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Transhumanism

「動くの……? これ」


 それは岩肌と崩れた建物に囲まれた巨大な空間に存在した。

 崖のような場所を背に座り込んでいるが、その座高だけで10階建てのビルくらいある。

 形状は人型の大型ロボット。アニメで見るような機械的なのではなくかなり人間に近いデザインだ。

 背の高い人間が古代神話の挿絵にあるような甲冑を纏っているように見える。

 僕をじっと見つめてくる頭もヘルメットのようなものをかぶり、そこから溢れるケーブルがまるで髪のように見える。

 ギリシャ神話のアポロとかそう言う感じの神々しいとすら思える姿。


 そんな巨大ロボットに見竦められているような気持ちのまま、僕は呆然とその姿を見上げていた。


「破損していた生体部分の補完はできるが、機械部分の破損は俺では無理だ」

「えっ!? 生体って、ロボットじゃないの? これ!」

「俺たちの世界の言葉でいうならばサイバネティック・オーガニズムだな」


 サイバネティック・オーガニズム。


 サイボーグと略されることが多いそれは、元の世界では比較的ポピュラーな存在だった。

 義手や義足は日々進歩していたし、TVでは難病で身体が動かなくなった人たちが機械の助けを借りて生活を取り戻すドキュメンタリーなんかも良く放送されていた。

 でも、それは身体機能の一部を置き換えるような話のことで、こんな機会と生命体が融合しているような滅茶苦茶なものではなかった。


「SF小説の世界じゃん……」


 目の前に座る巨大ロボットの方へ引き寄せられるように近寄ると、巨大なその足に触れてみる。

 ヒヤリとした金属の手触り。なのに、その奥で何かが震えている。モーターのような機械的なものではなく、心臓の鼓動のような規則正しいノイズ交じりの脈動。

 それを感じ取った瞬間、僕はびくっとしてそこから手を離した。

 その脈動はあまりに生々しく、機械だと思って触れたのに明らかに生きているものだと感じさせた。


「生きてる……!」

「この「生命体」の根幹は全て有機体で構成されている。脳があり、自分の意思で休眠モードに入っていたようだ」

「脳がある? 休眠モード?」

「俺が外部から介入して休眠モードを解除した。そろそろ意識が戻るだろう」

「意識!?」


 スライムの言葉はびっくりすることばかりだ。

 外部介入ってなに!? つか、スライム何者なんだ!?

 スライムの言葉をそのまま信じるなら、この巨大ロボットは「生きて」いて、そろそろ話ができるということらしいが……そもそも言葉が通じたりするのか?

 スライムは僕と一緒にこの世界に来たから言葉が通じるのは当然として、あの病室みたいなところにいた女はこっちの人間だが僕と言葉は通じた。

 どういう理屈なのか分からないけれど、異世界転生ってチートがつきものだしこんなのもあり?

 などとメタな事を考えていたら、ひゅうううんっとモーターが起動するような微かな音が聞こえて、続いてどこか楽器のような不思議な響きのある「声」が聞こえた。


『私を起動したのはお前たちか』


 慌てて上を見上げると、さっき合ったと思った眼はより強い意思をもってこっちを見つめていた。

 眼球があるわけでもない。頭部にある顔らしき造型の目に当たる部分がこちらを向いているだけなのに。


「そうだ。俺たちはここに来たばかりで何か情報を持っていないだろうか?」


 スライムはそんなわけの分からない存在にも臆せず問いかける。

 寝てるサイボーグ叩き起こして質問攻めとかどうかと思うが、こっちも少しでも情報がほしいので背に腹はかえられない。


『戦争は終わったのか?』


 しかし、巨大ロボットはそれに応じず、逆に質問で返された。


「戦争?」


 この巨大ロボットが戦争? マジでSF小説かアニメの世界か。


『我々トランスヒューマンとお前たちヒューマンの戦争だ』

「トランスヒューマン……」


 人間を超えた人間。僕たちの世界にもその言葉はあった。サイバネティック・オーガニズムも含まれる「超強化人間」と言ったらいいだろうか。

 もっとも、こんな生きてる巨大ロボットなんてレベルのぶっ飛んだ話ではなかった。


「あんたは生命体なのか?」

『そうだ。私は生命体だ』


 即答だった。


「名前を教えてください。僕は飯島 錦。こっちはスライム」

『私の名はロッタレーベン。一番最初のトランスヒューマンだ』


 気が付けば僕は、ロッタレーベンと名乗った「彼」を巨大ロボットとは呼べなくなっていた。



――――――――――――――――――――



「人間とトランスヒューマンの戦争は長い」


 ロッタレーベンが語った世界は奇妙な世界だった。

 彼が生まれたのはおよそ300年ほど前、人間は自らの脳を機械の身体に移植する技術を超えて、最初から機械に融合した生命体を生み出した。


 それがロッタレーベンの言うトランスヒューマンの始まりだった。


 移植ではなく最初から機械の体に組み込まれ、細かな伝達制御部分は神経を持った生体部分、外皮や内臓に当たるものは交換やメンテナンスがしやすい機械部分、またその生体部分も遺伝子の操作により人間よりも強化されているのだという。

 凄い技術だなというのは理解できたが、その理論となると僕にはさっぱりだったが、とにかく生きている人間と融合した機械の体をもつ超強化人間、それがロッタレーベンらしい。


 人間はトランスヒューマンを生み出し、人間の生息域はさらに広がり、地上のみならず海の中にも人間の居住するエリアが広げられた。

 新たな資源を得て豊かになった人間だったが、その人間の補助的役割だったトランスヒューマンは、次第に自分たちの独立を望み、いつまでも自分たちを補助としてしか見ない人間への不満を募らせていた。

 不満が募るのは自律した思考を持つ生命体としては当たり前のことだ。

 人間とトランスヒューマン。どちらが口火を切ったのかはもう分からない。

 気が付けば戦火は広がり、決着が付くことなく戦争は続いているらしい。


『私が知るのは、私が休眠に入るまでの180年ほどのことだけだ。その後、戦場で破損した私は戦列から外れ、この地底で眠りに付いた。120年と少し、私はずっとここで眠っていた。だが、今も戦火が落ち着いていないのはわかる。私のセンサーで探れる範囲だけでも、警戒パルスを出しながら空を巡回しているトランスヒューマンの存在を感じる。これは即戦闘態勢に入れる状態での巡邏だ』


 300年とか180年とか120年とか!

 おおよそ人間の考える単位を超えた時間をロッタレーベンは生きてきた。


「わけわかんないな……人間とそんな超絶生命体が戦争してるとか……人間なんてあっという間に負けそうなんだけど……」

「人間の強みは数だろうな」


 黙って話を聞いていたスライムがぽつりと言った。


「数?」

『そうだ、人間は次々に生まれる。我々の生産数は人間に遠く及ばない』

「人間は弱い。簡単に死ぬし、環境が変化すればすぐに弱る。でも、数が多い。圧倒的な数で押されてしまえば人間には敵わない。1人の勝利ではなく種としての生き残りには強いんだ」

『私たちは1対1であれば人間などは敵ではない。実際にそう思ってあの戦争は決起したのだ。しかし、数があり、多様な手段を用いてくる人間に我々は苦戦した。そして拮抗状態を保ったまま戦争を続けていたのだ』

「1人逃げ延びることが出来ても、種としては滅ぼされる。それは勝利とは言わないからな……」

 スライムとロッタレーベンは同じようなことを言う。


 僕は暗く沈んで行く空気を何とかしようと話題を変えることにした。


「でも、でもさ、ロッタレーベンたちは多分まだ負けてないと思うよ? 僕たちここに来るまでに空を飛ぶロッタレーベンの仲間を見たよ」


 多分、ロッタレーベンの言った警戒パルスを出して巡邏しているトランスヒューマンとは、僕の見た戦乙女のようなあの飛行するアレのことだろう。


「ロッタレーベンも空を飛べるの?」

『私は水陸型だ。陸上と水中での活動に支障は無いが、飛行となると短距離を移動するのがやっとだ』


 ロッタレーベンの知る限りでは、飛行型は数が少なく、ロッタレーベンと同じ水陸型か、陸上専用が多かったらしい。


『人間は地上に居る。地上戦を制するために陸上型がより多く作られ、その支援のために飛行型がつくられた』

「水陸型は船舶との戦闘のため?」

『私が作られた時はまだ戦争は想定されていなかった。人間が到達することの出来ない深海での活動と資源開拓の為に作られたのだ。私を含め3体のトランスヒューマンが最初に作られた。飛行型、水陸型、水中型。この三体が全てのトランスヒューマンのプロトタイプだ』

「そうか……最初は人間に作られたんだもんね……」

『人間に勝てないのは分かっていた。しかし、人間の元に残っても解体されるだけだった』


 生きるためには戦争に参戦するしかなかった。

 しかし、ある時、破損したのを良いことにロッタレーベンは戦死を装うって地下に身を隠し休眠に入った。

 この土地は戦争のときの地殻兵器の為に街一つ丸ごと地中に沈んだらしい。


『もう逃げる気力も無かった。破損は基地に戻って技師にかからなければ人間のように自然治癒はしない。このまま休眠モードに入り、朽ちて果てるのも覚悟の上だったが……』


 トランスヒューマンは予想以上に頑丈だったらしい。

 破損した状態で機能を停止して完全放置されたにも関わらず、120年経っても起動してしまった。


『しかし、動くことは無理だな。脊椎部分にあるバランサーが破損している。生体部分はスライム殿が補完してくれたようだが、自己診断プログラムを走らせてもエラーが戻ってくる』

「それはここから出られないってこと?」

『そうだ』


 せっかく目が覚めたのに。

 そう思ったがロッタレーベンは別になんとも思っていないようだ。


『また休眠モードに入るだけのことだ』

「また目覚めるまで?」

『次は朽ちるまでかもしれないが』


 冗談にしてはキツイ冗談を言う。

 ってか、冗談を言う生き物なんだ。と、僕の胸の奥でチリッと何かが刺さる。


「技師を連れてくれば……なんとかなるの?」


 トランスヒューマンの技師がいれば。


『私を治せる技師が今も居ればな……』


 そう言ってロッタレーベンは目を閉じた。

 そのままかすかに聞こえていたモーター音のような唸りが消えて行き、辺りには静寂が戻った。


「休眠モードに戻ったようだな」


 スライムがずっと繋げていた触手を手繰り寄せるように引っ張って戻した。


「脊椎のバランサーが破損していると言っていたが、生体と機械が複雑に入り組んだ組織だった。機械を治せるだけではダメで、医者が居ても無理だろう。本当にトランスヒューマンに特化した技師が必要なんだろう」

「今も居ればって言ってたけど……」

「……プロトタイプだと言っていた、もしかしたら彼を作った人間が彼を見ていたのかもしれない」

「じゃあ、その人を連れてくれば……!」

「この世界の人間はそんなに長寿なんだろうか……?」


 ロッタレーベンが作られてから300年。

 その意思を継いだ人間が見ていたとしても、彼が戦死を装うってから120年。


「彼をトランスヒューマンの基地に連れて行くしかないって事か……」

「そもそも、彼はもう一度動けるようになりたいのか?」


 スライムの言葉に僕は喉を詰まらせる。

 それは僕も薄々感じていた。

 生きてもう一度と望むなら、戦死なんか装うわないだろう。


 彼が生物であるのなら、これは緩慢な自殺だ。

 積極的な自死ではないが、このまま朽ちることも良しとしている投げやりな生だ。


 僕は処分を言い渡されて、ゴミ箱の底で目覚めたときを思い出す。


 ここも深い穴の中のようなものだ。

 朽ちた建物と泥とが押し寄せて作られたわずかな隙間。

 後ろを振り返ると崩れた建物の中に扉が見える。

 僕とスライムがここへ入ってきたときに開けた扉だ。


 あそこに扉があるのに。


 ロッタレーベンはここで朽ちることを望んでいる。


「長居をしても何も解決しない。とりあえずここを出よう」

「……うん」


 僕はもう一度眠ってしまったロッタレーベンの顔を眺めて「またね……」と小さな声で言った。

 感傷でしかないとは分かっているけど「さようなら」とは言いたくなかったんだ。



――― 続


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