【静謐の決着】2-29
魔族が、その右手をこちらへとかざす。すると周囲の魔物が一斉にコバヤシへと襲い掛かってくる。
なるほど、、こうやって操れるのか、、
コバヤシはそう考えたのもつかの間、上空へと思い切り跳躍する。
空中で体勢を整えながら、襲い掛かってきた魔物達を全て“ロックオン”する。
今度は全てにそれぞれ一回ずつ、手持ちの石がなくなるまで、そして自分が地面に落ちるまでの間、コバヤシは再び集中放射を浴びせる。
地面に着地したコバヤシは、あの魔族以外の敵性存在が周りからあらかた排除されたことに満足を覚える。
「…これはすごいな」
勇者でもないのに、、
目の前の魔族はコバヤシへと向かって賞賛を送る。
「少年。お前、名はなんという」
“少年”だなんて年齢じゃないけどな、、
目の前の魔族は、周りの魔物たちがほとんど壊滅させられたのにもかかわらず態度が全く変わらない。よほど腕に自信があるのか、、?
「…コバヤシ・アキラだ」
そんなことを考えながらもコバヤシは応える。
コバヤシ、か、、
「私の名は、、」
そこで魔族は一瞬止まったように思った。
「…ヴェルド」
かつて、魔王様の隣に立ちし者だ。
ヴェルドと名乗ったその魔族の声には、どこか哀愁のようなものを感じさせた。
魔王の隣に居ただって、、?
コバヤシは少しだが動揺する。
「…それならこれは、魔王の命令だとかでも言うのか?」
するとヴェルドはふっと笑う。
「それは違う」
ずいぶんはっきりと彼は否定する。
「かつて、と言った筈だ」
こんなことお前に話す必要はないがな、、
ヴェルドはそう言うと、再び自虐的な笑みをこぼす。
「…あのお方のやり方はぬるすぎる」「あのままではいつか立ち行かなくなる、限界が来る」「その前になんとかしなければならない」
魔王様の為に、、
コバヤシには、この魔族の言っていることがいまいち理解出来なかった。
「ヴェルド」
コバヤシは呼びかける。
「俺は、、ここまで言葉が通じる存在を、、出来る事であれば殺したくはない、、」
そう言って彼の、その目があると思われる場所を見つめる。
ヴェルドはそんなコバヤシの言うことを聞くなり、くくくくと突然笑い出す。
そしてぽつりと何かを呟く。
「…まるで魔王様みたいなことを言う」
ヴェルドはあらためてこちらを向き、そして告げる。
「王都ではいまだに私の操る魔物達が人間どもを襲っているぞ」
私を殺さなければ、更に多くの人間が死ぬだけだ
コバヤシはそれを聞くなり冷や汗が流れる。
メイ、ドラコ、、
「そして私が死なない限り、魔物達が元に戻ることは決してない」
ヴェルドはそう続ける。
「おまえはおまえが信じることを為せばいい。」
私は私の為すべきことを為す、、
彼はそう言うと、自身の身体を半身に構え、更にその左手だけをこちらへと差し出す。
「 」
何かを呟いたと思うと、その左手周辺から一筋の青い光がコバヤシの方へと一直線に伸びる。
なんだこれは、、
「っ!!」
コバヤシは全力でその場から離れる。
カッと、まるで雷が落ちたかのような光があたりを包む。
あの青い光は“射線”だったのだ、、
さきほどまでコバヤシが居た場所の地面は、今ではどろどろに融けていた。
ヴェルドから一直線に伸びたそのどろどろの道は、100m以上は伸びているだろう。草木はおろか、土さえも融解させていた。
あと一歩離れるのが遅れていたら、、
「良く避けたな、アキラ・コバヤシ」
ヴェルドはそう言って再び同じ構えを取る。
腹をくくるしかない、、
コバヤシは自分のナイフに手をかける。
「ふっっ!!」
ヴェルドに向かい、一直線に全力で加速する。
早く、速く、、疾く、、、
辺りがスロー再生になる。竜のときと同じだとコバヤシは思い出す。自分のナイフを抜く。ザッチョに鍛えてもらってからまだ一度も使っていなかった。刀身が光る。ヴェルドが目の前まで迫る。コバヤシは相手の胸の辺り、その中心へと向かってまっすぐナイフを突き出す。突き出されたナイフはそのまますーっと相手の身体へと突き刺さっていく。まるで豆腐を斬っているかのような感覚だと彼は思った。相手の鱗を縫うように、そっと静かに入っていく。中へ、内へ、、
その時だった。
コバヤシ以外がスロー再生の中で、彼は確かにヴェルドの口元が、ふっと微笑んだ気がした。
そして、おそらくはそれが最後となった、その魔族の言葉を、彼は間違いなく耳にしたのだった。
「…まおうさま、、、」
傷口から青い血が吹き出す。




