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例えばこんな転生譚  作者: ウラン
6/11

桐里夏芽 その3

 


 ーーーPiーーーーーーーーーーーー・・・・・・


「・・・・・っつ、なっつ!」


 ーーーむぅ。だれ?


「なっつ!やばいって!」


 ーーーなにが?


 今何時だっけ。何日?

 首が痛い。今、何してて・・・ーーー


 ーーーPiーーーーーーーーーーーー・・・・・・


 アラームうるさい。て、うちの目覚ましじゃないな。どこのだろ?でも、めちゃくちゃ聞き覚えがあるような。


「起きなって!あー・・・。きた」


 隣から聞こえるのは、聞き慣れたくりこさんの声だ。


「桐里さん!!!」

「は、はいいいいいいっ!?」


 聞き慣れたかん高い怒声に、思わず直立しながら返事をする。

 周囲からクスクスと笑う声が、エラー音に紛れるようにして、聞こえてきた。周囲をそっと見回すと、みんな自分達の仕事をしながら、時々こちらをチラ見してくる。

 その瞬間、ここが会社のオフィスで、今が勤務時間で、仕事の最中だった事に気がついた。いや、思い出した。


 ーーーって、まさか私、寝てた?


 マジで?いやいや、ないっしょ。誰か、嘘だと言って欲しい。

 仕事中に寝るとか、あり得ないし。

 そりゃ、昨日は色々あって一睡もしていなかったけど。

 けど、居眠りなんて、社会人になってから今まで一度もない。

 でも、状況的に考えるとーーー。

 斜め後方にそっと視線をずらす。

 怒声はお局様こと西山主任だった。腰に手を当てて、にこやかな表情でこめかみに青筋を立てているお局様がいる。目がコワイ。


「まずはエラーを止めなさい」

「は、はいっ!」


 慌てて座り直し、パソコンに向き直る。キーボードに手を置いたはいいが、どこが原因でエラーが発生しているのか、さっぱり分からない。エラー音が鳴りっぱなしで焦るし、どうしていいか解らなくて、横で睨み降ろしてくるお局様を、横目でチラリと見上げた。


「あのぉ・・・」


 言外に助けを求めてみる。

 お局様が笑顔を消して、大きく溜め息をついた。この瞬間も、エラーの音が大きく鳴り響き続けている。


 お局様が、手でちょいちょいっと、『どけ』とジェスチャーした。すかさずワークチェアごと横にずれる。半身でずいっと身を乗り出してきたお局様が、カチャカチャとキーボードを打ち、エンターを5回ほど叩いたところでエラー音が掻き消える。その間、僅か30秒。

 ・・・さすがだ。


 お局様が身体を起こし、再び腰に手を当てる。『怒ってます』の意思表示に、私は身を固くした。


「桐里さん。あなたの生活態度や体調管理に口出しする気は毛頭ないけど」


 出してんじゃん。

 頭に浮かんだ突っ込みは、心の中に留める。


「今が何の時間か、分かるわよね?」

「・・・仕事中、です」


 できるだけ素直に、簡潔に返答する。潔さに免じて、お局様の表情が若干和らいだ。


「だったら、居眠りしてエラー音を鳴らしっぱなしにすることが迷惑に繋がることも、分かるわよね」

「はい。すみませんでした」


 大人しく謝る。ここで言い訳をすると、お局様の機嫌を損ねかねない。

 お局様はもう一度溜め息を吐き出した。腰から手を下ろす。


「今日の昼、12時に面談を行いますから。そのつもりで」

「う、えええええ?」

「何よ、その返事は。昨日もだけど、態度悪いわよ」

「あの、お昼ご飯・・・」

「終わったら食べられるから。私も一緒だから」

「うええええ」

「返事は・・・」

「はぁい」

「伸ばさないの」

「ぅあい」


 お局様はまだ何か言いたそうにしながら、諦めて溜め息をついた。

 しかし、昨日に続いてランチ抜きって、どんなイヂメーーーいやいや、悪いのは私か。そんなつもりはなかったけど、居眠りしてたっぽいし。

 ああ・・・やらかした。


「桐里さん」

「はい?」


 まだ何かあるんだろうか?

 お局様が、私の顔をじっと見て、呆れたような顔をする。・・・何ですか、その残念な物を見るような目は。


「あなた、一応女の子でしょう?大口開けて、イビキかいているのは、どうかと思うわ」

「ーーーっ!?」


 慌てて隣のくりこさんを振り返る。無言で是正を問うと、彼女は無言で深く頷いた。肯定だ。

 何それ、はずいっ。


「それと、顔、洗ってらっしゃい。よだれ、ついてるわよ」

「ーーーっ!!?」


 口許に手を当てる。乾きかけた水気を確認して、私の顔はかっと熱くなった。

 超はずっ!

 私は急いで立ち上がると、「いってきます!」と叫んで、トイレに走ったのだった。





 お局様の面談が、またしても長引いて、またしてもお昼ご飯を食べ損なった、午後1時30分過ぎ。


「桐里さん、コレ今日中だから」


 コピー機を回している私の所へお局様が持ってきたのは、昨日纏めたコンペの資料の、仮予算書だった。但し、大量の赤が入っている。直して提出しろ、と言うことらしい。


「私が、ですか?」

「そうよ。別に意地悪じゃないから。昨日あなたが纏めた資料の中で、訂正が入った部分だから。頼んだわよ」


 やる、なんて言っていない。

 だが、やるしかない。

 くそう。


 仕方なく、仮予算書の赤を眺めていたら、後ろから声を掛けられた。


「大変だね。なつめちゃん」


 声の主は元山くんだ。すぐに分かる。うちの部署で馴れ馴れしくちゃん付け呼びしてくるのは、彼だけだ。

 ウザいの来たなーと思っていたら、彼はすぐに席に向かわず、私の隣に立ち止まった。


「コピー機待ち?」

「やだなあ。コミュニケーションを取りに来たんだよ」

「それ、要らない。早くお帰り」


 しっしっと、手で払う。

 大卒で一応同期の元山くんは、爽やかイケメンで、女子に人気が高い。顔が良くて、背が高く、痩せ型で、いつもにこにこしている。仕事もそつなくこなす、将来有望株だ。そんなだから、人気があるのも頷ける。ただ、理解はできるが、私の趣味でない。それに、元山くんが私に構うと、他の女の子が睨んでくるのだ。そっちの方がメンドクサイ。


「労いに来たのにー」

「じゃあ、代わってくれる?」

「それは西山さんに怒られるからダメ」

「役に立たないな」


 舌打ちすると、気分を悪くするどころか、笑い出す元山くん。笑いのツボが解らない。

 手前の機械から電子音がして、コピーが終了した。

 私は手早く印刷した用紙を回収すると、自分のデスクに向かう。


「なつめちゃん、忘れ物」


 元山くんに呼び止められて、軽く振り返るのと、コピー用紙の束の上に原紙が乗せられるのとは同時だった。さらにその上に、小さなチョコレート菓子が乗る。


「コレ、あげる」

「・・・ありがと」


 実に爽やかに、彼はおやつを貢いでくれたのだった。



 ***********************



 午後9時ーーー。


 オフィスフロアには、私以外誰もいない。みんな定時で帰ってしまった。私は残業だ。

 自分の分の日課と、娘さんの入院で有給休暇を取っている新田さんの分の日課。そして、月末の仕様書。さらに、お局様が持ってきた、コンペ資料の仮予算書の直し作業。結局終わらなくて、残業するはめになってしまったのだがーーー。


「お腹空いたよーーーぉ」


 腹の虫が自己主張する。

 それもそのはず。今日の社食のエビチリ定食を食べ損ない、代わりに食べたのは、元山くんが貢いでくれたチョコ1個だけ。お腹も空こうというものだ。


「早く帰りたーい」


 ぼやいていても終わらないので、手だけは休めないようにしているが、もう限界だ。

 それにーーー。


 ライムが気になる。

 あの子、大丈夫かな。一人で、何してるかな。

 家を出てくる時には、部屋から出ないように言っておいたけどーーーお腹空かせてないかな。・・・勝手に家具食べてたりして。


 ーーー笑えない。と言うか、あり得る。


「っしゃーーーーーーっ!!おわったぁーーーー!!」


 漸く作業を終わらせて、パソコンの電源を落とした。

 施錠を確認して、フロアをダッシュで後にする。守衛さんに挨拶をして、急いで帰った。



 昨夜は、ライムがゴミ袋に取り付いている間にシャワーを浴びて、出てきたら《補食》と《解析》が丁度終わった所だった。


『《解析》けっか、はっぴょうなのー』


 ライムにお願いして、解析結果を聞いてみた。本当はもっと細かかったのだが、大雑把にくくると、こんな感じだった。


 プラスチック、63%。

 植物、14%。

 樹脂、8%。

 加工肉、5%

 水分、3%。

 生物、7%。


 ・・・生物、いたんだ。


『むし、おいしかったー』


 ライムが嬉しそうにのたまう。

 うん、良かったね。ご主人様は、複雑なんだけどね?


 スライムには、やはり味覚はないらしい。なので、食べて『つよくなる』物を、便宜上『おいしい』と表現する事に、2人で決めた。

 私が食べさせたゴミ袋の中には、虫が沸いていたようだ。良かった。あのまま3日も置いておいたら、どうなっていたことか・・・!


 そして、ゴミ袋を《補食》したことで、ライムのレベルが上がったらしい。

 Lv.1から、Lv.2になったとの事。驚きである。

 その後も、ライムがあちこちから『おいしい』物を探してきて、付き合っている内に朝になった。


『おいしい』物の内訳としては、普段は気付かないベッドのシーツのダニとか。なんと、ダニと一緒に埃も《補食》してくれた。ベッドをスライムが覆い尽くした時には、うわぁとか思ったが、後で触ってみても、何ともなっていなくて、普通にサラサラしていたのには、驚いた。

 それから、窓のサッシの黒い汚れ。カビが混ざっていたらしく、意外と『おいしい』らしかった。

 台所の排水口に嵌まり込もうとした時には、流石にぎょっとした。


 他にもあったが、そんなこんなで朝になり、出社する時間になった。ライムも沢山《補食》して、沢山《解析》したせいで疲れたらしく。


『ぼく、もうねるー』


 と言って動かなくなったので、部屋から出ないようにだけ言って、出てきたのである。

 早く帰るつもりだったのに、こんなに遅くなってしまった。


 ライム、寂しくなってないかな?


 漸くマンションに辿り着く。

 焦りながら鍵を開けーーー。


「ライム!ただいま!!」


 扉を引き開けると同時に、ライムを探す。


「ライム?」


 玄関を閉めて、鍵を掛ける。独り暮らし歴半年で身に付けたスキルのひとつだ。

 それはともかくーーー。

 ライムが返事をしない。


「ライムー。ライム?」


 待てども呼べども、出てこない。返事もない。

 部屋から出ちゃダメって言ったけど、ライムは眠ってしまって聞こえなかったかも知れない。

 外へ行った?

 私を探しに行った・・・とか?


 ーーーどうしよう。


「ライム!」


『ごしゅじんさまー』


 漸くのんきな声が聞こえて、と同時に上からライムが降ってきた。床の上にポヨンと着地する。


「ライム!どこ行って・・・ひぃいいいっ!?」


 思わず悲鳴をあげる。

 ライムのお腹の中には、『G』がびっしり収まっていた。そう、本当に、びっしりと。

 思わず後退る私を、ライムがきょとんと見上げる。


『ごしゅじんさま?どうしたの?』

「う・・・っ、いやっ、その・・・っ」

『?』


 私が固まったままでいると、ライムがポヨンと1歩分寄ってきて、私はさらに固まる。ど、どうしよう。逃げたい・・・。


『《補食》!』


 唐突に、ライムが叫んだ。

 すると、ライムの身体が発光して、身体の中に入っていた『G』が一瞬にして消える。

 そして、またライムの身体が光った。


『れべる、あがったー』


 嬉しそうなライムを、じっと見つめーーー私はその場にペッタリと座り込んでしまった。


「ライムぅー」

『ごしゅじんさま、どうしたの?』


 ライムの身体が、不安そうに揺れる。


「ライムの返事がなかったから、心配して・・・。お腹の中のアレにも、ビックリした」


 ライムはまだきょとんとしている。

 そんなライムを見て、私は苦笑した。元気なら、それでいいか。

 私はそっと手を伸ばして、ちょっと躊躇した。じっとライムのお腹を見るけど、アレはすでに影も形も見当たらない。大丈夫、大丈夫。

 プルンとした身体を撫でる。

 ライムがくすぐったそうに、身をよじった。

 あー、可愛いなあ。癒されるわー。


「ライムはずっと虫を《補食》してたの?」

『してたのー。いっぱいたべたー』

「それってどのくらい?」

『えっとー、』

「タンマ!!やっぱり、言わなくていい!!」


 ライムが正確な数を読み上げる前に、止めさせた。リアルな数字は聞きたくない。代わりに、別の形に質問を変える。


「まだいるの?」

『いるー。いっぱい!』

「・・・そっか、いっぱいか。」


 ちょっとへこむ。そんなにアレが棲んでいるなんて。そこまでダメな汚し方はしてないつもりだったんだけどな。


『ごしゅじんさま。むし、もっとたべていい?』


 ライムが身体を揺すりながら尋ねてきた。・・・てか、何故今さら尋ねるか。もうすでに、ガッツリ《補食》しに行っているというのに。


「別にいいよー。こうなったら、とことん食っておいで。あいつら、根絶やしにしていいから」

『やったー。あいあいさー』


 可愛らしく跳び跳ねながらの返事。は良いのだが、それ、どこで覚えたんだ、ライムよ。

 ・・・まあ、いいか。可愛いし。


『じゃあ、さっそく』

「明日から、ね」


 飛び出して行こうとするライムを、私はガッシリと捕まえた。


「今日は私に付き合いなさい!まずはお風呂行こう」

『えー?』

「おっと、はじめて反抗したね?ダメだよ。もう決めたから」


 ライムを抱えて、お風呂場へと向かう。

 給湯器を確認して、シャワーのコックを捻る。暫くすると、水がお湯に変わって、蒸気が立ち込めた。


「さあ、ライム。洗ってあげるよー」


 薄緑色のスライムボディに、シャワーのお湯を当てた。

 シャワーの温度は42度で設定してある。熱いお湯にざっと当たるのが、私の好みだ。

 石鹸をつけたスポンジを泡を立てて、振り返る。


「う・・・っ」


 スライムボディを軽く擦ろうと思っていた私は、次の瞬間に驚いて固まり、次の瞬間に悲鳴を上げ、さらに次の瞬間に、慌ててライムからシャワーを遠ざけた。


「ギャーーーっ!?ライムが溶けてるーーーっ!!」

『・・・あついー・・・』


 お湯を当てたライムの身体が、デローーーンと溶けていた。

 どうやら熱には弱いらしく、デロデロと液状化が進んでいる。


「だ、大丈夫!?そうだ!!」


 私はシャワーを水に切り替え、ライムに掛けた。ライムの身体が、徐々に元の水滴型に戻っていく。


「へくちっ」


 くしゃみが出て、私は鼻水をすすった。手で裸の二の腕をさする。流石に10月も終わりのこの時期に、水のシャワーは冷たすぎだ。でも、ライムを元の状態に戻すまでは頑張らないと。


 暫くすると、漸くライムの身体が水滴型を取り戻して、


『ごしゅじんさま、もどったー』


 と、元気にぽよぽよ跳ねた。

 良かった。うっかり流されたらどうしようと思った。


「もう!熱いのダメならダメって言っておいてよ」


 文句を言うと、ライムは眉を下げ(たように見えた)、小さく震えた。


『ごめんなさい。ぼく、しらなかったー』

「え、そうなの?」

『なのー』


 シャワーを止め、プルプルしているライムに手を伸ばす。ゼリーみたいにつるんぷるんとしたライムの身体は、すっかり冷たくなっていた。夏場には重宝するだろうが、今は冬直前で、しかも裸で水浴びした所だ。すんごく寒い。


「まあ、いいか。とにかく、ライムは先に出ていて。タオルタオル・・・」


 私がタオルを掴むより早く、ライムがポヨンと跳ねた。


『だいじょうぶー』


 空中でくるんと回転し、ピカッと光るライム。ポヨヨンと着地すると同時に、ライムは振り向いた。


『《補食》したー。もうぬれてないー』


 ようく見てみたが、確かに濡れてはいないようだった。身体の表面についていた水滴を《補食》したらしい。よくよく考えると、《補食》ってすごく便利な能力なんじゃあ・・・?


「へくちっ!!」


 くしゃみが出た。寒さに震えながら、鼻水をすする。


『ごしゅじんさま、ぬれたー』

「え?あ、ごめん!」


 唾が飛んだらしい。私が謝ると、ライムはもう一度《補食》してくれたのだった。



 改めてシャワーを浴び直し、風呂場を後にする。ていうか、ライムの《補食》、いいなあ。髪もドライヤーなしで乾かせるんじゃないか?身体もタオルで拭かなくてもいいし、そもそも身体の表面の汚れや老廃物なんかを《補食》してしまえば、シャワーを浴びる必要すらなくなる。便利だ。


 リビングに戻ると、お腹が空いていたことを思い出した。ぐううううぅぅと、腹の虫が合唱する。

 冷蔵庫を開けると、卵が2つと、パックゼリー、小さいパックの牛乳、ソーセージが入っているきりである。独り暮らしの成人女性の冷蔵庫の中身が、こんなでいいのだろうか?ーーーいや、大丈夫。きっとセーフに違いない。


「でも、晩御飯にできそうなものは、なあ」


 うーーーん。卵でも焼くか。

 卵ポケットから、1個を取り出しーーー。


「あっ」


 卵が滑って、落下する。がしょんと破砕する卵さん。ああー、もったいない。


「あーあ」


 ため息をついて、卵を片付けようとーーー。


「ライムー。ちょっとおいで」

『なあにー?』


 呼ぶと、ライムはすぐに来てくれる。マジ、いい子だ。

 私は、足元の卵の残骸を指差した。


「コレ、食べる?」


 そう、調子に乗って、落下した卵をライムに《補食》させて、片付けようとしたのだ。手が汚れることも、床を拭く必要もない。ライムも補給ができて、一石二鳥。若干、良心の呵責を感じなくもないが、便利なんだから、使わない手はない。

 そしてライムは、


『たべるー』


 と、嬉しそうに、殻ごとの卵をお腹の中に取り込んだ。よしよし。

 ライムが《補食》するのを見ながら、私は最後の1個の卵を取り出す。

 ボウルを出して、卵を割り入れ、塩を軽く振ってかき混ぜる。フライパンを出し、火を点けて、油を垂らした。ーーー調理するなんて、何日ぶりだろう?

 フライパンが温まってきたのを確認して、卵液を落とす。ジュワンといい音がして、卵の焼ける匂いが立ち込めた。手早く巻き取り、簡単な卵焼きを完成させる。本当は出汁(だし)とか入れるんだろうけど、メンドクサイからね。

 焼き上がったばかりの卵焼きを、皿に移す。

 もう一度冷蔵庫を開けて、牛乳とソーセージを取り出した。ゼリーは明日の朝御飯なので、手をつけないでおく。

 ・・・ちょいと足んないな。そこで、電子ケトルでお湯を沸かし、同時にカップ麺を用意する。今日はシーフードにしよう。防災用に、幾つか買い貯めてあるのだ。

 蓋を開けたタイミングで、お湯が沸く。今日も電子ケトルは、お役立ちだ。

 お湯を入れて、諸々と一緒に運ぶ。

 昨日ライムが《補食》したので、リビングのガラステーブルは何も乗っていない。キレイだ。

 ご飯を置いて。


「いただきまーす」


 まずは卵焼き。

 一口分、千切って口に運ぶ。

 うん。まあまあだな。味付けが塩だけだから、かえってさっぱりと食べられる。


『ごしゅじんさま、それ、なあに?』


 ライムがポヨンと寄ってきた。

 匂いに釣られたのだろうか。だとしたら、嗅覚はあるのか?

 まあ、いいや。


「食べてみる?私が作った、卵焼きだよ」

『たべるー』


 あーんと口を開けた(ように見える)ライムに、卵焼きを一欠片食べさせる。

 黄色い卵焼きが、ライムのお腹に収まった。

 外から見えるそれが、一瞬でジュワッと消える。


「!?」


 驚いている私の横で、ライムがプルプル震えた。


『おいしーーー!』


 そして、ペカッと光る。レベルアップだ。

 って、早くない?さっき、『G』を《補食》して、レベルアップしてたよね?

 ここで、私はひとつの可能性に気が付いた。

 昨日食べさせたゴミ袋ーーーあの中には虫もいたが、人間が作った食べ物も若干入っていた。まあ、食べかすなんだけど。

 要するにーーー無機物、つまり食べ物でない物は、《補食》しても大してエネルギーを摂取できない。生きた虫なんかだと、無機物よりもエネルギーを摂取できる。そして、きちんと調理された物ーーー料理だと、虫を《補食》するよりも多くのエネルギーを摂取できるのかも知れない。これは、確かめる必要がありそうだ。


「ライム、こっちもいる?」


 ソーセージを差し出す。


『いるーーー!』


 ピンク色のソーセージの半分が、ライムのお腹にとぷんと浮かぶ。とほぼ同時に、それは消えた。


『おいしーーー』


 幸せそうなライムの声に、私まで嬉しくなる。

 しかし、レベルアップには至らない。そこで、今度はカップ麺を与えてみる事にした。

 箸で一筋掬い、ライムに「あーん」とする。ライムの中に白い麺が一本浮かび、それも一瞬にして溶け消えた。


「どう?」

『おいしー』


 ポヨヨンと揺れながら、ライムはご機嫌な様子だ。でも、まだレベルアップには遠いようだった。

 んー、勘違いだったのかな?

 その時、ライムがテーブルの上をやたらと気にしている事に気付いた。思い付いて、ライムを膝に抱き上げる。


「どれがいい?」

『これー!たまごやき!』


 ライムが選んだのは、私が作った、塩しか入っていない卵焼きだった。そして、机にポヨンと乗り上がると、卵焼きを皿ごと身体に取り込む。


「あっ!ライム!お皿はだめっ!!」


 うっかり皿まで《補食》してしまったライムが、慌てて皿だけ《復元》する。カランとガラスの天板に音を立てて皿が落ちる。そして、ピカッと光を放つスライムボディ。


『レベル、上がったー』

「おおーーー!」


 見事レベルアップを果たすライムに、拍手を送る。心なしか、ライムの口調も流暢になったような気がする。


「やっぱり、ご飯の方が『強くなる』のかな」


 独り言のように呟いた私を、ライムがきょとんと見上げる。


『ご主人様のご飯、おいしいのー』

「そ、そっかな」


 嬉しいこと言ってくれるじゃないか。

 それにしても、塩を入れただけの卵焼きをあんなに喜んでくれるなんて・・・今度、もっとちゃんとした卵焼きをーーーいや、ちゃんとした料理を作れるように、練習しようかな。うん、そうしよう。

 ぽよぽよしているライムを撫でながら、私は密かに一念発起してみるのだった。


「へっくち!!」


 くしゃみが出て、身体がふるっと震えた。今夜はちょっと冷えるみたい。早く寝よう。














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