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ハマジリの街のギルド会館。そのギルドマスターの部屋に呼び出された俺は困惑交じりに言った。目の前にはマークと、滅多に顔を見ることがないギルドマスターがいた。
「マークがギルド本部の監察官だって?」
「気づかなかったか?」
相変わらずの飄々とした態度でマークは言う。
「分かるかよ、そんなの」
「そいつは良かった。気のいいお兄さんだと思われてた方が仕事がしやすいからな。鑑定スキルの話は以前したよな。俺の仕事は金の卵を見つけて割れないように孵すことだ」
「俺が金の卵?」
悪い冗談だ。
金の卵っていうのはキヨハルみたいなヤツのことを言うんだ。俺なんかじゃない。
「あれは別格さ。金の卵なんてケチなもんじゃない。巨大な金の鉱脈だ。お前は何かにつけて自分と比べているみたいだが、それがそもそも間違いなんだ。まぁ、若さが垣間見えて、それはそれで好ましいけどな」
「俺は比べてなんか……」
「そうか? 俺にはことあるごとに比べているように見えたがね」
マークはシニカルに嗤う。そして「まぁ、いい」と前置きしてから言った。
「お前が初めて俺の目の前でゴブリンを斬った時から目をつけていたんだ。あの勇者様には及ばないが、お前の加護は十分に強力だよ。むしろ下手に強力過ぎない分、扱いやすくてギルドにとっては便利だ」
「便利……か」
マークの鑑定スキルで見たという俺の加護を聞いた時、ずいぶんと馬鹿げた能力だと思った。何しろゴブリンを倒すためだけの加護なのだ。
「もともとゴブ専なんだ。気にする必要はないだろ?」
「それは……そうだけどな」
「まぁ、ゴブリン限定なら無敵の勇者様になれるんだ。悪くない話だろ?」
「ああ、そうだな……」
俺は瞑目する。
ゴブリン限定の勇者様。俺みたいな半端者にはちょうどいい。そうしてマーク……いや、ギルドからの申し出を了承した。
「ゴブリン以外を相手にした時のために適当に相方を見つけておけよ」
「分かってる。ゴブリン以外には無敵じゃないんだからな」
口の端を歪めて俺は笑う。
そんな俺にマークはニヤリとした笑みを返す。そうして最後に、これまで黙っていたギルドマスターが口を開く。
「何にしてもおめでとう。ギルドは君を歓迎する」
そうして最後に祝福するように言い放った
「王都に行けば君は晴れてS級冒険者だ」
◇
俺はまず邪魔なホブゴブリンを斬りつけた。先ほどの全霊の一撃と比べればはるかに雑な斬撃だ。
だが関係ない。
俺の一撃はホブゴブリンの左腕を掠めると、そのまま切り飛ばす。当のホブゴブリンは何が起こったか理解出来ていなかったのだろう。飛んで行った自分の左腕を馬鹿面で眺める。俺は、その馬鹿面に向かい剣を振るい、顔面を上下に両断した。
残るホブゴブリンは2匹。俺は再び雑に剣を振るうとホブゴブリンの胴を一刀両断する。ホブゴブリンの胴が上下にずるりとずれて中身が派手に零れ落ちたところでようやく異常な事態が起こっていることに気づいたのだろう。マリーを襲っていたゴブリンロードとゴブリンジェネラルの動きが止まった。
俺の剣技は我流で稚拙だ。レベルもこの年にしては上だが、高いとは言い難い。装備も貧弱だ。オーガが相手でも苦戦する。
だからこそ如何にオーガよりも弱いとはいえ、上位種であるホブゴブリンを紙屑のように一刀両断する様は異常だった。
マリーも戦いの最中だっていうのに呆けたように俺を見る。
「トール?」
「だから言っただろ。ゴブリンさえ相手なら俺は無敵なんだよ」
そう言いながら、俺は剣を振るう。ホブゴブリンの脳天に叩き込まれた剣はそのまま苦も無く股間まで進み、胴体を左右に割る。どうみてもオーガに苦戦する程度の冒険者の技ではない。
もちろんこれには絡繰りがあった。それは俺が天から与えられた加護の力によるものだ。
俺の加護は『ゴブリンを虐殺する加護』だ。鑑定スキルを限界まで上げたマークが言うには、俺の攻撃はゴブリンに対して300%の補正がかかる上に、クリティカル判定が発生する。だからそいつが当たればゴブリンなんて紙屑だ。
絡繰りが理解出来なくとも俺の危険度を察知したのだろう。ゴブリンジェネラルは大鉈を構えて俺に振り下ろす。だがもう何をしても無駄だ。この場で俺が怖いのはオーガだけ。だからそいつが動けなくなった今、これから始まるのは一方的な虐殺ショーだ。
俺は空いてる左手を上げると、前腕で振り下ろされる大鉈を受け止めた。
硬い音が鳴り、籠手もつけていない腕の上で大鉈が止まる。その光景に俺以外の誰もが驚愕する。しかしこれも絡繰りを知っていたらなんてことはない。俺の加護はゴブリンを『倒す』加護ではない。『虐殺』する加護だ。虐殺ということは一方的に相手を虐げ、一方的に相手を殺すのだ。だからゴブリンから俺へのダメージは99%が軽減される。
俺は剣を振るうとゴブリンジェネラルの腹の肉を削り取る。
「さすがにレベル差があると一刀両断出来ないか」
初めての感触に驚くとともに格上との戦い方を学習する。それを隙と受け取ったのか、ゴブリンジェネラルは吠え、同時に緑色の肌が淡い光に包まれた。VITを上げる魔法だ。
俺は剣を振る。すると俺の真似をしたのだろう。今度はゴブリンジェネラルが空いた腕を構えて俺の剣を受けとめた。
「硬いな……」
今度はさすがに俺も驚いた。無傷というわけではないが、ゴブリンジェネラルはかすり傷程度で確かに俺の攻撃を受け止めた。レベル差というのはやはり馬鹿にならないな。このレベルのゴブリンとの初めての戦いは、いい経験だ。
ゴブリンジェネラルは裂けた口を釣り上げて不敵に笑う。
だが別に問題ない。
俺は剣を振り回して何度か攻撃をゴブリンジェネラルに当てる。その間に相手の攻撃も俺に当たるが別に問題ない。
とにかく剣を振り回す。
5撃目
6撃目
7撃目
クソッ、出ない。
さすがに格上が相手なんで少し焦る。
10撃目
11撃目
おいそろそろ――
イラっとした時だった。
12撃目が当たった時、ゴブリンジェネラルの身体が唐突に崩れ落ちた。その体には少々のかすり傷がついているだけだが、ゴブリンジェネラルは完全に事切れていた。
「え?え? 今、何が起こったの?」
「後で説明する」
ゴブリンロードの注意が俺に向いている間に、こちらに避難していたマリーが尋ねる。様々な戦場を潜ってきた彼女であっても、今の光景は相当奇異に映るのだろう。目を白黒とさせる。
だがこれも絡繰りを知ればなんて事はない。俺がゴブリンを攻撃した場合10%の確率で即死判定が発生するのだ。
そんなのメチャクチャだって? そんなことはないよ。それが加護ってもんだ。レベルとか、ステータスとか、経験とか、努力とかを簡単に覆して飛び越える。そういうもんなんだ。
俺はふとキヨハルの「何だかゲームみたいだよね」という言葉を思い出しイラっとする。
それを塗りつぶすために俺は最後の敵に向き直った。ゴブリンというと小柄な魔物なのだが、目の前のコイツは見上げるような巨躯だ。
ゴブリンロード
最上位種
災害級の魔物
ゴブリンジェネラルは頑丈で一撃で殺すことは出来なかった。それよりも確実に強い。如何に俺がゴブリン限定で無敵であろうとも、油断していい相手ではないだろう。
そしてそれは相手も同様だ。ゴブリンロードは不用意に間合いを詰めようとせず、両手に持った大斧を構える。ゴブリンのくせに堂に入った構えだった。
洞窟の静寂の中、俺とゴブリンロードはにらみ合う。お互いに隙を探っている……と経験の少ない俺は思っていた。だが、それが違うと気がついたのはゴブリンロードの身体から紫色の光が発生した時だった。
「トール、あれマズイ。絶対に受けちゃダメ!!」
マリーが悲鳴を上げる。彼女はゴブリンロードと戦った経験がある。だからこそ、これから何が起こるのかを知っているのだろう。そしてそれが危険な事態だということは、ゴブリンロードとの交戦経験がない俺にも理解出来た。
仕方ない。
今後のためにもう少し経験を積みたかったが勝利が第一だ。ゴブリンロードの身体から紫電のオーラが立ち上がる。
俺は剣を手放してポケットに手を突っ込む。そこに入っているのは道すがら拾っていった小石だ。指で摘まめるほどの大きさだから適当に握れば17~18個は持てるだろう。それを相手が間合いに入る前にばら撒くように投げつけた。勢いこそあるが、小さな石の礫。それがパラパラと音を立ててゴブリンロードに当たる。
そしてゴブリンロードは死んだ。
「え?え?え? ちょっと、トール、どういうこと!??」
紫電のオーラも消え、いきなり倒れて動かなくなったゴブリンロードにマリーは困惑する。
「ああ、攻撃を10回当てたから死んだんだよ」
「へ?」
俺のゴブリンへの攻撃は全て10%の即死判定が発生する。そこに威力の過多は関係ない。なら一度で10発以上当てる攻撃を出せば、それで相手は死ぬのだ。簡単に説明してやると、マリーは感嘆の息を吐く。
「ふぇ~、すご~い。さっすが、トールだね♪」
「そんなことない……キヨハルに比べたらな」
そう。これだけの力を持っていても所詮はゴブ専として特化しているだけに過ぎない。アイツの冒険を傍で見たわけじゃないが、下手に強力な加護を持っているからこそ理解出来る。俺は『世界を救う加護』を持つキヨハルには絶対に敵わないんだ。
「そうかな~、キヨハルくんもゴブリンロードと戦ったときは怪我してたよ」
「そ、そうなのか?」
「うん♪」
「そうか……」
あのキヨハルでさえ、ゴブリンロード相手に無傷では済まなかった。そう考えれば、少しは報われた気がする。だっていうのにマリーのヤツは次の一言で俺の気分を台無しにした。
「それでその後に一緒にいたオーガロードもやっつけちゃったんだ」
「……はぁっ?」
オーガロードだって? マークに聞いたことがある。オーガの最上位種でミノタウロスでさえも食い殺すような凶悪な魔物だ。当然ゴブリンロードよりも強い。
「キヨハルは……その……ゴブリンロードとオーガロードと同時に戦って勝ったのか?」
「うん。そのときは仲間もリンネとニーナしかいなかったし、二人とも周りのゴブリン達を追い払うのに必死だったから、キヨハルくんが一人で戦ったんだ。あれ? 言わなかったっけ??」
「そうか……」
聞いていないが、聞いても余計に気分が悪くなるだけだから聞きたくなかった。
というか言うなよ、お前!
「どうしたの?」
「いや、何でもない……」
「そう?」
「ああ」
気を取り直そう。俺はゴブ専。それで善いんだ。そうだなゴブリンロード……最後の攻撃は明らかにヤバかった。あとでマリーにも聞いて、ギルド本部に行ったらちゃんと調べて対策しておかないとな。
「さっすが、トール。勉強熱心だね」
「そんなんじゃない」
「でもさ、ギルド本部って王都だよね? 何しに行くの?」
「加護の話をしただろ。それが認められてS級に任命されたんだよ」
「S級に!?」
「そうだよ」
「すっご~い、さすがはトール♪」
ニコニコと笑いながら抱き着いてくる。血塗れマリーの戦闘後なのだから汚れているんだけど、当たった胸の感触が嬉しくてついつい表情が緩んでしまう。
俺はそれを名残惜しく思いながらも振りほどこうとして
「なんだよ?」
妙に楽しそうな顔でマリーがしがみついてくる。そして妙なことを口走った。
「えへへ~、これって楽しいね」
「これって……どれだよ?」
「だから『さすがはトール』ってヤツだよ。リンネとかニーナがよく『さすがはキヨハル様~』って楽しそうに言ってたのが、何か分かった気がする」
「……はぁ?」
呆気にとられる。それはキヨハルのパーティの女たちがしきりに言っていたというセリフだ。マリーはそれがつまらなくてキヨハル達と別れたっていうのに、どういう風の吹きまわしなんだ?
「よし、決めた。わたしも一緒にトールと王都に行く♪」
「おい、勝手に――」
「でもマークさん、ついて行くように言われてるし」
「はぁ!? 何だそりゃ、聞いてないぞ」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてねぇよ……」
よく考えてみれば故郷に帰ったらマリーがいきなりいたのも変な話だ。どうやらハマジリの街に行ったとき、俺が故郷に戻ったのをマークから聞いて知っていたらしい。
「アイツ……」
結局、最初から最後までマークの手のひらの上だったということか。さすがは本部直属の監察官だ。
「そうだな……」
俺は所詮はゴブ専だ。S級だなんて言ってもギルドの飼い犬で、キヨハルのような英雄にはなれない。ならその思惑に乗ってやろう。
心の中で必死に、言い訳して、言い繕って、自分自身を言いくるめる。そうしてようやく言葉が出た。
「分かったよ。ついて来いよ」
「さっすがはトール♪」
また抱き着いてくる。せっかく言い訳して頭の中で理論武装したのに、それだけで嬉しくなってしまうのが惚れた男の悲しい性だ。そんな俺をマリーは青い瞳で昔と同じようにじっと見つめてくる。
「何だよ?」
「ううん、何でもない。やっぱりトールは優しいね」
Side-トール/了