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例えばこんな転生譚  作者: ウラン
8/11

桐里夏芽 その5

 

 ーーーTururururururururu・・・・・・・


 なんか鳴ってる。と思ったら、ふっと音が止まった。

 嫌な既視感に駈られて、ガバッと身体を起こしーーーぐらりと視界が回って、そのまま枕に落下する。

 ・・・何だこれ。

 身体が重い。頭も重い。喉、イガイガする。・・・風邪引いた?


 再び電子音が鳴り出す。

 私は慌ててスマホを引き寄せた。差してあった充電コードが引っこ抜けたが、気にしないようにして、カバーを開く。


 ーーーよかった。


 鳴っていたのは、アラームだった。


 今日は10月28日、木曜日。午前6時26分。

 3日の休みを経て、新田さんが復帰する日。だから私は、3日分の仕事の引き継ぎをしないといけない。風邪ごときで休んでいる場合ではないのだ。


 無理矢理起き上がり、洗面所に向かう。

 鏡の前に立った私の顔は、自分で言うのも何だが、かなり酷い顔をしていた。


 ライムは、まだ戻ってきていないらしい。返事もないし、姿も見えない。・・・ちょっと寂しい。

 昨日、マンションの建物中の『人間以外の生き物』の《補食》を命じたら、すぐに出掛けてしまった。どうせなら、私が出掛けてから行かせれば良かったと思ったが、すでにいないのだから、仕方がない。

 ・・・でも、寂しいよぉ。

 病気だから、余計に不安なのかもしれない。動物を飼いたい人の気持ちが、ちょっとわかってしまう。


 私はささっと身支度を整えると、そのまま出勤することにした。

 1階のエントランスに降りると、マンションの前で、管理人さんを捕まえて大騒ぎしている人を見かけた。が、私は極力、知らない振りを決め込んだ。


「だって、変ですよ!絶対泥棒です!飼っていたアロワナがいなくなったんですよ!?それに、イグアナやニシキヘビ、サンショウウオ、カブトムシ達まで!!」

「そんなに飼ってたの?あのねえ、うちはペット禁止だって、知ってるよね。虫も魚も爬虫類も、全部飼育禁止なんだよ。守れないなら、退去してもらうよ」

「そんな!?」


 間違いなく、ライムの仕業だ。ペット禁止のマンションで、よくもそんなに飼っていたな、あの人。

 うん。知らんぷりしとこ。



 ******************


「ありがとう!ごめんねぇ、大変だったでしょ?」

「いえ、大丈夫です」

「そう?なら、続きもやってもらっちゃおうかな」

「いえ、それは勘弁!」

「あはは!冗談だよ。それにしても、桐里さん、調子悪そうだね。大丈夫?無理させちゃった?」

「大丈夫です、全然」

「ならいいけど。ほんと、ありがとね」

「いえいえ」


 そんな会話を経て、新田さんに3日分の仕事を報告した私は、引き継ぎを済ませたのだった。

 これでやっと肩の荷が下りた。

 自分のデスクに戻り、ひとつ大きくため息をつく。


「お疲れ、なっつ」

「ありがと、くりこさん」


 労いに感謝を述べる。

 本当に疲れた。でも、やっと楽になったのだ。

 その途端に、ゲホゴホと咳き込む。マスクをして来て、良かったと思う。今朝、出勤ついでにコンビニで買ってきたのだ。ついでに風邪に効く栄養ドリンクも飲んできたのだが、こっちは効いた感がしない。


「大丈夫?昨日よりも顔色悪いよ?」

「そう?」


 何でもない振りをして、私は自分の仕事を開始した。




 お昼は食べられなかった。

 食堂に入った瞬間に、吐き気にとらわれて、逃げてきたのだ。かなり体調が悪い。時々、頭がぼうっとする。今朝飲んだドリンク剤のせいかも知れない。


 今日こそ定時で退社しよう。そんで、早く寝るんだ。

 そう思って、タイピングに勤しむ私。

 時々、苦い味の咳が出る。喉、痛い。


「はい、どうぞ」

「・・・」


 コトンと目の前に置かれた紙コップに、既視感を感じる。視線を上げると、そこには昨日と同じように、元山くんが立っていた。自分の分の飲み物で唇を湿らせている元山くんは、小憎らしいほどに、今日も無駄にイケメンだ。


「頑張りすぎじゃない?顔色悪いけど、大丈夫?早退しないの?」


 尋ねられて、答えを思いつけなかった私は、無言のまま。取り敢えず、彼からの貢ぎ物をありがたく頂いた。

 中身は、ホットレモンだった。痛んだ喉にしみる。


「あんま無理しちゃダメだよ」

「平気だよ。このくらい」


 分かっているが、弱味は見せたくない。強がる私の答えに、元山くんは困ったように肩を竦めるだけだった。そんな仕草も、いちいち決まっている。


「夏芽ちゃん、今度ご飯食べに行こうよ。デートしよ」


 突然のイミフなお誘いに、私は飲んでいたホットレモンを、「ぶふぉっ」と吹き出した。気管に入った。痛めた喉がさらに傷んで、咳を繰り返す。


「ゲホ、ゴホッ!」

「じゃあ、週末にね」

「ゲホッ!ちょ、週末て・・・」

「楽しみにしてるよ」


 ヒラヒラと手を振って、元山くんはフロアを出ていってしまう。少し逡巡して、私もパソコンの前から立ち上がった。

 走って彼を追い掛けたけど、どこへ行ったのやら、元山くんは見つからない。そして、走ったことで余計に調子を崩してしまった。

 胃から喉に向かって競り上がる嘔吐感に、行き先を変える。トイレに走り、個室の鍵を掛けたとき、遅れて入ってきた何人かの声を捉えて、私は動きを止める。人に聞こえる位置で吐くのは、ちょっとイヤ。


「娘さん、大丈夫なの?あ、パパっ子だっけ?」

「そうなの。交代したら喜んじゃって」

「立つ瀬無いねぇ」

「いやいや、逆にありがたいですよー。置いてくるのに、手間がなくて」

「でも寂しくない?」

「寂しく・・・はあるけど、いづれパパ嫌いとか言い出したら、私のターン!」


 あれ、新田さん?あと二人くらいいるかな。食後に化粧直しに来たようだ。

 彼女達が帰るまで、ちょっと我慢しよう。


「で、仕事の方は?終われそう」

「んー、ちょっと無理しないとかな。代わりにやって貰ってたとこ、チェックしたけど、殆ど進んでいなかったし、間違っているとこも多いし、私が考えているコンセプトとずれちゃってて。割りとやり直ししないと」

「残業出来ないんでしょ?大丈夫なの?」


 私は知らず、息を潜めた。

 何の話をしているのかは、考えなくても解る。


「まあ、何とかするしかないからねぇ。でも、どうして桐里さんだったんだろう。木ノ下さんにお願いして貰うように、課長に頼んどいたんだけど」

「彼女、断ってたよ。自分の仕事が忙しいのと、半端に引き受けたら迷惑になるからって」

「で、遅刻した桐里さんに罰ゲーム、みたいな?」

「罰ゲームって・・・。」

「3時間くらい、連絡なしで遅れてきて。あ、次の日は大イビキかいてたよね。でっかい口開けて、ミスタイプのアラームも鳴りっぱなしなのに気付かなくって」


 クスクスと、笑う声が拡がる。


「そんな人に、適当に頼んじゃったのか、あのオジサン。ナニ考えてんだか」

「フージコちゃんの事でしょう?」

「違いない!」


 さらに笑いが、大きくなる。


「あーあ。こんなんなら、やってもらわなくても良かった気がするなあ」

「違いない!」


 もっと大きくなった笑い声と一緒に、声の主たちはトイレを出ていく。

 私は肩に入っていた力を抜いて、個室の壁に背中を着けた。

 別に、やりたくてやったんじゃない。やれと言われたから、仕方なくやったんだ。

 なのにーーー。

 ありがとうと感謝したのと同じ口で、陰口を言う。そういう人だとは思っていなかった。どうせなら、目の前で文句言ってくれた方がマシだった。

 重いため息を吐いて、私は壁から身を起こした。

 息を潜めていたお陰でか、吐き気はなくなっていた。


「・・・仕事行こ」


 呟いて、トイレを出る。

 ・・・私、何やってんだろう。

 何やら色々と、馬鹿馬鹿しくなった。




「・・・っつ、なっつ!!」


 呼ぶ声に、顔を上げる。

 ーーーあれ?

 目の前のPCからアラームが鳴っていて、慌ててキーボードを叩く。すぐにアラームは止まった。


「何やってんのよ、ちょっと。大丈夫?」


 呆れたようなくりこさんの声に、ちょっと考えてから、「べーぎ、べっぢゃ゛ら゛」と笑って見せる。・・・あれ?


「それ、全然平気じゃない。」


 くりこさんが冷たい視線を向けてくる。


「もう。さっさと帰んなさい。あとはやっといてあげるから」

「や゛だ。自分です゛る゛」

「やだって、あんた・・・」


 奮然と画面を睨み、入力を再開する私。

 隣から、くりこさんのため息が聞こえた。


「何があったか知らないけど、拗ねてないで、早く帰りなさいよ」


 ーーー拗ねてないもん。

 心の中で言い返し、マスクの中で唇を尖らせた。



「た゛た゛い゛ま゛ぁ゛」


 我ながら、すごい声が出た。

 体が重い。何もやる気になれない。

 それでも、玄関の鍵だけは掛けて、パンプスを脱ぐ。

 そのままベッドに向かった。足取りがゾンビのようになってしまう。

 カバンを落とし、ベッドに倒れ込んだ。

 スーツを脱ぎ、少し苦労してストッキングも脱ぐ。締め付けから解放されて、ちょっとだけ楽になった。


「ライム」


 小さな声で呼んでみたが、返事はない。まだ帰っていないようだ。

 何だか寂しくなって、ばさりと布団に籠る。


 大丈夫。

 明日には元気になる。

 だから、今日はもう、寝てしまうんだ。


 睡魔に捕まるのは、あっという間だった。




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