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ヒミツごと、カクシごと。

 そして、僕たちは振り出しに戻って、あのビルのエントランスのような場所に立っていた。


「これ壊して出るしかないよなぁ……」


 僕とスライムの前にはあの鉄板で厳重に塞がれたドアと窓。


「ここから近い人の気配ってのはどのくらいは慣れてるんだ? ここぶち破って出てったら目の前に人が居るってのは避けたいぞ……」


 明らかに外から封じるための鉄板。

 そんな中から出てきた人間を友好的には迎えない気がする。

 もしかしたら、ロッタレーベンの事を封印しているのかもしれないし、僕たちが出て行った騒ぎが彼の眠りを妨げるのも嫌だと思った。


「この周囲にはロッタレーベン以外の生命体の反応はない。次の場所は多分かなりここから離れている」

「もしかしたら、ここから出ても泥の中とか……」

「それはありうるな。ロッタレーベンは地殻変動兵器で埋もれた街だと言っていた」

「出てみないことには分からないわけか……」


 地殻変動兵器は人工地震装置のようなもので、狙った土地の地殻を変動させ土地を陥没させたり隆起させたりするものだとロッタレーベンは言っていた。

 ただ使われたのは初期だけで、すぐに地殻変動兵器を防ぐためのジャミング兵器が作られて廃れてしまったらしい。


「極力穏やかに外へ出よう」


 スライムはそう言うと、内側のガラスドアを押し開けてから塞いでいる鉄板に触れた。


「え、……え? えぇっ?」


 くにゅうっと溶けかけのチョコレートを毟るみたいにスライムは鉄板の一部を剥ぎ取った。そして、がちゃんっ! と音を立ててそれは投げ捨てられ、再びスライムの手が鉄板にかかる。

 それを繰り返すとどうにか人一人が通れるくらいの穴ができた。


「お前ホント何者なの?」


 きょとんとした顔でスライムが僕を見つめ返す。

 こいつにとってこう言う「人並みはずれた」ことは普通のことなんだなぁと改めて思う。

 同じ世界からここへ来たって言うちょっと同志みたいな気持ちになる時があるんだけど、実際は前の世界でだって僕とスライムは明らかに違うものだった。

 ジャムのビンに入った10万円の謎の生物と僕。

 本当にこいつは何者なんだろう?


「外に動物の気配はない。出られるか?」

「出る」


 そう言って僕が腰の高さくらいに開いた穴に無理やり足をかけると、スライムは後からさりげなく僕の尻を支えて出易いようにフォローしてくる。

 僕が外に出ると、すぐに追ってスライムも出てきた。


 が、外は鼻をつままれても分からないような暗闇リターンズだった。


「これじゃどっちに行ったらいいのかもわかんないな」

「俺が先導するから大丈夫だ」


 スライムはそう言うと僕の手を握り、暗闇に向かって歩き始める。

 背後に空いた穴から漏れ出ていた光はすぐに遠くなって消えた。


 完全な暗闇をスライムの手だけを頼りに歩く。


 こんな真っ暗な中を歩くのは人生で初めてだったけど、意外と不安は無かった。

 眼が見えなくても、得られる情報は案外多い。

 踏みしめている道がアスファルトである感覚、足音の反響から周囲には何も無いらしいこと、風も無い天井も塞がれている。そんな感覚から漠然ときっと新宿あたりの地下街が大停電とかで真っ暗になったらこんな感じかもしれないと思った。


「ここ、地下なんだよな?」

「ああ、そうだ」

「街一つ埋もれてるって言ってたな……」

「実際にそこまで広い空洞があるわけじゃなさそうだ。俺が感知できる限り、今歩いている道はいくつも分岐路があるが、そのどれもが埋もれて潰れている。多分建物もそんなに残っては居ないだろう」

「……そうだよな。地殻変動兵器ってくらいだから街の壊滅を狙ってそんなに無事で居るはずないよな……」


 今、歩いている場所はただの廃墟ではなくかつて戦場だった場所なんだ。


 そう思うと堪らない気持ちになった。

 僕はゲームも大好きでいっぱいやったし、小説や漫画もむさぼるように読んできた。

 その中には沢山の戦地が描写されていて、僕自身がアバターを使用してその中を駆け巡ったり、映画やTVで映像を見続けてきた。

 でも実際の戦場はこんな地の底で、人の気配もなくて、静かに朽ちるのを待つ人が息をひそめるような場所だった。

 前線はまた違うだろう。

 でも、戦争は相手のその領土や権利を望んで起きるものじゃないのか?

 こんな風に何もかも壊して、地中に落としてしまって、戦争をしている連中は何を得たんだろう。


「ニシキは優しいのだな」

「何? 急に……」

「地殻変動兵器に破壊されたこの場所で、戦争が何を得るものの為なのかを考えていただろう?」

「ちょっ……普通にキモいんだけど! 頭の中読めるのかよ!?」

「俺は人間じゃない。今は人間の体に入っているが、本体はセンサーの塊みたいなものなんだ。この暗がりでもお前の顔はよく見えるし、そんな顔をしているのを見れば、大体何を考えているかも分かる」

「……それでもフツーにキモい」


 要は表情に出る単細胞という事なんだろうけど、それでもズバリと言い当てられたのはキモい。


 その後は言葉も無く、二人は黙々と歩いた。

 真っ暗で何も見えない。僕の手を握るスライムの手と二人分の足音だけ。

 不安は無い。

 何故か僕の中にはスライムが僕を裏切らないという確信がある。

 あの死体処理場から脱出して、流砂に飲まれたときも助けてくれて、それは全部彼にとっても必要なことだったかもしれないけれど、何故かスライムは「同胞」であるから大丈夫だと思える。


「なぁ、スライム……」

「シッ!」


 繋いでた手が解かれ、空かさずその手で口を塞がれた。

 凄い力で身体を引かれ、僕は為す術も無く引きずられて行く。


「んんっ、ぐっ」

「少し、じっとしていてくれ」


 しばらく引きずられた後、僕は地面に押し倒され、上から覆いかぶさって来たスライムにそう言われた。

 口は押さえられて息は苦しいし、ぴったりと地面に押さえつけられていて身動きも取れない。

 僕は仕方なく気配を殺すように息をひそめると、程なくして足音が聞こえてきた。

 足音の数は複数。ぼそぼそと話し声のようなものも聞こえてくる。


「この辺りで……」

「地上から……」

「……反応が……」

「ヒューマンタイプ……」


 断片的に拾える単語からは、僕らの存在を見つけて探しに来た様に聞こえる。

 ヒューマンタイプ。

 トランスヒューマンがロッタレーベンのような存在ばかりだとしたら、今すぐ側に来ているのは人間かもしれない。

 真っ暗で確認しきれていないが、ここは彼らのような巨体が入り込めるような場所ではないはずだ。


「おい! 誰か居るのか!」

「俺たちはシェルターの人間ヒューマンだ!」

「センターから逃げてきたんだろう!」

「俺たちは敵じゃない!」


 彼らは探索するのを止めて声をあげ始めた。

 声から察するに人数は男が二人。

 敵ではないと言っている。


「センターってあの死体処分場……?」

「多分な」

「……どうする? 敵じゃないって言ってるけど」


 声を潜めたままスライムに問うと、スライムは僕の上に伏せたままじっと何かを考え込んでいる。

 もしかしたら相手の出方を伺っているのかもしれない。

 と、思った瞬間。ヒュウッと空を切る音と同時に男たちが悲鳴を上げた。


「うわっ!」

「なんっ!?」


 続いて何かが弾き飛ばされる音。

 それは弾き飛ばされて、僕のすぐ側に落ちた。


「!?」


 それが何かを確かめる前に、ぱあっと明かりが灯った。

 スライムがより僕を隠すように覆いかぶさる。

 だが、相手にはまだ僕たちが見つかっていないようだ。


「どこにいる!?」


 声が迫ってくる。

 まだその姿は見えないが、崩れたコンクリートの塊を隔てて、すぐ近くに居るような気がする。


「ニシキは、ここに」

「え?」


 スライムは僕をさらに奥に押し隠すようにして、自分だけが立ち上がった。

 手にはいつの間にか武器を持っている。刃渡りの長い大振りなナイフだ。

 多分、さっきスライムが男たちの手から弾き飛ばしたのはこれだったんだろう。

 こんな武器を持った連中が味方!?

 そんなわけあるかっ!


「そこかっ!」


 男たちはスライムが立ち上がり姿を見せるなり、スライムに向けて何かを撃ち放った。

 火薬の破裂するような音。同時に、びしゃっと何かが弾け飛ぶ音。


「……っ!」


 スライムの左腕が千切れるようにして僕の目の前に落ちてきた。


「その刺青はサブヒューマンか」


 男たちの声色は打って変わって冷酷なものになった。

 男たちが再びスライムを撃とうと武器を構えたのが音で分かる。


「友好的には無理なようだな」


 武器を向けられているはずなのに、スライムが暢気なことを言う。

 お前、腕を撃ち落とされてるのに何言ってんだよ!?


 しかし、スライムはそんな僕の気持ちも知らずにふらりと男たちの方へと歩き始める。


「スライムっ!」


 僕の声と同時にスライムの背中がボコッと盛り上がり、それが弾けるように割れて中からドッと青い水が溢れ出す。

 噴出すようにあふれ出たそれは地面に落ちずに方向転換して、ゆらりと正面を向いて一斉にターゲットに襲い掛かった。


 よく見るとそれは触手で、透けるように青い様々な太さの触手がスライムの背から這い出し、スライムに武器を向けていた男たちを瞬時に制圧した。


 スライムは手にしていたナイフを側にあったコンクリートの塊に突き立てると、触手を伸ばしたまま男たちの方へと歩いて行く。

 慌てて僕も物陰から這い出すと、スライムの足元で触手にぐるぐる巻きにされてぐったりしている二人分の足が見える。


 僕は落ちてる腕を拾うとそれを抱えてスライムの元へ駆け寄った。


 男たちが持っていた明かりは地面に転がって眩い光を放っている。

 それに映し出されたのは黒い作業着のようなつなぎを着た男二人。

 男たちの顔は人間の稼動域を超えて変な方向に折れ曲がっていた。口と鼻から赤いものが溢れている。


「こ、殺したの……?」

「向こうも殺すつもりで来たからな」


 スライムはそっけなくそう言うと、僕から腕を受け取った。

 そして千切れた腕を残った腕に押し当てると、しゅるっとその傷口を触手が巻きついて押さえた。


「腕、大丈夫……?」

「大丈夫だ、この身体は死体だから」

「あ……」


 確かに。言われてみればそうなんだけど。

 それでも痛みとかあるかもしれないじゃんとスライムの顔を覗き込もうとしたら、すっと横から伸びてきた触手に目を塞がれた。


「見ないで、欲しい」

「でも、怪我……」

「大丈夫だから……」


 目を塞がれたまま、スライムに抱きしめられる。

 頭を抱え込むようにして、視界の全てが奪われる。

 でも、その周りでは忙しなく触手が動いているのを感じる。ずるずると地面を何かがはいずる音で、足元に転がっている男たちの死体を弄っているのが分かった。


「そいつら……何だったんだろ」

「俺を見てサブヒューマンと呼んでいたな」

「ヒューマンとトランスヒューマン以外にも種族があるって事?」

「……もう少しで分かる」


 しばらくして、ゆっくりと目を塞いでいた触手が解け、スライムが僕を抱えていた腕もはなれた。


「……あの男たちは?」

「死体を残すのは得策ではないからな……」


 どうやって処分したのかは聞かないほうがいいのかもしれない。

 足元に転がったままの照明はかなりの明るさを放っていて、周囲4~5メートルほどが照らし出されているが、男たちの姿は何処にもない。

 青い触手たちもするするとスライムの背の中に入り込み、その後は腕にも背にも傷はなくなっていた。

 僕は何となく腕の傷があった場所に触れようと手を伸ばしたら、スライムに手を掴まれて止められてしまった。


「何で?」

「……もう治った」

「そうじゃないって分かってるよね?」

「ニシキ……」


「そろそろさ、ちゃんと話してくれてもいいんじゃないのか?」


 スライムが敵ではないと僕は分かってる。思っている。

 でもスライムは僕をどう思っているかは分からない。

 こっちの世界に来てから、スライムと一緒に過ごし始めてから、僕の中には安心と不安が膨らみ続けている。

 スライムは僕を助けてくれているが、僕に秘密も持っている。

 僕が知るスライムは極僅かでしかない。

 同じ世界に居たとは言っても、スライムはあまりにも僕と違い過ぎる。

 今は人間の死体の中に入って同じような行動をとっているけど、元々は小さな瓶の中に閉じ込められて得体の知れない連中にお金で取引されていた。

 大体、本当にスライムはあの時あの敏には言っていたのと同じなのかも分からない。

 そんなに分からない事だらけなのに、僕の中で敵ではないと認めてしまう事も怖い。

 誰だかわからない相棒。

 どうしてだか分からないのに気持ちが固まり始めている自分の中。


「僕はお前のことを何も知らない。でも、一つだけわかってることがある。お前は僕に隠し事をしている」


 チラチラと感じる違和感。言葉の端々に過ぎる思わせぶりなブラフ。

 会話をしていても「違う」と感じることは度々あった。

 自分が人間ではないことを平気で明かしているのに、それ以上なにを隠すことがあるのか?


「お前は僕をどうしようとしているんだ!?」

「ニシキ!」


 感情がピークに達した瞬間。

 スライムの肩に掴みかかった僕の手はすんなりと触手に囚われ、スライムは再び僕の目を塞いだ。


「今はまだ、言えない」


 その声が誰の声だったのか、遠のく意識の中、手を伸ばして掴もうとして――僕は滑り落ちてしまった。



――― 続


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