3/3
「マリー?」
「アクア、ひっさしぶり~♪」
そこにいたのは短い間だけど、一緒にパーティにいた女の子、マリーだ。
そういえば、彼女もこの国の出身だったんだっけ。
「こんな所でどうしたの?」
「あ、うん……故郷に帰ろうと思ってたんだけど、その前に寄り道を……」
「ふぅ~ん、そうなんだ」
私の故郷はこの国からはかなり離れているんだけど、マリーが気づいている風はない。彼女はちょっとお馬鹿なところがあるから、多分、言葉そのままに信じているのだろう。私とマリーがキヨハル様のパーティにいた時期って1週間程度でほとんどなかったんだけど、それでも彼女は気にすることなく親し気に接してくれる。相変わらず子どもみたいな笑顔で私に接してくれる彼女を見て、さっきの重い気分が少しだけ和らいだ。
「マリーは冒険者続けてるんだ?」
「うん。アクアは辞めちゃったの?」
「私は駄目。皆がいないと何も出来ない。マリーは凄いね。ソロでA級に上がったんだ」
「うん、本当はS級になりたかったんだけどね。知ってた? S級って、クエストこなしたりレベル上げるだけじゃあ、なれなかったんだよ」
「そうなんだ?」
そう言えばキヨハル様が以前、そんなことを言っていた気がする。キヨハル様はどうやってS級になったんだっけ? まぁ、あの人の場合は全部が全部特別過ぎて、なれたのが当たり前みたいなところがあったからな。
「でも凄いな……私なんて全然だよ」
「アクアもA級なんでしょ?」
「私はキヨハル様と一緒について行って、上手いこと上げてもらっただけだからさ。二つ名も精霊女王なんてつけてもらったのに、恥ずかしくて名乗れないよ」
「い~な~」
「え?」
一瞬だけマリーの表情が曇る……私、何か言ったっけ?
「どうかした?」
「ううん……何でもない。それよりもね、うちに寄って行かない?」
「マリーの家?」
「うん♪」
マリーの家か……ちょっと興味あるかも。正直さっきのリンネの一軒で身も心もくたくただ。ご飯もごちそうしてくれるみたいだし、ご相伴に預かるのも悪くないだろう。
「うん、じゃあ、寄ってもいいかな」
「うん♪」
にこやかに笑う。
子どもみたいな無垢な笑顔に、今のささくれだった私の心が癒される。しかしそれは全くの油断だ。刺さるような次の言葉に私の思考は停止した。
「トールも喜ぶよ」
「トール?」
「うん、私の旦那さん」
は?
旦那さん??
えっと旦那さんってことは???
「えっと、マリー」
「ん? なに?」
「旦那さんって……マリー、ひょっとして結婚したの?」
「うん、したよ♪」
「そ、そう……なんだ」
びっくりした。
私の中のマリーは子どもみたいなイメージで、そんな女の子が結婚したなんて意外過ぎる。まぁ、子どもっぽいって言っても、この子、私と同い年だしね……そういうこともあるか。ああ、でも、よりによって、このタイミングか……へこむな。
「アクア、どうしたの?」
「ううん……何でもないよ…………何でもないから」
「そう?」
「うん、ところで旦那さんって、どんな人なの?」
「えっとね、トールはとっても優しいの。同じ村の出身で、子どものときからずっと好き同士なんだよ♪」
「………………………ぅっ」
痛い。
心に何かグサッと刺さった。
「アクア、どうしたの?」
「ううん……何でもない…………何でもないから」
「そう?」
「うん……そうだから」
ヤバい、泣きそうだ。
やっぱりマリーの家に行くの止めよかな。
「アクア、私の家、こっちだから」
「あ、うん……」
◇
案内されたマリーの家はギルド本部の近くにある借家だった。街の外れにあったリンネの家と比べれば手狭だが、格段に生活には便利だ。今になって考えれば、あの場所ってリンネを人から遠ざけるために、あんな場所に住んでるんだろな……
「S級冒険者の旦那さんか……」
正直、羨ましい。最高位の冒険者だから給料もいいんだろうな。マリー自身もA級の冒険者だし、生活には不便はなさそうだ。私の財布の中はまだそれなりに余裕があるが、いつかはなくなってしまう。その前に身の振りを決めないといけない。
マリーが元気よく自宅のドアを開け、私がそれに続く。そうして家主である旦那さんの前に行き、ペコリと頭を下げた。
「どうも、初めまして」
「ああ?」
胡乱な黒い目が私を捉える。この人がトールなんだろうけど……思ってたのと、何か違う。
マリーの言によれば優しい人らしいんだけど、私の目の前に現れたトールは何と言うか、チンピラみたいな人だった。
第一印象がまず目つきが悪い。初対面の女性が相手なのに、いきなり睨みつけるような視線を送ってくるのだ。それがまた小物臭い。キヨハル様以外のS級にも何度か会ったこともあるけど、これまでの人たちは皆、強者の風格を纏っていた。なのに、このトールという人は街のゴロツキみたいなのだ。
「誰だよ、コイツ?」
「アクアだよ。ほら、キヨハルくんのパーティで一緒だった」
「キヨハル?」
悪い目つきがさらに険悪になる。
その目を見て、私は確信した。
あっ、この人もキヨハル様のこと嫌いだ。
リンネの旦那さんのセッタに続いて二人目。今日はもう、そろそろ勘弁して欲しい。
だけれど、私のそんな雰囲気なんて読む気もないマリーはさらに続ける。
「うん、アクアはね、キヨハルくんと一緒に魔王をやっつけたんだよ」
「へぇ、キヨハルとねぇ……」
旦那さんの目つきがさらに険悪になる。あんまりキヨハル様の名前出さないで欲しいな。
「まぁ、キヨハルのことは残念だったな」
あれ?
「実は前日まで一緒に飲んでたんだが、まさか持病があったなんて思わなかったよ」
思ったより対応が普通。キヨハル様のパーティメンバーだったからもっと当たりが強いと思ったけど、最初にイラっとした空気を出した以外、後は普通の対応だった。
「あ、はい……私達もキヨハル様が病気だったなんて知らなくて」
「そうなのか?」
「ええ……」
キヨハル様は以前「自分は勇者だから病気にならない」って言っていた。だから病気で急死するなんて、私達は思ってもみなかったんだ。
「わたし達がキヨハルくんが死んだって聞いたのも、けっこう経ってからなんだよね」
「そうなの?」
「うん、ホントにびっくりしたよ」
「ああ、キヨハルと飲んだ次の日の朝に、すぐに次のクエストに向かったから、多分2ヵ月くらいしてからかな。一応、出る前に挨拶するつもりで部屋の前まで行ったんだけど返事がなかったんだよな」
聞けば、マリー達はギルドからの指令で周辺諸国を転戦することが多いらしい。
「ここにはキヨハルの墓参りに?」
「いえ、まぁ、その……」
「ああ?」
もちろんそれもあるんだけど……
「ちょっと自分探しの旅に……」
「ああ?」
「何だか分からないけど楽しそうだね」
「そうか?」
「うん♪」
マリーは楽しそうだが、旦那さんは何とも微妙な顔で私を見る。そしてズバっとはっきり言った。
「むしろ人生に迷ってるように聞こえるんだけどな」
「…………」
うわ~、当たってる。
「ん? アクアは迷っているの?」
「まぁ……実は」
「ふ~ん、そうなんだ。だからニーナやリンネに相談に来たんだね」
「え? あ?……うん、そうだね」
「ん? 違うの?」
「ううん、違わない……かな」
相談と言えば、相談しに来たんだろうな。今の私は宙ぶらりんで、故郷に帰りたと言いながら、うじうじ悩んで寄り道ばかりしている。だからかつての仲間たちがどうしてるのかを見て、何か打開策が見つかるんじゃないかと期待していたんだ。
「ニーナってばスゴイ出世したよね」
「そうだね」
彼女は魔王討伐の実績を引っさげて第七騎士団長に任命された。本人は閑職なんだと嘯いていたけど、それが謙遜なんだということは、あの立派な執務室や、部下の兵士達の反応を見ても理解できた。
「ニーナってば、よく『我が家名を知らしめるのだ〜』って言ってたもんね」
「そうだね」
「夢が叶って良かったよね♪」
「そ、そうだね……」
マリーは笑顔でいうけど、私はどうしても彼女が浮かべていた似合わない苦笑を思い出す。確かに出世はしたけど、あれはニーナが望んでいたのとはちょっと違う気がした。
「リンネも結婚して幸せそうだしね♪」
「う、うん」
「確かに彼女は幸せそうだったけど……」
あれを本当に幸せと言ってしまって良いのだろうか?
確かに本人は心の底から幸せそうだったけど……
私はちょっと考えて、あのことについてマリーに聞いてみた。
「ねぇ、マリー」
「ん? なに?」
「あのさ……リンネのお腹だけど……見た?」
「おなか??」
きょとんとした顔をする。
どうやらアレは私にしか見せなかったらしい。それに安堵するとともに、だったら私にも見せるなという静かな怒りが湧いてきた。そんなときマリーが「解った」とばかりに手を叩く。
「ああ、そうか!」
「な、何?」
「リンネにも赤ちゃんが出来たんだ!!」
「は?」
赤ちゃん?
何の話??
あっ、そうか、私がお腹がどうとか言ったから……ん?
んんん!?
「えっと……マリー」
「ん? なに?」
「アンタ、今、リンネにもって言ったわよね……まさか?」
「うん、わたしも今、おなかに赤ちゃんいるの」
「……………………あぅっ!」
痛っ!
また心にグサッて何か刺さった……しかもさっきよりもたいぶ深い。
「そう……マリー、妊娠したんだ」
「うん、幼馴染との愛の結晶だよ♪」
「ぐはっ!!」
痛い!
超痛いっ!
今の致命傷……もうダメ……超うらやましいよぉ~~っ!!
「ええぇっ!? アクア!??」
「おい、お前、急にどうした??」
気がついたときには、私は他人様の家でギャン泣きしていた。
◇
「おい、お前、大丈夫かよ」
「あ……はい、スンマセン、もう大丈夫です」
自分への怒りと、後悔と、マリーへの羨ましさで感情が大爆発してしまった私をマリーの旦那さんは気遣ってくれる。
なるほど、マリーが言ってた通り、この人って優しい。見た目は山賊の手下みたいだけど。
結局、私は盛大に泣いた後、故郷に捨てた幼馴染がいる話を吐いた。
「それで、故郷に帰りたいけど、どの面下げて帰ればいいのか分からないと?」
「あ、はい……そうです」
「普通に帰ればいいじゃん。うちやリンネのとこみたいに」
「お前はちょっと黙っとけ」
「うげっ!」
トールさんがゴツンとマリーの頭を叩く。けっこう大きな音がした。妊婦相手でも容赦なしだ。でも何か、こういうのまで羨ましいと思ってしまう自分がいる。
「いいな~~」
「いや、良くはないだろ。自分でやっといてなんだけど」
呆れた顔でトールさんは言う。そして何とも形容し難い顔で唇を歪めて言い放った。
「それにあそこの家は比較対象にしたら駄目だろ」
「あ、あの……トールさんも、リンネに会ったんですか?」
「ああ……」
「どう思いましたか?」
「まぁ……幸せなんだろうな。いいんじゃないか、アレはアレで」
「は、はぁ……」
「特に旦那の方はな」
「え!?そ……そっちですか??」
「ああ、完全におかしくなってたけど気持ちは解るからな」
「はぁ?」
いや、むしろソッチの方が意味分からないでしょ?
困惑する。
ひょっとしてマリーの旦那さんもヤバい人なのか?
そんな可能性が頭を掠めた時だった。
「コイツも勝手にいなくなったからな」
視線の先にはマリーがいた。
「この馬鹿はS級冒険者になるんだって言って、突然キヨハルに着いて行ったんだ。俺もそれからしばらく荒れた時期があってさ、自分じゃ分からないけど、よく周りから変わったって言われるんだ。アイツも多分、自分が変わったってことに気づいてないんだろうな」
「もとからあんな人じゃなかったと?」
「そりゃ、最初からあんなおかしなヤツだったら、そもそも幼馴染として仲良くなってないだろ」
「たしかに……そうですね」
あの人も最初は優しい幼馴染だったのかもしれない。それがリンネが突然いなくなったせいでおかしくなって……どうしよう、アイツがあんな風になっちゃってたら。
「心配だったら帰ったらいいじゃん」
「だからそういう問題じゃないんだろ」
「ん? でも幼馴染のこと好きなんでしょ? 何で帰んないの?」
ああ、また、グサッと心に刺さる。
もう串刺し状態だ。
「だから……その……私、浮気しちゃったし……多分、バレてるし」
「でもその男の子も待ってるかもしれないよ」
「そ、そうなんだけど……」
「じゃあ、とりあえず帰りなよ。駄目だったら出て行ったらいいんだしさ」
当たり前のことを当たり前のように言う。
「でも……私が帰ったせいでアイツがおかしくなっちゃったら」
「ん? でも帰んないと、そんなの分からないじゃない」
「そうだけど……」
帰った方が良いのか、悪いのか、帰らないと分からない。そんなことは最初から分かっているんだけど、それが出来ないのは、結局のところ私に勇気がないからだ。
「トールはどう思う?」
「俺か?」
「うん」
「そうだな……」
マリーに問われてトールさんは腕を組む。そしてたっぷり時間をかけて考えた後、私に言った。
「とりあえず帰った方がいいんじゃないのか。こいつも地元の評判最悪だったけど帰って来たしな」
「そうなんですか?」
「ああ、親から『アンタみたいなアバズレはうちの子じゃない』って言って追い出されたんだよな」
「ええぇっ!? でもマリーはキヨハル様とは??」
「うん、酷いよね。その時はわたし処女だったのに」
「いや、恋人同然の幼馴染ほっといて他所の男について行く女はアバズレだろ」
「ぶぅ~っ、ちゃんと帰って来たんだからいいじゃん。それなのにトールってば、帰って来るなりいきなり、わたしの頭踏んづけたんだよ」
「え!?」
頭を踏む?
そんな暴力的な!?
そもそもどうやって頭なんて踏むの?
それこそ土下座でもしてないと踏めないでしょ??
「土下座までして謝ったのにね」
まさかの土下座!?
「いや、あの時はお前泊めて欲しいから土下座してただろ?」
「そうだっけ?」
「そうだよ……」
疲れた顔でため息を吐き、私に向き直った。
「まぁ、こんなヤツでも帰って来てくれた時は嬉しかったんだ。だからお前も幼馴染のヤツに一回会ってやれよ」
「でも……マリーと違って、私……そのキヨハル様と……」
「まぁ、別にいいんじゃないか。正直、俺はもうマリーがキヨハルの女になったって思ってたけど、コイツの顔を見たときは素直に喜んじまったしさ」
「そうなんですね……」
それなら私にもチャンスがあるかもしれない。
ああ、でも……アイツに会う勇気が出ない。せっかくこんな遠い国まで来て、色んな人に相談に乗ってもらったのに、私は臆病者だ。
「もう、アクアは意気地なしだね『勇者とは勇気ある者のことを言うのだ。勇気を持つもの全てが勇者だ』だよ」
「何よ……それ?」
「キヨハルくんとは違う勇者様の言葉♪」
「???」
いきなりの発言に困惑していると、トールさんが少し前に聞いた吟遊詩人の詩にそういうセリフがあったんだと教えてくれる。よく分からないけど、マリーはこのセリフがやたらと気に入っているらしい。
「だから頑張ろうね、アクア」
「そうね……」
言っちゃ悪いけど、マリーってあんまり頭が良くない。空気も読めないし、ズバズバものを言ってくる。だけど、だからこそ、シンプルで正当な方法しか言ってこないんだよね。
「…………………分かったわ」
結局のところ故郷とアイツを捨てるって選択肢を選べない私には、これしかないのだ。それでアイツに拒まれたり……いや、それならいいけどアイツがおかしくなってしまってたら、その時はその時でまた考えよう。
「ちょっとだけ勇気出してみるわ」
「うん、良かった」
「トールさんもありがとうございます」
「俺は何も言ってないけどな」
「そんなことないですよ」
見た目は目つきの悪い悪人みたいだけど、この人は優しい人だ。
「ああ、そうだ。一つだけ具体的なアドバイスをしてやるよ」
「何ですか?」
「キヨハルのことキヨハル様って言うの絶対に止めろ。イラっとする」
「は、はい……気をつけます」
全身からイラっとした空気を出して言い放つ。
そうだ。トールさんも、セッタも、キヨハルさ……じゃなくて、キヨハルのことはメチャクチャ嫌っているんだから、アイツがそうである可能性は非常に高い。って言うか、絶対に嫌いだ。気をつけよう。
「ありがとうございます。マリーもホントにありがとう」
「ああ」
「アクアも頑張ってね♪」
トールさんは不機嫌そうに、マリーはいつもの無邪気な笑顔で応える。
色々とショックなこともあったけど、この街に来て良かった。
そう思い、次の日、私は故郷へと旅立った。
そうして今、私の目の前には故郷の村が広がっている。
山奥にある、太古の精霊を祭る小さな村。そこが私とアイツの生まれ故郷だ。
「よし、帰るわよ」
勇気を振り絞る。
とりあえず土下座して頭を踏まれるところから始めよう。
それが最低ラインだ。
とにかくひたすら謝るところから始めよう。あとはもう当たって砕けろだ。
「でも、出来れば踏まれたくないなぁ……」
覚悟は決めてるんだけど、未練がましく言ってしまう。
そうして私は再会への一歩を踏み出す。
幼馴染を捨てて勇者について行った女が出戻ってきた話。
その物語がこれから始まるのだ。
Side-アクア/了
俺を捨てて勇者についていった幼馴染が出戻ってきた〈完〉
マリー・セラスタ(人間)
レベル52
STR 178 VIT 201
INT 28 RES 106
DEX 127 AGI 165
加護『勇者を導く加護』
勇者により良い選択肢を提示する。勇者とは勇気をもって行動する者をさす。




