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第13話 オークキングは交渉に臨む

「それは貴国の問題でありましょう」


「いいえ、大陸に住まう人類全ての問題です」


 援軍の要請を撥ねのけたグランリッヒ公爵に、ジョーが正面から異議を唱える。

 魔界探索から帰還後、王はすぐに帝都を再訪していた。

 難しい交渉が予想されるためジョーに、聖心教との繋ぎ役として聖女に、いざという時に口利きしてもらうためにアニエスに同行してもらっている。ケイと勇者、そして大軍相手には無類の強さを誇る賢者にはダークオークの襲来に備え留守をお願いした。

 そして現在、予想通り皇帝の執務室で激論が交わされていた。

 舌戦を繰り広げるのはグランレイズ帝国宰相を務めるグランリッヒ公爵とジョーの二人だ。

 室内には他にグランレイズ側として皇帝とヴァッシェヴェルト辺境伯、そして近衛騎士数名が詰めている。

 オーク王国側は王と聖女で、アニエスには別室で控えてもらっていた。

 調停役として聖心教から教皇も出席している。


「しかし、話を聞けば完全に貴国のまいた種ではないですか。国交を結びこそすれ、軍事同盟まで結んだ覚えはありません」


「では看過されると言うのですか? オーク王国が攻め滅ぼされるようなことになれば、南方諸国にダークオークに抗し得る勢力はございません。帝国を守るものはもう何もないのですよ。それとも、なおも対岸の火事を決め込みますか」


「それは貴殿の故国のようにということですかな、双剣のジョー殿下?」


 公爵が皮肉げに言った。

 交渉にあたってジョーは自らの出自を―――もちろんソルガムでの惨劇やその後の顛末は伏せつつ―――明かしていた。魔物との戦いで轟かせた武名は、今回の交渉においては発言に重みを生む。


「公爵っ、それは言い過ぎではないかっ」


 辺境伯が口を挟んだ。

 グランレイズで言うところの辺境、つまりはロンガム河北岸一帯を領地とする軍事貴族だ。オーク王国―――かつてのソルガムとエルドランドとは河を挟んだ隣国であり、ジョーやケイとは轡を並べて魔物討伐に当たったこともあるという。

 公爵がグランレイズの文官首席なら、こちらの辺境伯は武官の筆頭と言って良い存在だった。

 ちなみにディートリヒの仲間のエミーリア嬢の父親が公爵で、ベアトリクス嬢の父親が辺境伯である。


「良いのです、辺境伯。―――ええ、公爵の仰る通りです。エルドランドはオークによる隣国の占拠を見過ごし、さらにはグランレイズによる軍事介入も拒んでまいりました。そして、それ故に滅んだのです。公爵、グランレイズにも同じ轍をお踏ませになるおつもりですか?」


「むっ」


 公爵が言葉を詰まらせる。

 激昂させて主導権を握るつもりだったのだろうが、ジョーが見事に切り返していた。


「……で、ですが我が国としてはお隣がオークの国だろうとそのダークオークとやらの国になろうと、魔物の国であることに変わりはありません。さしたる違いは―――」


「―――聖なる存在である陛下を、ダークオークなどと同列に並べようと言うのですかっ」


「聖心教としましても今の発言は聞き捨てなりません。陛下は敬虔な聖心教徒であります」


 聖女がとげのある視線を公爵に向け、教皇も同調した。

 王が洗礼を受け、聖心教国の仲間入りを果たしたことがこういう場面では意味を持つ。


「い、今のは失言であった。し、しかしですね」


「はっはっはっ、お前の負けだ、公爵。方々、案ずるな。元より援軍は派遣するつもりであった。決定事項よ。公爵が意地の悪いことを申したのは、我が国としても見返りとして引き出せるものは引き出しておきたいのでな」


「なっ、へ、陛下っ!?」


「双剣殿の言う通り、これはまさに人類全体の危機。率直に話そうではないか」


「……わかりました」


 公爵はため息交じりに頭を振ると、寄りっ放しだった眉間のしわを緩めた。

 してみると、なかなか人好きのする顔つきをしている。険のある表情は、どうやら交渉のために張り付けた仮面らしい。


「我が国としては三万の兵の派遣を考えております。これは常備軍の過半に当たるということをご理解いただきたい。それで我が方の兵糧、これはオーク王国持ちと言うことでよろしいですかな?」


「…………」


「―――陛下?」


 てっきりジョーが返答するものと黙っていると、彼女から横目で睨まれた。


「え、ええ、問題ありません。幸い我が国は大規模な農場開拓に成功しておりますので、食料の備蓄は十分です」


「そう、それだ、我が国が貴国より欲しているものは。オークに開墾をさせているのだろう? その部隊を我が国に貸し出してはもらえないか?」


 皇帝が身を乗り出して問う。

 先刻あけすけに口にした通り、派兵の見返りとしてと言うことだろう。

 肥沃な河内平原を有するグランレイズだが、しばしば食糧難に陥ることがあるという。

 原因は百万都市である帝都や、やはり数十万の住人を抱える副都、そして第三、第四の大都市の存在が大きい。いずれも人口が過剰に密集した城郭都市であり、必然的に住民に農業を営む者はいない。商人や聖職者、官吏に兵士、なかんずく学生が多い。つまりは大量の非生産民の集まりなのである。


「それぐらいなら構いま―――」


 安請け合いしかけたところで、王は言い止した。

 ジョーの剣呑な目付き―――お前ふざけるなとでも言いたげな―――に気付いたからだ。


「…………我が国最大の輸出物が失われることになりますね」


 考えながら口にした。

 商人と言うのはたくましいもので、王都の復興作業や魔界探索が行われる間にもグランレイズとの交易は予定通り進められていた。

 オーク王国の産物で特に売り上げ好調だったのが大規模農園で作られた農作物であった。グランレイズが自前で食糧を賄えるようになれば、その分の収益は失われることになる。


「……とはいえ国土が戦場となれば、農業どころではないわけですし。―――分かりました、オークの農耕部隊を派遣しましょう」


 渋々という体で、王は頷いて見せた。

 恐る恐るジョーを伺うと、満足げに微笑み返された。

 考えなしの承諾を咎めたのであって、思慮の上での決断であれば文句はないようだ。


「しかし派遣するのは良いとして、そちらの国民は嫌がりませんか? オークが農村に出入りすることになるわけですが」


「そこはほら、聖心教が上手く教え諭してくれるだろう。神の使徒たるオークキング殿の眷属である、などとな」


「……それで人々の暮らしが楽になると言うのなら、引き受けないわけにはいきませんね」


 皇帝に水を向けられると、教皇がもったいぶった様子で首肯した。

 いくらか恩着せがましくも聞こえるが、こうした場ではそういうものなのだろう。

 そこからは適度に腹を探り合いながらも忌憚のない交渉が進んだ。

 昼過ぎから始められた会談は六鍾(6時間)ほども続き、本日のところはお開きとなった。

 教皇や公爵らと別れ、近衛兵も下がらせ、皇帝自らの先導で別室―――食堂へと移動する。


「おう、その様子じゃあ、交渉は順調だったみたいじゃねえか」


「皆様、お疲れ様です」


 アニエスが酒杯片手に出迎えた。皇太子が付き添って―――付き合わされている。

 これから会食の予定だが、卓上にはすでに封が開いた樽が置かれ、足元には空になったものもいくつか転がっている。

 金属製の酒樽はいつもの賢者様のエールだ。持ち込んだ覚えはないので、グランレイズ皇室が購入した交易品だろう。


「おうっ、そういえば議題に上げ忘れていたな。その賢者様のエール、製造方法を教えてはもらえないものか?」


「それは帰って相談しませんと返答しかねます。名前の通り、私だけでなく賢者、それにリアンというドワーフの娘と共に作ったものですから、二人の了解も得ませんと」


「おいおい、ジーク、あんまり野暮なことを言うもんじゃないぜ。酒ってのはその土地のもんさ」


「そういう台詞は、我が国の酒を飲みながら言ってもらいたいものですが」


 口では皮肉を返しながら、皇帝は諦めた顔で肩を竦めた。

 やはりアニエスの一言は何より重いらしい。


「……しかし、前回宮殿に泊めて頂いた時も思ったのですが、陛下は実に豪胆でいらっしゃいますね。兵も連れずにオークキングと平気で食卓を共にするのですから」


 皇帝の対面に着座すると、王は半ば呆れ半ば感心して言う。


「これっぽっちの供で異国のど真ん中までやって来た王が言うことか?」


「それは、私には人並み、いやオーク並外れた頑丈な身体がありますから」


「……んーむ、それだ。それをやめにしないか?」


「それ?」


 言われている意味が分からず、自身の肉体を見下ろした。

 オークキングの身体をやめにする。そんなことが可能なものなら是非お願いしたいところだ。


「ああ、違う違う。オークキング殿の身体のことではなくな、その口調だ」


 皇帝は頭を振って言う。


「同じ王同士、俺とお前でいかないか?」


「いいんですか? このなりに敬語は少々薄気味悪いので、そうさせて頂けるなら助かりますが」


「おうっ、自分でも気付いていたのか」


 はっはっはっと、皇帝は破顔大笑する。


「だいたい、アニエス様にはタメ口を利いているだろう。俺などよりよほど貴い御方だぞ」


「おう、そうだそうだっ。勇者といいお前といい、私に対する敬意が足りねえぞ」


「そりゃあまあ、あんな出会い方をしたら仕方ないだろう。あんたすっぽんぽんで人の城で暴れ回ってくれたんだからな」


「おいおい、何だ、その面白そうな話は? 是非詳しく聞きたいな」


 皇帝はたっぷりとたくわえた金色の顎髭を撫で付ける。

 オークとして生きた十余年に前世の人生を足せば、四十過ぎのこの男とはおおよそ同年代だろう、たぶん。


「では夕餉のお供に披露させてもらいま―――もらおうか」


「お、おい、詰まらない話をするんじゃねえ、オークキング」


 制止するアニエスを無視して、王は砕けた調子で語り始めた。


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