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例えばこんな転生譚  作者: ウラン
7/11

桐里夏芽 その4

 

「ぅへっっくち!」


 止める間もなく飛び出したくしゃみの後、鼻水をすすり上げる。今日はなんだか、随分と冷えるなぁ。


「ちょっと。大丈夫なの?なっつ」


 隣の席から、くりこさんが尋ねる。

 ちなみに、『なっつ』とは、くりこさんが私を呼ぶ時のあだ名だ。


「らいじょーぶ・・・うへっ、うへっ・・・うへっっくしっ!!」


 ・・・前言撤回。あんまり大丈夫ではないかもしれない。

 くしゃみは出るし、鼻水止まらないし。私はデスクの上からティッシュの箱を引き寄せて、数枚を一気にひっつかみ、思いきりよく鼻をかんだ。


「あー・・・。もう一箱、買っときゃ良かった」

「もう、早退したら?」

「できないよ。仕事2人分だし。・・・ふぇっ、へっっくし!!」


 またくしゃみが出て、私は鼻をかむ。

 新田さんは今日まで休みだ。娘さんが肺炎で入院して、まだ退院出来ない。だが、明日からは旦那さんが娘さんに付き添うらしく、新田さんは復帰する。それまでは、私が彼女の仕事を請け負う事になっていた。まあ、それも課長の嫌がらせなんだけど。と言っても、原因は私が遅刻したからなんだけど。


「風邪引いたんじゃないの?顔色悪いよ」


 くりこさんが横から顔を覗き込んでくる。・・・そんなに酷いかな?心配してくれる、くりこさんの優しさが身に染みる。

 昨日の夜、シャワーの熱で溶け掛けたライムに水を当て続けた時に、身体を冷やしたから、風邪引いたとしたら、それが原因だろうけど。あの後、シャワーを浴び直したんだけどな。


「ほら、マスクしときなよ」


 そう言って、くりこさんがペーパーマスクを差し出してくれる。ありがたく受け取って、装着した。


「へっ・・・けし!けしゅんっ!!」


 直後に2連発する。


「しっかし、あんたのくしゃみって独特だよね。移さないでよ」


 あう。くりこさん、手厳しい。

 返事の代わりに、私はもう一度、くしゃみをしたのだった。

 ・・・あー、マジでツライ。



 昨日、ライムとご飯を食べた後くらいから、くしゃみが出るようになった。

 食べた後のラーメンのカップとか、牛乳パックとか、色々片すのが面倒臭くなって、ライムに丸投げた。ゴミはそのまま《補食》してもらい、ライムが《復元》したお皿と箸だけは、水で洗う。あっさり片付いた。

 それから、寝ることにした。

 よくよく話を聞いてみたのだが、スライムも休息は必要なようで、だったらと、ベッドに連れ込み、一緒に眠ることにしたんだ。

 サイズ的には、抱き枕にぴったりなライムだったが、温度的には水枕そのものな冷たさ加減だった。夏場には丁度よかろうが、今は冬直前。流石に抱っこしては眠れなくて。ライムにはベッドの端でコロンとしてもらう事になった。寒くないかな、と思ったが、大丈夫らしいので、私だけ布団を被って眠った。

 夜中に目を覚ましたら、ベッドの上でライムがジェル化していたのには、驚いたけど。


 今朝になって、くしゃみが酷くなっていた。それでも、仕事を休む訳にはいかないと、頑張って出社したのだ。私、偉い。

 ライムには、部屋中の虫を《補食》していいと言ってある。『G』以外の虫も許可してあるので、帰ったらさぞかしキレイになっていることだろう。


 それはそうと、仕事を頑張らねば。今日こそは、残業なしで帰りたいもんね。

 無言で打ち込み作業をしていると、課長がやって来た。


「桐里君。頼んであった、コンペの仮予算の修正だけど。昨日、ちゃんとやった?」

「はい?やりましたふぇ・・・ふぇっくしゅっ!」


 盛大にくしゃみをしながら、やったと主張する私。


「おかしいなあ。修正、上がってきてないんだけど」

「えー?ちゃんとやりましたよ?」


 残業までして仕上げたのだ。ないはずがない。


「プリントアウトはした?保存は?同期もさせたんだよね」

「もちろ・・・」


 あれ?

 途中で口ごもる。・・・保存、したっけ?

 入力が済んだ後、チェックして、ーーープリンター、使わなかったな。音がうるさいから、後にしようって、今日の朝イチでやるつもりで・・・忘れてた。保存も、プリントアウトしてからするつもりでーーーあれ?そのまま電源落とした気が?あれ?


「確認して!すぐ持ってきて!いいね!?」


 課長がデスクに戻っていく。なんか、急いでいるっぽい。

 私もくしゃみしながらパソコンに向き直る。今まで使っていた画面を最小化して、昨日作ったシートを呼び出しーーービックリした。

 きれいさっぱり!

 修正前のまんまだった。

 ヤバイ。

 やっぱり保存しないで電源落としていた。つまり、昨日の残業分、まるっと無駄になったわけで。・・・今から修正して、間に合うかな?て言うか、やるしか!

 私は急いで、修正作業を開始した。・・・昨日の赤の入った用紙、捨てずにおいて、ほんとーに良かった!!


 少なくとも、1時間懸かった。

 その間、課長が何度も来て、色々言っていったが、割りと聞いていなかった。ぶっちゃけ、聞いている暇はなく、そんな場合ですらない。生っぽい返事だけ寄越して、ひたすら修正作業に没頭する。集中しすぎて、くしゃみも忘れたほどだ。

 そして、1時間後ーーー。


 保存、良し!

 プリント、良し!

 同期も確認した!


 私はプリントアウトした書類をひっ掴んで、課長のところに意気揚々と持っていった。もちろん、遅いと文句をさんざん言われた。



 残業したくない一心で、私はお昼ご飯を放棄することにした。

 くりこさんはちょっと怒っていたけど、何にしろ2人分。普通にやったら、終わるわきゃねえ。心配してくれているのは、嬉しいんだけどね。だが、お陰さまで、今日は残業しないで上がれそうである。


 ひたすら入力作業を続けていく。

 ーーーと、横に紙カップがトンと置かれて、私は驚いて顔を上げた。


「なつめちゃん、頑張りすぎ」


 そこにいたのは、元山くんだ。


「やらんと、定時で上がれないから」

「用事があるの?デート?」


 それまで手を休めずに動かしていたと言うのに、驚きすぎて手が止まってしまった。


「はあ!?違うしっ!!」


 全力で否定して、作業を再開する。

 元山くんは笑いながら、自分の分のカップを口許で傾けた。・・・むう。何しても様になる男だな。


「でも、良かった。彼氏がいるとか言われたら、嫉妬しちゃいそうだよ」


 うっかりヘンなことを言われて、思考が止まる。そして、くしゃみが出た。


「へっぶしゅっ!ゔー・・・。君、心にも無いこと言うんじゃないよ?」

「えー?そんなこと・・・」

「本気じゃないでしょ?流石に判るし。他の女の子にタゲられたくないから、そういうのは他所でやんな。あ、でも、コーヒーは貰っとく。ありがと」


 そう言って、小休止を兼ねて紙コップに手を伸ばす。


「じゃあ、早く帰りたい理由は?」


 問われて、僅かに考える。

 うちのマンション、ペット禁止なんだっけ。


「ふふん。可愛い男の子が、うちで待っているからさっ」

「え、えっ!?」


『可愛い』『男の子』ーーー嘘ではない。スライムに性別はないと思うが、しゃべり方からして男の子っぽいから、これでいいのだ。

 元山くんの驚いた顔を見て、機嫌を良くした私は、入力作業に没頭するのだった。


 なんとかかんとか、一日が暮れていき、もうすぐ定時の6時。

 あと、ひとふんばり!!

 と言うところで、課長に声を掛けられた。


「桐里君、ちょっと」


 課長の呼ぶ声を、聞こえなかったふりして無視しようかと考えてしまった。が、お利口な私は、そんなことはしない。


「なんでふーーーふくしゅんっ」


 クシャミ混じりに返事する。


「これ。ここからここまで、間違ってるよ。桁がおかしいことになってるから、すぐ直して、持ってきて」

「・・・えと、もうすぐ定時・・・」

「急ぎで。よろしく」


 課長はさっさとデスクに戻っていった。

 こんなに頑張ったのに、結局、残業になった。

 くっそう。




 ***********************


 家に辿り着いたのは、午後八時を回ったところで。まあ、昨日よりは早く帰れたのだけど。


「ライムー。ただいまぁ」


 ドアを閉めて、鍵を掛ける。半年で身に付けたスキルは、今日も健在だ。

 そして、その場でへにょんとへたりこんだ。

 疲れた。くたくただ。いっそ、溶けたい。ジェル化したライムのように、うにょんと溶けてしまいたい。しかし、玄関寒いな。

 私は靴だけ脱いで、リビングに向かってズルリズルリと移動した。

 もー、限界・・・。


「ライムぅ」

『ご主人様、お帰りなさいー』


 ポヨンとライムが出迎える。

 ・・・随分と流暢に喋れるようになった。それに、『お帰りなさい』って、私、教えたっけ?まあいいか。可愛いし。そう、可愛いは正義だ。


 私はラグの上にべしょっと身体を投げ出すと、手だけをなんとか持ち上げた。握っていたコンビニの白いレジ袋を、ライムに差し出す。


「これ・・・ごはん」


 おにぎりに、コロッケ。本当は材料を買ってきて作るつもりだったのだが、帰りが長引いたのと、あまりに疲れていたのとで、結局コンビニで済ませてしまったのだ。本当は自分の分も入っているが、食欲が湧かない。


『・・・。ご主人様、大丈夫?』

「・・・ぅっ。ライムぅ」


 ライムにまで心配された。情けないが、嬉しい。思わず涙が出そうになる。袋を置いて、スライムボディに手を伸ばす。そっと撫でると、プルンとしたゼリーのような感触に癒された。暫くプニプニ撫でていたが、なんとか起き上がる気になったので、身体を起こし、座り直す。


「今日はどんだけ《補食》したの?」

『いっぱいー。《解析》結果、発表する?』

「する」


 ライムが身体をぽよよんと揺らして訊いてきたので、お願いしてみた。


『えっとー、チャバネゴ・・・』

「ストーーーップ!」

『?』


 キョトンとするライムに、私は全力でストップを掛ける。


「その名前は、言わないでっ」


 ヤツの名前は言ってはいけない。例え《補食》済みであろうとも、某魔法使いのように、言えば現れて悪さをするに決まっている。そう、まるでアクマの如く!姿どころか、名前さえ聞きたくないのだ。


『じゃあ、何て言ったらいいの?』

「アレ、で十分」

『あいあいさー』


 私の命令に、ライムは快く応えてくれる。

 結果としては、アレに関しては、茶色いアレと、黒いアレ、そして、アレの子供達。数は聞かない。精神が保たない事は解りきっているので、余分な事はしないのだ。

 それからーーー。


『蜘蛛、8種類』

「クモってそんなに種類居るもん?」

『全部で117種類ー』

「・・・」


 《解析》って、優秀だな。

 そんなことまで判るんだ?


『シロアリ、マダニ、カ、ナメクジ、カメムシ、カツオブシムシ・・・』

「カツオ・・・?何それ」

『カツオブシムシ。甲虫目カブトムシ亜目カツオブシムシ科の昆虫。衣類や乾物を食べる害虫ー』

「へー」


 《解析》、マジでスゴい。


『ミミズ、ノミ、アタマジラミ・・・』

「ぅえ!?アタマジラミ、いんの!?」

『いたー』


 うっそ。頭痒かったことないんだけど。洗髪だって欠かしたことないし、でも、薬いるかな。

 考えていると、さらにライムが先を進める。


『ウジ』

「え、マジで!?どこに湧いてたの!?」

『シバンムシ』

「だから、それ何?」

『甲虫目シバンムシ科。畳を食べるー』

「げっ!それヤバイんじゃ・・・って、うち、畳ないじゃん」

『建材も食べるー』

「なんと!?それ、ダメなヤツじゃん!」

『カブトムシ、クワガタムシー』

「この季節に!?」


 ・・・て、ちょっと待て。


「何で、うちにカブトムシ?」


 飼ってないし、そもそも虫はキライだし。この季節に野生の甲虫がいるのは不自然だ。


『オウゴンオニクワガタとヘラクレスオオカブト、コーカサスオオカブト、セアカフタマタクワガタ、エレファスゾウカブト、ネプチューンオオカブト、スジブトヒラタクワガタ』


 え、なになに?

 一気に言われても、ついていけない。判ったのは、『ヘラクレスオオカブト』くらいだ。私でも知っている。凄い高額で取引されている、ムシキングだ。そんなモノが、うちにいる訳がない。

 例え、誰かが飼育できずに野に放したのだとしても、それらの虫がまとまって部屋に隠れているとか、あり得ない。

 だとしたら、つまりは・・・。

 ・・・・・。


「ライム。どんくらいの範囲で《補食》してたのか、訊いていいかな?」

『お部屋の中』


 ライムがぽよよんと答える。や、そうなんだけど、そうじゃなくて。

 ライムが『部屋の中』を、どの程度の範囲で認識しているか、それが問題なんだ。

 私は鞄の中から手帳を取り出すと、図に描いた。

 マンション全体を、簡単に、部屋の数に合わせて仕切る。縦に7階。横は5部屋。一ヶ所だけ斜線で塗りつぶしたのは、私の部屋。


「これ、見える?分かる?」


 ライムに簡単な図を見せるが、ライムはぽよよんと身体を揺らして、


『わかんない』


 と答えた。図が適当すぎたか?よくよく見れば、確かに解りづらい。


『ぼく、見えない』

「え?」


 どういう事?

 色々《補食》してるし、昨日もテーブルの上にある物が解ったり、指差した先のゴミ袋を認識したりしていたのに。

 話が進まないので、ライムに訊いてみた。


「それって、どういう事?」


 ライムがぽよよんと跳ねて、答えてくれた。

 曰くーーー。

 元々、眼がないので視力で見ている訳ではないらしい。私が名前を付けた時に、《周辺感知》というスキルを習得したそうな。それで、色んな物や生物のいる場所を感じ取れるようになった、らしい。最初は10メートル位の範囲しか感知出来なかったのが、レベルアップの影響もあって、今では25メートルまで感じ取れるようだ。


「でも、感知だけじゃ、何があるのか判らないんじゃないの?」

『大丈夫なのー。《鑑定》も一緒に使っているからー』

「《鑑定》!?」


 《鑑定》というスキルは、見ただけーーー実際は見えないから、感知しただけで、それが何かを知ることが出来るという能力だとか。


『《周辺感知》して、《鑑定》すると、何がどこに置いてあるのか、わかるの。でも、細かいことや詳しいこと、わからないの。《解析》すると、全部わかるの』


 《鑑定》だと、『何か』は判っても、そこに『書かれた何か』は解らないらしい。要するに、ノートだとは判っても、ノートに書かれた内容までは《鑑定》では把握できないのだ。《補食》して、《解析》まですると、ノートの中身が判る、みたいな。

 むー。どうしようか。

 いっそ、このメモを《補食》させる?《解析》なら、描いた内容も判るはずだし。でもなあ・・・そのためにメモ帳を犠牲にするとなると、ちょっと悩む。お気に入りなんだよね。


『ご主人様ー』

「んー?」

『ご主人様が頭で考えたコト、わかるかもー』

「はい?」

『あのね、おしゃべりは《念話》なの』


 そうか、耳ないもんね。だから、視覚や聴覚は、そもそも持ってはいなかった訳だ。それを補うために、《念話》や《周辺感知》を身に付けた。私と、コミュニケーションを取るために・・・。

 だとしたら、ちょっと嬉しいかも。

 なんて、浸っている場合ではない。

 取り敢えず、試す。


 私は頭の中で、マンションの間取りを思い浮かべた。


「ライム、わかる?これ、今私たちがいるマンション」

『・・・んー。ぼんやりー』


 ぼんやり、か。そうか、足らないか。ちょいと悔しい。

 その時、思い付いた。

 思い浮かべるだけじゃ足りないのなら、目で見たものを、そのまま頭の中に浮かべればいいじゃん。

 私は自分で描いたメモを手にして、じっと見つめた。


「・・・ライム。わかる?」

『見えたー』


 おおっ!通じた!


「これ、私たちが今いるマンションの、見取り図。わかる?」

『わかるー』

「じゃあ、訊くよ?《補食》してたの、どの範囲かな」

『えーと、全部!』

「てことは、こんだけ?」


 私は赤のボールペンを掴み、手書きの図を睨みながら、マンションの外枠に沿って赤でなぞった。


『そう!こんだけ!ぼく、いっぱい頑張ったー!』


 そうか、やっぱりそうか・・・。

 そうだろうなーとは、思っていたが。


「あのね、ライム。私の部屋、借りてるの、こんだけ」


 斜線を引っ張った部分を、さらに赤で塗る。


『!?』


 《念話》を通じて、ライムの衝撃が伝わった。


『ぼく、食べ過ぎ!?』

「あー、落ち着けライムー」

『《復元》する!《復元》!!《復元》!!・・・できないー!』

「ライム、ライム!大丈夫だから、落ち着いて」


 慌ててライムを抱き抱えると、ビックリしたようにライムは動きを止めて、こっちを見た。


「《補食》したのは、ほとんどが害虫でしょ?大丈夫だよ。《復元》しなくていいから。それに、ここ、ペット禁止なんだ。虫とか魚とか、飼育が一切禁止されてるんだよ。飼い主さんには悪いけど、自業自得だよ。ライムが気にすることないから、ね」

『大丈夫?』

「うん」

『怒られない?』

「うん!」


 やっと落ち着いたのか、ライムは大人しくなった。

 今は出来なかったけど、生物でも《復元》出来るのかな。《解析》して吸収までしちゃうと、《復元》出来ないって、言ってたよね。よっぽど慌ててたんだなぁ。

 しかし、怒られるのを怖がるなんて、小さな子供みたいだ。いや、でも、召喚されてからの日数を考えたら、あながち間違ってないかも?だって、まだ二日目だし。


『あのね、ご主人様ー。』

「ん?なに・・・ぅっ、ふぇ、ふへっくしょいっ!!」

『ご主人様、飛んだー』

「む、ごめん」


 ちょっと治まってると思っていたくしゃみが出て、ライムに唾が飛んでしまったらしい。すぐに《補食》されて、きれいになる。本当に便利だ。とは言え、申し訳ない。


 ライムはあまり気にしていない様子で、私の腕の中で身体の向きを変えた。そして、ひゅんっと触手を振るう。それを手元に引き寄せて、私に見せたーーー途端に、私はフリーズした。驚きすぎて、声も出せない。いや、それはむしろ良かったのだ。マンションで絶叫とかしたら、周りの部屋から苦情が来たり、事件だとか怪しまれたり、あまつさえ警察なんか呼ばれたら、一大事だ。

 それはともかく、ライムの触手に絡め取られているモノが問題だった。


『虫じゃないの、いっぱいいるのー』

「・・・ライム、それ」

『ねずみー』


 ライムの触手の中で、応えるようにネズミが『チュー』と鳴く。

 それだけ聞くと、可愛いかもだよ?でもね。私の拳骨2個分もの大きさの、でっかい茶色のネズミだよ?あの、残飯食い漁って、下水道を走り回って、疫病を振り撒くあのネズミだよ?

 それが目の前にいる・・・。


『《補食》する?』

「今すぐ!!!」

『あいあーい』


 私の膝の上で、ライムが捕まえた鼠を身体の中に取り込む。それまで、自身に何が起きているのか分かっておらず、大人しくしていた鼠が、ライムの身体の中に取り込まれたことで驚き、ワタワタと暴れ、もがきだした。が、もう遅い。


『《補食》!!』


 ライムの声と共に、鼠がじゅわんと溶けて、跡形もなく消える。


 その様子を見て、私はちょっとだけ怖くなった。スライムには、補食出来ないものは無いのではないだろうか?無機物も、生物も補食できてしまう。だったらーーー人間も・・・?


 いや、その場合は、私が止めてやればいいのだ。だって、私はライムのご主人様なんだから。


「ライム、いっぱいいるって言ってたよね」

『うん。いっぱいいるのー』

「よし、わかった」


 私は膝からライムを下ろした。


「ライム、この建物中の人間以外の生き物、全部《補食》して!」


 鼠は完全な害獣で、放っておけば増える。それに、私の部屋だけ綺麗にしたところで、他所の部屋から入ってくることだってあるはずだ。だったら、部屋だけなんてチマチマしたことはせず、どーーーんとやってしまえばよいのだ。


 ライムは嬉しそうに、


『あいあいさー!』


 と返事をして、コンビニのレジ袋ごとおにぎりとコロッケを《補食》して、出掛けていった。


 何だか、急に静かになった気がする。

 私は暫くの間、ぼんやりと座り混んでいた。が、くしゃみと同時に、ぶるっと背中に寒気が走った。


「あー、シャワー浴びて、さっさと寝よう」


 害獣駆除しに行ったライムには悪いが、なんだか体調が思わしくない私は、早々に寝ることを選択したのだった。




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