表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

瓶詰めスライムと就職失敗!?

「これが……スライム……」


 僕は大きめなジャムの瓶の中に閉じ込められた、青い液体のようなものをじっと眺める。

 液体といっても水のようにシャバシャバしたものではなく、瓶を傾けるとゆっくりと片寄るような粘度の高い『何か』だ。


 この『何か』はダークウェブの怪しげなショッピングサイトで見つけた。


 生きているスライム 一瓶 1000$


 馬鹿だと笑うなら笑え。

 僕は見つけた瞬間に躊躇いもせずそいつをポチった。

 即決だ。しかもカードで一回払い。およそ10万円ちょっと。


「本当に生きてるのか?」


 普通に化粧品と書かれた国際郵便で届いたそれは、厳重に梱包こそされていたものの、何の検閲にも引っかからずに届いた。

 僕は早速包みを解き、瓶を取り出し、その中身をいろいろな角度から眺めてから、こうして机の上においてにらみ合っている。


 かれこれもう2時間ぐらい。


 スライムって奴は寝るんだろうか?

 揺すっても突いても微塵も動かず、瓶の中でジャムのようにどろりと横たわっている。

 怖いので瓶はまだ開けていない。


 だって怖いじゃないか!

 ダークウェブのショッピングサイトなんて怪しげ極まりないところで買ったものだよ!?

 実は怪しげな薬とか、実は怪しげな何かとかだったら困るじゃないか!


 まあ、ただのジャムでも困るんだけど。


「動け、おい、こら」


 瓶をつんつんと突いて揺らすが、中のどろりが動く気配は無い。


「ほら、こら、10万、動け」


 こんな感じで僕は傍目に見たら「ジャムと会話する怪しげな童顔男21歳」だ。

 ちなみに現在無職なのでバイトで食いつないでいるので、この10万の出費はかなりイタイ。

 こいつがスライムでなかったら、僕は「10万をドブに捨てた童顔男21歳」にクラスチェンジする。


「うーごーけーよー……」


 つんつんと突き始めてそろそろ3時間。

 いよいよ覚悟を決めて、瓶を開けて、現実と向かい合うしかないのかもしれない。

 このままではお腹も空いて来たし、夜勤のバイトに遅れてしまう。


「直接対決か……」


 僕は瓶を手に取り、もう一度明かりに透かすようにして中身を眺める。

 青い『何か』は暖かい部屋の中で温まっても粘度は変わらず、どろりと瓶の中にある。


「食えるのかな?」


 スライムじゃなかった場合、せめて高級ジャムとかだったら、10万円のジャムを食った件についてとか動画作ってネットにアップして小銭を稼ぐのもありなんだけど。

 でも、荷札には化粧品って書いてあったのを思い出した。


「くっ! タイトルは【ダークウェブで買ったスライム顔に塗ってみた】しかないか!」



 そして、僕は意を決して、その瓶の蓋を力いっぱい回して開けた。



――――――――――――――――――――



 異世界転生。


 あのラノベとかでめっちゃ流行ってる奴。

 あ? 今更? ちょっと古い?


 でもさ、新しくても、古くても、メタくても、エモくても、好きでも、嫌いでも、そんなのお構いなしに動くのが世界なんだよね。


 もちろん、異世界だって世界だから、そんなもんお構いなしに動くんだ。


 そんなことを何故かぼんやりと考えながら、僕――飯島いいじま にしきの意識は浮上した。

 目を開くと、青い空――ではなく、白い天井。

 寝ているのは見覚えの無いベッド、周りを見渡すとカーテンがぐるりとベッドを取り囲んでいる。

 どうやら病院に居るようだ。


(何したっけな……)


 いきなり病院に居るってことは、何かやらかして救急搬送されたんだろう。

 過去に一回インフルエンザで死にかけて、見舞いに来た友達が救急車を呼んでくれた経験が在るからわかる。

 そして、こういう時にデキる男は黙ってナースコールを押して、意識が戻ったことを伝えるべきだ。


(ナースコール……無いな)


 あのベッドの横ににょろりと括り付けられている、あのポチっとなボタンが見当たらない。


(看護師さんが巡回に来るのを待つしかないか……)


 こういう時に動き回るのは得策ではない。

 大体何で搬送されて、どんな症状があったのかもわからないから、怖くて動きたくない。

 頭とか打ってたらヤバいし、救急搬送されていることを思い出せてないのはその可能性が高い。


(スライムの瓶を開けて……その後から記憶無いな……)


 スライム!

 もしかして、アレが原因じゃないのか?


 その考えに思い至って僕はゾッとした。


(実はあのスライムは超有害物質とかで、瓶を開けた僕は汚染されてここに搬送されたんじゃ……)


 よく見ると、この病室はかなり自分が知る病室と違う。

 なんというか、最新施設という感じで、ベッドも柵がある如何にもな病院ベッドじゃなくて、アクリルか何かのカプセルのように寝ている人間を包み込むようなデザインだ。

 寝たまま左右を見ても、明かりは天井に埋め込まれたパネル式だし、ベッドサイドにある多分バイタルを計測している機械はほとんどが液晶で、つまみやボタンは見当たらない。


(これは最新施設に搬送されて大問題系なんじゃ……)


 汚染が周囲に広まって、その汚染の中から僕が発見されたパターンとか……。

 そう考え始めると、いろんなことが納得が行く。

 これは、かなりやばいかもしれない。


 そんなことを頭の中でぐるぐるさせていたら、カーテンの向こうに人の気配が近寄ってきた。


「イイジマさん、気がつかれましたか?」


 看護師だろう女性の声がゆっくりと尋ねてくる。


「……はい。今目覚めました……」


 恐る恐る返事をすると、女性は「では、お話の為にカーテンを開けますね」と言って、ベッドを取り囲んでいるカーテンを開いた。


「……え?」


 そこに広がっていたのは、僕の想像を超えた世界だった。


 ずらりと並んでいるのは白衣を着た医者ではなく、スーツや作業着のようなやたらと細みなつなぎに身を包んだ男たち。

 声をかけてきた女性も看護師のような服ではなく、ビジネススーツにしか見えないダークカラーのツーピースだ。


「イイジマ ニシキさんですね。ニホンジン。間違いありませんか?」


 まるで就職面接のような問いかけ。

 あれ? 僕、いつの間に就職面談? 新しいバイト申し込んでたっけ?

 それにしても日本人? 何その質問。


「はい……マチガイありません」


 恐る恐る僕がそう答えると、女性は手にしていたタブレットを操作して、何やらそこに映るものを目で追っている。


「では、技術についてお伺いします」


 ギジュツ!? ますます就職面接か!?


「お得意なことは何がありますか? すべて教えてください」

「得意なこと……って、特技ですか?」

「はい、そうです」

「特技って……あ、猫、野良猫を集めるのが得意です」


 情け無いことに真っ先に思いついた特技はそんなことだった。

 でも勉強嫌い人間でスポーツも程よく出来ない平々凡々な僕にそんな突出した特技があるわけもなく。

 散歩してると猫がすごく寄ってきて、猫にめっちゃ好かれるというくらいしか特技なんてなかった。


「……あの、ですね。もう少し工学的な技術特技はありませんか? 例えば……」


 女性はズラズラと名前しか聞いたこと無いような専門用語を並べ立て始めた。

 内容は全くわからないが、どうやら僕にプログラム能力や機械製造などの理系な技術が無いかを知りたいようだった。


「……すみません。僕、そういうの全く出来なくて……高校の技術の成績もイマイチだったんです……」


 ご期待に沿えず申し訳ないが、僕はそういうことが滅法苦手だ。

 手先はそこそこ器用な方で、だからDIYなんかは得意なんだけど、機械工作とか組み立てとかそういうのになると弱い。と言うか、むしろ敵。


「そうですか……」


 僕の返事を聞いた女性が仕方ないと言うようにため息をついた。

 その後ろに居る男たちも諦め顔で、部屋を出て行こうとしている人も居る。


「ニホンジンには工作技術やIT関連のオペレーションに強い人間が多いと聞いていたのですが残念です。召喚対象を個別に選択できないのでエリアで絞り込んで期待したのですが……」

「はぁ、すみません……」


 なんか僕が日本人代表みたいになっちゃって申し訳ない。

 けど、ショウカンタイショウってなんだ?


「私どもが求めているスキルにはイイジマさんはマッチングしませんでした。残念なことですが、コレで終わりになります」

「え?」


 何そのお祈りメールみたいなの!?


「処分を」


 女性がベッドの横に立っている男にそう指示すると、男たちがベッドの傍にある液晶を操作し始める。

 何かひんやりとする空気が顔に吹き付けられて……


「な、に……」


 僕は再び意識を失ってしまった。



――――――――――――――――――――



 目まぐるしく世界は変わる。


 ちょっと目を離すと、あっと言う間に移り変わって、僕はいつも置いて行かれる。


「いや、置いてかれるにしても、かなり最悪なんだけど……」


 次に目を覚ましたとき、僕は吐き気を催すような悪臭の漂う薄暗いところに居た。

 例えるなら馬鹿でかいゴミ箱の底。しかも生ゴミの。

 目に染みるような臭気に満ちていて、その臭いで思わず目が覚めたくらいだ。


 僕はそのゴミ箱の底で途方に暮れていた。


 上を見上げると、とてもじゃないけど登るなんて無理なコンクリートらしき壁の高いところに出口だか入り口だかわからない穴が見える。


 うん。とてもじゃないけど無理。


 ぐちゃぐちゃの悪臭を放つ汁で濡れた床に寝そべっていた僕は、起き上がっても自分が生ゴミになったみたいなままだった。

 あまりの臭さに鼻が麻痺してきて、だんだん臭いがわからなくなってきたくらい汚れている。


(このまま僕も生ゴミに……)


 部屋の角には、本当の生ゴミらしきグチャッとした何かが溜まっているのも見える。

 しかし、それがある方を向くとより悪臭が強くなるので見ないように上を向いていた。


(処分……)


 あの女は「処分を」と言った。

 僕は処分された。

 ここがゴミ箱のようなのは、強ち間違いじゃないかもしれない。


(規格に合わなかったらポイか……)


 僕はかなりポジティブシンキングなお気楽者だけど、コレはさすがにへこむ。

 就職面接以来の「僕全否定」だ。


(しかも、このまま死ぬのかな……)


 処分って言われて、こんなところに入れられた。

 それって「失格です、不合格です、さよーならー」くらいの話じゃなくて、この世界に必要ありませんの話なんだろうと思う。

 でなきゃ「処分」なんて言わない。


 良く分からないまま面接に落ちて、処分される僕。


 就職氷河期にしても酷すぎない!?

 これ氷河期どころか終末期じゃないか。天使のラッパが鳴り響いてるよ!


「えっ?」


 ラッパなんて言って幻聴かと思ったら、本当に何か鳴っている。

 見上げていた穴のところに赤いランプが灯って、警報のようなサイレンが鳴り響いた。


「え、ええっ!?」


 バチャッという音と共に、生臭い泥水が降ってくる。


「う、げぇっ、何コレっ」


 あまりの臭気に再び活性化した鼻を押さえて後ずさった。


 バチャバチャと何やら固形のものも含みながら、耐え難い臭気を放つ泥が落ちてきて、その落ちたときの飛沫で僕もドロドロになって行く。


『あぶない! こっち!』


 不意に部屋中にボワンと響くような声が響いて、それと同時に僕は腕を強くつかまれ、なんと壁際の一段高いところまで一気に引きずり上げられた。


「ひぃっ!?」

『うごかないで!』


 その声に言われるまでもなかった。

 僕は流れ落ちて溜まってゆく泥を凝視しながら、恐怖で瞬きも出来なくなっていた。


 天から降ってきた泥水には、明らかに人間のものと思われる身体の部位が混ざりこんでいたのだ。


 泥だと思ったものも、こうして離れてよく見れば、赤黒く濁ったドロドロで、どう見てもそれは血だった。


「ひ、ひぃ……い……」


 悲鳴も上げられない。

 強烈な臭気と恐怖に涙があふれて、喉が詰まる。

 ぶるぶると震える身体は腕と腰をしっかりとつかまれているおかげでヘドロの中へ落ちる心配はなさそうだが、もうそんなことも考えられないくらい目の前の光景で頭の中がいっぱいになっている。


 そして、事態は更に悪化した。


 パーツ程度だったものが、丸ごとに変わった。

 バンッ! ドンッ! と音の振動を感じるほど大きな音を立てて、丸ごとの人間の死体が落ちてくる。

 男。

 女。

 子供。

 大人。

 年寄り。

 それぞれが人間だとわかった瞬間から、僕はぎゅっと目を閉じた。

 もう見ていることは無理だった。

 どう見ても死んでいるようだったが、死んでても、生きていても無理だ。

 汚泥の中に次々と落ちてくる死体。


 この人たちはみんな処分されたんだ。


『もうすこし、がまんして』


 再び声が聞こえた。

 何かロープのようなものが、僕の身体にぐるぐると巻きつき、ぎゅっと壁際に引き寄せられる。

 足の下に足場はなく、ぶらぶらと宙に浮いた上体なのだが、それでも大丈夫と思うくらいには、ぎゅっと引き寄せられていた。


 死体の落ちてくる大きな音が途絶えるまで、それはずっと僕を引き止め続けてくれた。



――― 続

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ