【in the past】2-30
「なぜでしょうか」
ヴェルドは、前を歩くその存在へ敬意を払いながらも尋ねる。
「なぜとはなんだ、ヴェルド」
その存在はなにやら本のようなものを読み漁りながらぶっきらぼうにそう返す。
「このままでは彼らの反発を招きます」
なぜ、人間を襲うことを辞めさせるのですか。
部屋に着くなり目の前でくつろぎだしたその大いなる存在“魔王”に対して、彼は自らの疑問を口にする。
「…魔族は、、なぜ人間を襲うのだろうな、」
魔王はぽつりとそう呟く。
「え、、?」
彼は思いもしない質問が返ってきたことに戸惑う。
「なぜ人間を襲うか、、ですか、、」
“本能”でしょうかと彼は言う。
「しかしお前や私のように、人間を襲わないで生活している者も中には居る」
そう言って魔王はこちらへとその目を向ける。
「…私は、魔王様の命令に従っているまでに過ぎません」
ヴェルドはそう告げると、再び魔王の方へ視線を戻す。
私も、肉眼で魔王様の勇姿を見てみたかったものだ、、
彼はあくまでもその生物や物体が持つ“力”などで物事を視ているに過ぎなかった。直接視認しているわけではない。彼には生まれつき“目”というものを有していなかった。それで何か困るといったことはこれまでには無かったものの、それだけが彼にとって唯一の悩みであった。
「ということはだ」
魔王は話を続ける。
「その“本能”とやらは“理性”によって保つことができるということにはならないだろうか」
理性、、
ヴェルドはうーむと考え込む。
「ふふ」
魔王はそんなヴェルドを見て少し微笑む。
私達は、ヴェルド、、
「私達は、理性無き魔物ではない。」
理性も知性もあると、魔王は話す。
「お互いがそういう存在らしいにも関わらず、どうして私達は争い続けているのだろうな、、」
そう言うこのお方の目は、自分ではないもっとどこか遠くを見つめているような気がした。
・・・
「魔王様」
またお前かヴェルド、、そう返す魔王の姿は少し、いやかなり疲れているように見えた。
「…このままでは本当に大変なことになります」
“反乱”とかか?
そう言って魔王は少し自虐的に笑う。
「・・・。」
ヴェルドはそれに対し何も言うことができなかった。
「大丈夫だよ、ヴェルド、、」
魔族はね、これまで、どんな状況であっても、ただの一度も“同族争い”はしたことがないんだ、、
少しだけ微笑んでそう告げる魔王の顔は、やはり疲れきっているかのように見えた。
本当に、、本当に大丈夫なのだろうか、、
彼は日に日に募るその不安を、そしてどうしたら自分が魔王様の手助けを出来るのだろうか、それだけを毎日考えるようになっていた。
・・・
「魔王様、失礼します」
ヴェルドは、再び魔王の前に居た。その部屋内には、いたるところに様々な書物が広がり転がっている。
「・・・。」
魔王はこちらに目をやるも何も言わない。
ヴェルドは少しだけ、この御方からの言葉を待つことにする。
「…ヴェルド」
「はっ」
魔王の言葉には疲労の色が隠しきれていない。
「なぜあんなことをしようとする、、」
その目が、はっきりと自身に向けられているのが分かる。
「・・・。」
ヴェルドは応えない。答えられない。
「言えぬ、、か」
わかった、行ってよい、、
「好きにしろ、、」
魔王はそれだけ言うと席を立つ。
…死ぬな、
魔王は最後に、それだけぽつりと言い残す。
「・・・はっ、、」
彼は小さくもそう応える。
・・・
ヴェルドが“その噂”を耳にしたのは、ついこないだのことであった。
魔王に反発する勢力が、一様にぞくぞくと集まってきているのだと。
…なんてことだ、、
すぐに魔王様へと報告しようと考えるも、ヴェルドはそこで自分に待ったをかける。
報告したところで何か変わるだろうか、、
しばらく熟考したのち、彼は報告することを辞め、その足で“反魔王”の勢力へと向かうのだった。
・・・
「魔王様は勇者を恐れている」だから人間を襲わないのだ。
ヴェルドがそこで話した内容はまずそれであった。もちろん彼はそんな話聞いたことすらもなかった。しかしこれで良い、、
「だからこそまず手始めに、全勢力でこの“勇者”とやらを叩く」
そうすればあの魔王も考えが変わるに決まっている。
「魔王といま戦えばこちらもただではすまない」
だからその前に勇者を討って、魔王の方針を変えてやるんだよ。
ヴェルドは、自分でもどうしてここまでの作り話がとっさにでるのかと不思議に思っていた。
「なんで最初に向かうのは、勇者を擁立しているとかいう“王都 ベレッセン”」
魔物の群は俺が指揮できるから任せてくれ、、
ヴェルドは、魔族の中でも自分の強さをよく理解していた。魔王様の足元には及ばないにしても、№5以内には間違いなく入るであろうという自負があった。
だからこそ、そんな自分だからこそ、この計画が成り立つ、、
そして彼は、“ベレッセン襲撃”を企てるものとして、魔王の前へと連れて来られたのだった。
・・・
ヴェルドは、かつてない規模の魔物の大群を率い王都を目指していた。
王都近くの坑道へと通じるとかいう地下道を使い行軍を続ける。王都に着く前にやられてしまったら意味がない、、
自分のこの働きに、他の魔族たちも目を凝らして見ているに違いないと彼は考える。
魔族までは付いてこなかったが、ここには“反魔王”の勢力に与するほぼ全ての魔物が揃っている。そしてあとは、この魔物達を自分の能力で操作することにより完成する。
あと少し、あと少しだ、、
ヴェルドは自分の計画がそろそろ完成を迎えるかと思うと少し胸を撫で下ろす。
まぁ、自分がその完成を見ることは出来ないわけだが、、
彼はそれを考えてから、今度は魔王様のことを想う。
もっと上手いやり方も、あるのかもしれなかった。
「…魔王様、、」
結局何一つ告げることはできなかったが、、許してくださいなどは望みません、、
でも、
私は、あなたの望む世界にたどり着ければと、そのように応援をしております、、
そんなことを考える自分に、ヴェルドはふと笑みをこぼすのだった。
他の魔族たちは気づくだろう。“勇者”の強さに。そしてほとんどの手ごまを無くした彼らは、勢力的にも魔王様へ抵抗など出来なくなる、、
彼にはまだ少し気になることも残ってはいたが、しかしそこは自分の崇拝するあの御方の力を信じるのであった。
魔王様、、後はよろしくお願いします、、
朝が来る。嵐が来る。行こう。死が待っている。しかしこれは、終わりなどではない。
彼は笑みを浮かべ立ち上がる。
「死ぬな」というあの命令だけは、守れないことを彼は知っていた。




