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【街そして宿】1-11

 それでは臨時身分証の発行をするからと、コバヤシは門番二人に連れられ、門入り口付近にある詰め所のようなところへと連れて行かれる。

リーシアさんは「街に入ったすぐのところで待っていますね」とのこと。


詰め所ではいくつか簡単な質問をされるが、どうやらリーシアさんが事前に記憶消失設定のことを話していてくれたみたいだったので、コバヤシが答えられたのは名前ぐらいのものであった。


そいえば自分の年齢はいくつぐらいになっているのだろうか、、


「これがあんたの身分証になる、1月の間何も問題を起こさなければ正式なものと代えてやる」

そう言うと門番はコバヤシになにやら木製の札のようなものを渡す。


そこにはリゼリア語で赤く『アキラ・コバヤシ、男、臨時証明』という文言とともに大きな割り印がされてあった。


「最後に、リーシアの嬢ちゃんを助けてくれたんだってな。礼を言うぜ」

二人の門番は少し警戒を解いてくれたように思う。


「いえ、自分は特に何も」

「謙遜かい? ははは」

「リーシアを襲ったクソ野郎共は明日にでも賞金首として晒されるだろうから安心しな」

「そうですか、ありがとうございます」

いまのところ、あの暴漢達がこの街の近くに居ないのはすでに確認していた。明日の朝にでももう一度確認しておくべきだろう。

そこでふと思い当たり、コバヤシは一つ門番達に尋ねる。


・・・


― 不思議な人だ。会ったときから不思議な人だったけど、、


リーシアはコバヤシと名乗る男について、街の入り口で考えていた。


服装や名前もそうだけど、どこか雰囲気も不思議な感じがある。どこか、とても遠い国からやってきたような、そんな印象を抱く。

記憶障害の人間を見るのはリーシアにとって初めてのことであった。


― これからどうするんだろう、大丈夫なのかしら。。

なぜか助けてあげたくなるような、そんな雰囲気も彼にはある。


― あの疲れきっているような恐ろしい目のせいかしら

リーシアはくすりと笑みをこぼす。

最初は状況が状況だっただけにとても恐ろしかったけど、すぐにコバヤシさんは優しい方だとわかった。

あの暴漢達から助けてくれたのも、おそらく、、どうやったのかはわからないし何故隠すのかも分からないけど、たぶん彼の仕業だろう。なぜかリーシアにはそう思えるのだった。


― それにしても危ないところだった、、

今でも思い出すとリーシアの足から力が抜けて震えだす。


たぶん街からつけられていたんだ、、


仕事で使う香草を採取しに行った矢先でのことだった。

あの暴漢達のうちの一人は、この街でもそこそこ腕の立つ冒険者で、リーシアも知っていた。


しかし明日にでもギルドが懸賞金をかけてくれるだろう、、大丈夫、大丈夫だ、、

リーシアは自分に言い聞かせる。

すると詰め所からゆるりと一人の男が姿を現す。その男に向かってリーシアは手を振る。

先ほどの恐怖が、ゆっくりと消えていく気がした。


・・・


詰め所から出ると、そこからはとても広い大通りがまっすぐと延びていた。

大通りの端にはいくつかの露店も見える。

と、こちらへ向かって手を振っている人が近くに見える。


「お待たせしてしまい申し訳ありません」

コバヤシはリーシアのもとへ着くなりそう告げる。

「大丈夫ですよ! コバヤシさんはこのあとどうされるおつもりなんですか」 

やはり街の中にまで帰ってきたからであろうか、彼女はすっかり元気を取り戻したようである。良かった、、


「そうですね、とりあえず今日の宿泊費すらも持っていないのと、なるべく早くリーシアさんへ返済をしなければと思うので、冒険者組合というところへ行って、自分でも出来る仕事が無いか探す予定です」

コバヤシは先ほど詰め所で門番達から仕入れた情報を披露してみる。借りを返すためにもいますぐにでも稼がなければならない。明日以降生きていくためにも。


「…あの、コバヤシさん、、」

リーシアはおずおずと告げる。

「組合から仕事を得るためには冒険者登録しなければいけないので、最初は登録手数料がかかりますよ、、」


・・・。


「今日の宿代とその登録手数料もお貸ししますから、今日のところはそちらでお休みされるのはどうでしょうか、そろそろ日も暮れますし」

太陽がかなり傾いていることにようやく気づく。

「貸しのことはそんなに急がなくても大丈夫ですので」

リーシアは微笑みながら話を続ける。


「私も今日はいろいろあったので、家に帰って休もうかと思います、」

「…なにもかも良くしていただいて、、」

コバヤシはいたたまれない気持ちになる。


「いえいえ、気にしないで下さい! 困ったときはお互い様ですよ」

「この恩は必ずお返ししますので。。」

ふふふと魅力的に笑いながらリーシアは続ける。

「ではおすすめの宿へ案内しますね」

「…よろしくお願いします」

そういうと二人は目の前の大通りをまっすぐ進みだす。


コバヤシは、かつて、あれは学生時代だったろうか、友人達と一緒に行った大型アトラクションパークを思い出していた。

街で使われている言語はどうやら一種類のようだが、いくつもの人種が混在しているように思える。


いや、これは自分が日本人だからそう思うだけだろうか、、

この大通りはどうやら街の中心部へと向かってまっすぐと続いているようである。後ろを振り返ると、やはりあの巨大な壁はこの街をぐるりと囲んでいるかに見えた。

それにしても人通りが多く実に賑わいを見せている。


「あの宿屋です」

リーシアの言葉でコバヤシは再び前を向く。


そこには歴史を感じさせる西洋風の木造一軒家が建っていた。3、いや4階建てぐらいはあるだろうか。


「ここなら防犯もしっかりとしていますし、」

「なによりご飯が美味しいんですよ」

リーシアはどこか遠くを見つめながら喋る。


「なにからなにまでかたじけないです、、」

「ふふ、だから気にしないでくださいって」

リーシアが先に建物へと入っていく。

建物の中は天井が高く、受付のような大きい机が入り口奥にたたずんでいた。


「あれ、リーシア?」

その受付と思われるほうから女性の声がする。


「レミ、久しぶり!」


レミと呼ばれた女性が受付から出てくる。


「なになに~、今日泊まってくの?」

薄い茶色の髪に所々金髪が入り混じったショートヘアの女性がリーシアに話しかける。


「今日は私が泊まりに来たわけじゃないの、ごめんねレミ」

「ふ~ん?」

ショートの女性がちらりとこちらを見る。


「…コバヤシ・アキラと言います」

そういうとコバヤシはぺこりと頭を下げる。


女性陣は少しぽかんとするが、すぐに応える。


「いらっしゃい~。コバヤシさん?でいいのかな、リーシアがお客さん連れてくるなんてね~」

レミはリーシアの方をにやにやしながら振り返る。


「…これ、とりあえず3泊分ね、それと、、」

リーシアはレミへとお金を渡すと、コバヤシの方に向き直る。


「これは明日の登録手数料に使ってください。本当は私も明日付き合えればいいのですが、、明日は今日の件で行くところがあって、、」

リーシアの声が少しだけ陰る。

「これだけしていただいたのですから、本当に十分過ぎるくらいです。借りたお金は必ずやお返ししますので、」

コバヤシはリーシアの目を見ながらなるべく真摯に言うよう心がける。

リーシアはにこりと微笑む。

「では、私が普段居る場所はレミに聞いてください」


「それでは、、」

そう告げると、リーシアはレミに「またね」とだけ言い宿を出て行った。


「それじゃあコバヤシさんの部屋へ案内するね~」

リーシアが出て行った後すぐにレミは動き始める。

「リーシアとの関係も気になるけど~」

レミはニヤニヤしながら話す。


「…彼女とは今日会ったばかりです」

「ふ~~~~~~ん?」

相変わらずにやにやしながらコバヤシの顔を見る。


「まあおいおいね~。とりあえず部屋はこっちだよ~」

部屋は一階の奥のようだ。

「はいこれカギね~。食事は朝と夜の二回付いてるよ~。」

「ありがとうございます…ちなみに今は何時ごろでしょうか」


コバヤシはそれとなく時間の概念を把握しようとする。


「いま? そうだな~、日没まであと半刻って所じゃないかな~?」

「…そうですか、わかりました」

やはり時間の定義が異なっていそうだ。


コバヤシはレミから受け取った鍵で部屋の中へと入り、その内部を確認する。

小奇麗に整理されたその部屋は清潔さを感じさせ、ベッドは柔らかくシートも綺麗で寝心地が良さそうだ。


少なくとも会社の床で寝るよりははるかに良い、、


考えなければならないことがたくさんある気がするが、ベッドに横になったとたん疲れが押し寄せてくる。

仕事をしなくて良いのかと思うと、急速に疲れが襲ってくる。仕事中は眠らずにいられるのに不思議なもんだ、、もっとも、起きたら全部夢でしたという可能性もまだ、ありそう、だけど、、

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