桐里夏芽 その1
15年前ーーー。
真っ暗な児童公園。
木立の裏の暗がり。
幼い肩を押さえる大きな手。
笑みに歪んだ口許。
悲鳴。
応えるように、陰から影が喚び出されーー。
影が、少女の脅威を切り裂いた。
ーーーTurururururu・・・・・・・
鳴り止まない電子音を耳に捕らえて、ようやく頭が覚醒を始める。
今日は10月25日。月曜日。
通常出勤。
可燃ごみの収集日。出勤前に、ゴミを出さないと。
始業前の清掃は、当番ではないから、そこまで急がなくても良い。朝礼の始まる5分前までに出勤すれば、大丈夫。
布団の中で、その日のスケジュールを確認するのは、目を覚ますための儀式みたいなものだ。
下がり始めた朝の気温に、先日替えた冬用の布団が気持ちいい。つい、グダグダとしがみついてしまいたくなる。でも、ちょっと待ってーーーと、睡魔に負けそうな瞼を、強引に薄く開けた。
部屋の中が明るい。
陽が上ってから、大分時間が経っている?
時刻を確認しようと、枕元のスマートフォンを手探りで掴んだ。さっきまで五月蝿く鳴っていたが、今は音が止まっている。
はて、アラームはいつ止めたっけ?
充電コードを差したままな、尻尾が生えたようなスマホを握りーーー再びスマホが鳴り出す。嫌な予感がしてきたーーーカバーを開いて、時刻を見て、ついでに鳴っているのがアラームでなく、着信であることに気付いた。この時点で、朝の幸せな空気は欠片も残さず消えている。
午前8時35分。
発信元は同僚の木ノ下栗子。誰でも知っているメジャーな童謡を思い浮かべてしまいそうな、ちょっと変わった名前だが、彼女の両親が地元で看板を出している姓名判断師とかいうのに依頼して、つけてもらったらしい。
私は布団の上で正座に座り直した。
恐る恐る通話ボタンに手をかける。
『ちょっとなにやってんのよ、あんたは。今何時か判る?』
スマホの向こう側から、控えめに抑えた声が届く。
「・・・はちじ、さんじゅうごふん・・・です」
会社の始業が午前8時30分。すでに始業後5分が経過している。
つまり、寝坊した。遅刻だ。
どうしよう・・・。
頭の中をぐるぐるさせながら、最速で出社できるプランと言い訳を同時に考える。良い案は浮かばない。
『いい?課長も遅刻しているみたいだし、部長は今日から出張でいないから。風邪気味で病院に寄るって、お局様には言って置いたから』
「くりこさ~ん」
なんて頼れる同僚なんだ。
『よく聞きなさいよ。病院が開くのが9時前。それを見越して病院に行ったが、たまたま休診だったって事にする。そのまま会社に向かう。その流れでちょうど良い時間に出社して来なさい。分かった?』
「あい、さー」
『お礼は週末に『しらはな』で。』
「モチロンであります!」
『じゃあ、しっかりね。あと、気を付けて』
「うん。ありがと。恩に着ます」
頷く気配と共に、通話が切れる。
ホーム画面に戻ったスマホを両手に掲げ持って、私ーーー桐里夏芽は、改めて同期にして友人のくりこさんに、感謝の意を捧げた。
そして、改めて部屋の壁掛け時計を見つめる。引っ越し祝いにと、兄がプレゼントしてくれたものだ。
木製の茶色の枠に、プレートは白。グリーンの木の葉のラインが可愛らしい、ナチュラルなテイストのデザインで、かなり気に入っている。電波時計なのも嬉しい。
現在時刻ーー8時38分。
あと5分くらい、寝れてしまうんじゃない?
と思ったが、起きられる自信がないので、止めておく。余裕で夕方まで寝っぱなしになりそうな予感しかしない。
ここで、改めて出社までの移動と時間の擦り合わせ作業をする。
通常、会社までは、バスと電車を乗り継ぎ、その後徒歩を含めて、大体1時間弱掛かる。
行きつけの内科までは、歩いて15分ほど。受付は9時からだが、50分には解錠する。ただし、今日は臨時休診という事にするので、その時点から出社を目指すわけだ。ついでにコンビニに寄って、風邪に効果のある栄養ドリンク剤を購入。医院からバス停まで、大体5分。ーーーあれ、あそこのバス停、国鉄に行かないんじゃなかったっけ?
・・・・。
だんだん考えるのが億劫になって、止めた。
要するに、今から支度して出掛けてしまえば良いのだ。よし、そうしよう。
勢いをつけて、ベッドを出る。ワンフロアの寝室兼リビング兼ダイニングを横切る。TVはつけない。足に何かを引っ掻け、視線を下げる。脱いで放置されたTシャツを拾い上げて、部屋の状態を確かめた。
「・・・あとで掃除しないと」
コンビニおでんとカップ麺の残骸と、割り箸やペットボトル、空き缶なんかが、適当に小さなテーブルを占拠し、床には脱いだ靴下や部屋着が転がっている。
TVのリモコンは、絶賛行方不明中で、テーブルの下にはダイレクトメールが幾つか落っこちている。光熱費支払いの振り込み用紙もあったような。
TVの乗っているローチェストは、一緒に食べかけのお菓子の箱が積まれているし、友達に貰ったアロマのキットは、開封されただけで、適当に放かられてる。他にも・・・etc.etc.。
部屋の惨状に、母の小言を思い出す。私の部屋を掃除する母に、『女の子なんだから、ちゃんと片付けなさい!』と言われ続けて、生返事しか返さなかった。そして、その結果が、この部屋。
お母さんって、偉大だったんだな・・・。
今さらのように、ありがたみを感じる。
だがしかし。それはそれ。
今は、掃除している時間はない。
遅刻するーーーいや、もうしているか。急いで出掛けないと。
洗面所に向かいかけ、目が台所に鎮座するものに吸い寄せられる。自治体指定の半透明の大きな袋が、盛大に自己主張している。出勤時についでに出す予定だったゴミだ。
ゴミ出しも今日は諦めざるを得ない。ゴミだけはすぐ出せるように纏めてあったが、マンションの規定で8時30分までに出す必要があった。今からじゃもう、突き返されるのがおちだ。
仕方ない、次回に回そう。
ーーー暫くはコレと同居生活か。
「やだなあ」
思わずため息を漏らす。
自分のせいとは言え、あと3日、部屋にゴミを置いておかなくてはいけないなんて。『G』を冠するあいつが出てきそうで、怖い。
仕方ないと切り替えて、私は洗面所に向かった。
脱衣所兼洗面所に入るなり、手にしたTシャツと着ていた部屋着をランドリー籠に放り込む。月曜日なので、籠の中はまだ少ない。日曜日に纏めて洗濯しているので、必然的にそうなる。
しかし、昨日は頑張った。
洗濯機と乾燥機を3回ずつ回し、その間に布団も干して、(必要な部分の)床に掃除機をかけて、出来上がった洗濯物を畳んで仕舞って、布団を叩いて、ベッドの上に引っ張り戻して。1日掛かってしまったのだ。ーーーで、何故に部屋があの惨状なのか?
疲れ果てて、コンビニで適当に夜ご飯と酒類と水を買って、食べて、そのままだからだ。
帰ったら、掃除しよう。
そう心に決めて、鏡を見る。
鏡の中には、見慣れた美少女ーーーと言えなくもない女性が映っている。もちろん私だ。
桐里夏芽。
20才。
高校卒業後、IT系の中小企業に入社し、事務職をして2年目だ。成人したのを機に、独り暮らしを始めて、もう半年くらいになる。
弱冠タレ目の二重瞼の奥から、髪の毛の先をチェックする。
どこか茶色掛かった髪は、肩先までの長さしかないが、猫っ毛と寝癖のせいで、ぐちゃぐちゃのボロボロだ。これは直すのが大変そうだ。
まずはヘアブラシで梳く。
歯がすぐに引っ掛かかって、痛みで涙目になりそうになりながら、気合いと根性と時間を掛けて、毛先からほどいていく。そうしてから、ヘアウォーターでしっとりさせて、最後にちょっとお高価いヘアジェルで整えて、完了。
鏡で再びチェックする。
よし、おっけー!
満足して、時計を見る。
洗面台にも、デジタルのちょっと小さな時計を置いてある。つい時間を忘れがちになるので、至る所に設置してあるのだ。
今は、8時53分。
ーーーやばいやばい。つい、時間を使いすぎた。
顔を洗い、化粧をする。
急いで、でも丁寧に。今日は大人しめのオレンジよりにしようかな。ピンクの方がいいかなあ。
迷って、オレンジを選ぶ。
オレンジと言っても、本当に橙色な訳ではない。オレンジ掛かったピンクだ。
化粧を終えて、リビング兼ダイニング兼寝室に戻る。
隅っこに設置された小型のクローゼットを開けて、スーツを引っ張り出した。
着替えて、鞄をひっつかみ、そのまま玄関へ。
朝御飯はどうするのかって?
もちろん、10秒チャージですが、何か?
いつもの事です。
********************
深夜11時22分ーーー。
ようやく帰宅して、玄関に入るなり、施錠する。
半年で頑張って身に付けたスキルの1つだ。
そのまま鞄を放り出し、パンプスを脱ぎ落として、私は身体を引き摺るようにして、ラグの敷かれたリビングの床に倒れ込んだ。
投げ出した身体から、魂まで抜け出しそうな、深い溜め息が溢れる。一緒にお腹の虫が合唱した。
お腹は空いているのに、疲れすぎて食欲が湧かない。コンビニにも寄る気になれなくて、何も買っては来なかった。何かを作る気はおろか、冷蔵庫を開ける気にすらなれない。
そもそも、何でこんな遅くに帰宅と相成ったか。
遅刻した事を、課長に怒られたからだ。それで残業させられたのである。
一応、9時になる直前には、家を出たのだ。
それなのに、出勤できたのが11時過ぎ。通常時の倍もの時間が掛かってしまった。
何故かと言えば、不遇の連続としか言いようがない。
まず、バスの時刻表が改訂されていた。
いや、今日から改訂になるのは知っていたのだが、私がいつも乗る時間は変更がなかったので、ろくにチェックしていなかったのだ。
お陰で、バスに乗り遅れてしまった。
次に来るバスは1時間後で、どうにも待っていられなくて、30分掛けて国鉄の駅まで走った。パンプスで、だ。
駅に着いたら、事故があったとかで混雑していて、TVのリポーターは来ているわ、お巡りさんがうじゃうじゃいるわ。何とかホームに出たものの、電車は中々来ないし、タクシーの乗り場を確認に行ったら、バス乗り場もタクシー乗り場も、恐ろしいほどの長蛇の列が出来上がっていて、とても乗せてもらえそうにない。
ホームに戻ったら、ちょうど電車が発車したところで、またしても乗り遅れてしまった。次の電車は30分後だった。
これが不遇の全容。
私、悪くなくない!?
いや、確かに寝坊したけどさ。
始業時間越えて寝ちゃってたなんて、初めてだよ。
でも、一生懸命走ったし、くりこさんもお局様に言い置いてくれてたのに。
それなのに、あのイヤミ課長・・・!!
「随分とたくさん寝られたようで、羨ましいね。いやあ、重役出勤か、偉くなったものだ」
「風邪気味?病院にかからないとならないほどの重症には見えないんだけどなぁ。そんなにひどいの?栄養ドリンクで充分でしょう」
「え?臨時休診だったのに、出社にこんなに時間が掛かったの!どっかでお茶でもしてた?」
「バスの時間が改訂って、そのくらい、事前にチェックしておこうよ。大人でしょ?」
私が一言言う度に、割り込んできて嫌味を言う。
ああ、そうですね!!
自分でもちらっと、そう思わんでもなかったですよ!
でも、他人に言われるとイラッと来るんデスよ!!
そして、挙げ句の果てが、この会話だ。
「それに、電車が事故で・・・」
「乗れなかったの?」
「いえ、逆側の路線だったので、一応乗れましたが、本数が少なくて」
「まあ、そうだろうね。同じ路線使う人からも、同じ報告貰ってるし。僕も同じ電車だしね」
「は・・・え?」
「因みに、元山くんも同じ電車なんだけどね。インタビューに捕まって、乗り損ねたから、遅刻しますって連絡来たよ」
「・・・・・」
「君、連絡した?」
してない。
だって、くりこさんがお局様に遅れるって言っといてくれてたから。
「した?」
重ねて訊かれて、「いいえ」と答え、「でも」と繋げる。
「まあ僕も遅刻させられた訳だけどね。総務には報告したよ。ついでに西山主任からは話があったけど、報告は自分でするものだよね。遅刻欠席の連絡もだよ」
西山主任とは、お局様の事だ。
「君ね、もうココに入って2年目でしょ。いつまでも学生気分で甘えてちゃあ、ダメだよ?困るのは皆なんだから、ね?」
別に学生気分なんかじゃないし。
「自分で連絡してきてないから、僕は何もしてないから。総務に行って、遅刻の報告と謝罪、ちゃんとして来て」
何とか「はい」と返事はした。が、腹の中がぐるぐるする。
課長の言うことは正論だし、こっちが悪いのはわかっている。元を正せば、私が寝坊したせいなんだから。
でもね?だからって、いちいちチクチクと嫌味を言うことはないと思うの!
それでも、仕方ないし総務に行ったけど、そこでも怒られた訳で。
曰く。
「欠勤遅刻は各課の課長から逐次連絡頂くことになってるんですよ。報告なく遅刻すれば、無断欠勤扱いは当然。修正作業のために、こちらは二度手間で作業をしないといけなくんなるんですよね。暇じゃないんですから、余分な作業を増やさないで下さい。それと、遅刻2回か、無断欠勤1回で減俸、遅刻3回か無断欠勤が2回になると解雇になりますから。気を付けて下さいね」
総務課の女性社員に睨まれて、マシンガンのような早口で言われた。しかも、その間中タイピングの手が一切止まることなく、だかだかと高速で打ち込まれていた。
何度かペコペコと謝って、邪魔と言われて部署に帰った訳だ。
部署に帰ると、課長が私のデスクにどすんと、幾つかのファイルを山のように積んだ。
「これ、整理しといて。こっちは来月のコンペの資料。こっちは来週の。今日中にね」
「これ、新田さんの仕事じゃ・・・」
「彼女、娘さんが肺炎で入院しちゃったんで、急だけど3日間休む事になったから」
「えっ、そんな急な!」
「急とは言ったけど、昨日の昼ぐらいから相談されてたよ。誰かさんと違って。有給休暇がいっぱい残ってたから、この機に消化してもらうことにしたんだ。代わり、出来るよね」
出来るよね、と訊きながら、「やれ」と同義語だった。頷くしかない、私。
課長が去ると、お局様がやって来た。
課長の作った山の横に、新しく別の山を築く。
「これ、入力しておいて」
「・・・これ、全部ですか?」
「別に嫌がらせじゃないから。あなたのせいで、私まで怒られたけど、それとは関係ないから。月末の仕様書。それと、日課の分。あ、新田さんの分、あなたにやってもらうことになったから」
「う、えええええ!?」
「・・・何その返事は。それと、12時に面談するから。課長命令だから。忘れないように」
「ランチは・・・」
「終わったら食べられるから。私も同じだから」
「うえええええ・・・」
「嫌そうな声を出さないの。態度悪いわよ。あと、返事は」
「はぁい」
まだ何かを言いたそうにしながら、お局様は自分の席に戻って行った。
そうして、仕事を再開したのだがーーー終わるわきゃねえ。
大体、1日で処理できる量をとっくに超過してるっての!!
結局、二人分の日課と、課長に押し付けられた仕事の分を何とか片付け終わったのが、深夜の10時15分。それから終電に間に合わせて、何とか帰ってこれたのだがーーー。
思い出すだけで、腹が立つうううううっ!!!
ちょこちょこ様子を見に来ては、「まだ出来ないの?」とか、「あっれえ?そこ、おかしくない?」とか、ーーー課長の見違えだったしーーーさらには、「もっと速く出来ないの?」とまで言われ、「もう帰るから、明日朝イチにチェックできるようにしておいてね」なんて言って、帰っていった。
分かるけどさっ!
私のせいで退勤が遅くなったんだろうし。
だからって!去り際に「フージコちゃーん、今帰るよーん」なんて、フザケタ事を叫んで走り去る中年親父の背中を見せられて、イラつくったら・・・!
余談だが、フジコちゃんは2才のペルシャ猫のメスだ。娘さんよりも溺愛しているらしく、課長がことある事に写真を配り歩いている。てか、要らないし。
お昼御飯だって、社員食堂の日替わりランチメニューが待望のスペシャルチキンカレーだったのに、お局様の面談が思ったよりも長くなって、結局時間がなくて、食べられなかった。因みにお局様は、自作弁当をその場で食べていた。
くりこさんが途中で心配して、「大丈夫?」って訊いてきた。けど、「大丈夫」以外に言える言葉はなくて。結局心配させた。
分かってる。
自分が悪い。
でも。でもっ!!
「ーーーーっ!!やっぱりムカつくーーーー!!」
叫んで、ラグの上からバタバタと床を蹴る。
発散にはほど遠くて、両手も一緒にバタバタと振り回す。
まるで、駄々をこねる子供のようだと、ちらりと思った。階下の人が苦情を言いに来るかもとかも思った。どうでもいいと、次の瞬間には全部うっちゃった。
ごろんと寝返りを打って、身体の向きを変える。
途端に見えたのは、散らかった部屋だった。
帰ったら片付ける気だったが、今となってはその気力もない。
ますますイライラが募った。
「んもうっ!!誰かーーーヘルパーさんでも誰でもいいから、お部屋片付けてーっ!手伝ってよ!!」
イライラに任せて、当たり散らした。誰も聞いてはくれないと分かっているのにーーーいや、分かっているからこそ、大声で叫ぶのだ。
「誰か、助けて!!」
次の瞬間、私はガバッと起き上がった。
助けてと叫んだ瞬間に、目の前に浮き上がった物があったからだ。
「何これ・・・?」
それは、画面だった。
文字が並んでいる。表のようなものも。その向こうに部屋の様子を透かし見ながら、私は文字をゆっくりと読んだ。
『初期召喚術式 召喚体』
『Lv.1スライム 召喚可 コスト2mp 条件なし』
『Lv.2ミノバット 待機中 コスト3mp 条件なし』
『Lv.5マッドイーター 召喚不可 コスト8mp 腐食耐性』
『Lv.8ファーラビット 召喚不可 コスト11mp 条件なし』
『Lv.8レッドドッグ 召喚不可 コスト11mp 火炎耐性』
『Lv.8ブルードッグ 召喚不可 コスト11mp 寒冷耐性』
『Lv.12ドリアード 召喚不可 コスト15mp 条件なし』
その下にもずっと表が続いている。ほとんど召喚不可で、文字の色が暗く沈んでいた。恐る恐る手を伸ばし、スマホの画面に触れるみたいに、指を下から上に向かってスライドさせた。文字がスクロールする。
私は表を一気にスクロールした。文字が高速で流れる。
途中で『初期召喚術式』が『中級』になり、『上級』になる。そして、『超級』になると、リストの表示は3件ほどになって、止まった。
大悪魔召喚と、大天使召喚。一番最後は大魔王召喚だった。その辺は、コストやら条件やらが文字化けしていて、読むこともできない。
私は表の一番上まで一気に戻した。
一番上は、唯一召喚可能な『スライム』。
しかし、召喚の仕方が分からない。
分からないけど、試しにやってみる。
「スライム、召喚」
恐る恐る呟いてみた。
すると、なんと、床いっぱいに大きな緑色の光るリングが浮かび上がった。リングは二重になっていて、模様や文字が光る線で書き込まれていく。まさしく、漫画やアニメで見る魔方陣だ。書き込みはすぐに完了し、床の上でくるりと回転をする。まるで、鍵を回しているようだ、なんて思っていたら、回転が止まった。魔方陣の中央が輝き出して、中心に向かって収束していく。
ーーーキィイイン
高い、どこか金属を思わせる音が響いて、魔方陣が消失する。
そこに残されていたのはーーードロリとした、薄緑色のゼリーだった。まるでカップから溢したメロンゼリーみたいなそれが、うぞっとわずかに動く。
「これが、スライム・・・?」
これが、私と使い魔のスライムとのファーストコンタクトとなったのだった。