【夜は明け、嵐は来る】2-23
それを聞いたとき、コバヤシはまず“イギリス”で間違いないだろうと考えた。しかしこのサキュバスの話を聞いた感じだと、様々なところで話がちぐはぐになる。
「…私は、、あなたほどはっきりとした記憶を持っているわけではないの、、」
彼女は少し寂しげにそう呟く。どうやら彼女はコバヤシと違い、この世界へは赤子として生まれてきたとのことだった。つまり彼女にとって“グレートブリテン”の記憶は彼女の“前世の記憶”ということになるのだろうか。
「だけど、私の心には今でもはっきりと人間の部分があるの」
少なくとも私はそう思っていると彼女は続ける。
・・・予想外の出来事にコバヤシは少し頭を抱える。
「…じゃあ人間に害したりということはしないんだな、、?」
とりあえずはと、問題の根底に戻る。
すると急に彼女は目をそらし、なにやらぼそぼそと呟く。
やっぱりまだ何か隠してるのか、、?
だんだんと疲れてきたコバヤシである。
「いや、その、、」
そして彼女は話し始める。
ほら、、私ってその、サキュバスだから、、人間の男の人から、もしかしたらその、ちょびっとだけ精力を戴いてしまうかもしれないというか、、いや、その、まだそういうことしたことないからどうなるのかとかはちょっとわからなくて、、
もごもごと喋っていたため、いまいちはっきりとはよくわからなかったが、つまり“男漁り”をすると、もしかしたらその相手である人間男に何かしらの影響が出てしまうかもしれないということのようだ。
サキュバス、ね、、
コバヤシは考えをまとめながら彼女を見る。
とりあえずあちらには人間に対する“害意”は無さそうであった。種族としての行動を起こすと、もれなく他の種族に害をもたらしてしまうというイメージなのだろうか。
どことなく人間の食事のようだなと彼は考える。
「…あなた、名前はなんていうの、、」
ふと、目の前のサキュバスがこちらに質問する。
まぁ魔族とやらには本名がばれようが問題ないか、、
「…アキラ。コバヤシ・アキラだ」
「アキラ…」
彼女がこちらを凝視していたかのように感じた。そして
「私は、ラレリュース・ド・エルゥ」
らりるれろみたいだな、、
「ルゥで良いわ、アキラ」
そう言うサキュバスこと“ルゥ”は、コバヤシにウインクを投げかける。というかなんで名前呼びなんだこいつは、、
転生した記憶を少し持っているというのは確かに気になりはしたが(後でサポセンに聞いてみる案件)、相手の種族が“魔族”とやらである以上、もう二度と会うこともないなと考えるコバヤシであった。
ルゥは、これまでに何度もこの街へやって来ては結局一度も“男漁り”を出来ずに帰る、を繰り返していたらしい。
「もう余り時間が無いのよ!」
そんなことを言う彼女であったが、あまり深刻な理由では無さそうな気がしたのでスルーしておくコバヤシであった。あまり深くもう突っ込みたくない、、
「とりあえず、、」
今日のところはまた帰ってくれ、、
半ばお願いのようになっている自分に気づく。
途中からこのサキュバスに同情すらしていたように感じられた。
ルゥはコバヤシの言葉に最初はぶーぶー言っていたが、
「な、なら、、その、、アキラさえよかったら、、」
そんなことを言いながら彼女は上に羽織っていたコートを震える手で脱ぐ。ここだけ見ると完全にただの露出狂のそれである。
コートの下に彼女が着ていたのは、、そうだ、、まるで“バブル”時代の女性が着ていそうなぴっちりとした服装であった。この時代のセンスからは程遠いものがある。
そんな彼女を見てコバヤシは、ルゥが脱ぎ捨てたコートを拾い上げ、彼女にそれを掛けなおす。
だいぶがんばっていたようだが、彼女の手はいまだに震えていた。これが“サキュバス”とは、、
やはり同情、というよりも“哀れみ”の目で彼女を見るコバヤシであった。
「他の人間に見つかる前に帰った方がいい」
まぁ彼女の見た目はほぼ人間だからあまり問題も無さそうだが、、
コバヤシはそれだけ言い残し、その場から去ろうとする。
ルゥが後ろで何かを言おうとしていたが、コバヤシはそのまま彼女を置いていくことにする。
自分の索敵スキルにひっかからなかったぐらいだ、街を抜けることぐらい容易いだろう。
もっとも彼女がどこからやってきたのかはコバヤシの知る由もなかったが、、
結局、索敵スキルの不具合なのかどうかはいまいちよくわからなかった。彼女の“害意”があやふやだったから反応したりしなかったりだったのだろうか。今では周囲に赤い点も無い。
コバヤシはちょうど良いと思い、先ほど気になったことをサポセンに聞いてみようと考える。
“call”
ちゃらんらちゃらんらちゃんららーららー・・・
なんの魔女ソングだったかとふと記憶をさかのぼっていると、
がちゃ
『黒髪ロング巨乳転生喪女サキュバスキターーーーーーー!!』
がちゃ
一番のはずれを引いてしまい思わず切ってしまうコバヤシであった。
もう、今日は疲れたからいいか、、
というか完全にやばい奴じゃないか今の、コバヤシはサポセンにそんな文句を呟きつつ、やがて見えてきた宿の中へと帰っていく。
夜もだいぶ更けてしまっており、メイとドラコの二人はすでにぐっすりと眠っていた。
ドラコさんは標準装備(全裸)でコバヤシのベッドを独占していたため、コバヤシが逆にドラコのベッドへと入ることにする。
ドラコにシーツを掛けなおしながら、コバヤシは二人にそっと「おやすみ」と呟く。
あのサキュバスは無事に帰れたのだろうかと少し考えつつ、自分も眠りにつくことにする。
最後に、どっと疲れたな、、
・・・
かーん、かーん、、
「…きら、、あきら」
コバヤシは、なにやら聞こえる鐘のような音と、メイの優しい声によって起こされる。
目を開けると、ドラコとメイの二人はもうすでに起きていたらしい。
おはよう二人とも、、
あくびをしながらも彼は二人にそう挨拶する。
「おはよう」
メイが挨拶を返す。ドラコはというと、さっきから窓に釘付けになっている。外に何かあるのだろうか、、
かーんかーん、、
再び、先ほどの鐘のようなものが鳴り響く。
メイがこちらを真剣な目で見つめていた。何か外であったのだろうか。
「ここからだとよくわからなくて、、」
何かあったのは確かみたいなんだけど、、
彼女は心配そうにそう続ける。
そこでコバヤシは、自身の索敵スキルに“異常”を感じる。
昨日のこともあったので何かの不具合ではないかと一瞬考える。
しかしすぐにマップを見て考えを改めるのだった。
冷や汗が流れる。
王都の外側、壁の周りには、真っ赤になるほどの赤い点が、それを囲むように押し寄せていた。




