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第29話 ダークオークキングは丸太を一薙ぎする

「――――ッ! ――――――ッッ!!」


 ダークオークキングが背後へ向け、何ごとか叫んだ。魔界語だ。

 大集団が動き始める。子供や腹が膨れた雌まで一斉に。


「構えっ、―――放てっ!」


 速い。特に千頭足らずの比較的身体の大きな連中は、矢を一射、石を一投する間に百ワンドの距離を詰め、城壁に取りついた。魔術師達はまだ詠唱も終えていない。

 ダークオーク達が跳び上がる。

 ぎょっとするも、さすがにダークオークキングのように一跳びで城壁上まで至ることはなかった。それでも自身の身の丈を遥かに超える跳躍力で、城壁の中ほどにしがみつく。


「――――。――――――。“火球”」


 じりじりと壁を這い登るダークオーク達に、ようやくの魔術が襲い掛かった。

 ある者は炎に巻かれ、ある者は氷の矢に射られ、風に飛ばされ雷に打たれ、後続を巻き添えに落下していく。


「――――ッッ!」


 しかしすぐに跳ね起き、魔界語で罵声のようなものを叫ぶ。火傷や裂傷を気に掛ける素振りもない。

 体格はやはり通常のオーク並み。つまり前回戦ったダークオークと同等。しかしこの頑健さ、この身体能力は―――


「気を引き締めろっ! こいつらただのダークオークじゃないっ、ダークハイオークの子供だっ!!」


「なるほど、そういうことかっ。しぶといわけだ」


 一番の叫びに、城壁から身を乗り出しながらディートリヒが頷いた。

 剣士だが、器用に弓を使っている。


「イチバン、デンカっ、そこをどけっ」


 階段を駆け上って来たのは二十番達ハイオーク兵だ。

 一抱えもある壺を抱えている。

 城壁の縁から投げ落とすと、取り付いていたダークハイオークに当たって砕け、大量の油をまき散らした。直撃を受けなかったものも、油に手を滑らせて落ちていく。


「放てっ!」


 当然、それで終わりではない。火矢と火球が打ち込まれ、炎が燃え広がった。

 防衛戦の備えは万端、調練も十分に積んでいる。兵たちは慣れた動きでジョーとケイの号令に従っている。

 これなら何とか押し返せるか―――


「―――っ!?」


 城壁上、西の端に近い位置で悲鳴が上がり、人やオークがぽんぽんと撥ね飛ばされていくのが見えた。


「オレが行きますっ!」


「私も同行します!」


 中央で指揮を執るケイとジョーにも聞こえるように大声で叫ぶと、一番とレオンハルトは同時に駆け出した。兵を掻き分け、その場所へと向かう。

 大軍の籠る駐屯地だ。同じ城壁上とはいえ、端まではかなりの距離があった。


「―――くっ」


 一番とレオンハルトが着いた時には、そのダークハイオーク―――肩に矢を突き立て、全身から炎がくすぶっている―――の周囲に兵の姿はほとんど残っていなかった。


「“肉体強化”」


 レオンハルトは神聖魔法を行使すると、楕円形の大盾を掲げて突っ込んでいく。

 迎え打った棍棒が砕け散った。一番も苦汁をなめた“亜神器”の力だ。

 そのまま盾をダークハイオークの身体に押し付け、“振動”を伝える。


「―――ッ!? ガ、アアッッ!」


 小刻みに身を震わせながら、苦し紛れに振り回した紫の腕がレオンハルトを―――重装備で固めた偉丈夫を―――軽々と薙ぎ飛ばした。

 間を置かず、一番はダークオークに打ちかかる。

 しかし叩き付けた棍棒は弾かれた、半ばまで粉砕された棍棒に。

 打ち合いになった。


「ぐうっ」


 レオンハルトの亜神器が効いていないわけではない。足元をふらつかせている。それでも体格と折れた棍棒の分だけ、よろめきながらも距離を詰めてくる。

 棍棒を受ける度に体勢は大きく崩され、打った棍棒を弾かれる度に身体は泳いだ。

 次第に一番は防戦一方に追い込まれていく。


「―――ッッ!?」


 横合いから戦棍が突き出され、ダークハイオークの腹部に触れた。

 紫の身体がぶるぶると波打つ。レオンハルトの聖棍だ。


「くらえっ」


 振り下ろした棍棒は今度は脳天にまともに叩き込まれた。

 頭蓋をへこませ、ダークハイオークが倒れる。

 城壁上にはすぐに補充の兵が満ち、後に続こうとするダークハイオーク達を阻んだ。


「何とかしとめたが、こいつは―――」


 一番とレオンハルトよりも上。一対一で勝てるのは、この場ではケイくらいではないのか。


「まともに戦えば、まず勝機はありませんね。城壁に拠って凌ぐしかありません」


 レオンハルトも同意見のようだった。

 こちらは人間の兵が三万五千にハイオークの兵二千以上が結集している。オーク王国の、と言うよりも人類圏のほぼ総力に近い。しかし平地での戦になれば、先頭の一千だけで一方的に蹂躙されかねなかった。


「そうだ、ダークオークキングはっ!?」


 こうなると―――いや、最初からだが―――、最大の脅威となるのはやはりあの怪物だ。

 城壁上に跳び上がり守兵をまとめて蹴散らすなど容易いだろう。いや、内側から城門を開けることも難しくはないはずだ。


「レオンハルト殿、城門に向かいま―――」


 轟音に言葉は飲み込まれた。

 城壁の一部からもうもうと砂塵が上がっている。自然石を組んだぶ厚く堅固な石塁が決壊していた。


「城門を狙うまでもないってことかっ」


「急ぎましょうっ」


 レオンハルトに促され、駆け出した。手近な階段を転がり落ちるように下り、その地へ向かう。


「アニキっ、向こうは大丈夫なのかいっ?」


「ああ、オレとレオンハルト殿で片づけた」


 途中、二番やディートリヒら対ダークオークキング小隊の者達とも合流し、城壁に刻まれた裂け目に辿り着いた。

 まだ侵入者の姿はない。砂埃で視界が効かず、ガラガラと瓦礫の崩落が続いているためだろう。

 こちらは兵が集結し、迎撃の構えを整える。

 城壁の上をジョーに任せ、馬上の人となったケイが指揮に当たった。


「…………っ」


 やがて砂塵が晴れると、巨大な岩石がごろごろと転がり出た。

 進路を阻む巨石を、小石でも払いのけるように軽々蹴り飛ばしたのは、―――当然ダークオークキングだ。のっそりと駐屯地に足を踏み入れた。

 王が集団戦や大型の魔物相手にそうするように、手にはぶっとい丸太が一本握られている。あれで城壁も突き崩したのか。

 ダークハイオーク達も、続々と主の後に続き―――


「―――――――っ!! ―――――っ!」


「―――――――ッッ! ――――ッ!!」


 人語と魔界語、鬨の声に大差はなかった。喚声を上げて両軍はぶつかった。


「よーし、僕らも行くぞっ!」


 ディートリヒの一声で、一番達の小隊も突撃する。余裕の表情で丸太を肩に担ぐダークオークキングの元へ。


「―――っっ!?」


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 口内に土の味を感じて、ようやく倒れていることを理解した。

 ただの一振りだった。

 横薙ぎに振るわれた丸太は、一番も二番もディートリヒもレオンハルトも他の聖堂騎士や冒険者達も、まとめて撥ね飛ばした。

 一番は大地に突っ伏していた顔を上げる。

 最も近くに倒れているのは二番。次にレオンハルト。ディートリヒ。幸いにして全員息はあるようだ。


「……おッ、動けるヤツがいるのか」


 一番に気付いて、ダークオークキングが近寄って来る。


「―――が、あぁぁっ!」


 一番は気力を振り絞って立ち上がった。

 この防衛線を抜かれれば王都に残してきたマリーやトマ、それに王の妃達も危険にさらされることになる。彼女たちがエルドランドへ逃げる時間だけでも稼がなければならない。


「……アナタだったか。アナタも、他のヤツらと同じ考え?」


 丸太を頭上高く振りかぶりつつ、ダークオークキングが問う。返答によっては、と言うことだろう。


―――竜殺しドラゴンスレイヤー


 勇者達が王の丸太を指して呼ぶ言葉だ。

 王はドラゴンを追い払っただけだから、正確には竜“殺し”ではない。しかし魔界最深部で生まれ育ったこのダークオークキングの丸太は正真正銘の竜殺しだろう。

 たかがハイオーク一頭、殺すのは訳ない。


「……オレは」


 形ばかりでも話を合わせておくのが正解だ。

 そう思ったが、言葉は続かなかった。それは王や二番、なによりマリーに対する許されざる裏切りに思えたからだ。


「下がれ、一番っ! そいつの相手は私がするっ」


 パカラッと馬蹄を響かせてケイがこちらへやって来る。それを―――


「こらこら、お前こそ大将なんだから下がってろ」


 小さな手が、轡を取って阻んだ。


「やれやれ、ここは私がやるしかねえか」


手の主が、ケイに代わって一番の横に並ぶ。白磁の肌に白銀の髪、そして純白の衣。


「―――アニエス様」


 白の聖少女が戦場に降り立った。



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