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例えばこんな転生譚  作者: ウラン
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桐里夏芽 その2

 

 目の前にいる、薄緑色のジェルーーースライムを見つめる。

 スライムというと、某RPGでお馴染みの、てっぺんがツンととんがった、青くて丸い、ポヨンポヨンしたあいつを思い浮かべる所だろうが、実際には違っていた。不定形の、完全なるジェルだ。まさに零れたゼリーだった。ただし、量はバケツから零れてきたみたいに多い。

 スライムはウゾウゾと震えながら、周りの様子を伺っているようだった。その身体の下から、うっすらと煙のようなものが立ち上っている。


 ーーーん?けむり?


「ちょ、ちょっと!?」


 慌ててスライムを持ち上げる。持ち上げた瞬間、スライムがビクッと震えたが、私は構わず床を覗き込んだ。両手にでろんとした感触が気持ち悪いが、構っている場合ではない。

 まだ煙っぽいものを立ち上らせているそこは、ラグと、その下のフローリング材が溶けたようになっていた。

 これは、不味い。

 賃貸マンションなので、傷や破損なんかに五月蝿いのだ。


「あああああ・・・って、あつぅっ!!?」


 掌がビリリと痺れたみたいになって、私はスライムを放り出してしまった。ベションとスライムは床に落っこちて、驚いたのか、痛かったのか、ふるふるしていたが、すぐにうぞうぞに戻る。

 私は掌を確認した。うっすらと赤くなっている。軽い火傷をしたような感じだ。

 立ち上がり、台所の流しで手を洗う。すると、思ったよりも軽かったようで、痛みはすぐに消えた。ちょこっとピリピリする程度だ。


 リビングに戻った私は、無言でスライムを見つめた。

 面白がって召喚したものの、ペットという訳にはいかないみたいだ。床に傷がつくし、触ると火傷するから、抱き上げることもできない。意思の疎通も無理そう。


「これって、還すことできないのかな」


 ポツンと呟いた途端、スライムが振り返った気がした。


 ーーー気のせい?


「スライム・・・君?」


 うぞぞぞっと、体表を波立たせるスライム。

 目も口も鼻も耳も分からない。手足さえなく、前も後ろも分からないけど。多分、私の声に反応した。

 もしかして、意思の疎通が可能かもしれない。


「私の言葉が分かるなら、手を挙げてーーーは無理か。身体の一部をこう、細くして上にひょいっと。できるかな?」


 やっぱり分かんないかな。

 身体の表面にさざ波を起こさせるスライムに、諦めかけた時だった。

 うにゅうにゅのジェルの身体から、まるで粘土細工みたいに触手のようなものが生えて、上に向かって、にょんと伸び上がったのだ。

 私は嬉しくなった。


「じゃ、じゃあ、君・・・えっと」


 ここで、名前を付ける事を思い付いた。

 薄緑(ライム)色の、スライムーーー。


「よし、決めた!君の名前は、『ライム』!スライムのライムにする!」


 指を突きつけて叫んだ途端、スライムの身体が、内側から眩く光り輝いた。余りの眩しさに目を覆い隠す。

 発光現象はすぐに収まり、私はそろそろと腕を下ろした。そして、驚く。

 そこにいたのは、薄緑色のスライム。

 だが、すでにもうジェル状じゃない。床に落ちた水滴の形。円い形状に纏まっている。


『・・・ご・・・しゅじ・・・さま』


 ふおぉぉぉぉ、しゃべったぁ!!

 いや、直接頭の中に響いてきてるっぽいから、念話ってやつかもしれない。


「えーと、・・・ライム?」

『ごしゅじん、さま。なまえ、くれて、あり、がと』


 舌足らずに、つかえぎみに、ライムが礼を述べる。

 何、この子!ちょー可愛いんですけど!?


「うん、うん。これから、よろしくね」


 手を差し出すと、その手にウニョンと触手が伸びてきて、私の掌にぱちゅっと当たった。ひんやりして、ゼリー・・・いや、蒟蒻?みたいな感触だった。手はもう、火傷しなかった。

 それにしても・・・。


(これ)、どうしよっかな」


 フローリングを見つめて、溜め息をつく。


『ボク、なおせる』

「え?」


 ライムはポヨンポヨヨンとフローリングの溶けた部分にはまりこむと、《復元!》と、気合いの入った声で技?を唱えた。

 すると、薄緑色のスライムボディが、またしても発光する。さっきほど眩しくはない。そして、光が止んだ後は、全く元の状態のラグがあって。溶けた部分なんて、きれいサッパリ。何処だったかも分からないくらいに完璧に修繕されていたのだ!

 私は慌てて、その辺をパタパタと触る。へこみはない。まさに、完璧だ。


「ライム、すごいじゃん!」


 私が誉めると、ライムは嬉しそうに、そして器用に、水滴型の身体をくねらせた。

 撫でてもーーーいいのかな。

 さっき握手?っぽいことをした時は平気だったけど、最初に持ち上げた時は、火傷したんだよね。床ももう、溶けたりしていない。直してもくれたわけだし、大丈夫、かな?

 じっと見つめて考えていると、ライムが不安そうに身体を震わせた。


『ごしゅじんさま・・・?』

「何でもないよ!」


 気付いた私は、思いきって、えいっとライムを抱き上げた。どこも火傷しない。大丈夫。

 大きさは直径で30センチくらいだろうか。ちょうど腕に収まる大きさだ。そして、つるんと冷たく、ぷるんとした感触。ちょっと気持ちいい。水枕みたいだ。

 夏に重宝しそうだな。なんて考えていると、腕の中のスライムがウゴウゴと動いて、腕から抜け出した。


「ライム?」

『えい』


 短い気合いで、ライムが触手を、鞭のようにビュンと振った。それは少し離れた所の、部屋の隅っこの暗がりに飛ぶ。


 ーーーベション!!


 音がして。さらに羽音っぽい音がして。

 触手を引き戻したライムに、私はそっと声を掛けた。


「えーと、ライム君?」


 くるりと振り返るライム。それを見た私は、思わず「ひいぃっ!」と声を上げてしまった。

 ライムの触手には、茶色に光を反射する虫が絡み取られている。精一杯に触覚を振りたくり、羽をばたつかせているソレは、紛れもなく『G』を冠するアイツだった。


「ラ、ライム、それ・・・っ、それって!」


 座ったまま、一歩後退りする、私。

 そんな私をライムはキョトンとして見上げていたが、おもむろに触手ごとアレを身体の中に取り込んだ。とぷんと、半透明なスライムボディの真ん中に浮く、アレ。


『ごしゅじんさまのてき、やっつけたー』


 可愛らしい舌足らずさで、ライムがえっへんとどや顔して見せる。そう言えば、名前をつけてから、ライムの表情が分かるようになった。なんとなくだが、目があるように見えるのだ。そうすると、なんだか余計に可愛く見えちゃうから、人間って不思議だ。

 だがしかし!

 今はダメだ。

 ライムがポヨンと近付いて、誉めて欲しそうにしている。が、今は触れない。まだライムのお腹の中にアレがいる。


『えらい?えらい?』

「う、うん!えらいぞー。ところで、ソレ・・・おいしいの?」


 ライムのお腹の中で徐々に溶け出している『G』を指す。

 半透明なのが凶悪なことこの上ない感じである。中身がまるごと見えてしまうのだから。


 それはともかく、質問に対して、ライムはキョトンと首を傾げていた(ように見えた)。


『おいしい?てなに?ボク、わかんない』


 美味しいが分からない?味覚はないってことなのだろうか?


「甘いとか、辛いとか。そういうの、ないの?」

『んーと、よくわかんない』


 そうか。わかんないか。


『でも、むしはすき。《補食》すると、つよくなるのー』


 ・・・補食?

 スキルなのかな。

 虫ーーーつまり、他の生き物を食べて、強くなると。そういう事なのだろう。


『まだいっぱい、いるよ。ボク、やっつけてくる?』

「それは・・・っ、あとでっ」


 ライムの言葉に、かなりの衝撃を受けてしまった。

 いるとは思っていたけど、まさかいっぱいとか。ーーーいっぱいって、どのくらいだろう・・・?ちょっと気になる。

 しかし、そういうのは後にして欲しい。今、そういうのは見たくない。


「それより、ソレが敵って、どうして?」


 ライムが、お腹の中で溶け掛けのアイツごと、たぷんと身体を揺する。


『ごしゅじんさまと、《契約》したから。ごしゅじんさまのてきーーーきらいなの、わかる。ごしゅじんさまのてき、やっつけるのー』


 何か、すっごい健気な事を言われた気がする。

 お腹にアレが見えていなかったら、抱き上げてぐりぐりしていたところだ。残念である。それよりも、新しい疑問が増えた。1個解決すると、1個疑問が増える。まあ、ライムの事を知れるのだから、いいんだけど。

 ともかく。


「契約って?」

『なまえもらった』

「名前で契約なの?」

『ごしゅじんさま、ボクをよんだ。ボクになまえくれた。だから、つながった。ごしゅじんさまのてき、ボク、わかるようになった。てきはやっつけるの。やくそくなの』


 よく分からないが、私が名前を付けたことで、契約が成立した、ということらしい。


『ごしゅじんさま、ボク、いっぱいたべたい』


 いつの間にか、ライムのお腹の中のアレが消えていた。・・・って、速くない?さっきまで、ほとんどの部位が残っていたはず・・・。いや、消えたんだから、いいじゃないか。

 それよりも。


「お腹空いてるの?」


 ライムの頭に手を伸ばし、おっかな撫でてみる。

 アレはもういない。大丈夫。大丈夫。

 脚とかも残ってないようだし、平気だよね。

 ライムはやっぱりツルツルぷるんとしてて、うん、やっぱり水枕みたいだ。ライムも気持ち良さそうに、私の手にスライムボディを押し付けてくる。


『ボク、いっぱいつよくなりたい。それで、ごしゅじんさまをまもるの!』


 ーーー誰か、助けて!!

 そう叫んだのは、私だ。


 聞いてたのかな。

 そんなはず、あり得ない。

 でもーーー嬉しいかも。


 ライムはいい子だ。

 私のために、強くなろうと、そして私を守ろうとしてくれている。

 だったら、ご主人様として、手を貸さない訳にはいかないじゃないのさ。


「分かった。いーっぱい、食べさせてあげるからね」


 撫でる手を止めて、腕を広げてみた。ライムは少しだけキョトンとしてそれを見上げ、意図を察したのだろう。ぽよよんと跳び跳ねて、私の腕の中に飛び込んできた。きゅっと抱っこする。あまり力を入れたら、ライムの身体が変形しそうだ。すぐ元に戻るだろうけどね。


「でも、その前に、もう遅いし、寝ないと。シャワーだけでも浴びて・・・」


 壁掛け時計を見上げると、すでに時刻は午前12時30分を回っている。

 あまり夜更かしすると、また寝坊してしまうかもしれない。もう1回は、流石に遠慮したい。

 ところが、ライムがまたしても私の腕から抜け出した。


『ごしゅじんさまー。これ、なあに?』


 そう言って見上げるのは、ローテーブル。の、おそらく上に乗っているもの。つまりーーーゴミだ。きっと、抱き上げている時に、見えてしまったのだろう。


「えー・・・これはねぇ」


 正直にぶっちゃけるのは、ありなんだろうか?成人女性として、大分ーーーいや、かなりダメな部類に入っているのは自覚している。しかし、召喚されたばっかりでよく物事を理解していなさそうなスライムにまで、駄目人間と思われるのは、ちょっとイヤかも。

 それで、ニュアンスを下げて、遠回しな説明を試みてみた。


「これはね、要らないから片付けるヤツ」

「いらない?かたづける?」

「そう、そう!要らないの!」


 そう言って、プラスチックのカップ(つゆ入り)に手を伸ばす。

 さっさとごみ箱に突っ込んでしまおう。


 ところが!

 私がゴミを回収するよりも速く、ライムが机の上にポヨーンとダイブしたのだ。


「あっ!こら、ライム!!」

『いらないの、たべるー』


 でろんと水滴型が崩れて、机ごとゴミを覆い尽くさんと、ジェルを拡げ出した。割り箸とカップ麺の容器とおでんのカップ、つゆが、すでに腹の内側だ。すぐに酒瓶に辿り着く。

 そして、小さなガラス天板のローテーブルまでもが取り込まれそうになっているのに気づき、私は慌てて、テーブルを叩いた。


「ライム!机は食べちゃダメ!」

『つくえ?』

「今、君が乗っている、コレ!」

『・・・。わかったー』


 一瞬返答に間があったが、大丈夫だろうか?

 不安になって、ライムがゴミを《補食》する様子を、じっと観察する。じわじわと領土を拡大したライムが、机の上に放置してあった物を全部、瞬く間に取り込んでしまう。


 ーーーて、それ、ゴミなんだけど、いいのかなあ。


 暫くすると、ライムが再び、水滴型になった。お腹の中には、取り込んだゴミが浮いている様子が、透けて見える。少し身体が大きくなっているようだ。おでんのつゆで中の色が若干違う色になっているけど、問題はないらしく、缶やガラスも含めて、すでに溶け始めていた。そして、無傷なローテーブルのガラス天板に、スライムがボヨンと鎮座していた。


『つくえ、たべてない!』


 えっへんと、どや顔するライム。私は安堵して、肩から力を抜いた。

 しかし、ライムのお腹の中身を見ている内に、そこはかとなく不安になって来た。

 環境問題が取沙汰されるようになってきた昨今、プラスチックとかガラスとか、食べさせてもいいのだろうか?ビニールを食べて死ぬ野生の生物だっているんだし・・・。毒に当たったりしない?


「ねえ、ライム?生き物や食べ物じゃない物まで食べても大丈夫なの?」

『だいじょうぶなのー』


 あっけらかんと、ライムは答える。


『むしのほうが、たくさんちからあがるの。でも、ぷらすちっくでも、すこしあがるから、だいじょうぶなの』

「あれ・・・?今、プラスチックって・・・」

『《解析》したー』

「かいせき?」

『《補食》したもの、《解析》する。たべたもの、なにかわかる。そしたら《復元》できるようになる!』


 なんと!

 リビングのラグと床を直したのも、この応用だったようだ。


「じゃあ、傷とかできても、いつでも直せちゃうんだ?」

『いつでもは、むりなの。ちからになったら、ざいりょう、きえちゃうの』


 なるほど。

 《補食》と《解析》はセットで、そこから《復元》したり、そのまま吸収したりする訳か。何となく分かってきた気がする。


『ごしゅじんさまー。もっとあるー?』


 まだ食べ足りない様子のライムから、追加発注が来た。

 ライムのお腹を確認すると、すでに中は空っぽになっている。身体のサイズも、元通りの直径30センチだ。元の色艶を取り戻して、ライムがポヨンと身体を揺する。

 私はちらり、と台所の半透明な袋を見た。

 そりゃ、いっぱい食べさせると約束した以上、それを守るのは吝かではない。それに、机の上の物だって食べれてしまったくらいだし?多分、あり、なんだろうなと思われる。最終的には、私の良心の問題なワケで。

 恐らく、ライムは気にしない。どころか、喜びさえすると思う。例えソレがーーーゴミだと分かっていても・・・。


「ライム。コレ・・・食べる?」


 私が指を指した方向に、ライムがクリンと向きを変えた。その身体が、ポヨンポヨンと跳び跳ね始める。

 そして、ポーーーンとジャンプすると。


『たべるーーー!』


 それはそれは嬉しそうに、今朝出し損ねたゴミの袋に突進したのだった。



ライム登場。

スライムだから「ライム」ではありません。

薄緑(ライム)色だから、です。

名付け方についてでした。

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