第19話 伝説の冒険者達(+一頭)は伝説の魔物に挑む
「来たか。……貴様が一頭で来ると言う話ではなかったか?」
姿を現した女魔王は王の同行者たちを―――特に意気揚々と先頭に立つ勇者を見て、眉をひそめる。前回は首を半分斬り飛ばされているのだから、それも当然だろう。
第三界層の最深部に聳え立つ魔王城―――の偽物の城門前だ。
ここまではすでに地図作成を終えているから、迷うことなく真っ直ぐ辿り着けた。
「そのつもりだったんですが」
先の訪問時に他の者の目を盗んで頼んでおいたのだ、本物の魔王城への案内を。
女魔王にとっても男魔王と城を取り戻す好機になり得るということで、快諾を得ていた。
「まあまあ、良いじゃねえか。心配しなくても、お前の弟を殺しゃしねえって。腕の一本くらいは斬り飛ばしちまうかもしれねえけどなっ」
勇者はあっけらかんと言う。
「…………案内してやるのは構わぬが、足が足らぬ。こちらはオークキング一頭と思っていたからな」
「足?」
「ああ。―――――」
女魔王の唇が不可思議な音を奏でる。
口笛ではなく、もっとしっかりとした管楽器の音色だ。
「ほう。魔力でこんなことまでするとはの」
賢者が感心した様子で呟く。
先日の鎧や鈍器と同じく、魔力で楽器を形作ったということらしい。
とは言え、驚くべきはそこではない。ふっと王達の足元に巨大な影が落ちた。
「おうっ、飛竜かっ」
顔を上げ、勇者が興奮気味に言う。
飛竜が翼を羽ばたかせ、女魔王の背後にゆっくりと降下してくる。
「……これが飛竜か」
上空を飛ぶ姿を見たことは何度かあるが、こうして間近で目にするのは王も初めてだった。
大地に降り立ち両翼を折りたたむと、全体の輪郭は鳥類に近い。ただし体長は女魔王の倍近くもあり、王すらも見下ろされている。
羽毛の代わりに赤い鱗に覆われた身体は、やはり鳥類と同じく翼を振るう胸の筋肉が際立って発達している。強く地面を蹴り出すためか、後脚の腿も丸太の様に太い。
一方で他の部位は貧弱と言って良いほどに細くしまっている。まさに飛行に特化した体型と言えた。
とはいえ大きさが大きさだけに牛や馬と同程度の重量はあるだろう。つまりは生物の飛行し得る限界を超えている。それも大型の鳥類で見られる滑空ではなく、飛竜は確かに自在に飛行していた。
魔物たる所以だ。実際には羽ばたきによって得られる力だけでなく、魔力の働きによって見た目以上の揚力を得ているのだろう。
「足ってこれか。つまり飛竜に乗っていくってことか?」
「ああ。オークキング一頭であれば、脚にでも掴まらせれば良いのでな」
「こいつの巨体を抱えて飛べるのか、この飛竜?」
「並みの飛竜でも、地上の蛇女やミノタウロスを掴み取って巣穴まで持ち帰るのだぞ。ましてこやつは我が乗騎、それくらいは当然よ。のう、――――――」
女魔王が魔界語で話し掛けると、飛竜は一瞬だけ王に視線を向け、一鳴きした。
何となく嫌そうな顔をしているようにも見えるが、まあ運べなくはないといったところだろうか。
「何と、飛竜は言語を介するのか?」
賢者が目を輝かせる。
「簡単な単語程度であればな。ただし理解は出来ても自ら言葉を発することは出来ぬ。そういうことが出来るのは貴様ら人間が言うところのヒト型魔物以外だと、蛇女と、―――ああ、そういえば」
女魔王は何事か思い出した様子で言うと、手を叩いた。
蛇女が二頭城門から這い出て来て、魔界語で何事かやり取りを始める。
「ほうほう、それはそれは」
賢者は何やら興味深そうな顔で首肯を繰り返している。
しばしして、蛇女を下がらせ女魔王が切り出した。
「……ここから西に少し行ったところの山に、最近になって“角折れ”と渾名されるドラゴンが住み着いて、辺りの魔物達が難儀している。我も蛇女達からどうにかして欲しいと頼まれていたのだが、面倒で放置していたのだが。―――オークキング、それに勇者よ、行ってこれを捕まえてくるが良い」
「要するにそのドラゴンを足にするってことか? 簡単に言ってくれるが、それってつまり竜騎士ってことじゃねえか」
「ドラゴンは知能が高いからな。実際、一度力付くで屈服させてしまえば、飛竜よりも扱い自体は簡単だ」
「その力づくで屈服させるってのが難し、―――くもないか、この四人なら。こっちには竜殺しのオークキングがいるわけだし」
「だから殺してねえって」
「その山の具体的な位置は分かるか?」
「ふむ、では蛇女に地図を描かせようか」
王の台詞は無視して、勇者は女魔王に詳細を問い始めた。
まあ冒険者なら、ドラゴン退治や竜騎士という単語には夢中になるのも止む無しか。特に勇者は冒険者としての“思考”は極めて打算的かつ現実的ながら、“嗜好”の方は少々夢見がちなところがある。
王がドラゴンと戦ったのは数年前―――オーク王国の建国から一年ほどが過ぎた頃だ。
魔界近くの村にドラゴンが侵入したという報せを受け、王はすぐにその地へ駆け付けた。
今にして思えば、あのドラゴンも魔界最深部で増殖したダークオークに住家を追われた存在だったのかもしれない。王が姿を見せるとすでに及び腰で、何度か丸太で打ち据えていると尻尾を巻いて森へ逃げ戻ったのだ。
周辺に留まられても困るので、その後半日ほども文字通り追い“打ち”にした。二度と人里に降りて来ないように十分に恐怖を植え付けた上で、村から遠く離れたところで解放している。
「ここなら一日で行って帰れそうだな。いや、上手くいけば帰りはドラゴンだから、半日ちょいってとこか」
蛇女から地図を受け取ると、勇者は早速その方角へ足を向ける。
慣れているのか、賢者と聖女は無言で後へ続き、王は最後尾に付いた。
王の目には深い森林が延々と続いているだけにしか見えないのだが、勇者は迷いなく足を進めていく。
「……しっかし、クローリスのやつはよくお前の“アレ”を受け入れたよなぁ。サイズ的にちょっと無理がねえか?」
半鐘(30分)ほど無言が続いた後、勇者が言う。ここまでの道中でも度々持ち出された話題だ。
「…………」
「ふむ、確かにの。いや、クローリスはまだしも、今回の件が片付けばティアとも致すつもりなのであろう? 死んでしまわんかの?」
王が無言を貫くと、代わって賢者が受ける。
「だよなぁ。ティアのためにも、クローリスがどんな様子だったかお聞かせ願えないもんかなぁ?」
「そうだの、ティアのためにもの」
この面子では唯一味方になってくれそうな聖女に視線をやるも―――
「その、……私も後学のためにお聞かせ願えればなぁ、なんて。―――あっ、もしその、行為の最中にティアさんが危険な状態になりましたらすぐにお呼びください。回復しますので」
―――この件に限っては全く役に立たなかった。
「……おっ、あれだな」
そうこうしている内に時は流れ、目的地に辿り着いた。勇者の目算通りおおよそ半日だ。
標高はせいぜい三十ワンド(30メートル)程だろうか。山というよりも、大きな丘と言われた方がしっくりくる。
中腹には不釣り合いなほど巨大な洞窟がぽっかりと口を空けていた。
蛇女達によれば、あそこがドラゴンの巣穴の入り口だ。
「乗騎にするわけだから、賢者様の魔術を問答無用で叩き込むってわけにもいかねえよな。といって馬鹿正直に乗り込んでくってのもな。……よし、燻すか」
勇者が周辺の木々を斬り払い始めた。王はそれを集め、洞窟の入り口に積み上げていく。
「こんなもんか。……それと、お前にはこいつが必要だよな。ほらよ、竜殺しだっ、っと、くそっ」
勇者は枝を落とした木―――要するに丸太をこちらに蹴転がそうとして、動かないので諦めた。
「では火を付けるぞ。“熾火”、“熾火”、“熾火”」
賢者の杖の先端から発した炎の塊が三つ、積み上がった木々に取りついた。
生木で葉も付けたままだが、魔法の種火の力でパチパチとすぐに炎は燃え広がった。煙は乾燥した薪よりも盛大に上がる。
「う~、けっむいなぁ」
勇者は舞い上がる煙に巻かれながら、山肌をするすると這い登ると、洞窟の入り口の上部に待機する。
「陛下、ご武運を」
「ああ」
聖女と賢者は少し離れた木陰に隠れた。
そして入り口正面には王。
まずは王が迎え撃ち、隙を見て勇者が上から斬りかかるという作戦だ。
そうして待つこと四半鍾(15分)余り。
「―――――っっ!! ――――。―――っ」
山を震わせるような雄叫びと、それに続いて何か罵り声のようなもの。
以前戦った時には変わった鳴き声としか思わなかったが、女魔王によるとドラゴンは言語を操るらしい。意味が取れないのは人語ではなく魔界語だからだ。
「――――。――――――っ、―――」
悪態―――発言の内容は分からないながらも、何となくそうだと分かる―――と、地響きのような足音が近付いてくる。
「…………文句が多いな」
いきなり住家に煙を充満させられたのだから、憤りは当然だ。しかしそれにしても片時も口を閉ざすことなく罵り続けている。
ドラゴンと言うのは魔物にしては珍しく金銀財宝の収集癖を持つ生き物だ。性格もねちっこいのかもしれない。
だがそのお陰で、ドラゴンの位置は明白過ぎるくらいに明白だった。
―――来る。
入り口に積まれた燃えかすを撥ね飛ばし、それは姿を現した。
ドラゴン。
それはほとんど伝説上の魔物であり、災害と同列に扱われる存在だ。
ドラゴンの逆鱗に触れて滅びた町や村は数知れず、果ては一国が焦土と化されたという話まである。
飛竜が鳥なら、ドラゴンはトカゲやワニに似た魔物である。全身を覆う鱗もくすんだ深緑色だ。
前脚が翼に進化し地上では二足歩行の飛竜とは異なり、四足歩行で前脚とは別に背中から翼が生えている。飛竜の様にぶ厚い胸筋に支えられるわけでもなく、本当に生えているだけだ。曲がりなりにも飛行に適した形状の飛竜とは違い、ほぼ完全に魔力に依存して飛翔するのだ。
そして飛行に特化した飛竜にはない巨大な顎。王の巨体をも一飲みにしそうな大きさで、びっしりと並んだ牙も一本一本が王の二の腕ほどもある。
頭頂には二本の角。片一方は半ばで折れ失われている。“角折れ”の由来だろう。
ぎょろりとした目は、それ自体が王の頭ほどもありそうだ。―――その瞳が、丸太を構えた王を捉えた。
「―――――っっ」
ドラゴンは雄叫び、というよりも悲鳴を上げると、尻尾を巻いて洞窟の中へと逃げ帰っていった。