表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
例えばこんな転生譚  作者: ウラン
3/11

春山 莉子

 


 午前7時8分ーー。


 やばいやばいやばいやばーいっ!!!!

 心の表層に浮かぶのはそんな焦燥で。

 頭の中は必死に回転させているせいで、熱暴走が起こりそうだ。

 指先は、それこそ必死にタブレット端末を叩いている。タップする力が強すぎて、会社の同僚や後輩達に「タブが壊れますよ」とか、よく言われる。自覚も、・・・多少は、一応、多分している。て言うか、今は仕方がないのだ。

 今日提出するはずの報告書を、今朝まで忘れていたのだから。

 私のあーんぽーんたーん。

 なんて自主ツッコミする暇もない。

 慌てて身支度だけして、いつもの路線の、一時間早い電車に飛び乗りーー現在こうして、泣きそうになりながら書類を作っている。


 春山(はるやま)莉子(りこ)

 26才。

 OL。

 彼氏はない。

 いや、先月まではいたんだけどね、ちょっとフラれ・・・って、違う、あんなやつ!こっちから振ってやったんだ。ザマアミロ!

 短大を卒業してから、中堅どころの企業に事務として入社して、早くも6年。

 独り暮しにも慣れて、上司からのハラスメントも軽くいなし、部下にも慕われーーー嘘です、ごめんなさい。

 本当、マジで手一杯です。

 いつも先輩から「落ち着きが足りない」と、怒られてます。


 膝の上で電車の振動とタップの勢いを受け流しながら、残りの処理量と残り時間を比較する。・・・足らん。間に合わない。

 いっそ、電車が何らかの原因で停止してくんないかな。線路上に石とか、車とか。で、緊急停止ーーとか?そしたら、巻き込まれたとか言って、堂々と遅刻するのにーー。


「おかあさん。かんばん、よめなかった」

 若干舌足らずな子供の声がしたのは、その時だ。

 車内は静かで、少年の高い声はよく響く。

「そうね。・・・でも、この電車、こんなに速かったかしら?」

 控えめに抑えた母親の声がする。ほとんど同時に、社内アナウンスが入った。


『毎度ご乗車、ありがとうございます。この列車は緑山線高丘行き、普通列車です。』


 親子の会話が何となく気になって、そんな時間はないと分かっていつつ、顔を上げた。

 そして、見てしまった。

 車窓を、すごい速さで景色が流れる。

 ーー何これ?


『次の駅へは、停車しません。行き先を変更いたします』


 ーーはあ?

 スピーカーから聞こえる淡々とした声に、それがいつもの録音された機械音声ではないことに気付く。回りを見回すと、私以外の乗客も、不安そうに辺りを伺っていた。


 一番近くに座っている、男子高校生。胸ポケットに学校のエンブレムが刺繍された黒のブレザーを着崩し、手にはスマホを握りしめている。


 少し離れたところには、女子高生・・・じゃないか、中学生だな。セーラー服の胸はボリュームがない。片耳イヤホンで、やはりスマホを握りしめている。


 その向こうには先程会話していた親子だろうか。水色のリュックサックを背負った少年が、膝で乗り上げた座席シートから降りようとしていた。それを注意深く見守る母親。結構ビジン。頭の後ろで括った髪は、染めていない黒髪だ。若いママさんが染色していないのを見ると、私個人的に安心する。清潔感を感じて、いいなと思う。

 ただ、この二人も不安そうにしていた。

 しゃがんだままの母親が、子供を抱き寄せたとき、ガタンっと大きく電車が揺れて、文字通り、私たちは一瞬体が浮いた。思わず悲鳴を上げてーー着地した体が衝撃を受けて、姿勢を崩す。膝から大事な相棒ーータブレット端末が落っこちて、車両の後方に向かって僅かに滑っていく。が、拾いに行くことも、それを気にすることさえ出来なかった。

 車内のスピーカーから声がした。

 体に掛かるGが増した気がした。


『この列車は、地獄行きです。皆様どうぞ、死出の旅へとお付き合いください』


 ーーガ、ガギャギャギャギャギャっ!!!!ガンっ!!!!


 神経に障る、大音量。金属の摩擦する音。同時に響く、沢山の悲鳴。

 強い衝撃に、体勢を維持できない。

 体が浮く。振り回される。


 ーー待って。


 座席に体を打ち付け、直ぐに放り出される。床が縦にそびえ立った。

 タブレットは何処へいってしまっただろう?

 目を開けていられない。否、開けているとか閉じているとか、そこまで意識出来ていない。上下左右バラバラに揺さぶられて、自分の体がどの向きなのかも、どんな姿勢なのかも、わからないまま。


 ーー停まればいいって、確かに思ったけど、事故になれとまでは、思ってないっ!!!


 それが、春山莉子の最期だった。






 意識が曖昧に浮かび上がる。

 目の前に誰かいる。・・・違う。列に並んでいるんだ。

 少しずつ、列は進む。一緒に私も流されていく。

 そのうちに、私は列の先頭になった。

 目の前に、赤黒い肌のすごく大きな人が、豪華な衣装を纏って、でんっっと座っていた。


「名前は?」


 そう訪ねてきたのは、大きな人の脇に控える人で。こちらは体のサイズも服装も普通で、俯き加減に書類を見ている。目深の帽子のせいで、顔は見えない。


「・・・春山、莉子」


 ぼんやりしながら、使い慣れた名前を告げる。

 小さく私の名前を呟きながら、帽子の人は書類を捲り始めた。

 そして、最後の1ページまで捲って、首を傾げる。もう一度最初から書類を捲り直し、最後まで捲りきって。


「・・・あなた、名前ありませんね」


 帽子の人が、顔を上げて私を見た。その瞬間、私は衝撃に撃たれて立ち尽くしてしまった。

 だって、帽子の人の容姿が、あんまり可憐で可愛らしかったから。

 帽子の端から零れている銀髪(シルバーブロンド)は、毛先の数センチをだけが艶やかに黒い。潤んで煌めく瞳は黒。見透かすような漆黒。眼が大きい。見開いたら、落っこちそう。睫毛は長く、こちらも銀色。細く白い眉は形良いのに、整えている感じがしない。小さめの鼻。ふっくらと柔らかそうな、さくら色の唇。それらが、形の良い卵形の小顔に、スッキリとバランスよく配置されている。白磁の肌は、キメ細やかでそばかすもなく、触ったら気持ち良さそうだ。

 まさに絶世の美少女。

 こんなお人形も真っ青なビジンちゃんと、お友達になってみたかった・・・っ!!

 いや、まだ間に合う。今からでも・・・ーー。


「すいません。あちらの席でお待ちいただけますか?」


 私が見つめる中、涼やかな声で、壁際に置かれたベンチを指し示す。

 しかし、我を忘れた私は、その人を見つめたまま、動くのを忘れていた。

 じっと凝視したまま固まっている私を、帽子の人は不思議そうに見返して、訝しげに首を傾げる。「ん?」という感じで。くてっと首を倒す仕草が小動物を想起させる。ヤバイくらい、可愛い。

 もう一度、帽子の人はベンチを指差して。


「あちらでお待ちください」


 そして、にこっ。


 その破壊力抜群の笑顔に、完全に撃ち抜かれた。

 ドツボだった。

 鼻血出るかと思った。

 気が付いたら、私はベンチに座っていた。しかし、視線は帽子の人に釘付けである。

 そもそも、私は小さなイキモノや可愛いモノに目がないのだ。

 アパートに独り暮らしで、生き物は飼うことが出来ない。代わりに、スマホの待受は仔猫と仔犬と仔カワウソでローテーションしているし、タブレットはぴよこがよちよち歩いてくる。当然、人間様の赤ちゃんだって可愛いし、大好きだ。・・・だからといって、変態さんでは断じてない。


 それにしてもーーー。


 この世に、あんなに素晴らしく可愛らしい人がいたなんて。有名なモデルでも敵わないだろう。

 私が見つめ続ける先で、帽子の人は再び俯き加減になりながら、書類をパラパラと捲っている。身長はそんなに高くない。私よりも、若干低いかもしれない。細い身体は『華奢』という表現がよく似合う。何より、姿勢がいい。

 俯いていても、背中が丸まることがない。時々顔を上げて、大きい人と話をしたり、廊下を進む人を案内したり、行き先を正して、手を引いてあげたりしている。・・・優しいなあ。


 そのまま私は、眼福とばかりに、帽子の人を見つめ続けた。



 列は途切れることなく、少しずつ減っては、また増える。

 多くは年寄りだが、若い者もいる。子供もいる。光の玉が浮いて並んでいることもあった。

 しばらく見ていたら、列の先頭にいた男性ーーと言うには若いな。高校生?が、こっちに歩いてきた。

 私の隣にどかっと座り込み、ベンチにだらっと体を預ける。ていうか、失礼じゃなかろうか?他人が隣に座ってるのに、挨拶も断りもなく、座り込んできて、この寛ぎっぷり。しかも、ぶつぶつ帽子の人の悪口を言い始めた。


「っくそ、ざけやがって。あのオカマ野郎、後でぶっ飛ばしてやる!」


 うっわ、態度悪い。


「ちょっと。ちゃんと座んなさいよ。邪魔だよ」


 仕方なく、優しく声を掛けてあげる。途端、「うっせぇ、ババア!」とか言われた。

 カッチーーーン。

 怒りのメーターが振り切れる音を聴いた。


「私、26なんですけど!?」

「オレより10も上じゃねえか。やっぱりババアじゃん」

「んなっ!?」

「てか、あんた、どっかで見たな・・・」


 何それ。下手なナンパ?ていうか、ベタだ。

 ・・・いや、そう言えば何となく、見覚えがある気がーー。


「電車でタブレット割る勢いで叩いてやがった、ダメ女!」

「スマホ見てニヤけてた、頭悪そうな高校生!」


 そう、私達は同じ車両に乗っていたのだ。

 報告書を作ることに必死になってはいたけれど、ちらっとは見ていた。スマホの画面をスワイプさせて、にやにやしてたっけ。ちょっとキモいとか、思ったんだ。


 ーーて言うかですよ?

「誰の何処がダメ女よ」

「髪ボサボサで、化粧も適当で、すんげえ形相でタブレット叩いていたとこら辺」


 ーーぐぅ・・・っ!!

 嫌な指摘を・・・っ!一応は頑張ったのだが、適当になったのは自覚がある。大体、それどころじゃなかったし。


「てかさ、その頭悪そうって、何処から出てきたんだよ?」

「服装の乱れはココロの乱れ」

「決めつけかよ。大体、それ言ったら、うちの学年トップは、バリバリの金髪に赤のメッシュ入れて、カッターの代わり赤いTシャツ着てくるぞ。しかも、番長だ」

「何それ、カッコいい!!」

「だろ?」


 ーーあれ?なんか、打ち解けてる?

 さっきまで怒ってたはずなんだけど。何で怒ってたんだっけーーて、そうじゃん。

「じゃなくて、あの人の悪口、言ってたでしょ!」

「ああ?」

「帽子の人!」

「ああ。って、カンケーないし」


 むっか!


「なくてもムカつく。あんなに美人で可愛い人にオカマとか聞き捨てならないし!ぶっ飛ばすとか、さらに認めらんないし!!」


 つい熱が入って捲し立てたら、帽子の人がこっちを見た。目が合うと、小さく苦笑して、目礼を返してくれる。

 ああ、やっぱ可愛い。


「あいつ、男だぞ」


 ーー!!!!?


 衝撃の事実!完全に女の子だと思っていた。

 だが、それは私には何の障害にもならない。

 可愛いの前に、性別も、種族も、年齢も関係無い。可愛いから愛でるし、関われたらなお嬉しい。見た目だけの性格ブスもたまにいるので、そういうのはパスしたいと思うが、基本的に小さいと可愛いは無敵なのだ。

 そこに恋愛的要素は要らない。愛でて、萌える。それでいい。

 しかも、帽子の人が男性なら、私が女である以上、恋愛的発展してもなんの問題もない。・・・はずである。


「何か問題が?」

 聞き返したら、憮然として押し黙る高校生。

 ピン!ときた。

「君、あの人にナンパしたの!?」

「悪いかよ!!女の子だと思ったんだよ!!」


 ーーうわぁ。

「だからって、悪口はよくないでしょ。そもそも、君の勘違いなんだから」


 彼はさらに憮然と黙りこくった。

 私はそんな彼に、敬意を込めて、この言葉を送った。


「ざまあ」


 勢いよく振り返り、こちらにガンを飛ばしてくるふられ坊主に、私は視線だけ向けて、鼻で笑う。


「ふん。このショタコン」


 悔し紛れな台詞が聞こえる。が、それはない。


「何言ってるか、解りません。ショタコンは半ズボンを履いた小学生に異常執着する人で、私には該当しておりません。」


 甘いな、高校生。そんな嫌みは、私に通用しないのだよ。

 それにだ。


「帽子の人はそんなにちびっこでもないでしょ。それ言ったら、君にもロリコン判定が下っちゃうぞ?」

「な・・・っ、ちげーしっ!」

「はいはい」


 そんな遣り取りをする私の前に、すっと立ち止まった人がいた。まだ幼い、5才くらいの男の子だった。

「あれ?君・・・」

 見覚えがある気がする。

「お前、タクミじゃん?」

「知ってるの?」

 男の子の頭をグリグリ撫でる高校生が羨ましい。それは置いておいて、話を聞く。

 どうも、彼等はよく電車で乗り合わせるらしい。それで、名前を知っていたのだ。そして、今朝も同じ車両にいたらしい。

 その割には、今朝は会話している様子はなかったよね?

 と思ったら、私が必死で仕事しているのを見て、近くで話していたら邪魔になると思われたらしい。主に、母親に。


 そっかあ、私のせいかあ。

 あははは。


 誤魔化すように、私は少年をベンチに座らせようとして、気付いた。

「ちょっと、この子が座れないでしょ。場所開けて」

 高校生は、背もたれに大きく両肘を開いて乗せて、足を投げ出して座っていた。1人で2人分使っているのだ。邪魔くさいこと、この上無し。

 しかし、彼はすぐに動こうとしなかった。まるで年寄りのように、のんびりと身を起こし始める高校生。

 面倒くさくなった私は、少年に手招きをして、さっさと膝に乗せることにしてしまった。

 軽い重量が膝に収まる。そして、顎の先を子供の細い柔毛がくすぐる。落ちないようにお腹に手を回して引き寄せると、やわやわとした頼りない感触に、彼が守るべき小さな人なのだと認識を新たにした。

 父母も私も一人っ子なので、親戚にも小さな子供がいない。だから、こんな小さな子にこんなに密接するのは初めてだった。

 小さい子、いいなあ。

「ねえ、お母さんは、一緒じゃないの?」

 そう尋ねた私の膝で、少年はすっと廊下の先を指差した。そうか、あの先へ行ったんだね。


「・・・ショタコン」

 高校生の嫌みな呟きが聞こえた。

 カチンとする私。

「違いますー。膝に乗せただけでそういうこと言うなんて、実は自分がそうなんじゃないのー?さっきも、頭なでなでしてたしー」

「何だと!?」

 嫌みっぽく反論してみた。

 体を起こしていきり立つ高校生。

「俺は知り合いだから良いんだよ!!」

「はいはい」

「てか、てめぇはアウトだろ?」

「はあ?」

「子供見て喜ぶとか。変態か?」

 むっか!

「違うっての!小さいと可愛いはね、無敵なんだよ!!」

 私は拳に力を込めて、言い放つ。

「変態か」

「違うってば!!ムカつくな!これを見よ!!」

 私は腰のポケットを探って・・・あれ?スマホがない。家に忘れてきた?急いでたからな。仕方ない、タブレットを・・・。

「どうした?何を見ろって?」

 高校生がにやにやしながら嫌みを言う。それを放置して、私は自分の右手を見た。ちなみに、左手は少年のお腹に回して、支えている。小さい子、意外と重い。足が痺れそうだが、我慢する。

 それはともかくとして。

 タブレットは何処へ行った?

 何時から手元にない?

 記憶を巻き戻す。膝から、タブレットが落ちて、車両の後ろの方に滑って、電車が大きく揺れて、そしてーーー。


「それ以上は、ダメですよ」

 いつの間にそこにいたのか、帽子の人がすぐ目の前に立っていた。そして私の唇に、その細い人差し指を優しく押し当てて、私の言葉を、思考を、止める。

「思い出してはいけません。ね?」

 優しく諭すような言葉の後で、人差し指が私の唇からそっと離れる。私は夢見心地のようになりながら、「はい」と頷いていた。満足したように帽子の人が微笑んで頷き返して、そして仕事に戻っていく。


 ああーー。

「神・・・」


 何てこと!

 何てことでしょう!?

 帽子の人の指が、指が!

 私の!

 唇に!

 ああ、やばい。超絶やばい。

 あの可愛い人の指が唇に触れるとか。もう、顔洗えない。

 もう、もう!超・絶・可愛いーーーーっ!!!


 私は完全にトリップし、両手を組み、彼を拝んだ。

 隣の高校生が投げ出していた足を引き寄せ、姿勢を直す。同時に私の膝から少年が滑り降り、私と高校生の間に座り直した。そして、付け足しのように知らない男性が2人、ベンチの端ーー高校生の向こうに並んで座る。このベンチはこんなに長かったっけ?と、一瞬思ったが、すぐにどうでもよくなった。

「おい、よだれ」

 高校生に注意されて、私は慌てて左のポケットからハンカチを出しーースマホは忘れたのに、ハンカチは持っていたーー口許に当てた。

 それさえも、どうでもいい。


 私はそのまま、夢を見るような心持ちで、帽子の人を見つめ続けたのだった。




 暫くの間、帽子の人を見つめ続けていたが、同じような服を着た人が来て、帽子の人と交替した。交替した人は帽子の人よりも背が高く、そして帽子を被っていない。

 帽子の人はもう一度書類を最初から捲って確認すると、大きい人と交替の人に会釈して、そこを離れる。そして、ベンチに並んで座る私達の方へと、歩いて来た。


 ーー来た!来たよ!!どうしよう!!


 両手を組んだまま、喜びに胸を高鳴らせる私。

 帽子の人は近くまで来て立ち止まり、ベンチに座る全員の顔を見て、にこやかに声を掛けた。


「それでは、リストに名前のなかった皆さん、此方へついてきてください」


 そう言って、背中を見せて歩き出す。

 私達は慌てて立ち上がり、帽子の人の後を追った。小さい子ーータクミ君だっけ?は、高校生が手を引いて連れて歩いた。




 案内された部屋は、飾り気もなく、窓もない、ただの四角い白い部屋だった。学校にあるような机と椅子のセットが15脚ほど、縦5列横3列に きちんと並んで置いてある。ただし、椅子の座面も背凭れも、机の天板も真っ白だった。

 私達は、適当な席に座った。みんなバラバラに陣取る。

 高校生が真ん中の列の一番前。その右隣には、彼が座らせたタクミ君なる男の子。そう言えば、リュックサックを背負っていないなと、思い出す。タクミ君の2つ後ろは、サラリーマン風の中年男性。そこから1つ開けて、一番奥の前から3番目の席に、若いスーツの男性が座る。彼もサラリーマンなのだろうか?そして、私は一番奥の一番前の席を選んだ。

 帽子の人が、私達の視線の先に立つ。

 やった、近い!

 私が熱い眼差しで見つめる中、帽子の人が口を開いた。


「皆さん、御足労いただき、ありがとうございます。それから、大変お待たせいたしました。

 冥府魂管理部集魂科めいふたましいかんりぶしゅうこんか、アフターサービス係です。どうぞよろしくお願いいたします」


 そう言って、帽子の人はペコリと頭を下げ、帽子を取った。中に纏めてあった髪が、さらりと空気に解ける。艶やかな長い髪が舞う。毛先が数センチ分だけ黒い、銀に輝く髪。その髪を、帽子の人はパパっとポニーテイルに纏め上げ、黒いリボンで手早く結んだ。


 ーーポニーーーーーッ!!!!


 何て似合うのでしょーーーか!?

 ああ、もう!マジ神。超カワイイ。

 思わず両手を組み合わせて、拝んでしまう。

 そんな中、「さて、突然ですが・・・」と、彼が前置いた。一人一人と視線を合わせていく。私もその目に捉えられーーー。


「貴方達は現在死亡されています」



 無言の数秒が室内を支配し、その後で「はあ?」という、高校生の声が大きく響いた。私も同じ気分だ。


「ふざけんなよ、おい!!」


 ドンッ!!と高校生が机を叩くと、彼の近くに座っていた中年サラリーマンが、びくんと肩を竦めた。嫌だなぁ。相変わらず、態度が悪い。相変わらずと言うほど、知り合いでもないけど。

「散々ひとを待たせておいて、下らねえ冗談いってんじゃねえぞ!」

 凄んで睨む高校生の様子を見て、帽子の人は慌てたようだ。

「いえ、冗談とかどっきりとかじゃないですよ?」

 帽子の人が少し真面目な表情になった。真面目な顔もいいなあと思ったのは、内緒にしておこうと思った。


「皆さんが死んで、ここにいる経緯を説明いたします」


 帽子の人の話では、とある列車事故が起こって、沢山の人が一編に亡くなったそうだ。列車事故と聞いて、私の脳裏に滑り落ちたタブレットが浮かぶ。きっと、あの記憶の先でーーー。


「全ての命あるものは、その命数ーー寿命が決まっておりまして」

 帽子の人の声に、意識を引き戻される。

「我々魂管理部がそれを管理しております。で、お亡くなりになると、魂が体から離れるのですが、体から離れた魂は放っておくと、どこかに流されてしまうのです。その前に、集魂課の回収係が魂を回収に行くのですが、今回は沢山の方が一度に亡くなるということで、スタッフ増員して回収に当たったのです。しかし、やはりと言おうか、現場が非常に混乱しまして。体から離れきっていない魂までも回収してしまったみたいなんですね」


 まったくあいつは、何時まで経っても同じ失敗ばかり・・・と、苦い顔でぶつぶつ文句を言う帽子の人だったが、「おっと、失礼」と、表情を切り替え、私達に向き直った。


「本来、そういったはみ出してしまった魂は、その場で体に戻さないといけないのですが、そんな余裕もなかったらしく、こうして冥府まで連れてこられてしまったのです」


 て、つまり?

 間違いで死んだってこと?


 モノローグを読んだように、帽子の人がコクリと頷く。


「生き返れないんですか?」

「生き返れないのかね?」

「とっとと生き返らせろよ!」

「無理です」


 私と、中年サラリーマンと、高校生の三者三様の問い掛けーー部分的に脅迫めいた発言が混ざったがーーに、ほぼ同時に否が返される。

「それは出来ません」

 はっきりした物言いに、私達は、表情を凍らせた。


「・・・んだと、てめぇ!?」

 高校生が眼尻を吊り上げて威嚇する。

 帽子の人を睨む高校生に、いちいち威嚇するなと思うが、その気持ちは分からなくもない。私も同じだ。出来るなら、生き返りたい。だが、それはそれとして、可愛い帽子の人に向かって、いちいち威嚇するのは止めて頂きたい。ここ、大事。

 しかし、そうも悠長にしていられなくなった。

 次の瞬間。


「ざけんじゃねえぞ!!」


 再び、机がバンッと叩かれる。

 大きな音に、つい驚いて身を竦めてしまった。


「そっちのミスで殺されたんだろうが、おれらは!無理ってな、どういうこった!!」

「わ、ちょっと、怒らないで下さいっ」


 帽子の人の慌てた声に目を上げると、何と、高校生が立ち上がり、帽子の人の胸ぐらを掴み上げていた。


「ちょっと、やめなさいよ!」

 私も慌てて立ち上がり、帽子の人を掴む高校生の腕を掴んだ。しかし、女の腕力では、太刀打ちできるものではない。と、普通なら思うだろう。しかし、私には5年間道場に通い続けた合気道2段の実力があるのだ。

 腕を掴んだ手を、そっと肘までずらす。ここでぐりっと神経を圧迫すればーーーここで、思わぬ事が起こった。帽子の人が、「す、すいません、ほんっとすいません」と言いながら、何でもないようにひょいっとーー本当に気安い感じでひょいっと、高校生の腕を掴み、引き剥がしたのだ。


「とりあえず、話を聞いてください」


 ね?と、わずかに首を傾けて、帽子の人が高校生の顔を覗き込み、微笑み掛ける。その途端、高校生の顔が真っ赤に染まった。

 ずるいっ!うらやま・・・っじゃなくって。

 ーーーすごい。

 相当に腕力がついているはずだ。掴みかかっている相手の手を、簡単にいなす膂力。どんな鍛え方をすれば、そんなことが出来るようになるのか。細い腕からは、想像もつかない。

 本当にすごい。綺麗で可愛いいだけでなく、強さまで。

 姿勢そのままで、思わず帽子の人に見惚れてしまった。


「それでは、お二人とも座ってください」

「おい。いい加減手を離せよ」


 帽子の人と高校生の声が同時に私の耳を打った。おっと。高校生の腕を掴んだままだった。びっくりして、技を掛ける途中にしてあった指に力が入ってしまう。

「うぎゃっ!」

「あ、ごめん」

 悲鳴を上げる高校生から、慌てて手を離した。

「・・・てめぇ」

「うん。今のは本当に悪かった」

 ここは素直に謝る。

 会社でも失敗した時は、言い訳する前にきちんと謝り倒したものだった。お陰で、「春山さんは、謝るのだけは上手いよね」とか、上司に言われたりしてたものだ。その分、後で後輩や同僚に向かって飲み屋で三倍愚痴ったりもしたけどね。

 それに、君も悪いのだよ?帽子の人に手を上げようとするから。まあ実際は、私の介入なんて余計だったようだけどね。

 と、心の中で付け加えつつ、黙って双方、座り直した。


 先程、生き返るのが無理と言いましたが・・・と、前置いて、帽子の人の話が続く。

「何故なら、ここと現世(うつしよ)とは、時間の流れ方が違うのです。皆さんの体・・・まあ、ご遺体なんですがすでに火葬されていまして。ええもう、見事に骨!なんですよ。それでも戻りたいのなら・・・」

 帽子の人が、高校生の目を覗き込む。高校生は、「もういい」と呟いて、そっぽを向いた。相変わらず、態度が悪い。

「了解しました」

 帽子の人が、ホッと表情を緩める。


「まあ、それ以前に、ここへ来た方は現世にもどこにも勝手に行くことはできない決まりとなっていますけどね」


 そう言葉が続いた途端、高校生が再び目を吊り上げた。

「だったら、最初からそう言えや!」

「だから、拳で威嚇するのは止めてくださいって!!」

「あーもう!いい加減にしなさいっ!」

 拳を握り直す高校生の頭を、私は平手で叩いた。べしっと小気味良い音がする。「何をしやがる!」と騒ぐ高校生に、「うるさい!話が進まないじゃないの!」と返す。と、自覚はあったのか、高校生は不貞腐れて黙りこんだ。


「すいませんね。助かります」

 帽子の人が私を見てーーにこっと笑った。やはり笑顔は良いなあと思いながら、「いえいえ」とお愛想を返す。すると、帽子の人の手が延びて来て、私の頭の上に、ぽふっと。

 ぽふっと、乗っかってーーー!!!

「ありがとうございます。あなた、いい人ですね」

 なでなで。

 撫でられた。


 ふぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!

 帽子の人に、撫でられた!!!!


 僥倖!!

 まさに、僥倖!!!

 やばい、幸せすぎる!!


 この瞬間、私は夢見心地で完全トリップした。

 指を組み合わせて、拝む。

 ああ、・・・神。

 うっとりと、私は可愛らしい帽子の人を眺め続けた。








「ちょ、それって・・・!?」


 ガタン!


 すぐ隣の席で高校生が、大きな音を立てて、腰を半分浮かせた。らしい。

 らしい、になったのは、彼の立てた音で正気に戻ったからだ。

 いつの間にか、ドンドコ説明が進んでいたらしい。・・・しまった。帽子の人の大事な話を、聞き逃してしまったようだ。


「え?はいはい。そうです。いわゆる、異世界転生というヤツです」


 その言葉に、高校生が雄叫びを上げた。嬉しそうだ。

 ・・・て、異世界転生?

 え?ちょっと待って?


「お、嬉しそうですね。さすがラノベ世代。でも、そこまで甘くはないんですよ」

 帽子の人が、やんちゃな子供のような表情をした。そんな顔も、美人な帽子の人がすると、様になる。て言うか、可愛いです。


「まあ、元々此方の不手際ですし、どの方法をとっても、ある程度の特典をつけようとは思っています。と言っても、大したことは出来ないので、期待されても困るんですがね」

「特典?はっ、まさかチートスキル!?」

 さらにテンションの上がる高校生。・・・と思ったら、私の背後でも期待に充ち充ちた雄叫びが。2つ後ろの席に座る、若いサラリーマンだった。

 高校生と二人して「イェーイ」とか、やってる。


「そこ、はしゃいでないで、ちゃんと聞いてください」


 呆れたような、帽子の人の声。男たちはまだ、はしゃいだ笑い声を出している。


「・・・。もしもーし。聞いてます?続けますよー?」


 高校生と若いサラリーマンがようやく静かになり、帽子の人が咳払いをして、説明が続けられた。


「特典についてですが、ここでダラダラの方には、差し上げられません。正確には、上げられるものがないと言いますか。そうですね。お茶ぐらいはお出しします」


 帽子の人が煎れてくれるのだろうか?だったら、むしろ欲しいような・・・。

 なんて考えている間に、説明が続く。


「ここの職員をしていただける方には、お好みの部署への配属を約束します。プラス給料アップ!是非とも集魂課へお出でませ!!ぶっちゃけ、スタッフ不足なんで、大歓迎ですよー!」


 ーーー帽子の人と、一緒に仕事!!!

 思わず吹き出しそうになった。ちょっとばかり、心臓のテンポが速まってしまう。


「あの・・・一緒に働けるんですか?」


 精一杯の勇気で、おずおずと手を上げたーーー的な感じで、質問をぶつけてみる。帽子の人は、ちょっと困ったような顔になった後、眉を下げて苦笑した。


「すいません。ずっと一緒はできないです。自分、役回りが結構コロコロとローテーションするので。たまになら、ご一緒できるかもしれませんよ」


 ーーーぃよっしゃぁーーーーっ!!

 心の中で、ガッツポーズをして叫ぶ。

 よし、決めた!今決めた!

 私はここで働く!永久に社畜でも構わない!!


 口では「あ、そうなんですね」なんて言っているが、最早、私の脳内では決定事項だ。ずっとは無理でも、時々なら帽子の人と一緒にいられる。時々すれ違う時に、「あ、どうも」「こんにちわ。調子はどうですか?」とか、会話できたり。時には、ご飯に誘ってみたり。一緒にお散歩とか?やだそれ、デートっぽい。

 眺めているだけで良いと思っていたはずなのに、どんどん想像が飛躍していく。

 ヤバイぞ、コレ。


 妄想が一人歩きし始めていて、またしても私は、帽子の人の説明を聞き流していた。




「だーかーら、騒がないで下さいよぉ。大丈夫です。後で、一覧表をお持ちします。なのでね、静かにしてくださいね」


 ガヤガヤとーーー主に、若い男2人が騒ぐ中、帽子の人が声を張り上げて、その声で私は戻ってきた。


「注意して欲しいことが2点あります」


 帽子の人が、指を1本立てて見せる。


「まず1つ。やり直しは利かないということ。

 一度転生なり入れ替わりなりをしてしまうと、後から、やっぱやめ!と言う訳にはいきませんからね。よく考えて選択してください」


 指を追加されて、2本になった。


「2つ目。いずれの場合も、記憶の継承は出来ません。それだけはご了承下さい」


 腕ごと指を下ろす、帽子の人。

 ざわめきだした室内に水を打つように、それからもう1つ、と付け足される。


「唯一記憶を持ったまま異世界へ転生する方法があります」


 ざわめきが大きくなった。


「世界を選ばず、能力も持たずに転生なさる場合のみ、記憶の継承がなされます。但し、本当に何もなしですよ?それでも良ければ、です。説明は以上になります」


 半分くらい聞いていなかったが、記憶か、世界か、能力か。はたまた仕事を採るかと、言ったところだろうか?

 まあ、私はもう決めてしまったのだから、関係ないけどね。


「それでは、皆さん。どうぞ、今後の進路を決めてください」


 最後に、帽子の人がもう一度ニコッと笑って、話は締め括られた。




 1人づつと言われて、誰から行くのか、順番を決めるのにじゃんけんと思っていたら、高校生が「俺が行く!」と挙手って、他の人の話も聞かずに立ち上がってしまった。「じゃあ行きましょう」と、帽子の人が戸口に向かい、高校生がついていく。

 ・・・ずるい。

 しかし、すでに2人は部屋を移動してしまったので、仕方なく待つことにする。


 五分くらいで、帽子の人は帰ってきた。高校生は一緒じゃない。きっと、彼はもう旅立ったのだろう。


「次は誰ですか?」


 帽子の人に尋ねられて、私はいち早く挙手をした。


「行きます・・・!」

「はい。では、ついてきてください」


 帽子の人が戸口に向かって歩き出し、私は慌てて、それを追いかけた。



 つれていかれた先は、すぐ隣の部屋だった。

 こちらも白い部屋だが、先程の部屋よりか狭い。中央に大きな机と椅子が2脚、向かい合う形で置いてある。机と椅子は濃い茶色だ。それから、出入り口と違う扉がある。続きの間があるのだろう。

 帽子の人に勧められて、私は席に着く。


「さて、あなたはどうされますか?」


 尋ねながらも、取りあえず、と言って幾つかの水晶玉を机の上に並べる。掌に乗る大きさで、直径で8センチほどだろうか。透明な珠は、わずかに鈍い光を反射している。


「右から」


 そう、帽子の人が手を指し示しながら。


「世界線、権能、そして今から亡くなる方のリストです」


 あと2つ、珠が残っているが、それには触れない。

 私はもう選び終わっている。帽子の人と一緒にここで働くのだ。


 そう言おうと思ったのに、不意に声を出すのを忘れてしまった。

 身動いだ瞬間に、わずかに触れてしまった水晶から、頭の中に文字が、情報が、すごい勢いで流れ込んできてしまったからだ。


「・・・なに、これ・・・?」

「ああ。それは権能・・・スキルの一覧ですね。お好みの能力がありましたか?」


 情報に脳内を埋め尽くされている私の耳に、そんな帽子の人の説明が入り込む。


 ・・・・・。

 嗅覚上昇。動体視力上昇。炎熱効果軽減。寒冷効果軽減。空気抵抗軽減。

 常に発動される『常設型(パッシブ)』タイプの権能の一部だ。他にも色々ある。が、ほとんどが、あってもなくても変わらない。

 他には、輪ゴムを命中させる能力とか、茶柱を立てられる能力とか、鉛筆の芯を折れなくする能力とか、いかにもどうでも良い能力ばかりが並んでいる。鉛筆なんて、今時はシャーペンがあるから使わないと思った。

 つい気になって、リストをスクロールする。

 水晶は触れている人間の脳波に干渉するようだ。私がイメージしただけで、ちょうどよい早さで文字が流れていく。


 下の方には少し変わった権能や、強そうな権能があった。

 風を起こす能力や、水を生み出す能力、鍵開けの能力、動物に好かれる能力なんてものもある。

 そんな中、私の気を引いたのは、召喚という能力だった。


「どうです?良いの、ありました?」


 帽子の人の声に、思わず「これ・・・」と、呟きを発してしまう。


「ああ、召喚の能力ですね。それにしますか?」


 問われて、迷った。

 どうしよう。どっちも気になる。


「召喚の能力を極限まで育てたら、僕も喚び出せるかもしれませんね」


「・・・へ?」


 何を言われたのか、意味を把握し損ねて、間抜けな声を返す。

 どういう事だろう?人間も喚び出せるって事なのかな?でも、それなら、尚の事興味深い。


「人間も喚び出せるって事、ですか?」


 尋ねると、「ああ、そうではなく」と、手をフリフリ、訂正された。

『人間を召喚』ではなく、その場合は、『冥府に留まっている魂の召喚』になるらしい。

 因みに。


「僕を喚ぶのなら、そこではなくて、『大魔王召喚』の方ですね」


 さらっと、とんでもないことを言われた。


「まおう・・・?」

「はい。異世界で魔王やってたんです。でも、うっかり勇者にやられちゃって。復活待ちをしてたんですけど、その間に回収されちゃったんですよ」

「回収って、ここの人に?」

「はい」

「どの位、ここに?」

「さあ・・・。どの位、ですかね。あんまり長く居すぎて、忘れてしまいました。」


 帽子の人が、どこか寂しそうな顔になった。その表情を見た瞬間、私は決めた。


「私、このスキル、使わせていただきます!!」


 決意と共に、宣言した。

 一緒に仕事も捨てがたいけど、会える確率はどうやら少ないらしい。ならば、私が召喚して、ずっと一緒に居てもらった方が確実ではなかろうか!?


「分かりました。本当に良いんですね?」

「はい!!」


 帽子の人が私の目をまっすぐに見つめる。その目をまっすぐに見返して、私は力強く頷き、返す。

 あ、でもその前に。


「あの、名前を教えて下さい」

「え、名前ですか?」

「はい!召喚するときに必要になると思いまして!」


 帽子の人はわずかに思案した。

 口許に弛く曲げた人指し指の背をあてがい、軽く俯いた首が、軽く傾く。睫毛の陰が頬に落ちて。ああ、可愛い。なんて綺麗な人なんだろう。眼福。

 そんな思案顔は、ほんの数秒だった。


「いいでしょう」


 顔を上げる帽子の人の表情は、さっぱりしていた。


「ルチル。と、お呼びください」


 ーーールチル。


 私はその名前を、ココロに刻み付けた。魔王ルチル。


「ルチルクウォーツのルチルですか?」

「さあ、どうでしょう?」


 はぐらかされた。


 それはともかく、ルチルクウォーツは、水晶の中に金の針のようなものが入り込んでいる鉱物のことで、私の一番好きな宝石(いし)だ。私の好きな鉱石と同じ名前。なんだか、運命を感じてしまう。


「あと、あなたの残り命数ですが、地上時間で21年ほどとなります」

 ・・・・・・。

「短くないですか?」

「そうですね。まあでも、最初から定められた数字ですので」


 地上よりも速く時間の過ぎるここーーー冥府に居た時間をさっ引いても、ちょっと短い。元々、私は早く死ぬ運命だったという事か。


「元々の死因って・・・」

「それはお教え出来ません」

「・・・ですよね」


 何となくそうだろうと思っていたし、死因《それ》を知ったところで、たいして意味はない。だから、私もさらっと引き下がった。


「それでは、よろしいですか?」

「はい」


 帽子の人ーーールチルさんに促されて、 私たちは、同時に席を立つ。

 こちらへどうぞ、と案内されて、奥の扉へと向かうと、彼の手で扉が開かれた。

 覗き込んだ部屋の中は、薄暗い。薄暗い中に、青の照明?が光っている。

 ごくり。

 喉が鳴った。

 意を決し、汗ばむ手の平を握り込んで。


 1歩。


 足を踏み入れた。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ