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第25話 伝説の冒険者達(+一頭)は最大最後の戦いに挑む

「もうアンタを王とも弟とも思わないッ。アンタは、―――オークの裏切り者だッ!!」


「…………」


 激昂する姉に、何も言い返せはしない。

 一番や二番のように、純粋に自分を慕ってくれるオークがいることを今は知っている。農耕を通して、人間と分かり合いつつあるオークも少なくはない。

 それでもなお、人間のためならオークは捨て駒にして構わないという気持ちが今もなくならないからだ。まさしく自分は―――


「なーにを押し黙ってやがる」


 背後からどかっと蹴りを入れられた。


「オークの裏切り者、大いに結構じゃねえか。そんな呼び声一つでこのあたしが仲間になってやるってんだぞ? こんなお得な話が他にあるか? ええっ?」


 勇者が挑発的にねめ上げてくる。相変わらず実にチンピラじみている。


「だいたいよ、お前がそんな奴だから、一番と二番はマリーとトマをものに出来たし、他のオーク達も人間と上手くやれてんじゃねえか」


「―――ははっ、そうだな。確かにその通りだ。ちょっと変に考え過ぎていたな」


 王がありのままのオークであり続けたなら、一番や二番ですらただの獣のままだったろう。

 オークを裏切ったことで生じた成果をもって、今さら裏切りに自責を感じるなど馬鹿らしい。因果を逆転させるようなものだ。


「姉さん、申し訳ないが今の俺はこの勇者の仲間です。それでオークの裏切り者とそしられようとも、甘んじて受けましょう」


「キサマッ!!」


 姉は深緑の顔をさらに黒ずませる。

 しかし、すぐに飛び掛かっては来なかった。

 さすがに王と勇者を同時に向こうに回しては勝ち目がないからだ。睨み合いの膠着を破ったのは―――


「―――妃よ、汝は一族の裏切り者を片付けるが良い。我は、我が身を傷付けた不敬な輩を誅する」


 男魔王が、今度は自らの足で立ち上がっていた。


「大丈夫なのかい、魔王様ッ?」


「ああ、繋ぎ止めた」


 言って、男魔王は右腕をぐるりと回した。

 ばっくりと割られた肩口の傷を感じさせない滑らかな動き。どころか斬り落とされたはずの手首まで繋がっていた。指先をにぎにぎと握ったり開いたりしている。


「ほほう、あれは表面を押さえつけただけではないの。骨の一つ一つ、血管の一本一本、筋肉の一筋一筋まで魔力で繋ぎ合わせたか。三十本の触手を同時操作するだけあって、女魔王よりもよほど器用と見えるの」


「ちっ。それじゃあ、あいつに斬撃は効かねえってことか、賢者様?」


「いや、相応の魔力と集中力を割いて維持しておるのだろうよ。見るがよい、あれだけあった触手が今や残すところ二本よ。あれ以上の傷を負えば、さしもの魔王も命取りと見た」


「よっし、それならこっからは作戦通り行くぜ、オークキング。お前が姉貴を、あたしが魔王を、だ。どうやらあっちもそのつもりみたいだしなっ」


「―――。――――。“肉体強化”」


 聖女の奇跡―――会話に参加せずにひっそりと王を“回復”で癒し、続いて“肉体強化”の詠唱も始めていた―――を受けるや、勇者は駆け出した。


「はあっ!」


 一足飛びに詰め寄ると、男魔王に聖剣を振り下ろす。

 男魔王は残る二本の触手を両掌の動きで巧みに操り、横合いからそれを弾いた。


「まだまだぁっ!」


 が、勇者が止まらない。

 袈裟斬り、横薙ぎ、突き―――と見せて身を沈めて下段払い。

 連係コンビネーションと言うには突飛ではちゃめちゃ。されど間断なく。例によって闘志に赤髪を逆立たせ、瞳を爛々と輝かせて。

 男魔王は防戦一方だ。

 魔王の魔力操作は伸縮自在にして千変万化。しかし接近戦で一度受けに回ると、その強みも十全に生かすことは出来ないようだ。相手が聖剣では、魔力の鎧をまとって防御を固めることも出来ない。


「しかしあんなもん、よくも全部捌き切れたよな、俺。いや、あの時よりもさらにはやくなっているのか」


 “速い”というよりも“早い”。

 我流ながらも熟練の域にあった勇者の剣速そのものが、今さら劇的に向上するはずもない。ケイとの稽古で無駄なものが削ぎ落され、型破りでありながら洗練されていた。

 結果、相手に剣先が到達するまでが“早く”なったのだ。


「―――っと、見ている場合じゃなかったな」


 王も前に出た。

 殺意そのものの視線をぶつけてくる姉も、呼応するように足を進める。


「――――――ッ!!」


 そして一声吠えると、開戦時と同じく寝台の高みから跳躍した。やはり上段に棍棒を振り被っている。

 今度は待たずに、距離を詰めた。

 姉が棍棒を振り下ろすより先に、体当りをかまして床に叩き落とす。ケイとの稽古で、よく勇者が喰らっている攻撃だ。

 尻もちを付いた姉に詰め寄るも―――


「舐めるんじゃないよッ!」


 床についた腕の力だけで巨体を跳ね上がらせると、我武者羅に棍棒が振るわれた。


「アンタが人間相手に遊んでいる間、こっちはドラゴンやらグリフォンやらを喰らってきたんだッ!!」


 ぶんぶんと力任せの大振りながら、おいそれと近付けない勢いがある。

 なるほど、確かにドラゴンを相手にしてきたと言うだけはあった。


「…………」


「逃がさないよッ!」


 暴風雨のような連打から、王は距離を取った。

 姉は棍棒を振る腕を休めず追いすがる。

 右袈裟、左袈裟、右横薙ぎ、左袈裟、右袈裟、左横薙ぎ、そして―――

 王は斜めに踏み出し、“右袈裟”の軌道上、手首を狙って棍棒を“置いておく”。


「―――ぐあッ」


 姉は自らの打撃の威力をそのまま手首に受け、棍棒を取り落とした。


「人間相手と言うのも勉強になるものですよ、姉さん」


 相手がドラゴンであれば工夫の無い一本調子な連撃もあまり問題にはならないのだろう。しかし人間の戦士、それも勇者やケイといった超一流相手にそれは通用しない。


「こんなもんで勝ったつもりかいッ!」


 無手で向かってくる姉に、こちらも棍棒をベルトに収めて応じる。

 岩のような拳が飛んでくる。王と同様、オーガの硬い頭骨を軽々と砕き、堅牢な城門をも突き破る一撃が、雨霰のように連続で。

 王は仰け反って拳をすかしながら、前蹴りで突き放し―――


「そんな蹴りッ、効きゃしな―――」


 連打が止まったところで一息に距離を詰めた。

 がっちりと正面から組み合い、鼻先と鼻先を突き合せる。


「ぬぬぬっ」


「ぐぬぬッ」


 姉が出奔する切っ掛けともなった、オーク伝統の鼻相撲だ。あの時は膂力で押し勝った。今は、―――拮抗していた。

 大型で強力な魔物を相手に魔界で生き抜いたことが、確かに姉の肉体を鍛え上げている。

 王はすっと左足を後退させると、半身を引いた。呼応して姉が右足を踏み出す。そこを手繰り寄せ、前のめりに体勢を崩すと首を抱え込むようにして投げを打った。

 抗わずに、むしろ自分から投げられにいけば背中を打つだけで大きな傷を負うこともない。王や一番達ならそうする。

 しかし受け身を知らない姉は抗い、頭から床へ突っ込んだ。

 いわゆる垂直落下式脳天砕きブレーンバスターに近い形だ。それも王と自身、オークキング二体分の超重量を乗せている。


「こ、こざかしいまねをッ。―――ぐうッ」


 姉はさすがの頑健さで素早く立ち上がるも、すぐにふらついて片膝を付いた。


「姉さん、ここまでです」


 再び棍棒を抜いて、姉に突き付けた。


「―――妃ッ!!」


「くっ」


 男魔王から触手が伸びる。

 一本が棍棒を絡め取り、そしてもう一本が槍のように一直線に王の顔面に―――


「お前の相手はあたしだろうがっ!」


 ―――届くまでも無く、根元から聖剣に断たれた。


「女っ、邪魔をするなっ」


 男魔王が左手を振るう。触手の操作ではない。手刀、―――魔力の斬撃だ。

 直近から放たれる不可視の刃を、―――勇者はごく当たり前のように半身になって避けた。


「寝てろっ!!」


 聖剣の腹が男魔王の横っ面を横殴りにした。

 ガクリと、男魔王の身体が力無く崩れ落ちる。


「へっ、あの性悪メイドの剣と比べりゃ見え見えだぜ、魔王様よ。って、聞こえてねえか。―――おおうっ、やべえやべえっ!」


 ややあって、ぽとりと紫の右手首が落ち、肩口の傷も開いた。当然、猛烈な出血を伴っている。


「ふむ、さすがに意識を失っては魔力操作を維持出来ぬようだの」


「聖女様、か、回復をっ。さすがに死なれちゃ女魔王に悪いっ」


「はっ、はいっ。――――。―――」


「しかし、最後にして最大の戦いだと言うのに、存外あっさりと片付いてしまったの」


 聖女が慌てて寝台に駆け上がり、賢者は呑気に呟く。

 王は、やはり男魔王の失神と同時に解放された棍棒を、改めて姉に突き付けた。


「姉さん、これでこの戦争は俺達の勝ちです」


「……アンタたちの勝ちだって? ―――ククッ、ハハハッ! いったい何を言っているんだいッ?」


 姉は凶相を一層おぞましく歪めた。



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