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第12話 予言者アニエスは旧友との思い出を語る

「おいおい、魔王城への未練たらったらだな。内装まで魔王城をそのまま小さくしただけじゃねえか」


「うるさいわ」


 アニエスの指摘に女魔王が眉をしかめる。

 王と賢者が話し込むうちにとっぷりと日も暮れ、女魔王の許可を得て拠点を城の前へ移し、本日のところは夜営となった。

 ひとまずオークに対する激情をおさめた女魔王は、実に寛大だった。生まれついての絶対強者故の余裕なのだろう。

 主要メンバーに関しては城内へと招き入れられた。王とケイ、勇者一行に予言者アニエス、それにディートリヒのパーティーだ。

 他の冒険者たちにも声を掛けたが、ぶんぶんと激しく首を振って拒絶された。偽物とはいえ魔王城で一夜を過ごすなど、考えたくもないという様子だった。


「へえ、これが魔王城ね。まさにって感じだな」


「あっ、アシュレイ殿、あちらにおかしなものが」


 勇者とディートリヒがきょろきょろと視線をさまよわせている。

 グランレイズの王宮が白、赤、金なら、こちらは黒、紺、銀の色調で彩られていた。

 入ってすぐのホールには、見ていると訳もなく不安を掻き立てられる絵画や壺が飾られていた。女魔王に促され進む廊下に置かれているのは、明らかに人間用ではない甲冑だ。


「こういう調度品は、どこから調達してきやがったんだ?」


 アニエスが問う。


「ドラゴンの宝物庫からちょっとな」


「パクって来たのかよ」


「ふん、我は魔王ぞ。魔物のものは我のものよ。もちろん、我のものは我だけのものだがなっ」


「ぶふっ。―――ああ、いや、何でもねえ」


 どこかで聞いたような台詞に王が思わず吹き出すと、他の者達に怪訝な視線を向けられた。

 当然、この世界の住人が知るはずもないフレーズだ。


「さあ、着いたぞ」


 通されたのは食堂だった。


「今、食事の用意をさせよう」


 女魔王が手を叩くと、足音一つ無く二体の魔物が姿を現した。

 それも当然だ。蛇女ラミアである。美しい人間の女性の上半身に、大蛇の下半身を持つ魔物だ。

 その外見から蛇“女”と呼ばれてはいるが、実際には無性生殖で子孫を残す。つまり雌雄の別のない生物である。


「…………」


 勇者やディートリヒ達が無言で身構える。

 第三界層にはキュクロプスやミノタウロスと言った大型で強力な魔物が多く生息するが、その中でも最強と目される存在である。

 下半身を覆う鱗は刃物を通さず、炎をもはね返す。となれば当然脆弱な人間の上半身が狙い目だが、長い蛇の身体の先端も先端でしかない。前後左右、そして上下にと、蛇の筋力で自在に動き回って的を絞らせない。

 攻撃においては魔物でありながら魔術を用いる。賢者に言わせればかなり非効率な術式らしいが、上級の魔物だけにそれを補って余りある魔力を有している。

 蛇の身体を用いた締め付けも非常に強力で、ミノタウロスをくびり殺し、巨体のキュクロプスが相手でも四肢を圧し折るくらいのことはする。相手が人間であれば、鎧兜ごと複数人をまとめて圧殺するだろう。


「―――。―――――。――――」


 女魔王が何事か告げると、二体の蛇女はやはり音も無く食堂を辞した。


「魔王様、今の言葉は?」


「“魔人語”、あるいは“魔界語”とでも言えば良いのか。我ら本来の言語よ。今は貴様らオークや人間に合わせてやっているがな」


 ダークオーク達が口にした言語と見て間違いない。

 魔界の最深部で生きる彼らには母方のオークが用いる人語よりも、父方の魔王が用いる魔人語の方が使い勝手が良かったのだろう。


「ところで、蛇女に料理が出来るのですか?」


「当り前であろう。そもそもかの者らは魔王の下女として作られた一族よ」


「ほう、作られたとな?」


 賢者が眠たげな目を見開き、輝かせる。


「確かに合成獣キメラのような姿をしているとは思っておったが、なるほどの。そうか、あの上半身は魔人族の世話をするためのものというわけか。人間が足を踏み入れることのない第三界層で何のために人の姿に擬態しているのか、不思議に思っておったのだがそういうわけか。―――それで、製作者は誰かの? いにしえの魔王か? お主にもそのようなことが出来るのかの?」


「ええーい、やかましい人間だ。先々代だか先々々代だかの魔王が作ったはずだが、詳しい方法までは我も知らぬわ」


「むむぅ、もったいない。世代を超えて合成結果が保存され続けるというのは、塔の専門家でも不可能なのだがな」


 賢者が不満げにうなる。相手が魔王であっても常と変わりない。

 見た目の迫力だけなら魔王の比ではない王の前へ猿轡に簀巻きで転がされても変わらなかったのだから、さもありなんと言ったところだが。


「はははっ、今代の魔王、特に女の方に、そんな知的なもんを期待するのは無駄ってもんだぜ」


「うっさいわ、予言者。貴様の方こそ、知能の程がずいぶんと低下して見えるぞ。さすがに耄碌が始まったか?」


「……あの、アニエス様と、―――魔王様はいったいどういったご関係なのですか?」


 聖女が問う。

 躊躇いながらも“魔王様”と口にしたのは、王に倣ってのことだろう。


「あー、まあおおよその察しは付いてると思うが、五百年前に聖剣を奪還しに来た時にな。本物の魔王城の、確か城門のところの柱に突き立ってたんだっけか?」


「ああ。貴様がやってくる百年近くも前になるか。勇者が尋ねて来てな。ワイバーンやらドラゴンやらとの連戦ですでに瀕死の状態で、戦闘にもならなかったのだがな。魔王城到達記念とばかりに突き刺して逝きおったのよ。まったく、他人様ひとさまの家を何だと思っているのか」


「そんでまあ、今の私ならこっそり持ち帰っただろうけど、当時は真面目だったんでな。一応お伺いを立てたわけだ。そしたらこいつが断りやがってな」


「当たり前よ。勝手に突き立てられたものとはいえ、百年ぞ。すっかり我が家の門前に馴染んでいたものを、今さら返せと言われてもな」


「そうそう、なんかいい感じに蔓草なんか絡ませた上に、柄にでっかい鈴まで引っかけてあったからな。御用の方はお鳴らし下さいって感じでよ」


「呼び鈴扱いかよ」


「ああっ」


 勇者が呆れ、聖女は胸の前でT字を切った。

 とはいえ勇者の扱いもたいがい雑ではあるのだが。先日、壁や天井に突き立てて梯子代わりに利用する姿を王は目撃している。


「で、返す返さないで戦いになったわけだ。とはいえその頃は私も今ほど力が強くなかったし、まったく勝負にならなくってな。ええと、一巡(7日)くらいだったか?」


「いや、十日以上は付き合わされたぞ。まったくうんざりさせられたわ」


「そりゃあこっちの台詞だっての。殺され続ける身にもなれってんだ」


「いいや、我の台詞よ。細切れに寸断しても、液状になるまですり潰しても、何事も無く再生して向かってくる化け物の相手を十日だぞ。気が滅入るわ」


「確かにあれにはうんざりさせられるわな」


 うんうんと、勇者が首肯する。


「で、これ以上は相手をしていられないと言うことでな。聖剣をお持ち帰りいただいたというわけだ」


「ついでに五代勇者の他の遺品や数日分の食糧、それと例によって真っ裸にされていたから替えの衣類なんかももらったな」


「ふっ、そう考えるとあの頃からずいぶんと図々しい女ではあったな、貴様は。まあ、すでに人間なら大年増の三百歳、それもむべなるかな」


「失敬な。今も昔もピッチピチの清純派美少女だろうが」


 十日以上も殺し殺され合えば親しくもなる―――のだろうか。

 小さくたおやかな白の美少女と大きくしなやかな黒の美女、対照的な二人が笑い合う。


「―――。―――――。――」


 やがて、耳馴染みのない言葉が響き、蛇女が食堂に料理を運び込んだ。

 料理は、―――良くも悪くも普通だった。

 おどろおどろしい色彩で異臭を放ってもいなければ、グランレイズの宮殿で供されたような贅を尽くし技術の粋を極めたものでもない。

 食用になる魔界生物―――角兎や魔界菜―――を岩塩や香草で調理したものや、新鮮な果実の盛り合わせである。素朴な見た目に反して味付けは上品で、惜しみなく手間を掛けた家庭料理という感じだ。

 常日頃口にするクローリスの料理にも通ずるものがあり、心安らかに舌鼓を打つことが出来た。

 食事を終え歓談にも区切りがつくと、寝室へと案内された。

 女魔王は王を手ずから導き、ニヤリと笑って“魔王城ではオークキング(姉)が使っていた部屋だ”と言い残し去っていった。

 見るからに上等の客室である。

 調度品はホールや食堂に飾られていたものより一段上質で、―――つまり一層心をかき乱してくる。


「……さてと」


 王はあらゆる意味で居心地の悪過ぎる部屋を抜け出し、廊下を進む。そしてある一室の扉を叩いた。


「おうっ、誰だー? 開いてんぜ」


 アニエスは寝台の真ん中にどっかと腰を下ろしていた。

 いつの間に持ち込んだのか、賢者様のエールの酒樽を大事そうに抱えている。


「お前か。……ん? まさか夜這いか?」


「いや、そんなつもりじゃ―――」


「へっ、この私を快楽で堕とそうったって無駄だぜ。なんせ、女の悦びを知る間も無く再生しちまうからな。破瓜の痛みが無限に続くだけよ。あっ、そっちが狙いかっ? 私なら腹が膨らむ心配もねえから、やりたい放題出し放題ってか? ―――ちっ。で、何の用だよ?」


 途中で悪ふざけに気付いて、王がしらっとした顔で見つめているとアニエスが折れた。


「あんた、何だって俺達にこんなに良くしてくれるんだ? 気付いてるんだろ?」


「何の話だ?」


「聖剣のことだ。勇者じゃなくたって力任せに抜けることを、あんた知ってたんじゃないか」


「……へっ、オークキングの腕力は大したもんだな。魔王城の門前から引っこ抜いた時は、魔王一人じゃ駄目で、男女魔王が揃い踏みで抜いてもらったんだぜ」


 アニエスが暗に肯定する。


「だったら何で俺を聖なる魔物だなんてもてはやして、王国のために色々と便宜を図ってくれたんだよ?」


「あん? そんなもんはこの賢者様のエールのために決まってんだろ」


 アニエスは樽の中に酒杯を突っ込んでエールをすくい上げると、そのまま一息に飲み干した。


「……あんたがそんな理由で、聖心教とグランレイズを揺るがしかねない決定を下すはずがねえ」


「むっ」


 アニエスは鼻白んだ表情で言葉を詰まらせる。

 聖女と比べると破戒僧が如く印象のアニエスだが、聖心教への思いは疑いようがない。

 救世主の弟子の中心人物であり、実質的な聖心教の創設者の一人なのだ。同時に奇跡の人でもある彼女は、教団をその後八百年間支え続けてきた。

 聖女カタリナにとって信じ崇める対象である聖心教は、予言者アニエスにとっては愛し守る存在だろう。

 建国に関わり、今も皇族を後見するグランレイズに対しても同じ思いを抱いているはずだ。


「………お前と賢者のやり取りを見てると、昔を思い出してよ」


 じっと見つめていると、アニエスは観念した顔で沈黙を破った。


「ほら、さっき話してたイデンがどうとか、前に聞いたチョー回復がどうとかさ。師匠と兄貴も、お前らみたいに意味の分からねえことをよく言い合ってたもんさ」


「その師匠ってのはつまり―――」


「ああ、救世主様さ。まったく、カタリナのやつがお前を救世主様にたとえやがった時は、図星を突かれてビビったぜ」


「それじゃあ、兄貴ってのは?」


「後に初代教皇となった兄弟子さ。天才、いや、大秀才とでも言えばいいのか。現在の神聖魔法の基礎をほとんど一人で作り上げたような男さ」


 つまりは賢者の同類ということか。

 救世主の素性が王の予想通りなら、確かに話が盛り上がりもするだろう。


「……なるほどな。それで救世主様の面影がある俺を贔屓してくれるってわけか」


「ちっ、オークが自惚れんじゃねえよ。ほんのちょこーーーっと似てる気がしたってだけだ」


アニエスは思い出したようにエールを汲み取り、あおる。


「―――うっぷ。ほら、話は終わりだ。帰った帰った。お前を寝室に招き入れただなんて他の連中に知れたら、めんどくせえことになる」


 見た目だけなら完全無欠の聖少女は下品にげっぷを一つ漏らすと、しっしと手を振って王を追い出しにかかった。



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