【帰還(子連れ)】1-18
ふあぁ、、
西門を背にし、マルコは眠そうにまぶたをこする。
昨日は予期せぬ出来事によって提出しなければならない書類と仕事が最後にできてしまったので、彼は結局宿直室で夜遅くまで仕事をしなければならなかったのだ。
しかし今日も早番だったんだよなあ、、
こんなことなら今日に仕事を引き継げば良かったかなという考えが一瞬彼の頭をよぎるが、彼がひそかに心をよせるリーシア嬢のためには、これでよかったのだと改めて自身を納得させる。
それにしても、、彼女を襲ったやつは絶対に俺がゆるさねえ、、
マルコは昨日のことを思い出す。
不思議なシャツを羽織り、汚れた格好のリーシアが、これまたとてつもなく目つきの悪い男と西門に帰ってきたときのことを。
リーシアからの話には驚いたが、マルコは今でもあの“コバヤシ”とかいう男のことはいまいち信じることが出来なかった。
リーシア嬢とも何故か良い雰囲気だったし、、
今日の朝方頃、あの男がこそこそとこの門を出て行っていたことにもちろんマルコは気づいていた。
まあ臨時身分証を発行しているのだから出入りは自由なんだけどな、、しかしいったいどこに何しに行ったのだろうか。
あの男、もし何か悪巧みを考えているのだったらただじゃおかねえ、、
そんなことを考えながら、彼は遠くから“あの男”がこちらへと帰ってくるのを発見する。
― さて、どうしたものか、、
コバヤシは西門が見えてきた辺りで思考を加速させる。
ドラコはてとてととコバヤシの後ろを素直に付いてきていた。
親戚の子、、はだめだ、、いま自分は記憶消失ということになっているのだから、、
となると迷子、、捨て子、、うーん、、
コバヤシは後ろを少し振り返る。ドラコは前方に見えてきた巨大な壁をじっと見つめながら歩いている。
…よし。
「ドラコ、、俺に話を合わせてくれるか、、」
ドラコは首をすこしひねりコバヤシをじっと見つめた後、こくりとその小さな首を動かすのだった。
コバヤシは覚悟を決め門番の元へと歩いていく。
「止まれ」
コバヤシのことを睨みつつも、ドラコのほうへと視線をすこし飛ばしながら門番は言う。
「…なんだその子供は」
まあそりゃ聞かれるよな、、
コバヤシは【どうやら森に捨てられていた捨て子みたいなのですが付いてきてしまった】という作り話を披露する。
「…本当の話だろうな、、」
門番がコバヤシを見る目が更に険しくなる。そりゃそうなるのも無理はないか、、
「ええ、全部事実です」
少しでも誠意が見えるようにとコバヤシは門番の目をしっかりと見る。
「そ、、そうか、、少しここで待て」
門番は少しあわてたように目をそらしもう一人の門番の方へと走っていく。
この世界、いやこの街では捨て子というのはどういう扱いをされるのだろうか、、
ふと、ドラコがコバヤシのズボンのすそをぎゅっと握ってくる。
ドラコはまだ目の前の大きな壁を眺めている。
今度は門番二人そろってこちらへと向かってくる。
「またお前か、、」
二人の門番のうち、連れてこられた一人が投げかけるようにコバヤシに声をかける。
「で、この子を拾ったんだって、、?」
「拾ったというか、ええ、まあそうです」
コバヤシはドラコの頭を撫でながら答える。ドラコ自身は門番二人を今度はじっくりと眺めている。
「ずいぶんとなつかれてんじゃねえか」
門番は少し笑いながらもしゃがんでドラコと同じくらいの目線になりながら話す。
「おまえさんが記憶喪失だってえから説明するが、、この街だと捨て子は、基本的には良くて孤児院。満員で入れなければ悪くて乞食、または奴隷にされることもある」
奴隷、、
コバヤシは冷や汗をかいていることに気づく。
「…孤児院には、入れるでしょうか、、」
コバヤシは声を少し震わせながら聞く。
「…まあ、半々てとこだろうな、、」
半々、、
コバヤシはドラコの顔を見る。ドラコはまだ門番二人の顔を交互に見ている。コバヤシは決意する。
「…この子の面倒を、自分が見ることは出来ないでしょうか」
コバヤシは門番へと向き直り尋ねる。
「面倒って、、お前さんが引き取るってことかい?」
「はい。不可能でしょうか」
門番はコバヤシの顔をじっと見る。
「…まあ、金持ちとかでもない限り、親族以外の人間が孤児に対してそういった権利を持ち出すことは普通は出来ない。そうだったよな、マルコ」
「え、ええ、そのとおりです」
どうやら若い方の門番はマルコという名前らしい。
「だが例えば、、」
「親戚の子を預かっているという話ならばどうだろう」
目の前の門番はにやりと不敵な笑みを浮かべながら言う。
「親戚の子、、ですか」
コバヤシは言葉に出す。
「あぁ、そうだ。幸いにもあんたの身分はまるで何も定まってないからな」
なるほど、、コバヤシは門番が考えていることを理解する。
「グエンさん!そ、そんなことしてもいいんですか、、」
先ほどのマルコという方の門番が少しあわてるように話す。この二人の名前はグエンとマルコというのか。
「良いんだよ。どうせ孤児院も奴隷もろくなもんじゃねえんだ。俺とおまえ、そしてこのあんちゃんが黙ってれば、みんな万々歳じゃねえか」
グエンと呼ばれた門番はマルコに対してそう諭すように言う。
「それは、、そうかもですが、、」
マルコはちらりとドラコの方を見る。
「余計な書類も書かなくて良いしな」
グエンはにかっとマルコに対して笑顔を見せる。
なんにせよコバヤシとしては嬉しい流れだ。
「おっと、そうだ。お嬢ちゃんにも黙っていてもらわねえとな」
そう言ってグエンはドラコの頭をぽんとたたく。
ドラコはしばらくグエンの顔をじっと眺めた後でこくりとうなずく。
話を分かってるのだろうかとコバヤシは不思議に思いながらも頬を緩めてしまう。
「んじゃ、この子の身分書類だけさくっと作っちまうから、また昨日のとこへきてくれよ旦那」
グエンはそう言ってコバヤシに笑いかける。マルコは諦めたようにため息をついている。
この街に来てからは、ずっと救われてばかりだな、、
「本当に、ありがとうございます…」
コバヤシはそう言うと、門番の二人の背に向かい、深々とお辞儀をするのだった。




