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それを俺がマークから聞いたのは、ゴブ専として独りで食えるようになった頃だった。


「よお、トール。聞いたか?」

「ああ? 何の話だ?」

「魔王が討伐されたらしいぜ」

「!?」


魔王。

どこか遠い国で暴れている異常個体の魔物。特に今代の魔王はベヒモスという最上級の魔物だ。幸い俺たちの住んでいる街には大した影響はないが、酷い事になっている国も多い……らしい。新聞でちょっと読んだ程度の話だからな。


「俺達には関係のない話だろ」

「どうかな?」

「マークは魔王がいない頃を知ってるんだっけ?」

「いちおうな。でも物心つくかどうかの事だから、よく覚えてないよ」

「平和……ってヤツになるのか?」

「さぁな。今も別に戦争があるわけじゃないからなぁ。死んだ爺さんの話じゃあ、隣の国と戦争やってた頃の方が治安が悪かったっていうけどな」

「そうかまぁ、どっちみち俺達には関係のない話だよ」


そうだ。もう関係ない。だっていうのに思い出すのは昔なじみの女の顔だ。アイツがキヨハルについて行った話はマークもその辺りは知ってるんだから、わざわざ話題に出さないで欲しい。だけど俺はマークが去り際に持ってきた新聞を見て、どうしてこんな話を振って来たのか理解した。

マークが持ってきた新聞。そこに書かれていた勇者パーティの中にアイツの名前がなかったからだ。いなくなってからしばらくは惨めったらしくキヨハルの名を目で追っていた俺だが、ゴブ専として冒険者に集中してからは気にすることも少なくなっていた。


いつからいなくなっていた?


そもそも何でいないんだ。

まさか魔物に?

そんな不安が去来する。キヨハルは超人だ。死ぬことはないだろう。だけど一緒にいるヤツまでそうだとは限らない。勇者パーティについて行くっていうのはそういうことなのだと今更ながらに気づく。

そんな俺の心中を見透かしたようにマークが言った。


「マリーちゃんなら大丈夫だぜ」

「ああ?」

「勇者パーティで脱落者が出たなんて話はないからな。ちゃんと新聞読んだなら書いてるさ」

「俺は別に……」

「そうかい。それよりもさ、ゴブリン狩りに行こうぜ。中規模の群れが出たらしくてさ、場所もハマジリの近くだし、割のいいクエストなんだよ」

「あ、ああ……」


マークはニヤリと嗤う。どこか小馬鹿にしたような表情だけど、俺の心中はそれどころじゃなかった。

マリーがキヨハルと別れた。なら、ひょっとしたら俺の元に帰って来てくれるんじゃないか?

そんな都合の良い妄想が頭の中を満たし始めていたからだ。しかしそんなご都合主義な妄想から俺を引き戻したのもマークの声だ。


「ところでトール、お前さ、レベルはいくつになった?」

「……レベル? 21だけど」


少しイラっとする。だけどすぐに正気に戻してくれた声に感謝した。何しろあまりにもみっともない妄想だったからだ。垂れ流すにしても、こんな人前なんかじゃなく、せめて自室でするべきだろう。


「そうか。ずいぶん上がったな。もうそろそろ追いつかれそうだなぁ」

「日がな一日、ゴブリンを狩りまくってるからな。さすがにそろそろ上がりにくくなってるけどさ」

「その辺がゴブ専の限界つーか、欠点だよな」


マークは破顔する。ゴブリンはあまり強い魔物じゃないので倒しているとだんだんレベルが上がりにくくなってくる。ほとんどのゴブ専冒険者がD級なのは、その辺りが理由でもある。マークと俺は10才くらいの年の差と経験の差があるが、俺みたいに馬鹿みたいにゴブリンを狩り続ければ追い付くことも可能だ。ただしそこからは頭打ちになるから、追い抜くことは容易じゃない。別に追い抜きたいとも思わないけどな。


「まぁ、言っちゃあなんだが、お前って尋常じゃないペースで狩りまくってたからなぁ」

「マークが持ってきたクエストだろうが」

「そりゃ、そうだが。普通はあそこまでやらないよ。この1年半で人相まで変わっちまってさ。ハマジリに来た頃は、もっと可愛らしい顔だったのによ」

「それってよく言われるけど、そんなに変わったのか」

「まっ……見る影もないくらいな」

「何だ、そりゃ?」


酷い言われようだ。だが変わったって言われるのは、割と嬉しかったりする。以前の自分じゃなくなったてのは、少しばかりの自信に繋がるからな。もしもアイツが今の俺を見たら、なんて馬鹿な妄想が再び鎌首をもたげる。


だが俺がハマジリの街を出る決心をした数カ月の間、結局マリーが俺の前に現れることはなかった。





何年振りかに訪れた鉱山跡の洞窟はひんやりとしていた。足元にはゴブリンの死骸。入口で見張りをしていたヤツをマリーが戦槌(メイス)をぶん回して撲殺したのだ。


「ねぇ、トール。このまま行くけど大丈夫?」

「ああ、問題ない。こう見えてゴブリンさえ相手なら無敵なんだ」

「そうなんだ?」


ついさっき醜態を晒した手前、少々苦しいがマリーは気にせず鵜呑みにする。相変わらず何も考えていないヤツだが、今は逆に面倒がなくていい。

思った通り洞窟の中はゴブリンの巣窟になっていた。途中まで掘って採算が合わないということで放棄された洞窟だから規模は小さい。何しろ子どもの足で行って帰ってくるのが容易なくらいだからな。100匹も200匹も籠れるような規模の坑道じゃない。正面から順番に斬り捨てていく。気を付けないといけないのは、オーガが出てきた場合だ。


「マリーは前衛。討ち漏らしは俺がやる。もしもオーガが出たら、上位種よりもそいつを優先してやれ。上位種は俺がやるから」

「うん、わかった」


今回は妙に聞き分け良くマリーは頷く。

女を前線に立たせるのはみっともない? 関係ないね。そういうこと言ってるヤツは早死にするんだ。

俺は洞窟の内部を思い出す。


「確か右、左、右で一番奥だったか……」

「トールってば、すごい。よく覚えてるね」

「ああ?」

「わたし馬鹿だから、こういうのって覚えてないんだ」

「来たこと自体も覚えてないんじゃないか?」

「そんなことないよ。一緒に星を見たじゃない」

「…………」

「ん? 何?」

「何でもねぇよ」


イラっとする。コイツは何だってこういうことを無神経に言えるんだ。だって言うのにこいつは無神経にさらに続けるんだ。


「む~っ、トールこそ覚えてないの。わたしと初めてチューした場所なのに。ずっと一緒だよって、約束したじゃないの」

「だったら何でいなくなったんだよ!」


言ってから「しまった」と気づく。さっきせっかく言うのを我慢したっていうのに、声に出して言ってしまった。クソッ、格好悪い。だって言うのに、マリーは変わらずの無神経さで言うんだ。


「え? だから、ちゃんと帰ってくるって言ったじゃない」

「なっ!?」

「本当はS級になって帰ってくるつもりだったんだけどさ、酷いよね。S級って強いだけじゃなれないんだよ。せっかくA級まで上がったのにさ。それだったら最初から教えて欲しいよね」


まるで気にしていないように言う。これじゃ、俺が悪いみたいじゃないか。コイツがメチャクチャなのは、今に始まったことじゃない。

クソッ、落ち着け。俺は理性を総動員する。


「……S級はレベルじゃなくて、特異性の高い冒険者に対して与えられるんだ。強いだけじゃなれない」

「そうそう、それ! さっすがトール、良く知ってるね」

「あ、ああ……マークに――」

「あっ! ゴブリン来たよ。トール、やっつけよ♪」

「あっ、おい!!」


俺の言葉なんて聞く気配もなく、子どもの頃そのままにマリーは駆けていく。それを俺は子どもの頃そのままに追いかける。

巣くっていたゴブリンは予想以上に多く、わらわらと穴の奥から湧いて出る。中には上位種であるホブゴブリンも何匹かいたのだが、マリーはそれを一匹一匹戦槌で叩いて潰していく。その様はまさしく血塗れマリー(ブラッディマリー)だ。俺はその後につきながら、時おり彼女を避けてやってくる普通のゴブリンを斬り伏せていく。


右、左、そのまままっすぐ進む。次の分かれ道を左に進めば外に繋がっている。なので最後は右へ行く。そこが最奥部で広い空間になっている。そこでマリーの足が止まる。俺は「おい、どうした」と駆け寄ろうとして、マリーと同じくピタリと足を止めた。奥に潜んでいる者に気づいたからだ。

伸びた鉤鼻、皺だらけの顔、緑色の肌。これらの特徴は全て典型的なゴブリンのものだ。ただその大きさが明らかに違う。ゴブリンっていうのは大抵人間よりも身長が低いんだが、目の前のコイツは見上げるほどデカい。太い腕に太い足、ワイン樽のような胴にはどこで手に入れたのか胸当てがつけられ、錆びた大鉈を持っている。傍らにはオーガを一匹従えていることから見ても、こいつは上位種の中でも相当に強そうだ。

そして何より


「……おい、あの1番奥にいるヤツ」


そこにいる魔物を視線だけで指して問う。恐らくマリーは答えを知っているはずだ。そして彼女は上ずった声で予想通りの答えを返す。


「うん、ゴブリンロードだね。手前のヤツはゴブリンジェネラルだよ」

「そうか……あれが」


そいつはゴブリンジェネラルと同じくらいの体躯をしていたのだが、放たれる圧はそれを上回っていた。身に着けている者もどこからか奪ってきたような鎧で、方には大斧を担いでいる。

何でこんな小規模な群れにゴブリンロードがいるのかは分からない。どこから逃げて来たのか、それともたまたま発生したのか。とにかくはっきりしているのはコイツをここで狩っておかないと面倒なことになるという事だ。


「おい、マリー。手はず通りオーガは頼ん――」

「奥の強そうなのはわたしが倒すから、トールは手前のオーガをお願いね」

「おい――」


最後まで聞かずマリーはゴブリンジェネラルへと駆けだす。対してマリーの意図を組んだかのようにオーガは俺の元へと迫ってきた。

それを見て俺は「(まず)いな」とごちる。マリーが馬鹿なのはいつものことだが、今のアイツは明らかに焦っていた。一度戦ったことのある相手だから、その強さを理解出来ているのだろう。何しろアイツはさっき「ゴブリンロードはキヨハルが倒した」と言っていた。そしてあの言い方からして、キヨハルでしか勝てなかった相手だったことが推し量れる。


「まぁ、それでも勝つつもりだっていうのはいい事か……」


アイツは俺に逃げろと言わなかった。自分よりも圧倒的にレベルが低いはずの俺にだ。信頼しているのか、それとも馬鹿なのか……まぁ、後者だろうな。どちらにしろ、それに応えない訳にはいかないだろう。


「まったく、オーガと一対一なんて、馬鹿のやることなんだけどな……」


緊張を誤魔化すようにして剣を構える。目の前には二本角のオーガ。堂々たる体躯は俺よりも一回りデカい。そんな巨躯が手ごろな丸太をそのまま持ってきたような棍棒を握っている。

俺はゴブ専だ。正直ゴブリン以外とは戦いたくない。だが今はその主義を捨てて全霊で挑もう。

大丈夫。オーガと戦うのは初めてじゃない。


俺は剣を正眼に構える。馬鹿力のオーガと真正面から切り結べない。一瞬一瞬が勝負だ。

浅く3回呼気を吐く。

短く3回だ。

我流だがこれをすると幾分か力が入り易くなるのだ。剣の切っ先を僅かに揺らしながらタイミングを測る。


1回、2回、3回


よし、今だ。

オーガの脇が開いたのを見計らい一歩踏み出す。二歩目で加速し、三歩目で斬りつける。剣線はお世辞にも卓越したとは言い難いが、オーガの胴を捉えた。腹を裂かれたオーガは吠える。ゴブリンと違って一刀両断とはいかないものの、肉を裂いた感触は確かに伝わってきた。


「このまま大人しく斬られてろよ」


無茶な要望を口にして二撃目のチャンスを待つ。このまま一気にねじ込みたいのだが、一撃入れた程度じゃあ、まだまだ体力を減らせない。下手に前に出て喰らえば、そのまま負けるのが目に見えている。

オーガが動く。丸太のような棍棒が迫る。振り回すたびに轟と暴風が聞こえる。さっきは不意を突かれてこの一撃にやられたが、オーガの動きは剛力だが鈍重だ。真正面から受け止めるのは厳しいが、レベル20超えの俺なら、回避に徹すれば十分に避けきれる。問題は棍棒のリーチが長いので、反撃のチャンスを見出すのが難しいことだ。

状態を反らし、足を素早く運びながらオーガの連撃を避ける。

よし大ぶりなヤツが来たな。

それを見て、半歩踏み込む。

相手も同時に踏み込んでいるのだから、間合いは十分に詰まっている。そこを斬る。狙ったのは左足だ。一気に急所をつければいいのだが、俺の技量では難しい。地味に削って、相手の動きが鈍ったところを一気に畳みかける。それが最善だ。

そんなプランを頭の中で浮かべた時、視界の端で動くものを見た。


クソ、ヤバいな。


動いたのはゴブリンロードだ。

これまで高見の見物を決めていた王様だが、劣勢を見てか加勢するのを決めたらしい。しかも向かっているのはゴブリンジェネラルとやり合っているマリーの方だ。


「クソが……」


吐き捨てる。

のんびり削っている暇がなくなった。マリーとゴブリンジェネラルの勝負は五分五分だ。それにゴブリンロードが加われば負けるのは火を見るよりも明らか。ならこっちも加勢に入らないといけない。

覚悟を決める。

俺はこれまでの正眼の構えを解き、腰だめに構える。

突きの構えだ。

突くのは斬るよりも威力が高い。コイツが腹か胸に決まれば、即死は免れても相手は行動不能になる。

俺はオーガを見据えて、浅く3回呼気を吐く。


1回


2回


3回


短く3度。

駄目だ。オーガに隙がない。今、突いても相手の棍棒が俺を潰すのが早い。

オーガが乱杭歯(らんぐいば)の隙間で笑った気がした。

クソッ、ムカつくヤツだ。

ゴブリンロードは既にマリーのすぐ側まで迫っている。もう時間がない。しかもだ。


「クソがぁっ!!」


今度は声に出して叫ぶ。

俺たちが入ってきた入口の方向から数体のホブゴブリンが戻ってきたのだ。こいつらまでに加勢されたら完全に詰む。マリーもそれに気づいたのか、普段は強気な表情が凍りついている。

ホブゴブリンに、ゴブリンジェネラルに、ゴブリンロード。こいつらが一気にマリーに迫るのを見て、頭の中が真っ白になった。群れて凶暴になったゴブリンは人間を喰う。ゴブ専をやっていると、食い残しになった遺骸を見たことは何度もある。しかも稀にではあるが、一部のゴブリンは人間の死骸を弄ぶのだ。

悲鳴混じりにマリーが俺の名を呼ぶ。

マリーの白い肌がゴブリンの手で赤く染まるのを想像した瞬間、俺は剣の切っ先をオーガに向かい突き出していた。

捨て身。

間合いもタイミングも計らずに、ただ最短距離で最速にだ。

俺は小心者だ。普段は絶対こんな博打は打たない。だがこの瞬間はそんな小癪(こしゃく)なことを考えている暇はなかった。

ああ、認めるよ。

俺はあの馬鹿女に惚れているんだ。小さい頃からずっとだ。アイツがキヨハルについて行って、捨てられて、それでもいつか帰って来てくれるんじゃないかって、心の中でいつも期待してたんだ。だからマークや他の冒険者仲間から勧められても女だけは買わなかった。アイツより可愛い女なんていないんだから。だから未だに童貞だよ。だからアイツがまだ処女だって聞いてメチャクチャ嬉しかったんだよ。文句あるか!!

叫ぶ。

もう頭の中がグチャグチャだ。

馬鹿みたいな叫び声を上げて剣を突き出す。身体ごとぶつかるような突きだ。同時に切っ先に硬い感触がした。


「死ねやぁっ!!」


剣はオーガの腹に突き刺さる。そのまま押す。(はらわた)を噛み千切るように剣を押し込む。そして捻じる。中身をかき混ぜる。

オーガの手から棍棒が落ちるのを見て、俺はオーガを串刺しから解放した。

まだ息があるが、コイツはもう戦えない。ゴブリンシャーマンはいないから回復することはないだろう。


「クソが……」


もうこんなヤツはどうでもいい。

俺はマリーの元へと駆けつけるためにまずは邪魔になるホブゴブリンを斬りつけた。



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