とかげのひとのお話
さく、さく、さく。
さく、さく、さく。
旅人は歩く。
緑の森の国では、大木の中で大きな果物を食べて。
青の海の国では、人魚と一緒に歌を歌って。
赤の火の国では、温泉で動物と一緒にのんびりして。
茶の岩の国では、小人の作る、きれいな彫刻に見とれてしまって。
次につくところは、どんなところだろう。
そう思いながら旅人は歩き続けた。
さく、さく、さく。
砂の上を歩くたび、音が鳴る。
黄の砂の国、そう呼ばれる砂の多い国。
旅人が今まで訪れた国々でもあまり話を聞けなかった。
聞けたのは少しだけ。
砂だらけの砂漠と呼ばれる場所があるという事。
砂の国のほとんどは砂漠であるという事。
そんな砂の国でも水がわく場所があって、その場所を中心に人が住んでいるという事。
さく、さく、さく。
暑い上に日差しも強くて汗が出る。
砂の国がどんな場所か聞いても知らない人がほとんどだった。
この砂漠を旅するのはあまりに辛くて、誰も行きたがらなかったから。
さく、さく、さく。
旅人は歩き続ける。
そこではどんな人が住んでいるんだろう。
どんな物を食べて、どんなふうに暮らしているんだろう。
そう思いながら旅人は歩き続けた。
さく、さく、さく。
水を飲みながらも、旅人は歩き続ける。
さく、さく、さく。
歩き続けてどれくらいたったのか。
ふと遠くに大きな雲が見えた。
それは茶色い雲。
どんどん大きくなってくる。
そして。
旅人は茶色い雲、砂嵐に飲み込まれた。
*** *** *** *** ***
日は暮れた。
たまに吹く、あの強い砂嵐も去り、空には青白い月と星々。
良い散歩日和だと思った。
ざくっ、ざくっ。
夜の砂漠を歩く。
昼と違い一気に冷え込んだ夜の空気が体の鱗を引き締める。
ふと立ち止まり、振り返った。
月明りで照らされた砂の上には1本の線とそれを挟むようについた足跡だけ。
砂嵐が通った後、綺麗な砂の上に残る自分の足跡。
ざくっ、ざくっ。
誰もいない、静かな夜の砂漠。
ざくっ、ざくっ。
全身で月と星の明かりを浴びるように、ゆっくり歩く。
ざくっ、ざくっ。
ふと、違和感を抱く。
あそこ、何か砂が膨らんでいるような。
周りより、ほんの少しだけ膨らんでいるように見える、それだけの場所。
ちょっと興味を持った。
砂嵐が何かを運んできたのか。
それとも、たまたま砂が膨らんでいるように降り積もっただけなのか。
この前まで、ここには何もなかったはずだけど、と思いながら砂をどけていく。
砂をどけていくと、人が見つかった。
*** *** *** *** ***
旅人は歩いていた。
いつものように見たことのない場所を目指して。
初めての砂漠で、歩くたびに鳴る砂の音を聞きながら歩いていて。
そうしたら、目の前に茶色い雲が現れて。
あっというまに茶色い雲に飲み込まれた。
飲み込まれてからは砂が、風が強くて、何が何だかよくわからなかった。
立っていられなくなって、地面に倒れるように伏せて。
伏せて、それから……?
旅人はびくりと震え、勢いよく目を開いた。
どうやら自分は寝ていたようだ、と旅人は思った。
寝ていた自分のすぐそばにある革袋は触ると温かい。
中には焼き跡のついた石が入っている。
「おや、目が覚めたかい?」
声がする方に向いた。
青緑の鱗を持ったトカゲのような人がいた。
「ちょいとまってな」
そういうとトカゲのような人は奥のほうへ向かう。
それから少しして戻ってきた。
「とりあえず、これでも飲んでおきな」
差し出されたコップを受け取る。
一口飲むと、甘くて、いい香りが広がった。
一口、もう一口と飲んでいくとコップはすぐに空になった。
「あはは、いい飲みっぷりだ。喉も乾いてたんだろ?」
そういうとコップを取り、お代わりを入れてくれた。
「ハーブティーにハチミツを入れてあるんだ。うまいかい?」
とっても、と旅人は答える。
「そりゃよかった」
そう言ってトカゲのような人は微笑んでいた。
「で、だ。なんだって砂漠で倒れてたのさ?」
旅人は語る。
見たことないものを見たくて。
知らないものを知りたくて。
いろんな所へ旅をしていることを。
「ふんふん、旅が好きなんだね」
うんうん、とトカゲのような人はうなづく。
以前に砂の国の話を聞いて、
砂だらけの景色がどんなものか見たくて、
また、そこではどんな風に暮らしているんだろう、と思うと気持ちが抑えきれなくて来たんだと語る。
「なるほど。だから砂の国に来たんだね。でもどうして倒れてたんだい?」
歩いている最中に茶色い雲に巻き込まれて、と旅人は語った。
トカゲのような人の顔が呆れたように見える。
「あの砂嵐に巻き込まれたのかい。良く生きてたね。
ま、それで砂に埋まってたのも、ある意味運が良かったのかもね」
どういうことだろうと旅人は訪ねた。
「アタシは砂嵐が過ぎた後に散歩に出かけてね。
そしたら砂に何かが埋まってそうな膨らみが見えたんだ。
そこを掘り出したら、アンタが倒れてたのさ。
そこから家までアンタを連れて帰って来たんだけど」
と、トカゲのような人は語る。
「砂漠ってのはね、昼と夜とで温度差が凄くてね。
昼はお日様がガンガン照らすんだけど、
夜は昼の暑さはなんだったんだいと思うくらい冷えるんだ」
「アンタが砂に埋もれてた間、砂が布団みたいな役目を果たしてくれたんだろうね。
昼のお日様を防いで、夜の寒さを防いでってね」
へぇー、と旅人が聞いている様子をみたトカゲのような人はまた呆れたように見える。
「まったく。今生きてるから良いものの……」
やれやれとばかりにトカゲのような人は首を振った。
「ま、倒れたばっかりだし、しばらくはウチに居な」
ありがとう、と旅人は答えた。
しかし、このトカゲのような人はどういう人なんだろうか?
旅人がそう思って見ていると。
「なんだい、じろじろ見だして。ひょっとして見惚れたかい?」
いやいやそうではなくて、初めて見るなと思って、と旅人は答える。
「そう否定されるのもちょいと悔しいけども。
そうか、リザードマンを見たことはなかったんだね。
その割には起きた時に慌ててなかったねえ?
初めてアタシ達を見る人族は大抵驚くもんだよ」
今までの旅で、いろんな人も見てきたからね、
獣人と呼ばれる犬や猫の人や象の人も見たし、妖精の子たちとも会ったし、
他にもいろんな種族の人と会ってたんだけど、リザードマンは初めてだと旅人は語る。
「んー、海の国や森の国の水辺とかにも水に強い子たちがいたはずだけど、会わなかったんだねえ。
アタシはリザードマンの中でも乾燥に強い種族のサンドリザードマンで、仲間内じゃねーさんと呼ばれてるよ」
サンドリザードマンのねーさん。
旅人はオウム返しに呟く。
「そ。気軽にねーさんと呼んでくれていいよ」
そういってねーさんは説明を続ける。
「水に強い子たちと違って、アタシ達は水が苦手でね。
どうにも泳げないんだ。まあ普通に風呂ぐらいまでなら入れるから。
その代わり乾燥には強くてね。砂漠でもあまり水分を取らなくて大丈夫なのさ」
へぇーと旅人は驚いた。
「というかね、アンタ。
アタシ達サンドリザードマンみたいな体質も持たない普通の人族一人で、
ラクダも馬もロバも無し、そんな準備不足で砂漠に入ってくるなんて、なにやってんのさ」
うぐ、と旅人は苦しむ。
「たまたまアタシが見つけられたから良いものの」
ねーさんがじとーっとした目で旅人を見る。
うぅ、と旅人は小さくなった、ように見える。
「急ぎの旅でもないんだろ?さっきも言ったけど、しばらくはウチに居な。
砂の国の歩き方を教えてやるから」
ふっ、っと笑ってねーさんはそう言った。
*** *** *** *** ***
青白い月が空に浮かぶ、静かな夜。
月明りに照らされた砂漠で、二つの動く物があった。
旅人がねーさんに助けられてからもう何日も過ぎた。
旅人とねーさんはそれぞれラクダに乗っていた。
旅人がねーさんに砂の国の事を教えてもらいながら過ごした日々。
ある程度教わったところで、ねーさんは数日外出した。
帰ってきたねーさんは二頭のラクダを連れていた。
「またせたね。それじゃそろそろ街に行ってみようか」
そういってねーさんはラクダの乗り方を旅人に教える。
旅人がなんとかラクダに乗ると、ねーさんは軽々とラクダに乗った。
旅人がラクダの乗り方を練習した次の日、
お日様が地平線に落ちてから、二人はラクダに乗って出発した。
「うん、ラクダに乗るのももう大丈夫そうだね」
ねーさんが旅人を見て言う。
「どうだい、昼に移動するよりだいぶましだろ?」
旅人はうなづいて空を見上げた。
空には月と星。
旅人の記憶では月は黄色だったが、空には青白い月が見えている。
「そんなに青白い月が珍しいかねえ。砂の国じゃ月は青白いものだし、
アタシにとってはアンタのいう黄色い月の方が珍しいんだけどねえ」
そう、ねーさんは言う。
ねーさんにとっては青白い月が普通で。
旅人にとっては黄色い月が普通で。
お互いの普通が、お互いの普通では無くて、違う。
こういった違いも旅人は好きだった。
ゆっくりとラクダに乗って進む二人。
ふと二人の会話が途切れる。
しばらくの間、ラクダが砂の上を歩く音だけが響いていた。
「あの青白い月だけどさ」
ねーさんがぼそりと言う。
「砂漠に住むサンドリザードマンの安らぎの場所とも言われてるんだ」
旅人がねーさんに顔を向ける。
「サンドリザードマンだけじゃなくて、
砂漠で倒れた者の、最後の行先なんだって。
爺さんがそう言ってた」
ねーさんは空の月を見上げて言う。
「厳しい昼のお日様と違って、静かな夜のお月様がさ、みんなを静かに包んでくれるんだって、ね。
教えてくれた爺さんも静かに休んでるんだろうな」
そう言ってしばらくねーさんは月を見上げていた。
青白い月が、静かにそこにある。
それからねーさんは旅人の方に向いた。
「あはは、ちと恥ずかしいけど、こんな話も伝わってるんだって事も、言っといたほうが良いと思ってさ」
確かに照れているように見える、ねーさんを見て旅人は思った。
「あ、こらニヤニヤするな。
あ、そう、ふーん。アタシが助けなかったら今頃アンタもあそこで休んでたかも知れないのにねえ」
旅人は知らぬ間にニヤニヤしていたようだが、
ねーさんの言葉が耳に痛いのか、うぐっ、と悶えた。
「わかってるようなら、よろしい」
そう言ってねーさんはいつもの顔で旅人に言う。
「さ、日が出るまで進んで、日が出てきたら早めに休むよ。
このペースなら二、三日もあれば街までつけるさ」
旅人はうなづく。
「街にはアタシの親戚が居るから、そこで世話になると良い。
ま、アタシもしばらくはそこに一緒にいるから、なんかあれば言いな。
ただし」
ただし?と旅人はその次の言葉を待つ。
ねーさんは真剣な顔をして言った。
「絶対に、一人で砂漠を移動しようとはしないこと。いいね?」
はい、と旅人は答える。
「絶対に、砂漠を移動するときはラクダとか馬とか、乗り物を用意すること、これもいいね?」
はい、と旅人は答える。
「ほんとに大丈夫かねえ。まあいいさ、この砂の国を移動するときはアタシに声をかけな。いいね?」
はい、と旅人は答えずに、ねーさん、と呼び掛けた。
「なんだい?」
そう首を傾げたねーさんに旅人は言う。
ありがとう、と。
ねーさんは旅人の方から前を向きなおした。
「ふん、気にすんじゃないよ」
そう言ったねーさんの声は嬉しそうだった。
こうして、旅人は砂の国の旅をする。
その旅人の横には青緑色の鱗が美しいリザードマンが居て。
砂の国のあちらこちらを一緒に旅したとのことだった。
砂の国から他の国へ行くときも、二人は一緒に行ったとか、行かなかったとか。
それはまた、別のお話。
この「とかげのひとのお話」はサークル「ちーむ_しぷすくろっく」にshipu名義で出したお話CD「うちのNightcap Vol.5」(C95で出しました)の2トラックの内容とほぼ同内容となっております。




