生したとき、異常個体である魔王を始末したにも関わらず、すぐに別個体の魔王が発生したらしい。異常個体の特異性として、発生すると群れ全体が強化されるという特性がある。通常種が上位種に進化しやすくなるのだ。そのため能力の平均値が上がり、それが下位種にまで伝播し、群れ全体の知能や戦闘能力が高まっていくのだ。トールの……というか、彼が読んだ文献の考察では、ゴブリンは繁殖力の高い種なので、群れの能力が上がると、異常個体が発生する土壌が整いやすいのかもしれない、とのことだ。

だから余計な人手はなるべく包囲網に割く。柵で囲った中に強力な猟犬を放ち、中の獲物を皆殺しにするのだ。ボクは左辺から、トールは右辺から、それぞれ一か所集落に寄り、行き掛けの駄賃でゴブリンを適当に始末しながら奥の集落へと向かう。ボクらの最優先目的はゴブリンの魔王で、どちらでもいいので先に遭遇した方が始末する手はずだ。中央には王国の精鋭部隊がゆっくりと進軍して圧力をかけていくので、内部をかき混ぜて混乱させるという狙いもある。


「魔王を始末したら、すぐに引き返して中央の王国軍に合流。ゴブリンジェネラルが残っていた場合、優先して始末していくから、包囲網からの報告があったらすぐに急行する……こんなところでいいのかな?」

「ああ、それでいい……」


作戦を確認するためにボクが口にすると、トールは暗い視線でボクを()めつける。まったくイチイチ舌打ちするなよ。本当に態度の悪いヤツだな。

まぁ、いい。ここからはボクのショータイムだ。

別に彼と競うつもりはない。そもそもボクの方が格上だからね。今回はたまたま彼向きのステージとはいえ、それでも能力に差があり過ぎる。

無礼者に力の差ってものを見せつけてやろうと思った矢先だ。


「ああ、そうだ、キヨハル」


目つきの悪い無礼な男がボクの名を口にする。


「魔王はお前が倒してくれよ。お前の方が強いんだからさ」

「あ、ああ……もちろんだ」


言ってることは間違いないんだけど、ちょっとは張り合えよ。

必要ないのについついイラっとしてしまう。

そんなとき彼の隣にいるマリーが唇を尖らせて言う。


「もう、トールも頑張るの! 手を抜いたら駄目なんだから」

「手は抜いたりしないよ。ただコイツの方が強いのは本当なんだから、しょうがないだろ」

「それでもなの! そんなこと言ったら嫌いになるよ」

「お、おいっ!?」

「本気だよ」


彼女にしては珍しく怒った顔で言う。トールからしても、そんなマリーは珍しかったのか、この不愛想な顔しかしない男が困った顔で「ああ」と大人しく頷いた。


「……分かったよ。キヨハルよりも先に魔王を倒す。それでいいんだろ」

「うん、頑張ろうね♪」


満足したのか、ひまわりのような笑みが戻ってくる。それを見たトールの顔も安心したのか、逆に元の不愛想なものに戻っていた。そうして「まったく、キヨハルの方が強いのにな……」と未練がましく口にする。

そうして確認作業も終わろうとした時だった。


「ねぇねぇ、キヨハルくん」


声をかけたのはマリーだ。

彼女はいつものような子どものような口調でボクに言う。


「何だい?」

「えっとね……」

「?」

「えっと……えっとね」


彼女にしては歯切れが悪い。そして出てきた言葉も、ごくごく当たり前のひと言だった。


「えっと、キヨハルくんは強いけど、ピンチになったときはちゃんとリンネやニーナに言わないと駄目だよ」

「あ、ああ……もちろんだよ」


それはとてもつまらない言葉なのに、やっぱりボクの胸をざわつかせた。

そりゃ、ボクは強いし無敵だけど、完璧じゃない。そんなことは解っている。困っているときは仲間を頼るよ。ただなかなかピンチになったりはしないけどね。


「ミニーでも、シャルルでも、スーリエでも、サザリネでも、ナナンでも、アクアでもいいけど、今はリンネとニーナしかいないからさ」

「あ、ああ……」

「良かった♪ 分かってるんならいいんだ」


そうして最後にひまわりのように微笑む。振り返った視線はトールに向けられていて、もうボクのことなんか見ちゃいない。


「どうしたんだ、キヨハル?」

「どうされたのですか?」


ニーナとリンネが不思議そうにボクの顔を覗き込む。


「いや、何でもないよ」

「そう?」

「そうですか?」

「ああ、そうだ。何でもないんだ」


そう、ただ、胸の奥が少しだけざわついただけなんだ。

こうしてボクらの魔王討伐が始まった。




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