【それから】1-52
なんとかメイが岩陰から着衣状態で出てきたのはそれからしばらく経ってからだった。
彼女はコバヤシに対し「…ほんとに見てないんでしょうね、、」とだけ言うなり、それからはあまり目を合わせてはくれなくなった。
本当に見えはしなかったので、コバヤシはしっかりとメイにそう説明する。いや別に残念だとかは思っていない。誰にともなく一人言い訳るコバヤシである。
メイはどうにか納得してくれたのか「そろそろ帰りましょうか」と言ってコバヤシとドラコを促す。
さっきまで川辺の石拾いをして遊んでいたドラコであったが、急にコバヤシの方を見ると
「メイすごかった~」
そう言って少女は自分の胸の前に手を出して突き出すような動きをする。
「…ド、ラ、コ、、」
メイはドラコをすさまじい目つきで睨みつける。
ドラコはきょとんとしたした様子で首をかしげる。
人は見かけによらないものだなとコバヤシは考える。
いや決して着痩せするとかそういう意味ではない、断じて違う。
・・・
ドラコが再びせがむので、街までの帰り道も再び“コバヤジェット”で行くことになった。
メイはかなり渋ったが、最終的にドラコの根気に負ける。
再びドラコは後ろからしがみつき、メイは前から掬い上げられる姿勢で行くことにする。
「…メイ、どこかにしがみついてないとさすがに危ないよ、、」
彼女はさっきから両手で自身の顔を覆っている。
「・・・。」
彼女はうんともすんとも言わない。両手では隠せていないその飛び出た両耳は、再びゆでだこになっていた。
まあ、落とさないよう走るからいいけどさ、、
コバヤシは説得を諦め走り出す用意をする。
「ぜんそくぜんしん~」
あいあいさ、、コバヤシは心の中でドラコに応える。
・・・
冒険者組合受付の一日は、ギルド内の掃除から始まる。
朝日が昇ってからしばらくすると、早番の者達が出勤してくる。
組合は街でも珍しく、早番と遅番という二つの勤務形態が取れるようになっていた。
これはギルドのように安定した職場だからこその為せることと言えよう。
ネリネはそんなことを考えながら、今日もやってくる多くの冒険者達の対応をこなしていくのだった。
「…ふぅ」
冒険者達の波がひと段落着いたところで彼女は一息つく。
― 今日も多いなあ、、
ネリネは少し辟易としながらも早く遅番の人達来ないだろうかと考える。
しかしそこで、彼女の目を覚まさせる冒険者の一行が入り口から現れる。
― え!?
今ではすっかり名前を覚えてしまった噂の(彼女の中だけではあるが)冒険者がギルドに現れる。
― アキラ・コバヤシ、、
もしかしてもうあの依頼を終えたとかなのだろうか、そうだとしたらあまりにも早すぎる気が、、
― いや、さすがにそれは無いか、、
そんなことを思いながらもネリネはコバヤシ達“一行”を見る。
隣に居る赤毛の美少女はこないだよりも少しだけテンションが高いように感じられた。といってもほぼ無表情なので違ったかもしれないが。
もう一人の女性エルフ冒険者はギルドでもちょっとした有名人である(ネリネ以外にも)
そもそもエルフで冒険者をやっている人は珍しいのでそれだけでもすぐに噂は広まる。
― おまけにBランクですものね、、
冒険者コバヤシはそのエルフ冒険者に対してなにやら心配そうに声をかけていた。
しかし顔が顔なだけに、脅迫または恐喝をしているようにも見えなくはなかったが、、
― メイリィアさんはどこか具合でも悪いのかしら、、
ネリネは入り口の様子を見ながらそう思うのだった。
すると三人は受付(ネリネの方)へと向かって歩いてくる。
― よ、よし、、今回こそ恐れないでしっかりとした対応を取るのよネリネ、、大丈夫あなたなら出来るわ、、
ネリネは、もしかしたら隣に行ってくれないかなというわずかな望みもまだ捨てはせずに、まずは平静を装うのだった。
・・・
「…ちょっと、、まだ気持ち悪い、、」
ギルドに入ってからメイはそう言ってうずくまる。
懐かしのメリエへと高速で帰ってきたコバヤシ達は、まず依頼報告を済ませてしまおうとギルドへ足を運んだのだった。
「メイ、、大丈夫かい」
コバヤシはうずくまるメイに心配そうに声をかける。
やはり“コバヤジェット”で酔ってしまったのか、彼女はメリエに着いてからずっとこの調子である。
これはあんまりやらないほうが良いな、、
移動するには何か馬車などがあった方がいいのかもしれない、そうコバヤシは心に留めることにする。
ドラコはなぜか一層元気になってしまっていた。
「とりあえず依頼の報告だけでもしよう」
それだけでも出来るかいとメイに尋ねると、彼女はこくりとうなずいてから少しふらふらとしながらも受付へ進んでいく。
「すみません、依頼の完了報告をしたいのですが」
「ひゃい!」
受付の女性が変な声を上げる。
この女性は確か、、依頼を受けた時のと同じ人だな。
それならば話が早いかとコバヤシは考える。
「…私達で受けた“悪竜討伐”の依頼よ、、」
メイが横から説明を追加する。
「あ、、え、えぇ、はい、今確認しますね、、」
受付はコバヤシからメイへと視線を移すと、どこかホッとしたようにそう告げる。
自分は嫌われているのだろうか、、
コバヤシはふとそんなことを思う。
メイは、遺跡で二体の竜と出くわしたこと、そいつらが人を喰らっていたこと、そしてどうにかしてどちらも仕留めたことなどを報告する。
事前の打ち合わせにより、竜はコバヤシとメイの二人で協力してどうにかこうして倒したということにしていた。
二体の竜について説明すると受付の後ろから、前回も居た眼鏡の小柄な老人が現れる。
前も感じたことだが、受付の女性の態度からするとこの老人の地位はギルド内でどうやら高いもののようらしい。
老人は受付と一緒にメイの話へと耳を傾ける。
「では、討伐の証明をするものの提出をお願いします」
受付はメイへとそう告げる。メイはコバヤシの方を振り返る。
あ、、、
そこでコバヤシは“あの頭”を手持ちの鞄から出すのはあまりに意味不明すぎるということに気がつく。
サイズがおかしすぎる、、なんでこんなことに気がつかなかったんだ、、
しょうがないので竜から剥ぎ取った両手両足の爪を鞄から出すことにする。
ワンセットはドラコファイアのおかげで真っ黒こげではあったが、、
倒すのにたいまつを使ったもので、とだいぶ無理のある言い訳を使うコバヤシである。
しかしそれほど突っ込まれることも無く、受付と老人の二人はコバヤシが提出した爪をじっくりと観察していた。
「…これは、間違いなく竜のものです、、」
老人は掛けている眼鏡を直しながらそう告げる。
「二人だけで竜を、、しかも二体もとは、、信じられません、、」
メイの方は先ほどから落ち着きが無いように見える。
後はもう彼女一人に任せて大丈夫だろうとコバヤシは考え、ふらふらとギルド内をうろついているドラコの元へ歩いていく。
・・・
「これで、、依頼達成というわけか」
ギルドを出たところで二人はほっと一息つく(もう一人は最初からこんな感じである)
メイには「竜に殺されていた三人が、指名手配されていたのとおなじ奴らだった」ということも報告してもらっていた。
リーシアさんにもこのことはいずれ伝わってくれるだろう、、
その情報料と依頼達成の報酬、そしてあの爪の引き取り金額、全て合わせると山分けしてもまだかなりのものであった。
ドラコにも良いものをたくさん食わせてやるか、
活躍したもんな。コバヤシはドラコの頭を撫でる。
「これから、どうするの…?」
すると、メイがコバヤシの顔を見ながら真剣なまなざしで尋ねてくる。
「これからか、、うーん、まだ特には考えてないけど、、」
この世界をもっと確認しても見たいからな、
「ここじゃない、どこか他の街に行ってみるのもいいかなって思ってる」
とりあえずのお金も手に入ったことだし。
コバヤシがそう言うと、メイはすこしうつむき、そして再びコバヤシの目を正面からじっと見る。
「私も、一緒に行きたい」
「…え?」
「いや、ごめんなさい、、私も、一緒に行っていいかしら、、」
メイは、すこしためらいがちに、しかしはっきりと、コバヤシに向かって言葉をつむぐ。
「もちろん、おんぶにだっこするつもりは毛頭ないわ!」
メイは慌てたようにそう続ける。
「…しかし、、」
コバヤシはどうするべきなのかと思い少しドラコの方を見る。
「メイも、一緒」
ドラコはコバヤシの顔を見ながらそう応える。
断る理由は、確かにはっきりとはないが、、
コバヤシがいまだに答えを出せないでいると、メイは
「あなたたちにはBランクの熟練冒険者が必要なのよ!」
そう言ってコバヤシの前に“ピース”を突き出す。
「おー」
ドラコもそれに続いて“ピース”する。
まあ、このドラゴンガールも乗り気みたいだしな、、
「…分かったよ、、それじゃあ、これからもよろしく、メイ」
メイは、これまでで一番の、まるで太陽のような笑顔をコバヤシに見せる。
「えぇ! よろしくね、、アキラ!」
「…ドラコもー」
隣で拗ねたようにそう言うのが、どこか可笑しかった。




