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幼年期9

 ずっと走っていると息が切れ、足が重くなる。


 それでも足を止めるわけにはいかない彼との距離をなるべく早く縮めなければ彼は先に山についてしまうのだ。


 こんなにつらいならやめてしまえと、怠惰な私が頭でささやく。


 私はなるべくその声が出ないよう考えないことに集中して走り続ける。


 無我夢中で走っていると、農地で働く老婆に出会った。


「ここに、ジャックは、来ましたか!」


 私は切れる息を整えながら老婆に問いかける。


「へぇ?ああ、さっきここを走っていったねぇ、またいたずらをしたのかい」


 老婆は笑って私に問いかける。


「ありがとう!」


 私はその問いかけを無視してまた走り出した。


 後ろの方で「なにがあったんじゃーい」と声が聞こえるが、気にしている暇はない。


 走っているともうすでに畑と鬱蒼と生い茂る森の境界まで出てきてしまっていた。


 つまりここが人間の生活空間の境界線である。


 さすがにここを息をきらせてはしるのは危険すぎるので息を整えて森へ分け入る。


 私は前後左右を警戒しながらジャックを探していると、巨体が踏み荒らしたけもの道を見つけた。


 これは緑の怪物が作った後だろうか。


 つばを飲み込みその道にを目印に歩く。手は自然と短剣のほうに伸びていた。


 緑の巨体が目に入ったとき、口から空気が声にならずに抜けていくのを感じた。


 私は腰をかがめ木々の陰に隠れて凝視する。


 間違いない、こいつが例の魔物だ。


 今の私の2倍もはあろうかという巨体に足がすくむ。


 あたりを見回すとこそこそと動く影がある。ジャックだ。


 彼はどこから手に入れたのか大きな剣と、楯を持っている。


 同年代に比べれば確かに大柄ではあるけれど、明らかに彼にあっていない。


 怖気づいて、そのままでいてくれ。


 私は這うように彼に近づく。


 しかし一歩遅かった。


 ジャックは大きな咆哮とともに大きな剣を怪物に振り下ろす。


 素人の自分が見てもとても褒められたものではない。


 切り付けられた緑の巨体はわずかに血を流し、よろめきながらも咆哮をあげ、お返しと言わんばかりにジャックに大きな腕を振り回す。


 ジャックはしゃがみ、かろうじてその腕を回避するが、彼の背に立っていた木の幹はごっそりとえぐれていた。


 たった一回で確実に殺せる。そう確信させるに十分な威力である。


 私はその異常な光景にもう一度覚悟を問われた。


 私は本当にジャックのために命をかけられるのか。せいぜい彼と会話したのは一週間にも満たないんだぞ、と。


 私はそう思って足を今まで来た道に向けようとした時、ジャックの目が私の心をとらえて離さなかった。


 気が付けば震える足で立っている自分がいた。


 緑の化け物がもう一方の手でしゃがんで動けない彼をとらえようとした時、私は土壁を彼と怪物の間に生成し、大きな火の玉を緑の化け物にぶつけてやった。


「ジャック!こっちにこい!」


 私は土の壁に驚いているジャックに声をかける。


 彼は私を見るとにやりと不敵に笑って私のほうに駆けてくる。


「俺と一緒にあいつを狩りに来てくれたのか?」


 ジャックは嬉しそうに笑う。今の一瞬で死ぬ寸前であったとは思えない態度に驚いた。


 こいつまだ、10歳前後だろ……。覚悟決まりすぎじゃないか。


「そんなわけないだろ!お前を連れ帰しに来たんだよ!さっさと帰るぞ」


 しかし、この一つ目の巨人がこんなことで倒れるわけがないのである。


 子供が簡単に倒せる。そんなに弱いなら問題になりはしない。


 案の定その怪物は炎と煙の中からピンピンしながら現れた。


 顔の中心にどでかい一つ目を持ち、歪に生えた凶悪な牙をあらわにさせている。


 笑っているようにも見えた。


「あれでピンピンしてるやつをお前は俺たちで討伐できると思うか?さっさと逃げるんだよ!」


 ジャックもさすがにあの火の玉を食らって元気な怪物を見て自らの愚かさを悟ったのか逃げるのに賛成してくれた。


 我々は自分たちが体が小さいことと相手が巨体であることを生かし逃走するため、木と木の間を縫うようにしてアドバンテージを稼いだ。


 道中小さな擦り傷、切り傷をしこたまつくりながら、どうにか視界が開けて畑に出た。


 逃げているときに嫌というほど聞いたうなり声ももう聞こえず二人で顔を見合わせ安堵し、顔をほころばせる。


 私は「よかった」と声をかけた。しかしその音はミシィミシィという音にかき消された。


 音の方向に目を向けると山の中腹の木々がしなっている。


 その様子を注視しているとそこから大きな影が私たちの頭上を通過して目の前に巨大な地鳴りとともに降り立った。


 怪物が木をあたかも弓のようにしならせそのバネの力で飛んだのだ。


「なんだこいつ!?」


 ジャックが叫ぶ。


 どうする……。今までの山のように体格差を生かした逃走はできない。かといって森の中に逃げ込んでも状況はよくならない。残された道は一つしか思いつかなかった。


「あいつと戦うしかない」


「でも、お前が言ったんだぜあいつを狩るなんて無理だって……」


「別に殺す必要はない。あいつが戦うのが無駄だと思うまでで大丈夫だ」


 全然大丈夫なわけがないと叫びたかったがそんなことを言ってもジャックの不安を無駄にあおるだけだと思いぐっとこらえこんだ。


「土壁で援護もするからお前はあいつの注意を引いてくれ。そして隙ができれば俺が炎で焼く。あと武器はこっちの短剣を使え」


「わかった」


 ジャックは全く臆することなく剣を取り私と魔物の間に立った。


 その姿は頼もしかった。


 問題を起こしたのもこいつだけれど……。


 ジャックの動きが良くなったこともあり、何度も切り付け、何度も火の玉をぶつけた。


 しかしそのたび、煙の中からは恐ろしい異形がピンピンしながら立っているのだ。


「クソ!なんで効かねぇんだよ!」


 ジャックがしびれを切らす。


 自分も限界が近づいていた。


 このままでは、二人とも殺される。二人とも死ぬよりも、どちらかを逃がした方が合理的であることは明らかである。


「ジャック、作戦変更だ。お前は仲間を近くの農民でもなんでもいいから応援を呼んでくれ」


 不思議と迷いはなかった。


 どうせ死ぬならせめて一人の命ぐらい救って満足して死にたい。自己満足だけれど。


「それじゃぁ、お前が危ないだろ!」


「このままじゃじり貧だ。俺のほうが地位が高いんだから俺が残ったほうが応援に来てくれる可能性は高い。剣とか重いものは捨ててさっさと行け!」


「わ、分かった。絶対死ぬんじゃねぇぞ!お前が死んだら俺は泣くからな!」


 私はジャックが逃げやすいように土壁で怪物の視界からジャックを外し火の球をぶつけ、ジャックの落とした短剣を拾い上げる。


 私はその剣を握りめてジャックに注意を向け、油断している化け物を切り付ける。


 確かに切れ味は素晴らしい。いとも簡単に切り傷を作ることができる。もっと力があれば勝機はあったかもしれない。


 おかげで怪物の注意は私に向き、ジャックの逃走を容易にできたようだ。


 怪物から距離を稼ぎリーチに入らないようにして、いやがらせ程度に火の球をぶつける。


 即興の時間稼ぎの戦法である。


 しかし所詮は即興、それも子供の力ではそれを繰り返すだけでも疲弊する。


 十、二十と繰り返せば当然失敗するわけで、間合いを取り損ねた私は鋭い爪で胸を引き裂かれ大きく後方へ弾き飛ばされた。


 血が噴き出し肋骨の一部が吹っ飛んだ。


 後方へと無様に倒れこむ。皮膚は魔法で何とかふさいだものの失った肋骨などは修復できなかった。


 血は出ないが、呼吸をするだけでも気力を使う。


 目を怪物からそらし周囲を見渡す。……どうやらジャックは逃げ切ったようである。


 少しだけ、少しだけだが助けが来ることを期待していた。


 無論、ジャックはおそらく本気で助けを呼びに行ってくれているはずだ。


 母親の件を見れば情に厚いのはわかっている。


 しかし助けを呼ぶにはにここからでは町まで遠すぎたのだろう。


 もう私には何もできないように感じた。すると損傷した体は鉛のように重たくなった。


 ……いいじゃないか。ジャックを助けられたんだ。


 こっちでの人生は意味のある人生だったんじゃないか。


 あきらめずに、もがき苦しみながら死ぬより、死を受け入れて死んでもいいじゃないか。


 一つ目の怪物は虫の息になった獲物を捕らえようとゆっくりと私に近づく。


 ああ、殺されるんだな。


 しかし怪物は私に覆いかぶさった。腐ったに吐息が顔にかかる。


 体の芯から寒気が伝わってくる。


 なんなんだよ!殺すなら一思いに殺せよ!


 私は恐怖で顔がゆがむ。


 怪物はその表情を見て、わずかに口元を緩ませた。


 笑っているのか。私の恐怖を煽って楽しんでいるのか。


 こいつにはある程度知性があるのだろう。


 このままもてあそばれるくらいなら、いっそ自分で自分を終わらせた方がいいのではないのか。


 絶望的な感情が心を支配する。しかし希望は頭の中に現れた。


 ……いや、この状況なら、もしかするともしかするかもしれない。


 すると鉛のようだった体に力が入る。


 剣を怪物の胸に突き立て、土壁の魔法を背中の地面に施した、それも可能な限り早く、可能な限り高速で!


 一つ目を巻き込みながら上へ、上へと加速していく。


 地面と怪物に押しつぶされ、体中の穴から中身が飛び出すんじゃないかと思えるほどである。


 しかし、入った!しっかり短剣が、根元まで!


 手にどくどくと温かい液体が伝ってくる。


 お互いたまらずに大声で叫ぶ。怪物の雄たけびと、私の雄たけびが混合する。

 

 体が地面を離れ、空高く打ち上げられた。


 体は一瞬制止する。下を見ればあまりの高さにめまいがする。


 混乱する怪物から剣を抜き去り、怪物の腕をつかむと今度は自分が上に立った。


 片手で剣を脳天に突き立て、もう一方の手で首を抱きかかえ離れないように体を固定する。


 怪物はようやく抵抗を始めるが、もう遅い。もう地面だ。


 そのまま一人と一匹は地面にたたきつけられた。

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