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この国のギルド本部に来たボクは、まずギルド会館の門扉を見上げた。年代を感じさせる両開きのドアの両脇にはガーゴイルの石像が鎮座している。
「懐かしいな」
「そうだな」
「そうですね」
異口同音にボクらは言う。この国はボクがガルネリアに召喚されて最初に訪れた場所だ。今でこそ最強無敵に好き勝手出来るボクだけど、最初の内は勝手が分からず苦労した。その時に出会ったのがリンネとニーナだ。
過ごしたのは2ヶ月くらいだけど、この街とギルド会館はボクらにとって最初の本拠地だったんだ。実は今回、この二人しか連れてこなかったのは、あの時の思い出に浸りながらのんびりと旅行したかったからってのもある。
「まずはギルドマスターに挨拶だな」
ボクがこの国に派遣されたのも、ギルド総本部から“とある依頼”を託されたからだ。勇者でありS級冒険者であるボクだからこそ託されたクエスト。
それはずばりゴブリン退治だ。
もちろんただのゴブリンじゃないよ。ボクが戦うのは、ゴブリンの中でも最強と呼ばれている、最上位種であるゴブリンロード。この国にいるS級冒険者と協力し、そいつを討伐する。それが今回のクエストだ。
「正直、私はキヨハルだけで十分だと思うけどね。リンネもそう思わない?」
「そうですね。S級と言っても、キヨハル様とそれ以外のS級では力に差がありすぎますから」
「二人とも手厳しいなぁ」
ボクは苦笑する。だけど彼女たちが言ってるのも間違いない。ボクを含めて13人しかいないS級冒険者は、どいつもこいつも癖の強い連中ではっきし言って強い。中にはリンネやニーナと互角に戦えるようなヤツだっている。だけどそれまでだ。ボクと比較しちゃうと、やっぱり力不足と言わざる得ない。
「それにしても今回一緒にクエストを行うS級ですけど、知らない名前でしたね」
「ああ、確か虐殺者だったけ。ものものしい名前だよね。まぁ、冒険者の二つ名なんてだいたいそんなものだけど」
「一番新しいS級でしたね。A級の女性冒険者とコンビを組んでいるらしいです。血塗れマリーとかいう」
相方の二つ名もずいぶんと物騒だ。まぁ、A級以上だけが名乗れる、この二つ名というのはギルドのイメージ戦略とかもあってとにかく派手なものが多い。ボクの二つ名なんてそのまんま勇者だからね。
しかしマリーか……
ふと懐かしい顔を思い出す。
「まぁ、この国やギルド本部にもメンツってものがあるからね。そこは立てて上げないとさ」
「さすがキヨハル。対応が大人だね。私はそういう腹の探り合いって苦手だからさ」
「ニーナは脳筋だからね」
「考えるのはナナンの仕事だよ。でも今はいないからリンネに任せるわ」
「もう、仕方ありませんわね」
呑気に談笑しながらボクはギルドホールへと進む。するとボクに気づいたのか、周囲からざわめきが聞こえた。もともとボクはこのギルド出身だから知っている顔も多いし、何よりもボクは世界を救った勇者様だ。羨望の眼差しに気を良くしながら、ボクは受付の女性にギルドマスターに取り次いでくれるよう声をかける。
しばらくして現れたのはマークという男だった。どこかで見たような顔で、いやに値踏みするような目で見てくると思ったら、以前ハマジリの街で出会ったことがあったらしい。そう言えば、新人冒険者に世話をしてくれるお人好しな先輩冒険者がいたような気がするが、多分それが彼だったのだろう。
正直に覚えていないことを謝ると、マークは「別にいいさ」と笑って応える。そうしてニヤリと笑うと「中に入ったら、今度こそ驚くかもな」と言って、ボクをギルドマスターの部屋へと案内する。
そしてその予言の通り、通された部屋にいた人影を見て、ボクは唖然とした。
「あ~っ、キヨハルくんだ! ひっさしぶり~♪」
「マリー?」
金髪に青い瞳。ひまわりの花を思わせる子どもみたいな無邪気な笑顔。
そこにいたのはボクがガルネリアに召喚されて一番最初に仲間になった女の子。マリーだった。あまりに意外な再会にリンネやニーナもぽかんとしているみたいだった。
「久しぶりだけど、マリー……アンタ、何してるのよ?」
「え? 今日はキヨハルくんと一緒に仕事するからって、呼ばれたんだけど??」
「じゃあ、まさか血塗れマリーって??」
「あ……うん、それ、わたし」
表情が途端に暗くなる。どうやらあまり気に入っている二つ名ではないらしい。まぁ、女の子につけるような名前じゃないから仕方ない。となると、彼女の隣にいる人相の悪い男が今回一緒に仕事をするというS級か。
「初めまして。S級の虐殺者だね。ボクはキヨハル。世間では勇者なんて呼ばれてるよ。今回はよろしく」
ボクはマリーの隣にいる目つきの悪い黒髪の男に右手を差し出す。正直、いらない人員だと思うが、だからと言って邪険に扱って雰囲気を悪くすることもない。そう思っての行為だったのだが、虐殺者はボクの右手と顔を見比べて嫌悪感を露わにする。
何だ、コイツ。嫌なヤツだな。
そう思った矢先だった。
「キヨハルくんてば何言ってるの? 初めましてじゃないよ。トールじゃん、ハマジリの街で一緒にパーティ組んだ、覚えてないの?」
「え?」
トール? ハマジリの街? 一緒にパーティ……あ!?
思い出したぞ。
新しい女の子の仲間が加わるイベントで男とパーティを組んでイベントをクリアするのはよくあるパターンだ。マリーはその中でも一番最初に加わった仲間だから、彼のことは比較的よく覚えている。だけど……
「ト、トールか、思い出したよ。久しぶり……だね?」
でも、コイツ、こんなに目つきの悪いヤツだったっけ?
会ったのはもう3年くらい前だと思うけど、こんな短期間でここまで人相って変わるものだろうか?
言っちゃ悪いが、チンピラみたいな顔つきになってるぞ。ボクの記憶にあるトールは、なよなよとした気弱な少年で、当時のボクは彼に親近感を感じていたと思うんだけど……
「随分と雰囲気が変わったね。すぐに判らなかったよ」
「ああ? そうか?」
「うん、ちょっとびっくりした」
対する口調も何だかヤンキーみたいだ。別に怖くないし、たぶん本人にも悪気はないんだろうけど、ちょっと引くな。
ボクは勇者だけが使えるエクストラスキル『解析』を発動させる。これは鑑定系の最上位スキルで相手の情報を読み取ることが出来るんだ。
レベル31……S級にしては低いな?
ステータスも平凡で尖った所がない。
スキルの剣術、体術も熟練度が低い。剣聖や魔導の極意みたいな上位スキルもない。そもそもスキルツリーが伸びてないから、彼は目ぼしい上位スキルが習得出来ない……となると加護か?
トールと出会った頃はまだ取得していなかった『解析』のスキルで彼の情報を閲覧する。
あった……これか。
ダメージ300%加算、クリティカル補正、10%の即死判定付与、被ダメージ99%軽減。
凄いな。ゴブリン限定とはいえ、戦闘面なら、ボクの加護に匹敵する。これならS級に選ばれる訳だ。
「何だよ?」
「いや、心強いと素直に感心しただけだよ」
「ああ?」
まぁ、いてもいなくても関係ないことは変わらないんだけど、強い方が面倒がなくていい。特に彼は知らない仲でもないから、クエスト中に死なれるのも寝覚めが悪い。
ゲームみたいなこの世界にはちゃんと蘇生魔法もあるんだけど使えるのはボクだけだ。まぁ、トールになら万が一のことがあったら使ってあげてもいいけど、これが使えるのがバレちゃうと聖堂教会から「命を冒涜した」とか「魂への侮辱だ」とかクレームが入って何かと面倒なんだ。
だからこれまで使ったのは仲間になる前のシャルルに使った一度だけだ。あの時のクエストはちょっと面倒で、スタンビートした魔物の群れから森の奥にある複数の集落を防衛するヤツだった。もちろんボクや仲間達が防衛してる集落は問題なかったんだけど、その戦いで故郷の集落を守るためにシャルルは死んだ。その時に使ったんだ。それがきっかけで彼女はボクに忠誠を誓い、ついてくることになったんだけどね。
ギルドマスターから話を聞くと、ここ最近この国でのゴブリンの発生件数が急激に上がっていること、複数のゴブリンジェネラルが発見されていること、少なくとも五つの集落が占拠されていること、群れが明らかに組織的な動きを見せていること確認した。
「ゴブリンロードを直接見た訳じゃないんだね?」
「そうだが、これだけ条件がそろっていながらゴブリンロードがいないというのは不自然だ」
「ふ~ん、そりゃそうだよね」
ボクもゴブリンロードとは戦ったことがあるけど、そのときも大量のゴブリンが湧いて出てきた。あの時はまだレベルも低いし、加護の力も使いこなせていなかったから手傷を負ったんだよな。
ちょっと懐かしい。今戦ったら何秒で倒せるかな?
たぶん一発で倒せる。じゃあ、どうやって倒してやろうかな?
剣帝スキルの最上位技でオーバーキル……いや、むしろ舐プして指一本であしらってやるのも楽しそうだ。ヤバいな。つまらないクエストだと思ってたけど、なんだか楽しくなってきた。
そんなときこれまで一言も発していなかった目つきの悪い男が発言した。
「ゴブリンジェネラルは何体、確認されたんだ?」
トールだ。
それにギルドマスターは答える。
「ああ、少なくとも4体見つかっている」
「どうやって別個体だと識別したんだ?」
「装備と、体表の色だ。明らかに見た目の違う個体だったと報告されている」
「見つかったときの状況は?」
「集落から逃げ延びた村人からの話と、実際に交戦して逃げ延びたC級冒険者からの報告、王国が放った斥候からの報告だ」
「なら――」
その後、トールはギルドマスターに延々と質問を続ける。ゴブリンの上位種の数や種類、村の被害状況だ。その中には死者の数はもちろんのこと、死体の性別、年齢、襲われた村人の死体の状況まで事細かに聞いてくる。その質問内容や惨状にリンネは気分が悪そうに顔を背け、ニーナもうんざりとし表情をする。
トールの質問はその後も続き、ギルドマスターやその秘書たちは報告書の束を漁って、その答えを引っ張り出してくる。占拠された村々の、人口、周辺の地形、主産業や、さらには周辺に生息する野生動物の種類まで聞いてくる……これはさすがにギルドマスターも即答出来なかったけど。
長い質問が終わり、トールはぽつりと言った。
「異常個体かもしれないな」
その言葉にトール以外の全員がきょとんとした顔をする……いや、違うな。マリーだけは何だか楽しそうな顔でトールの顔を眺めている。まぁ、この娘の場合は単に何も考えていないだけだってのを、一緒に旅をした経験のあるボクは知っている。
それにしても異常個体って……魔王のことだよね?
何で急にそんな話が出てくるんだ??
この世界の魔物の中には種族に関係なく、突然変異でメチャクチャに強い個体が生まれることがある。大抵は通常の個体が進化して発生するそれは、知能が高く、戦闘能力も桁外れに秀でた上位種以上の存在だ。それを異常個体、通称『魔王』と呼ぶ。ボクが1年ほど前に倒したのもベヒモスの魔王だ。
戸惑うボクらの意見を代弁したのはギルドマスターだった。
「おい、トール。何でそんな話が出てくるんだ??」
「状況が以前、俺が調べたバイガードで発生したゴブリンの魔王が発生したときと似ている。俺が半年前にゴブリンロードを倒した状況も含めてな」
「あくまで可能性の話だよな?」
「当たり前だろ。ただ昔起こった出来事に状況が似てるってだけの話だ。実際にそうだなんてわかるはずない。それを判断するのがギルドマスターとか、国のお偉いさんの仕事だろ」
「それは……そうだが」
「とりあえず提言はしたからな」
「ちょっと待ってくれ。今の話をまとめてすぐに国に報告するから、もう一度――」
ギルドマスターは慌てて秘書に報告書の準備をさせる。
事態についていけないボクらはそれをポカンと見ているのだが、トールは対照的に呆れた目でギルドマスターを見る。そしてさも嫌そうな顔をしてボクを見て言った。
「何、焦ってるんだよ。キヨハルがいるんだから問題ないだろ? ゴブリンの魔王はベヒモスの魔王よりも格下だ。コイツに任せてたら大丈夫だよ」
「え?」
「え? じゃねぇよ。お前だったら、ゴブリンの魔王でも倒せるんだろ」
「まぁ、大丈夫だと思うけど」
即答する。
大丈夫だよね……ゴブリンの魔王。うん、実際見た訳じゃないけど、負ける気がしない。ベヒモスの魔王もそれほど苦戦はしなかったし、あれより弱いんだもん。
ギルドマスターは念押しするように同じ質問をするけど、答えが変わるはずもない。ゆるぎない自信を感じ取ってくれたのか、ギルドマスターも落ち着きを取り戻したようだった。
「さすがはキヨハルだね」
「ええ、さすがはキヨハル様です♪」
「まぁね」
リンネとニーナの言葉にボクも落ち着きを取り戻す。出来る出来ないは別にして、さすがに「魔王がいるからちょっと行って倒してこい」って、いきなり言われたらビックリする。
きっとボクは、彼の望んでいる答えを口にしたはずなんだけど、何故だかトールは嫌そうな顔をさらに苦々しく歪めていた。
「だそうだ。良かったな、ギルドマスター」
「あ、ああ……」
「だったら、さっさと報告書の聞き取り終わらせてくれ。今回のクエストは王国発布のものだから増援要請するんだろ? 討ち漏らし出しすぎると、またすぐに増えるぞ。バイガードの時は一次討伐で討ち漏らしを出し過ぎたせいで、すぐに二体目の異常個体が――」
「ちょっ、だから待ってくれ。すぐにメモするから……おい!」
ギルドマスターは秘書に急いで報告書作成の準備をさせる。それにしてもコイツやたらとゴブリンに詳しいな。ひょっとしてゴブリンマニアか? あんな珍しい加護を持ってるくらいだから、何か関係があるのだろうか?
胡乱に思いながら、トールとギルドマスターのやり取りを見たその時、金髪の少女がトールの腕に飛びついて言った。
「さっすがトール♪ゴブリンのことなら何でも知ってるね」
マリーはニコニコと無邪気な笑顔でトールにしがみついている。だけどトールは「うるさい、離れろ」と、マリーを邪険に引き剥がした。