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第28話 オーク達は喚き立てる

「おいおい、なんでオレ達がこんなすみっこで縮こまってなきゃいけねえんだよ。ええっ、イチバンさんよっ」


「おい、よせっ、ニジュウバン」


「離せよ、ジュウゴバンっ。言っとくけどな、オレがアンタの下なのは、戦支度のせいでここんところ昇格試験がねえからだっ。ジュウゴバンじゃねえ、アンタに言ってるんだぜ、イチバンっ!」


 半年ほど前に開かれた最後の試験で近衛に加わった若いハイオークだった。

 三歳を過ぎて成人こそしているが、まだ四歳にもなっていない。オーク王国建国後に生まれた、いわゆる“巣穴を知らない世代”と言うやつだ。


「……ふっ」


 思わず昔の自分を思い出して、笑みが漏れる。まだ二桁番台だった頃は、一番も躍起になって上位に挑んだものだ。


「テメエっ、鼻で笑いやがったなっ。王様のお気に入りだからって調子に乗りやがってっ」


「―――おいおい、ずいぶん騒がしいじゃないか」


「デ、デンカ」


 二十番が今にも一番に掴み掛からんと、“柵”の間から伸ばしていた腕を下ろした。

 この人間の貴人、ディートリヒは不思議とオーク達の間で人気がある。倒されても倒されても王に立ち向かう姿や、勇者に袖にされ続ける様がいつしか好感を生んだらしい。

 王を狙う不埒者だが、一番も嫌いではない。


「ディートリヒ殿下、どうされましたか?」


「いやぁ、僕の失言のせいでこうなったという面も無きにしも非ずと言うか。一応、様子を見に来た」


 オーク兵達は駐屯地の一角に追いやられていた。

 急ごしらえの木柵に囲まれ、見張りの兵も哨戒し、完全に監禁状態だ。もしダークオークと内応する者が現れても、すぐに対処が出来る構えである。

 一番と二番だけが調整役として隔離をまぬがれている。


「そうでしたか。この通り、不平を口にする者もいますが、少数です。今のところ落ち着いております」


「そりゃあ不平くらい出るよなぁ。人間を守るために戦ってくれるようなもんなんだし。ケイ殿もジョー殿も、ちょっと心配し過ぎだな。そうは思わないか、一番?」


「いえ、オレはこれも必要な処置だと思います」


「そうか? まあ、細かいことに気を回すのも上の役目か」


「それを言うなら、薄ワインのデンカも“上”じゃあねえのかい? あの人間の大軍を指揮しねえのか?」


 ニジュウバンは気軽に、城下で使われているというあだ名でディートリヒを呼んだ。本来国賓中の国賓なのだが。


「グランレイズから優秀な隊長が何人も送られてきているし、そもそも戦の指揮に関してはケイ殿とジョー殿に勝る人間は大陸中を探したっていやしない。僕は気楽な一冒険者、いや、今は一兵卒さ。お前達と同じくな」


「兵卒って言うより囚人って感じだけどな、今のオレたちゃ」


 自嘲気味に呟くと、二十番は柵の奥―――オーク達の集団の中へと戻っていった。

 一度直立して頭を下げ、十五番も後に続く。


「やれやれ、これでまともに戦いになるのかねぇ。今日が刻限だと言うのに」


 ディートリヒは他人事の様に肩を竦めた。

 あのダークオーク―――ダークオークキングの勧告からすでに三日が過ぎた。ジョーの取り付けた約束の期日である。

 魔界へ旅立った王とは、当然連絡も取れていない。

 魔王城の正確な位置は分からないが、第一の目的地である偽の魔王城まで行って帰るだけでも、あと数日は要する。王の帰還は絶望的だった。

 王都から住民はすでに引き払っているが、エルドランドを目指し移動の最中である。この防衛線を抜かれれば、背後をダークオークに襲われることになる。

 今ここにいる兵だけで、あの大集団を、あのダークオークキングを押し留める必要があった。


「―――っ」


 城壁上の兵がにわかに騒めいた。


「一番っ」


「ええっ、行きましょう」


 共に城壁を駆け登る。


「アニキ、出て来たよっ。ダークオークキングだっ!」


 すでに兵の先頭に陣取っていた二番と合流する。

 妹が指差す先、―――この三日間、駐屯地からわずか百ワンド(100メートル)の位置に留まり続けていた大集団から、一頭のダークオークが進み出ていた。

 遠目にも、もはや見間違えようはない。ダークオークキングだ。


「…………」


 周囲の者達と視線を合わせ、頷き合う。

 二番のそばにはレオンハルトがいて、他にも聖堂騎士や冒険者から選出された強者揃いである。そこに一番とディートリヒも加わった。

 指揮官のケイとジョーを除けば現状最強の布陣だ。つまるところ、対ダークオークキング用の小隊というわけだ。


「―――答え、聞かせてもらいに来たッ!!」


 ダークオークキングは今回は城壁上に跳び上がりはせず、十ワンドの距離に留まったまま、声を張った。

 三日前と異なり、一番と二番以外のオーク兵がいないことを警戒したのかもしれない。

 いや、単に気まぐれか。あのダークオークキングに、何をか警戒する必要があるとも思えない。

 ダークオークキングは続けて叫ぶ。


「オークのナカマたちッ、門を開けて共に戦おうッ! オークの楽園を作るんだッ!!」


 ケイとジョーが目語し合い、何か言い返し掛けるも―――


「―――そのオークの楽園ってやつが出来たら、人間達はどうするつもりなんだっ!?」


 実際に怒号が発されたのは、別のところからだった。

 城壁の内、さらには木柵の内。オーク兵が押し込まれた一角の中からだ。


「ここの王さまから、オレ学んだ。ニンゲン、殺さない。うまく使う。ニンゲンたちがウシやウマを飼うのと、同じにする」


 がなり声で人間ではなくオークだと察したのだろう。ダークオークキングは穏やかに、しかし実に不穏な言葉を口にした。


「家畜にするってのか!? ふざけんなっ! オレは城下に好きな娘がいるんだっ! あの子をっ、馬小屋にでも押し込めようってのかっ!?」


 一番はそこでようやく、声の主の姿を認めた。あの若いオーク。二十番だった。


「それならそのニンゲンのオンナ、アナタ、飼うといい。もしニンゲンのオンナ、アナタの子生んだなら、オークのナカマにしてやってもいいッ」


「オレはイチバンのやろうみたいに、あの子をオレにメロメロに惚れさせてっ、イチバンのやろうがいっつも見せつけてくるみたいに、あの子といちゃいちゃしてえんだっ!!」


「ナ、ナニを言ってるッ?」


 ダークオークキングは困惑の様子だ。

 そして困惑は、一番も同じだ。“何を言っている?”も、一番こそが問い質したい台詞だった。


「そうだっ! アタイだってニバンみたいに人間の男に優しくリードされたいっ!!」


 今度は二十番の隣にいた別のハイオークが叫んだ。雌オークだ。


「それならアタイだって! アタイは城に出入りしてる仕立て屋の男の子が気になってるんだっ!」


「あっ、ちょっと、あれはアタイが前から目を付けてた子だよっ!」


「オレなんか、もうちょっとでうまくいきそうな感じの子がいるんだっ。生きて帰ったら、告白するって決めてんだ。それをっ、邪魔するんじゃねえっ!」


「オ、オレ、実はこの戦いが終わったら王様に特例の申請をしようって、約束してる娘がいて……」


「おいおいっ、テメエっ、いつの間にっ!」


 ケイとジョーは騒ぎを鎮めることも、ダークオークキングに言い返すことも忘れて、ぽかんと口を開けている。

 自分もたぶん同じような顔をしているのだろう。いや、人間とオークだから似ても似つかないが。


「―――ほらなっ、心配し過ぎだと言っただろう」


 バシンと背中を叩かれた。


「ディートリヒ殿」


「城下をブラついてると、ここのところ結構見かけるんだ、オークと人間が一緒に歩いているのを。そうだな、オークキングのやつが聖剣を抜いて、聖心教に認められた頃くらいからだろうか。僕の馴染みの酒場に連れ立って来ることもあるくらいさ。そうそう、あの二十番のやつもたまに見かけるな」


「そ、そうなのですか。最近、あまり城下に出ていないので気付きませんでした」


「まっ、一番殿は自分の幸せで手一杯であったろうからなっ」


 ディートリヒはにししと笑い、眼下へ向けて声を張った。


「おいっ、お前達っ、邪魔な柵をさっさ取り除けてしまえっ! オークの兵も、人間の兵も、みんなでだっ!」


 駐屯地に、一瞬ためらう様な沈黙が訪れた。


「―――おおっ、ディートリヒ殿下の御命令だっ」


「薄ワインのデンカだぞ」


 しかし発言者がディートリヒだと気付くと、人間もオークも一斉に動き始めた。

 内側からオークが、外側から人間が柵に手を掛け、息を合わせて引き抜いていく。

 ケイとジョーも制止はしなかった。


「兄さ―――、王様に、これをお見せしたかったな」


 言うと、隣で二番いもうともうんうんと頷いた。


「―――さて、どうやら答えが出たようですっ!」


 ジョーがようやく口を開く。


「我々は貴殿の要求を突っぱねさせていただきますっ。私達が作るべきは“オークの楽園”などではないからですっ。我らが王の元で、私達は“オークと人間の楽園”を作りますっ!!」


「オークとニンゲンの、だとッ! オークをッ、ニンゲンていどと同じにするかッ!? フザケルなッ!!」


 ダークオークキングがこれまでの寛大さをかなぐり捨て、吠える。

 “オークの王”としては、ひょっとしたらあによりもあのダークオークキングの方が正しいのかもしれない。

 少なくともかつて巣穴に暮らしていたころのオーク達なら、皆がダークオークキングに賛同したはずだ。

 しかし王の治世は、けだものでしかなかったオーク達を変えた。この国の王は、いまや兄以外あり得なかった。


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