【奇術師(男)?】1-4
この世界は、コバヤシ様がこれまで生きてきた世界とは異なる世界でございます。
コバヤシ様は私達の運営するシステム、これには少し語弊があるのですが、それによってこの世界へと“転生”されました。
つまりコバヤシ様としましては残念なことに、私達としましては喜ばしいことに、コバヤシ様は前の世界で電車に衝突し亡くなられました。
これからはこのいわゆる“異世界”で生活していただくことになります。
コバヤシ様がかつて居た世界では異世界転生が大ブームだったかと思われますのでわざわざ説明は、、え?知らない? そうですか、、まあ知らなくても何一つ問題はございません。
本当に違う世界なのか? ごもっともです。ですがそれはすぐに知ることになると思いますのでここでの説明は省略させていただきます。
『文明レベルは中世程度』で『魔法と魔物が存在』し『RPGゲームのような』、そんな世界でございます。えぇ、まだ信じられないのも無理はございません。そもそもなぜコバヤシ様が、ですか? そこは厳正なる抽選の結果だとお答えします。なんの抽選かですか? コバヤシ様は死ぬ前にそれをご覧になられているはずです。naroten.comというサイトを。
あなた様で今回三人目の異世界転生と相成りました。
え?そんなサイトは見ていないし応募などしていない、ですか? ご心配なく。異世界転生希望者に死が決まった際、我々のほうでその方たちの資産を吸い上げたうえで勝手に申し込みをさせていただいております。
そうでもしないと保てないシステムでして、あぁこちらの話です失礼いたしました。
過ぎた前世の話はもうこのぐらいでよろしいかと。時間も迫っておりますので。
「さてそれでは」
そういうと目の前の奇術師男は手を一度叩く。
パンっ
するとコバヤシは不意にめまいを覚える。ふらりと立ちくらみのような感覚が起きるがすぐにおさまる。
「いかがでしょうか」
一体何がいかがなのか、、いや、なんだこれは、
視界の右上と左上に、なにやら変な“表示”が出ている。AR表示のようだ。視線を動かしてもそれらは付いてくる。
「そちらは“メニュー”と呼んでおります」
「意識を向けることにより操作、そしてon/offが出来る仕様となっておりますので、気になる場合はoffにしておくことをおススメします」
Off?
その瞬間“メニュー”のAR表示が消える。
ほんとに考えただけで操作できる仕組みなのか、、
今度は逆にonと考えると、すぐにまた先ほどの“メニュー画面”が現れる。
「さっそく使いこなせているようですね」
「コバヤシ様から見て左上に常に表示されているのが“status”,“skill”,そして“box”です」
「こちらの使い方に関しては習うより慣れろということで、コバヤシ様自身が後でご確認くださればと思います」
確かにコバヤシの左上辺りには小さくその三つが、上から順番に並んでいる。
「そして最後に」
「その右上にある二点についてでございます」
そこには“call”と“market”という二つが並んでいた。
「まずはcallについてですが。そちらは私達に繋がるサポートコールでございます。システムの不備やヘルプなどをお聞きになりたい際にご活用ください」
「そしてmarket」
「試しにそれを開いていただいてもよろしいですか?」
コバヤシはこのmarketという部分に意識を向けてみる。
すると目の前により大きな“メニュー画面”が広がった。これも考えるだけで操作可能ということか、、
「ナーロゥ商店…?」
そこに表示された文字をコバヤシは読み上げる。
「そちらは私達で運営させていただいている商店でございます。ご利用の際ははそこに見えているTPを使用することで商店の商品を購入することができます」
「てぃーぴー?」
奇術師男は変わらぬ笑みを湛えながら応える。
「はい。TPとは転生ポイントの略称でございます。コバヤシ様が現在保有しているTPがそこに表示されていることかと思います。」
「転生ポイントて…。一体何なんだそれは。。」
「おや、コバヤシ様はあちらの世界で“異世界転生時支援金”等の説明をご覧になりませんでしたか」
聞きなれない言葉が続く。しかし“異世界転生時支援金”とは、あの広告の変なサイトが関係しているのだろうか、
コバヤシは自分の保有TPとやらを見てみる。
「……。」
コバヤシの顔を見ながら奇術師男は続ける。
「そのTP量はこれまでの転生者の中でも遥かに莫大となっております。わたくし達としてもこれは大変に喜ばしい結果でございます」
そのとき、耳元で高い金属音のようなものが響いた。
「っ!」
キンとした音が鋭くコバヤシの頭に響く。頭の中に直接響いているみたいだ、、
「残念ながら、とうとう時間が来てしまったようです」
奇術師男の声には若干の寂しさが混ざっているように聞こえなくもない。
「私どもとしてはこれで最低限の情報を伝えることが出来たかと思います」
「このように視覚情報を用いてコバヤシ様の前に現れることや、こちらからのコンタクトといったことは今後基本的にはございませんのでご安心ください。なにかございましたらcallをご利用ください」
「それではそろそろ」
そう言い奇術師男はお辞儀をしようとする。
「あ、忘れていました」
「こちらにコバヤシ様を転生させた影響によりどうやらコバヤシ様の肉体にその、多少の変化が起きてしまいまして、、、」
そう言うと奇術師男は指をぱちんと鳴らす。
すると突然目の前に大きな鏡が出現した。もう何でもありだな。。
ん? これは、あぁ、、なるほど、、
「これが“多少”の変化、か」
目の前の鏡に映っている自分はどう見ても十代半ばぐらいの頃の自分にしか見えない。先ほどから感じていた服のサイズ感の違和感はこれの所為だったか、、
「まあ加齢してしまうよりかはマシだったかと」
そう言う奇術師男の声には少しからかうような口調が混ざる。
コバヤシは奇術師男の顔をじっとにらみつける。それにしてもなぜこの隈と疲れきった目つきだけは若返っていないのだろうか。
いや、もはや自分でどうこうすることは出来ないのだから、現状を認識して切り替えることが大事だ。諦めて受け入れて流されて、そして進むのだ。
「そのとおりでございますコバヤシ様」
そう言うと奇術師男はもう一度指をぱちんと鳴らす。
さっきまであった鏡は一瞬で姿を消す。
「それでは本当に今度こそ」
「名残惜しくはありますが」
と奇術師男の声にはまるで名残惜しさを感じはさせていないが、
ふと、あたりがまるで閃光のように光り輝いていく。
「では」
「どうぞこの新しい世界で」
「「第二の人生を」」
「「「お楽しみください」」」
声が、何重にも重なって聞こえる、、
パチン