死体
第5話 死体
翌日は昼前まで寝ていたがマサからの電話で起こされた。
「拳ちゃん、おはよう。ニュース見た?」と慌てた口調で聞いてきた。
「いや、まだ見てないがどうした?」と言うと
「吉田が死体で見つかった。多分殺されたと思う。詳しく分かったらまた連絡する」と言って電話は直ぐ切れた。
吉田が殺された?
どういうことだ?
俺はテレビをつけてニュースを見た。
吉田は本日未明に公園のベンチで死亡した状態で発見されたらしい。
外傷はないが状態が不自然なので、警察では事件と事故の両面で調べているという事だ。
テレビの情報だけだと何もわからない。
俺は頭をすっきりさせるためにシャワーを浴びた。
火照った身体に冷たいシャワーが心地良い。
ようやく頭が働き出した。
今はマサの報告を待つしかないが、殺されたとしたら、あのカジノバーと関係があるはずだ。
あの時の吉田の態度は明らかにおかしかった。
眼は常に落ち着きがないし、黒服達には怒りと恐れの入り混じった複雑な表情を向けていた。
俺はマサの連絡を待たずに古書店を訪れた。
店主の爺さんは俺をチラッと見ると二階に上がれとばかりに首を振った。
俺は無言で二階に上がるとマサがパソコンに向かって奮闘していた。
俺の姿を認めると手を止めて
「拳ちゃん、やっぱり吉田は殺されたんだよ」と哀しそうに呟いた。
マサの話しを要約すると
吉田はあの店の常連で奥の部屋にも出入りしていて多額の借金を作っていた。
支払いが出来なくなった吉田は妻を差し出すように強要された。
最初は吉田も躊躇ったがどうしようもなかった。
吉田の妻は美人で評判だったから多分最初から仕組まれていたらしい。
吉田は妻に惚れていたから、それからの日々は地獄だったろう。
そして昨夜吉田はとうとう我慢出来なくなって妻を取り戻しに行ったが無謀だったのは言うまでもない。
そして吉田は殺された。
俺はため息をついた。
吉田は馬鹿な男だ。
自分の借金の為に愛する妻を差し出すなんて。
マサは吉田と妻の写真を見せてくれた。
吉田の妻はなんとブラックジャックの女だった。
あの女の命も危ない。
「マサ、もうのんびりしている訳にはいかない。今夜潜入しよう」
「拳ちゃん、それは危険過ぎるよ。まだ準備が出来てないし」
「ああ、それは分かってる。だがもう猶予は残されていないんだよ、マサ」と俺はニヤリと笑った。
マサは知ってる。
俺がこの笑いをした時はもう決まった事だと。
俺はマサと細かい打ち合わせをして階段を降りて行った。
爺さんが
「お前は無鉄砲なようだな。あまり自分の力を過信するな」と突然言ってきた。
俺は
「自分の力は分かってる積もりです。ご心配には及びません」と言った。
爺さんは俺の顔をじっと見つめ
「お前の事など心配していない。正夫を危険な事に巻き込むなと言っている。分かったな」と言った。
俺は
「大丈夫ですよ。危険な事は俺の担当ですから、マサは後方支援担当だから安全ですよ」と言って店を出た。
俺は爺さんの迫力に圧されていた。
なんて言うか人間の重み、経験の深さみたいなものに。
(あの紳士と爺さんなら良い勝負になりそうだ)
深夜3時を過ぎて俺は自分のマンションを出てカジノバーに向かう。
準備は何とか間に合った。
マサと仲間達も配置に着いている。
暫くしてビルの三階の灯りが消えた。
この時間だとさすがに人通りは絶えていた。
暫くして最後まで残っていた客が何人か出て来て帰路についた。
そして静寂が戻った。
俺は深呼吸をする。
空には大きな月が浮かんでいた。